あなたに嘘を一つ、つきました

小蝶

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彼女が出ていったその後は

伯爵は覚悟を決めた

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 手痛い言葉だった。

 「一応・・父親なのだから。ユカリナを匿いなさい」 

 私の長女の台詞だ。



 今日も義理の息子は我が伯爵邸にやってきた。離婚届はまだ提出していないらしい。だから、まだ義理の息子。


 自分よりも爵位が上の義理の息子に対し、頭を下げる日々。


 胃が痛い。

 これは罰なのだろうか。妻は、娘はそこまで私を恨んでいるのだろうか。確かに私は娘には見向きもせず、息子ばかりを可愛がった。娘はいずれ屋敷を出るが、息子は私の後を継ぎ家に残るのだから当然だと思っていた。

 
 私はシルベスター伯爵家で当主をしている。長男は亡くなったものの、妻が三人、息子が二人、娘が二人いる。

 すまし顔で正妻の座に座る第1夫人。野心の強い第2夫人。優しいが少し周りの状況が見えない第3夫人。それなにり幸せだった。正妻は伯爵家の妻としてそつなく社交をこなし、第2夫人は男児を二人も産んでくれ、第3夫人に癒される。

 なぜ私がこんな目に合っているかと言うと、正妻の産んだ次女が流産の末、侯爵家の夫と離縁をしたいと訴えてきたからだ。すでにユカリナは侯爵邸を出て、今は伯爵家の別邸にいる。別邸では第3夫人とその息子が住んでいて、私も入り浸っていたのだが、正妻によって追い出されて本邸に居を移した。

 普段は私に意見すらせず淡々と妻しての役割をこなす正妻と、公爵家に嫁いだ娘に責められた。


「あなたはご存じですか?」

 なにをだ。

「嫁ぎ先に困る男爵・子爵の娘は」

 また第3夫人を掛け合いにだすのか。私が愛した最初で最後の女性。

「戦争で男を捕まえるんですって」

 確かに戦場で出会ったが

「思い出してごらんなさい」

 私たちは真実の愛で結ばれて…

「貴族界にもたくさんいらっしゃるでしょう」

 確かに戦争中、戦争後の結婚は多い。

「中には男爵の娘が公爵に嫁いだ例もありますわね」

 だが、私たちは違う。

「下位貴族の令嬢の常識なんですって」

 はずだ……よな?

「戦場において、男は落としやすいって」

 



 妻の言葉に、娘が続く。

「ディラン様もお父様と同じように戦場で令嬢を見初めたそうです」

 …先ほど妻が言ったそのお方は去年、夫人同士の争いの果てに

「それに今回は命も狙われたのです」

 妻を二人とも失い、本人も失脚された。

「夫人同士の争いは、本人たちにも問題はありますが」

 私も一歩間違えれば…

「それを治められない夫にも責任はあります」

 すべてを失っていてもおかしくなかった…?

「あなたは今さら失いたくはないでしょう?私達はそれほどの覚悟をもっております」


 認めよう。この屋敷で幸せだったのは、おそらく私だけだ。公けの場以外では顧みることのなかった正妻と娘たち。私が平穏だったと思っていた暮らしは彼女たちにとっては苦痛でしかなかった。第2夫人も嫡男を亡くし、絶望の中にいたのに、もう一人息子がいるからいいだろうと言い放った私。第3夫人だっていつも優しく微笑んでいるが目の奥は笑っていないのは結婚当初から気が付いていても、見て見ぬふりをしてきた。私の寵愛を得ているがためにさらされる他の妻たちからの嫉妬と言う名の重圧だと思っていたが…彼女たちの忍耐によって、あり得た私の幸福。


 格好悪くてもいい。情けなくてもいい。守ろう。私の娘を…家族を…

 覚悟は決まった。


 そして、今日も義理の息子に頭を下げる。
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