【BL】傾国の美「男」

采女

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王都騎士団

休日

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「ううっ、今日はちょっと冷えるかも」
 王都騎士団へ入団して、もうすぐ三週間。
 王都の寒さは比較的緩やかだと聞いているが、朝晩の風はひんやりと冷たくなってきていた。
 騎士団の制服は戦闘を前提としているものなので、見た目よりもずっと薄くて軽い。
 つまり、夜勤でじっとしているには少々寒い造りになっている。
 ほとんど仕事はなく、むしろ寝ていても良いくらいなのに、真面目に夜勤を続けているユリエルは、自分の腕をさすりながら立っていた。
 自室には暖炉があるが、まだ暖炉に火を入れるほどの寒さではないので、ちょっと困る。
(あー、前世にはエアコンなんてものがあるのか……)
 毎日数個ずつ、こうして前世の記憶が見える。
 なんの脈絡もなく、突然見えるように思えていた前世の記憶は、自分が不便を感じたり、困ったり、詰まるところ「無意識に何かを欲している」時に見えるらしかった。
 いつかダディエが冗談で、エロい記憶が見えるのはユリエル自身の願望なのではないかと言っていたが、あながち間違いではなかったようだ。

 時計を見ると、午前四時をまわったところだ。
 ユリエルの尻には、今日もプラグが収まっていた。
 ものすごい圧迫感があって、毎日続けてきて慣れたつもりでも、今日はずっと落ち着かず、何度も何度も時計を確認してしまっている。
 いや、本当は圧迫感から逃れたくて時計を見ていたわけではなくて……
(早く、ダディエ殿に抜いてもらいたい……)
 ユリエルが落ち着かないのは、この太い太いプラグを、ダディエに抜いて欲しいからだった。
 嫌だからではなく、これが最後の十本目だから。
(これで、ダディエ殿に挿れてもらえる……)
 いつのまにか、ユリエルはダディエに抱かれることを望んでいた。
 あんなに自分の体質を嫌っていたのに、今では四六時中ダディエのことを考えていて、キスやその先を待っている。
 ダディエは知らないが、毎日次のプラグが入るように、仮眠すべき時間には自分でほぐしていたほどだ。
 それでも、今収まっている最後の一本は、入らないかと思うほど大変だった。
 なにせ、いちばん細くくびれている部分でも、自分の手首くらいの太さがある。
 例えるなら、握りこぶしをつくって、それを手首まで突っ込むような感じだ。
 潤滑油代わりの傷薬をたっぷり塗って、ダディエが何度も前後させながら挿入してなんとか入ったのだった。
(あと、十分……)
 ユリエルは時計を見て、今日はどうやって起こそうかと考える。
 寝起きの悪いダディエは、毎朝いたずらをしてもなかなか起きない。
 普段は受ける側のユリエルが、唯一攻める側になれるのでちょっと楽しいのだ。
(朝からエッチは、無理だよね……抜いてすぐはゆるそうだし……)
 どうせなら、待ちに待った初エッチはたっぷり時間をかけたいし、たくさん気持ちよくなってもらいたいと思う。
(うん、やっぱり夜、かな)


「コンスタン卿は今日は休みで、夜勤にはエルマに入ってもらう」
 朝礼を兼ねた朝食で、ダディエはそう言った。
「休み、ですか?」
 これまでにも休みの日はあったが、こんな急に休みを言い渡されたのは初めてだ。
「夜勤、ですか? わかりました」
 エルマにとっても急な変更だったのだろう。
 戸惑った様子が見て取れる。
「エルマはこの後仮眠を取って、リューンベリ卿はいつもどおり日勤で頼む」
 アンスヘルムは、承知しました、と短く答えている。
 こちらはいつも笑みを浮かべていて、表面上の愛想は良い。
「私は午後から出掛ける。戻りは……明日の日中になると思うから、留守を頼む」
「え……」
(今晩、ダディエ殿はいないのか……)
 明るかった気持ちが、しゅう、としぼんでいく。
 仕方がないとは思うが、今晩は一緒にいたかったのにとユリエルは思った。
(いやいやいや、別に恋仲とかじゃないんだから!)
 ユリエルは、自分の思考につっこみを入れる。
 ダディエとの毎夜の情事は楽しいし、大事にされているとも思う。
 だが、ダディエはゲイでもバイでもなく、まっとうに女性が好きだとも公言している。
 自分との関係は、あくまでも特殊体質が生んだ必要措置だ。
(僕だって、かわいい女の子がいいんだし)
 そう気持ちを切り替えて、ユリエルは目の前の朝食を口に運ぶ。
 自分で作ったものだが、我ながら美味しいと思う。
 貧乏貴族で料理人も常駐させられない家だったが、おかげで騎士団での生活には困ることがないどころか重宝されているんだから。


