12 / 23
彼女が出ていくその前は
料理人は嘘はついていません。ただ言わなかっただけ
しおりを挟む
その日はなんてとこもない一日になるはずだった。
私はエルバート侯爵家で料理人をしている。忙しい共働きの両親に変わり料理をするようになったのは、12歳になった頃。他に取柄がなく、成人した私が勤めだしたのは、王都の片隅の小さな食堂だった。苦労はしたけれど、新しい工程をまかされるのが嬉しかった。そして、私はある時、侯爵家がある地方の料理を作れる料理人を探していると、先輩に教えられた。私が生まれ育った地方の料理だ。独特の香辛料を多数使った料理は、その地で学んだ者にしか作れないとされている。
私は先輩の推薦を受け、面接に行った。緊張しきりだった。面接の場で、私は来る場を間違えたのだと悟った。貴族様に提供できるような料理は知らない。私が知っているのはあくまでも家庭料理だ。私と同じように面接に来ていた他の料理人は、どこどこの貴族の元で働いていた、とアピールしていた。私は素直に話した。それなのに、なぜか私が採用された。
『むしろ、家庭料理を作れる人材を探していた』
主となったディラン様が仰っていた。どうやら、地方出身の第2夫人が、食欲がないらしい。私は、すぐにその方の元へ、シェリー様の元に案内された。痩せ細ったシェリー様にご希望を聞くと、本当に一般市民が食べているようなスープを食べたいと言われた。
その日から、私は毎日シェリー様のためだけの食事を作った。はじめの頃は残されていた料理もいつからか完食されるようになった。私はシェリー様と会うのが楽しみだった。気さくなシェリー様とは、よく故郷の話で盛り上がった。それなのに、シェリー様はまた食事を残されるようになった。その理由は想像がつく。今、屋敷はユカリナ様派とシェリー様派とに分かれ、様々な噂が飛び交っていたからだ。
いつもと同じように、何をお召し上がりになりたいかを伺うために訪れた別邸。シェリー様は泣いていた。いつもついているはずの侍女の姿はなく、人目もはばからずに泣いていた。
『ユカリナ様が私を追い出そうとしているんですって。私はここにいたいの。ディランの傍にいたいの。私にも子供ができれば…』
私はたった一度の過ちを犯した。後悔はしていない。それ以降、シェリー様に避けられたとしても。私とシェリー様は料理で繋がっている。妊娠されたシェリー様は、また料理を完食されるようになった。
その日も私はいつのと変わらない日を過ごしていた。今日からディラン様は出陣前の休暇に入られた。普段は帰りが遅くバラバラに食事されているディラン様、ユカリナ様、シェリー様は食事を共にされることになったとしても、私には関係がなかった。いつもと同じようにシェリー様用の晩餐の用意を終えて、主様とユカリナ様用の料理を手伝い、ひと休憩していた時だった。給仕係が皿を持って飛び込んできたのは。
「この前菜を作ったのは誰だ!」
毒草だったそうだ。健康な人が食べても毒にはならないが、妊婦が食べると猛毒となる毒草。通称”子流し草”。よく食べられる食材にとてもよく似た毒草で、業者があやまって納入したのに気が付かず提供してしまった。プロなら絶対に知っている常識。しかし、素人に毛が生えただけの私は知らなかった。シェリー様は私が用意した他の方とは違う料理を食べていたので何も起こらなかったが、ユカリナ様は倒れたと言う。急いで食堂に向かう。ユカリナ様はすでに他の部屋に運ばれた後だった。ディラン様は付き添われたそうだ。目線をシェリー様へと向ける。目が合うと、急に青い顔をされ座り込んでしまった。
護衛たちの尋問は正直に答えた。他の料理人も庇ってくれた。でもシェリー様との過ちの件は聞かれなかったから言わなかった。
私は責任をとって屋敷をでることになった。当然だ。
でも、心の中で思う。シェリー様じゃなくて良かったと。私の子供を宿しているかもしれない女性を思って、私は故郷に帰る。
