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近衛騎士団
新婚旅行
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「わぁ、素敵なところね!」
美しい湖畔に建てられた邸宅のバルコニーに立ったハーミア王太子妃は、珍しく少女のような屈託のない笑みを浮かべて言った。
「ええ、来てよかったわ」
逆に落ち着いて見えるのは、ハーミア王太子妃の実妹、フィーネ嬢だ。
そしてフィーネの隣には、その婚約者でもあり、ハーミア王太子妃直属騎士団団長でもある、ダディエ・ミルボー近衛騎士団第五部隊隊長が立っている。
その三人から少し下がった室内には、ユリエル・コンスタン近衛騎士団第五部隊副隊長が黙って控えていた。
ここは王都から幾分離れた都市だ。
近くには山があり、森があり、目の前には湖が広がっている。
そう聞けばなんとも美しい自然豊かな地方都市らしいが、実際のところは手付かずの山も多く、おしゃれなお店が立ち並ぶわけでもない、要するに田舎町だった。
なぜこんな辺鄙な場所に王都に住まう王太子妃らがいるのかというと、三ヶ月前のユリエルの発言がきっかけだった。
三ヶ月前、ちょうどこのメンバーで内々のお茶会があった。
王太子妃の「妹と妹の婚約者とお茶をしたいわ」茶会だ。
護衛として近くに控えていたユリエルにも、ハーミアとフィーネはよく話し掛けていて、話を振られればユリエルも丁寧に返事を返していた。
そんな中で、ユリエルは「新婚旅行」という言葉を使ってしまった。
この世界には、新婚旅行などという概念はない。それは、ユリエルの前世知識だ。
初めて聞く言葉に、ハーミアは興味津々で、新婚旅行には少し遅いが自分も行ってみたいと言いだしたのだった。
そこに婚約したばかりのフィーネも加わり、「少し遅い新婚旅行」と「婚前旅行」という妙なWデートが決まってしまった。
ならばもっと王室関連の別荘にでも行けば良いものの、ユリエルそのものにも興味を持っていたハーミアは、行き先にユリエルの実家であるコンスタン領を望んだ。
つまりここは、田舎男爵コンスタン領なのである。
「殿下も一緒に来られればよろしかったのに」
「しかたがないわ。ご公務が押してしまったんだもの。明日か明後日にはいらっしゃるということだし、それまで私達で楽しみましょう」
ハーミアが相変わらず無邪気に楽しそうにしているのは、堅苦しい王宮から離れた上に、まだ王太子殿下が到着していない気安さもあるのかもしれなかった。決して仲が悪いわけではないが、やはり下町の夫婦のようにはいかないのだろう。
逆にご令嬢然としたままのフィーネは、ダディエがいるので被った猫を脱ぐわけにはいかない。
公爵令嬢らしく、淑やかに振る舞っているので、今日はどちらが妹なのかわからない感じだった。
「コンスタン卿、こんな素敵な場所をご用意くださってありがとうございます」
くるり、と後ろを振り返ったハーミアは実に楽しそうだが、コンスタン家は実は本当に大変だった。
今いるこの邸もたった三ヶ月で建てられた王室専用の邸宅だし、湖の近くに見える遊歩道も、馬車が通る大通りも、大急ぎで整備されたものなのだ。
潤沢な資金は出たものの、お金だけで施設は完成しない。
それはもう、本当に大変だった。
「本日の晩餐では、父、コンスタン男爵もご挨拶申し上げます」
ずいぶん板についてきた美しい所作で、ユリエルが軽く腰を折った。
その姿は、王宮で「白金の騎士様」と呼ばれるのにふさわしく、もはや貧乏男爵家の四男とは思えないほどに美しい。
はしゃいでいたハーミアはもちろん、普段はダディエしか見えていないフィーネですら、見惚れてしまうほどだった。
「一度部屋に戻ろう。ヘラも準備があるだろう?」
そう発したのは、フィーネの手を取っていたダディエだ。
ユリエルと同じくらい下がって控えていたフィーネの専属侍女は、「しばしフィーネ様をお願いいたします」と下がっていった。この邸の使用人と打ち合わせをして、フィーネらにお茶の準備をするためだ。
「ハーミア王太子妃殿下、よろしければお手を」
ユリエルが言った。
すっとエスコートする仕草が、また美しい。
ユリエルの白金だと呼ばれる髪が揺れ、白に近いけれど本当は金色なのだとわかる。
差し出された手にそっと手を乗せると、華奢で美しいその手のひらには、剣士らしい剣だこがあることがわかる。
そのある種の男性らしさに、ハーミアはまたドキドキした。
「妃殿下も一緒に、私達の部屋へいらっしゃいませんか」
そのドキドキを遮るように声を発したのは、またしてもダディエだ。
嫉妬、と呼ぶのが相応しいのだろう。
あるいは牽制か。
いずれにせよ、ダディエの機嫌は良くない。
もちろん顔は穏やかに笑みをたたえてはいるが、ダディエの機嫌が悪いことはフィーネにも伝わっていた。
自分の手の下に添えられているダディエの手にきゅっと力が入った時、自分がユリエルに見惚れてしまったことへの嫉妬かと思った。
けれど、そうではないと気付いた。
(やっぱり、ダディエ様とコンスタン卿との話はデマではないのね)