 朝食を食べて自室に戻り、とりあえずゆっくり寝ようと思って、起きたら午後一時を回っていた。
 いつもなら多少寝過ごしても昼食の時間に起こしてもらえるのだが、今日は休みだと言われた上に、料理上手なエルマも夜勤だ。

「アンスヘルム殿は昼食は食べられましたか?」
 執務室に顔を出すと、アンスヘルムが静かに書類を作成していた。
 ダディエもすでに出掛けていて、エルマはやはり夜勤に備えてまだ寝ているらしい。
「ええ、食べましたよ。今日は一人だったので食堂で」
 そうだろうとは思っていたが、食堂にはもう軽食程度しか残っていないことだろう。
「じゃあ、僕は久しぶりに外出してこようかな」
「いいんじゃないですか」
 よくよく考えれば、執務室とその隣のキッチンと、廊下を挟んだ向かいの自室とダディエの私室、あとはせいぜい剣の稽古のための訓練場くらいにしか行かない生活が続いている。
 たまには外に出たほうがいいだろう。
「じゃあ僕、今日は外出してきますね」
「ごゆっくり」
 笑顔だが、アンスヘルムのニュアンスとしては「好きにすれば?」くらいだろう。
 まあ、貴族スマイルなんてそんなものだ。

 外出届を出して外に出ると、空が高く感じた。
(こういうのを「秋晴れ」っていうんだな)
 前世には「四季」があって、それに当てはめれば今は秋だ。
 もみじはないが、同じように赤く色付く木はある。
(とりあえず昼食、かな……)
 キョロキョロと辺りを見回す。
 社交界とも縁遠い地方の田舎貴族だったユリエルは、王都へ出てきてからずっと騎士団での生活だったために、半月余りが過ぎた今でも王都はまったくわからなかった。
(飯屋の場所くらい聞いてから来るんだったなぁ)
 右も左もわからないので、とりあえず目の前の道を歩いて行くことにした。

 しばらく行くと、人流が増えてきた。
 人の多い場所であれば、食事処もあるだろうと思い、人の多い方へと歩いていく。
 すると、商店街のような通りにたどり着いた。
 貴族街ではないらしく、簡素な服を着た人が多いが、それでも田舎とは違って皆清潔で綻びのない服を着ている。
(よっしゃ、当たり!)
 ユリエルは、心の中でガッツポーズをした。
 貴族街ではやたら高級でマナーや服装にうるさい店が多いが、平民街ならばそんなことはない。
 かといって治安も悪くなさそうだから、ぼったくられたりすることもないだろう。

 適当な店に入ると、目の前に水が置かれた。
「頼んでいませんが……」
 断ろうとすると、給仕係は笑って制した。
「あはは! お客さん、よそから来た人ね? ここは水の都。美味しい水だけはたっくさんあるんだから、お金なんて取らないわ」
 そういえば、王都は別名「水の都」と呼ばれる水源地だった。
 王城の裏には大きな山々が連なり、美しい湧き水が絶えず溢れているという。
 おかげで川も多く、井戸水も飲料水として飲める。
「そうか……ありがとう。いただくよ」
「王都が初めてなら、こちらのメニューはいかがですか? 今王都で大流行中なんです。デザートまで付いていてお得ですよ」
 勧められたのは、野菜ときのこたっぷりのキッシュプレートだ。
「ではそれと……紅茶を頼めるかな」
「はい、キッシュプレート・デザートセットと紅茶ですね! 少々お待ちくださいませ」
 適当に入った店だが、明るくて良い店だ。
 店内には女性と若いカップルが多い。
(たしかに、デートにはぴったりの店かも)
 出された水を飲むと、水は喉に心地よかった。
 汲み置いたものではないのだろう。冷たくてほんのり甘さを感じる。
(こういう休日もいいなぁ)
 落ち込んでいた気分も穏やかに晴れていくようだった。

