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彼女が出ていくその前は

料理人は嘘はついていません。ただ言わなかっただけ 

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 その日はなんてとこもない一日になるはずだった。


 私はエルバート侯爵家で料理人をしている。忙しい共働きの両親に変わり料理をするようになったのは、12歳になった頃。他に取柄がなく、成人した私が勤めだしたのは、王都の片隅の小さな食堂だった。苦労はしたけれど、新しい工程をまかされるのが嬉しかった。そして、私はある時、侯爵家がある地方の料理を作れる料理人を探していると、先輩に教えられた。私が生まれ育った地方の料理だ。独特の香辛料を多数使った料理は、その地で学んだ者にしか作れないとされている。

 私は先輩の推薦を受け、面接に行った。緊張しきりだった。面接の場で、私は来る場を間違えたのだと悟った。貴族様に提供できるような料理は知らない。私が知っているのはあくまでも家庭料理だ。私と同じように面接に来ていた他の料理人は、どこどこの貴族の元で働いていた、とアピールしていた。私は素直に話した。それなのに、なぜか私が採用された。

 『むしろ、家庭料理を作れる人材を探していた』

 主となったディラン様が仰っていた。どうやら、地方出身の第2夫人が、食欲がないらしい。私は、すぐにその方の元へ、シェリー様の元に案内された。痩せ細ったシェリー様にご希望を聞くと、本当に一般市民が食べているようなスープを食べたいと言われた。

 その日から、私は毎日シェリー様のためだけの食事を作った。はじめの頃は残されていた料理もいつからか完食されるようになった。私はシェリー様と会うのが楽しみだった。気さくなシェリー様とは、よく故郷の話で盛り上がった。それなのに、シェリー様はまた食事を残されるようになった。その理由は想像がつく。今、屋敷はユカリナ様派とシェリー様派とに分かれ、様々な噂が飛び交っていたからだ。

 いつもと同じように、何をお召し上がりになりたいかを伺うために訪れた別邸。シェリー様は泣いていた。いつもついているはずの侍女の姿はなく、人目もはばからずに泣いていた。

 『ユカリナ様が私を追い出そうとしているんですって。私はここにいたいの。ディランの傍にいたいの。私にも子供ができれば…』

 私はたった一度の過ちを犯した。後悔はしていない。それ以降、シェリー様に避けられたとしても。私とシェリー様は料理で繋がっている。妊娠されたシェリー様は、また料理を完食されるようになった。


 その日も私はいつのと変わらない日を過ごしていた。今日からディラン様は出陣前の休暇に入られた。普段は帰りが遅くバラバラに食事されているディラン様、ユカリナ様、シェリー様は食事を共にされることになったとしても、私には関係がなかった。いつもと同じようにシェリー様用の晩餐の用意を終えて、主様とユカリナ様用の料理を手伝い、ひと休憩していた時だった。給仕係が皿を持って飛び込んできたのは。

 「この前菜を作ったのは誰だ!」


 毒草だったそうだ。健康な人が食べても毒にはならないが、妊婦が食べると猛毒となる毒草。通称”子流し草”。よく食べられる食材にとてもよく似た毒草で、業者があやまって納入したのに気が付かず提供してしまった。プロなら絶対に知っている常識。しかし、素人に毛が生えただけの私は知らなかった。シェリー様は私が用意した他の方とは違う料理を食べていたので何も起こらなかったが、ユカリナ様は倒れたと言う。急いで食堂に向かう。ユカリナ様はすでに他の部屋に運ばれた後だった。ディラン様は付き添われたそうだ。目線をシェリー様へと向ける。目が合うと、急に青い顔をされ座り込んでしまった。

 護衛たちの尋問は正直に答えた。他の料理人も庇ってくれた。でもシェリー様との過ちの件は聞かれなかったから言わなかった。


 私は責任をとって屋敷をでることになった。当然だ。

 でも、心の中で思う。シェリー様じゃなくて良かったと。私の子供を宿しているかもしれない女性を思って、私は故郷に帰る。
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