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監禁

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 気がつくと、固いベッドの上に寝かされていた。
 体中が痛くて、寒い。
 縛られたり拘束されたりはしていないが、服は着ていないし、布団のようなものもない。
 髪はまだ濡れているが、拭けるようなものもなかった。
 部屋は暗くて、近くには蝋燭の灯った燭台が一本あるだけだ。

 燭台を持って、部屋を歩いてみる。
 薄暗くてよく見えないが、芝浦は居ないようだった。

 降りてきたはずの階段を上ってはみたが、出口はない。
(どこかに扉があるんだろうけれど……)
 これだけ自由な状態で放置しているのだから、どうせ内側からでは開けられないのだろうと思う。扉の位置がわかったとしても、外から鍵でもかかっていそうだ。

 階段を降りて部屋に戻る。
 エアコンはなさそうなのにずいぶん寒いのは、ここが元ワイン蔵だからなのだろう。うろ覚えだが、ワインは一五度くらいで保管するんじゃなかっただろうか。ワインを貯蔵するのに適した温度を保つように作られているのであれば、全裸に濡れた髪では寒くて当然だ。

 固いベッドに戻って腰掛けると、お尻がひやりとした。
 はぁ、と息を吐く。
 正直、縄を解かれたことも覚えていない。
 何度も水の中に頭を突っ込まれて苦しかったことは覚えている。終始穏やかな笑みで淡々としていた芝浦の顔も覚えているが、思い出すとその異様さにゾクリとした。
 別に彼は豹変したりしていないのだ。
 ずっと人の良さそうな笑みを浮かべて、荒ぶる様子もまったくない。それなのに、そのままの状態で何度も水責をし、当たり前のように監禁した。
 そんな人がいるのかと思う。
 自分の父親もろくでもない人だったと思うが、あの人はわかりやすく激昂していた。きっかけは些細なことで理解に苦しむけれども、それでも機嫌が悪いことはわかりやすかった。
 そのわかりやすさが、芝浦にはない。
 あんな丁寧で優しそうな人が、そのままの笑みでこんなことをするなんて。
(逃げなきゃ……)
 そうは思っても、ここから出るのは難しい。
 この部屋から出る術もないし、そもそも希望を言うだけであんな事をされたのに、逃げ出そうとしたなんて知られたら何をされるのか。
 いっそのこと、従順にしていれば三日後には帰してもらえるかもしれない。
 約束を守ってくれる確証はないが、守ってくれるのならあとニ、三日の我慢だ。
(数時間で気絶していたのに?)
 自問自答する。
 何が正解なのかわからない。
 そもそも今は何日の何時なのだろう。


 ぐるぐる考えているうちに眠ってしまったらしい。
 遠くでうっすらと話し声がする。
 地下だからか、音がとても遠くてよく聞き取れない。

 重いまぶたを頑張って持ち上げてみたが、蝋燭が消えてしまったようで辺りは真っ暗だった。
 相変わらず寒くて、体中が痛くて重い。
(でも、だれかいるなら……)
 ぼんやりと定まらない思考で、でも、助けを求めてみようと思った。
 よく見えない室内を、手探りで這うように進んで、階段を上り、突き当たった天井を手で叩いた。
 叩いてみると、そこは周囲のような石ではなく、木でできているようだった。
 あまり力は入らないが、トントンと音がする。
 外ではやっぱり誰かの声が聞こえるが、扉は開かない。
(ああ……もう叩くのもしんどい、な……)
 もう全身が重くて、だるい。

「姫ちゃん!」

 急に明るくなって、誰かにそう呼ばれた。
 もう頭が働かないが、誰かがとても怒っている。
 怒鳴り声は怖い。
 縮こまっていたいのに、誰かに身体を起こされて、明るい場所に引っ張り出される。
 怖いけれど、さっきより少し暖かい。
(もう、眠い……)
 そこでふっと意識を手放した。


 次に目が覚めると、真っ白な空間だった。
 天井も、カーテンも、壁も、全部真っ白。
 点滴のパックがぶらさがっていて、管をたどって目線を動かすと、茶色い頭が見えた。
 ベッドに突っ伏して眠っているようだ。
「博己……?」
 頭頂部なんてあまり見たことがないので自信はないが、眠っている頭に声を掛けてみる。
 茶色い頭は、ガバっと起き上がって、「姫ちゃん!」と叫んで慌ててナースコールを押した。
 やっぱり博己だった。

 パタパタとやってきた看護師さんの質問にいくつか答える間、博己は横でずっと難しい顔をしていた。
 看護師さんが出ていっても、横で同じように立ちつくしている。
「博己が、助けてくれたの?」
 声を掛けると、返事の代わりに大きな溜息をついた。
「……なんであいつについて行ったの?」
「個人で、緊縛モデルをして欲しいって言われて……講習会で会った人だったし、受付のスタッフさんも問題ないって……」
「…………」
「ええと……芝浦さん、優しそうに見えたし……ちゃんと名刺もくれたし……」
「それで、自分がどんな目にあったか覚えてる?」
「……うん」
「優しそうな人が本当に優しいとは限らないんだよ。特にサディストは危ない人も多いんだ。だから俺が……」
「?」
 博己は、何かを言いかけて、頭を振る。
「……俺だって、最初はいい人だと思ったのに騙されたんだろうが」
 たしかにそうだ。最初博己に仕組まれて動画を撮られて、それでSMデリヘル嬢になんかなったのだ。
 そう言われると、なんとも学習しないなと思う。
 と同時に、何か違和感を感じる。
(なんだろう……?)
 違和感の正体は、判然としない。
「博己は、なんで助けに来てくれたの?」
「……サークルでうちに登録してあるだろ、あいつ。登録時には必ず調査をしてる。サークルの活動としては健全だったけど、個人としては怪しい噂があった。あいつの知人女性が、何人か自殺したり失踪したりしている。だから、個人での会員登録は許可しなかった」
(自殺に、失踪……?)
「え……個人会員登録できないのは、会費が高いからだって……」
「あいつの給与収入は少ないけど、不動産収入と株主配当で金持ちだよ」
 博己は「親から相続しただけで本人は何もしてないけど」、と続けた。
「姫ちゃんがあいつ個人の依頼を受けてもいいか確認を取ったって聞いて、慌てて電話したんだ。なのに姫ちゃん電話切るし。俺の話全然聞かないし……まあ、俺の信用がないのは俺のせいなんだろうけど……とりあえずまずいと思って、興信所に連絡取って当時の資料からあの家を聞き出して向かったんだ」
 よく見ると、博己は自分の両手を固く握っていて、カタカタと震えていた。
「……ごめんなさい」
「…………いや、俺のせいだ」
「別に博己のせいじゃ……」
「俺が……もっと、ちゃんと……」
「博己?」
 なんだかおかしい。
 普段の博己と違うのはもちろんだけど、そうじゃなくて……そう、私を心配しているというよりも、博己自身がなにかに怯えているような、別のなにかを見ているような、そんな感じ。
 似たような感情には、覚えがある。
「博己、過去に何があったの?」
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