私はエルバート侯爵家で料理人をしている。忙しい共働きの両親に変わり料理をするようになったのは、12歳になった頃。他に取柄がなく、成人した私が勤めだしたのは、王都の片隅の小さな食堂だった。苦労はしたけれど、新しい工程をまかされるのが嬉しかった。そして、私はある時、侯爵家がある地方の料理を作れる料理人を探していると、先輩に教えられた。私が生まれ育った地方の料理だ。独特の香辛料を多数使った料理は、その地で学んだ者にしか作れないとされている。
私は先輩の推薦を受け、面接に行った。緊張しきりだった。面接の場で、私は来る場を間違えたのだと悟った。貴族様に提供できるような料理は知らない。私が知っているのはあくまでも家庭料理だ。私と同じように面接に来ていた他の料理人は、どこどこの貴族の元で働いていた、とアピールしていた。私は素直に話した。それなのに、なぜか私が採用された。
『むしろ、家庭料理を作れる人材を探していた』
主となったディラン様が仰っていた。どうやら、地方出身の第2夫人が、食欲がないらしい。私は、すぐにその方の元へ、シェリー様の元に案内された。痩せ細ったシェリー様にご希望を聞くと、本当に一般市民が食べているようなスープを食べたいと言われた。
その日から、私は毎日シェリー様のためだけの食事を作った。はじめの頃は残されていた料理もいつからか完食されるようになった。私はシェリー様と会うのが楽しみだった。気さくなシェリー様とは、よく故郷の話で盛り上がった。それなのに、シェリー様はまた食事を残されるようになった。その理由は想像がつく。今、屋敷はユカリナ様派とシェリー様派とに分かれ、様々な噂が飛び交っていたからだ。
いつもと同じように、何をお召し上がりになりたいかを伺うために訪れた別邸。シェリー様は泣いていた。いつもついているはずの侍女の姿はなく、人目もはばからずに泣いていた。
『ユカリナ様が私を追い出そうとしているんですって。私はここにいたいの。ディランの傍にいたいの。私にも子供ができれば…』
私はたった一度の過ちを犯した。後悔はしていない。それ以降、シェリー様に避けられたとしても。私とシェリー様は料理で繋がっている。妊娠されたシェリー様は、また料理を完食されるようになった。
その日も私はいつのと変わらない日を過ごしていた。今日からディラン様は出陣前の休暇に入られた。普段は帰りが遅くバラバラに食事されているディラン様、ユカリナ様、シェリー様は食事を共にされることになったとしても、私には関係がなかった。いつもと同じようにシェリー様用の晩餐の用意を終えて、主様とユカリナ様用の料理を手伝い、ひと休憩していた時だった。給仕係が皿を持って飛び込んできたのは。
「この前菜を作ったのは誰だ!」
毒草だったそうだ。健康な人が食べても毒にはならないが、妊婦が食べると猛毒となる毒草。通称”子流し草”。よく食べられる食材にとてもよく似た毒草で、業者があやまって納入したのに気が付かず提供してしまった。プロなら絶対に知っている常識。しかし、素人に毛が生えただけの私は知らなかった。シェリー様は私が用意した他の方とは違う料理を食べていたので何も起こらなかったが、ユカリナ様は倒れたと言う。急いで食堂に向かう。ユカリナ様はすでに他の部屋に運ばれた後だった。ディラン様は付き添われたそうだ。目線をシェリー様へと向ける。目が合うと、急に青い顔をされ座り込んでしまった。
護衛たちの尋問は正直に答えた。他の料理人も庇ってくれた。でもシェリー様との過ちの件は聞かれなかったから言わなかった。
私は責任をとって屋敷をでることになった。当然だ。
でも、心の中で思う。シェリー様じゃなくて良かったと。私の子供を宿しているかもしれない女性を思って、私は故郷に帰る。
28
お気に入りに追加
3,754
あなたにおすすめの小説
愛のある政略結婚のはずでしたのに
神楽ゆきな
恋愛
伯爵令嬢のシェリナ・ブライスはモーリス・アクランド侯爵令息と婚約をしていた。
もちろん互いの意思などお構いなしの、家同士が決めた政略結婚である。