少し力の入ったダディエの手を、フィーネもきゅっと握った。
美しい湖畔に建てられた邸宅のバルコニーに立ったハーミア王太子妃は、珍しく少女のような屈託のない笑みを浮かべて言った。
「ええ、来てよかったわ」
逆に落ち着いて見えるのは、ハーミア王太子妃の実妹、フィーネ嬢だ。
そしてフィーネの隣には、その婚約者でもあり、ハーミア王太子妃直属騎士団団長でもある、ダディエ・ミルボー近衛騎士団第五部隊隊長が立っている。
その三人から少し下がった室内には、ユリエル・コンスタン近衛騎士団第五部隊副隊長が黙って控えていた。
ここは王都から幾分離れた都市だ。
近くには山があり、森があり、目の前には湖が広がっている。
そう聞けばなんとも美しい自然豊かな地方都市らしいが、実際のところは手付かずの山も多く、おしゃれなお店が立ち並ぶわけでもない、要するに田舎町だった。
なぜこんな辺鄙な場所に王都に住まう王太子妃らがいるのかというと、三ヶ月前のユリエルの発言がきっかけだった。
三ヶ月前、ちょうどこのメンバーで内々のお茶会があった。
王太子妃の「妹と妹の婚約者とお茶をしたいわ」茶会だ。
護衛として近くに控えていたユリエルにも、ハーミアとフィーネはよく話し掛けていて、話を振られればユリエルも丁寧に返事を返していた。
そんな中で、ユリエルは「新婚旅行」という言葉を使ってしまった。
この世界には、新婚旅行などという概念はない。それは、ユリエルの前世知識だ。
初めて聞く言葉に、ハーミアは興味津々で、新婚旅行には少し遅いが自分も行ってみたいと言いだしたのだった。
そこに婚約したばかりのフィーネも加わり、「少し遅い新婚旅行」と「婚前旅行」という妙なWデートが決まってしまった。
ならばもっと王室関連の別荘にでも行けば良いものの、ユリエルそのものにも興味を持っていたハーミアは、行き先にユリエルの実家であるコンスタン領を望んだ。
つまりここは、田舎男爵コンスタン領なのである。
「殿下も一緒に来られればよろしかったのに」
「しかたがないわ。ご公務が押してしまったんだもの。明日か明後日にはいらっしゃるということだし、それまで私達で楽しみましょう」
ハーミアが相変わらず無邪気に楽しそうにしているのは、堅苦しい王宮から離れた上に、まだ王太子殿下が到着していない気安さもあるのかもしれなかった。決して仲が悪いわけではないが、やはり下町の夫婦のようにはいかないのだろう。
逆にご令嬢然としたままのフィーネは、ダディエがいるので被った猫を脱ぐわけにはいかない。
公爵令嬢らしく、淑やかに振る舞っているので、今日はどちらが妹なのかわからない感じだった。
「コンスタン卿、こんな素敵な場所をご用意くださってありがとうございます」
くるり、と後ろを振り返ったハーミアは実に楽しそうだが、コンスタン家は実は本当に大変だった。
今いるこの邸もたった三ヶ月で建てられた王室専用の邸宅だし、湖の近くに見える遊歩道も、馬車が通る大通りも、大急ぎで整備されたものなのだ。
潤沢な資金は出たものの、お金だけで施設は完成しない。
それはもう、本当に大変だった。
「本日の晩餐では、父、コンスタン男爵もご挨拶申し上げます」
ずいぶん板についてきた美しい所作で、ユリエルが軽く腰を折った。
その姿は、王宮で「白金の騎士様」と呼ばれるのにふさわしく、もはや貧乏男爵家の四男とは思えないほどに美しい。
はしゃいでいたハーミアはもちろん、普段はダディエしか見えていないフィーネですら、見惚れてしまうほどだった。
「一度部屋に戻ろう。ヘラも準備があるだろう?」
そう発したのは、フィーネの手を取っていたダディエだ。
ユリエルと同じくらい下がって控えていたフィーネの専属侍女は、「しばしフィーネ様をお願いいたします」と下がっていった。この邸の使用人と打ち合わせをして、フィーネらにお茶の準備をするためだ。
「ハーミア王太子妃殿下、よろしければお手を」
ユリエルが言った。
すっとエスコートする仕草が、また美しい。
ユリエルの白金だと呼ばれる髪が揺れ、白に近いけれど本当は金色なのだとわかる。
差し出された手にそっと手を乗せると、華奢で美しいその手のひらには、剣士らしい剣だこがあることがわかる。
そのある種の男性らしさに、ハーミアはまたドキドキした。
「妃殿下も一緒に、私達の部屋へいらっしゃいませんか」
そのドキドキを遮るように声を発したのは、またしてもダディエだ。
嫉妬、と呼ぶのが相応しいのだろう。
あるいは牽制か。
いずれにせよ、ダディエの機嫌は良くない。
もちろん顔は穏やかに笑みをたたえてはいるが、ダディエの機嫌が悪いことはフィーネにも伝わっていた。
自分の手の下に添えられているダディエの手にきゅっと力が入った時、自分がユリエルに見惚れてしまったことへの嫉妬かと思った。
けれど、そうではないと気付いた。
(やっぱり、ダディエ様とコンスタン卿との話はデマではないのね)
少し力の入ったダディエの手を、フィーネもきゅっと握った。
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