 のんびり食べても、まだ外は十分明るかった。
(んー、何をするかなー)
 ぷらぷらと商店街を歩くが、特別やりたいことはない。
 よくよく考えると、ユリエルには趣味らしいものが何もなかった。
 幼少期はやたらと誘拐されるので家にいるばかりだったし、護身のために体術と剣術を始めてからは、暇ができれば稽古三昧。加えて使用人も十分でない貧乏男爵家だったから、炊事や洗濯、掃除なんかもやっていた。
 趣味なんてものを得る余裕はなかったのだ。
 今もあまりお金は遣いたくない。
 騎士団に入団して、それなりにいい給金はもらっているものの、実家は相変わらずの貧乏貴族だ。
 できるだけ実家に仕送りをしてやりたい。
 ただ、こうして時間には余裕ができた。
(金をかけずにできる趣味、かぁ……)
 立ち並ぶ店をゆっくり眺めながら考えるが、商店街なのだからどこもそれなりにお金は遣う。
 当たり前だ。
 それでもいろんな店を見ながら歩いているのは、それなりに楽しかった。

 そうして歩いていると、少しずつ日も傾いてきた。
 女性の多かった通りにはいつのまにか男性が増えていて、食堂やカフェよりも酒場が賑わいをみせている。
(ちょっと早いけど、夕飯も食べて帰るか)
 そう思って、適当な酒場のドアをくぐった。

 正直なところ、だいぶ油断していたと思う。
 一度エルマの理性は飛んでしまったが、普通にしている時には魅了の体質はずっと出ていなかった。
 はっきりとした理由はわからないが、団長補佐見習いになって以降、本当に落ち着いていた。
 それだけでなく、ダディエと過ごす日々も、補佐見習いとしての仕事も、充足感があった。
 毎日が穏やかで、満ち足りていた。

「騎士団の団長、どうやら許嫁がいたらしいぜ」
「あの、黒髪の騎士様?」
「ああ。今日ジェリーニ様んとこでパーティーがあってさ、うちの店も準備に追われてたんだけど、あそこのフィーネ様と婚約発表するんだってさ」
「フィーネ様って、まだ十代じゃなかったか?」
「今日誕生日なんだと。成人するまで待ってたって噂さ」
「騎士様って、美丈夫だけどもう三十歳過ぎてるよな。いいなぁ、若い嫁さんとか」
「いったいいくつの時から手を付けてたんだって話だけどな!」

 酒場で聞こえてきた話に、ユリエルは固まってしまった。
 聞くべきではないと思っても、耳をそばだてて聞いてしまう。
(ダディエ殿が、婚約……?)
 ジェリーニ家といえば、貴族なら誰でも知っている公爵家だ。
 たしか長女は現王太子妃で、このままいけば皇后になる。
 フィーネ様は、その妹君だったはずだ。
 ダディエは侯爵家の子息。公爵家とも家格がつりあう。
 年齢を考えても、別人の話とは思えない。
(今日の外出は、婚約発表のパーティーなのか……)
 めでたいと言えばいいだけの話なのに、ユリエルの心はざわざわと落ち着かなくなる。

 酒場の噂話は、まだ続いている。
「あれ? その騎士様って、最近ゲイじゃないかって噂もなかったか?」
「ああ、そんな話も聞いた覚えがあるな。なんか若い男を囲ってるって。女どもが最近遊んでくれないのはその男のせいじゃないかって憤慨してたか」
「ははは。どうせ女どもが相手にしてもらえなかったから、悔しくて男のせいにしたんだろ。ま、婚約準備だったと考えればその辺の女なんか相手にされなくて当然だわな」

 違う、とユリエルは思う。
 婚約準備で忙しそうだなんてことは、まったくなかった。
 ゲイではないけれど、自分と毎夜関係を持っていた。
 それが、こんな下町でもゲイだと噂になるほどに広まっていた?
 いろんなことが、ショックで仕方ない。
 ダディエが婚約発表すること、実は幼い頃から許嫁がいたこと、許嫁がとても若い女性であること、しかもこの上なく高い身分であること、恐らく自分のせいでゲイだと噂されていたこと……
 ユリエルは、自分が何に衝撃を受けているのか判然としないものの、言い表せないほどに心がぐちゃぐちゃに揺れるのを感じていた。

 普段はほとんど飲まない酒を一気にあおり、新しく注文する。
 ドッドッとうるさく血が巡って、うまく思考が制御できない。
 飲みたい、呑まれたい、このまま落ちてしまいたい……

 そうしてユリエルは、自分の思考を手放した。
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