何しろ決まったのは、シェリナがやっと歩き始めたかどうかという頃だったのだから。
けれども、それは初めだけ。
2人は出会ったその時から恋に落ち、この人こそが運命の相手だと信じ合った……はずだったのに。
「私はずっと騙されていたようだ!あなたとは今日をもって婚約を破棄させてもらう!」
モーリスに言い放たれて、シェリナは頭が真っ白になってしまった。
しかし悲しみにくれる彼女の前に現れたのは、ウォーレン・トルストイ公爵令息。
彼はシェリナの前に跪くなり「この時を待っていました」と彼女の手を取ったのだった。
婚約者の恋人
クマ三郎@書籍発売中
恋愛
王家の血を引くアルヴィア公爵家の娘シルフィーラ。
何不自由ない生活。家族からの溢れる愛に包まれながら、彼女は社交界の華として美しく成長した。
そんな彼女の元に縁談が持ち上がった。相手は北の辺境伯フェリクス・ベルクール。今までシルフィーラを手放したがらなかった家族もこの縁談に賛成をした。
いつかは誰かの元へ嫁がなければならない身。それならば家族の祝福してくれる方の元へ嫁ごう。シルフィーラはやがて訪れるであろう幸せに満ちた日々を想像しながらベルクール辺境伯領へと向かったのだった。
しかしそこで彼女を待っていたのは自分に無関心なフェリクスと、病弱な身体故に静養と称し彼の元に身を寄せる従兄妹のローゼリアだった……
愛を疑ってはいませんわ、でも・・・
かぜかおる
恋愛
王宮の中庭で見かけたのは、愛しい婚約者と私じゃない女との逢瀬
さらに婚約者は私の悪口を言っていた。
魅了で惑わされた婚約者への愛は消えないけれど、
惑わされる前と変わらないなんて無理なのです・・・。
******
2021/02/14 章の名前『後日談』→『アザーズ Side』に変更しました
読んで下さりありがとうございます。
2020/5/18 ランキング HOT 1位 恋愛 3位に入らせていただきました。
O(-人-)O アリガタヤ・・
コメントも感謝です。
とりあえず本編の方の更新を優先させていただきますので、申し訳ありませんがコメントの返答遅くなります。
その愛情の行方は
ミカン♬
恋愛
セアラには6歳年上の婚約者エリアスがいる。幼い自分には全く興味のない婚約者と親しくなりたいセアラはエリアスが唯一興味を示した〈騎士〉の話題作りの為に剣の訓練を始めた。
従兄のアヴェルはそんなセアラをいつも見守り応援してくれる優しい幼馴染。
エリアスとの仲も順調で16歳になれば婚姻出来ると待ちわびるセアラだが、エリアスがユリエラ王女の護衛騎士になってしまってからは不穏な噂に晒され、婚約の解消も囁かれだした。
そしてついに大好きなエリアス様と婚約解消⁈
どうやら夜会でセアラは王太子殿下に見初められてしまったようだ。
セアラ、エリアス、アヴェルの愛情の行方を追っていきます。
後半に残酷な殺害の場面もあるので苦手な方はご注意ください。
ふんわり設定でサクっと終わります。ヒマつぶしに読んで頂けると嬉しいです。
2024/06/08後日談を追加。
そう言うと思ってた
mios
恋愛
公爵令息のアランは馬鹿ではない。ちゃんとわかっていた。自分が夢中になっているアナスタシアが自分をそれほど好きでないことも、自分の婚約者であるカリナが自分を愛していることも。
※いつものように視点がバラバラします。
忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。
夫が隣国の王女と秘密の逢瀬を重ねているようです
hana
恋愛
小国アーヴェル王国。若き領主アレクシスと結婚を果たしたイザベルは、彼の不倫現場を目撃してしまう。相手は隣国の王女フローラで、もう何回も逢瀬を重ねているよう。イザベルはアレクシスを問い詰めるが、返ってきたのは「不倫なんてしていない」という言葉で……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる