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緊縛モデル
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昨日、ご新規のお客様とのプレイを終えて待機室に戻ると、メールが届いていた。
個人で緊縛モデルをお願いしたいと言ってきた芝浦さんだ。
『時間があれば今日にでも』と書いてあったが、時刻はすでに夜九時をまわっていたので、行けなくはないかもしれないけれど終電がなくなってしまうかもと、今日になった。
今朝は久しぶりに昼前まで寝て、悩んだけれどもごく普通の下着にワンピースを着て家を出た。
全裸で緊縛したいと言われているのだから、ブラにワイヤーが入っていてもいいだろうという判断だ。この前のサークルでの緊縛モデルは着衣緊縛だったからノンワイヤーブラを選んだのだけれど、やっぱりワイヤーが入っている方がホールド感がある。
待ち合わせ場所の駅は、何度か行ったことのあるショッピングモールの最寄りだった。
まだ約束の時間までは二時間ほどあるので、のんびり昼食を食べられそうだ。
何を食べようかとショーウィンドウの中のよくできた食品サンプルを見て回る。
(あ……)
博己がわざとコーヒーをこぼしたオムライス屋の前で立ち止まった。
あれは五月のことだったから、もう三ヶ月ほども経つのか。
あの日の出来事さえなければ、SMデリヘルなんて絶対縁がなかっただろうし、今日だって緊縛モデルをしに行ったりすることもなかっただろう。
ただ、博己を恨めしく思う気持ちは、いつの間にか消えてなくなっていた。
きっかけは間違いなく博己だっただろうけれど、今こうしているのは自分の意思だ。
結局のところ、自分自身にそういう素質があって、博己のお膳立てがなくても、いつか似たような道に進んでいたのかもしれないと思う。
(今日の緊縛モデルなんて、博己関係ないしな……)
少し悩んで、そのオムライス屋さんに入った。
食べ終わってもまだ少し時間があったので、ぷらぷらとお店を覗いてまわる。
これから約束があるので買うわけにはいかないが、値下げされた夏物と季節を先取る秋物の洋服が並んでいて楽しいものだった。
時間を確認しようとスマホを取り出すと、いつの間にかメールが来ていた。
どうやら芝浦さんも少し早く着いたらしい。
『ショッピングモールにいるので、今から待ち合わせ場所に向かいます』と返事を送り、バッグに仕舞おうとしたところで、今度は着信が鳴った。
(? 博己?)
お店から連絡があることはあっても、博己個人から連絡が入ることは珍しい。しかも電話だ。
「はい」
「姫ちゃん? 今どこ?」
いぶかしがりながら電話を取ると、博己が焦った様子で居場所を聞いてきた。
「ショッピングモールにいますけど」
「一人? 買い物してるだけ?」
「一人ですけど……これから人と待ち合わせてるんで」
言いながら待ち合わせ場所に向かって歩いていると、前方から芝浦さんが歩いてきて、にこやかに手を振ってくれた。
「あ、合流したんで、切りますね」
「待って! 待ち合わせって友達?」
なんだってこんなにしつこく訊ねてくるんだろう。束縛の強い彼氏みたいだ。
「誰でもいいじゃないですか、また夜にでもしてください!」
なんだか鬱陶しくなったのと、すでに芝浦さんが近くに来ていたのとで、ブチッと通話を切った。
「電話、良かったんですか?」
芝浦さんが訊ねてくれる。
「ああ、知り合いが暇だったみたいで。今日は予定があるって断りました」
こちらもにこりと笑って答える。
「そうですか。じゃあ、行きましょうか」
駅に向かって歩いていく。
「ご自宅はどの辺りなんですか?」
「普段は社宅で生活しているんですけど、実家が埼玉の方にありまして」
ちょっと距離があるんです、すみません、と芝浦さんが続けるので、いえいえ大丈夫ですよ、と答えた。
電車で二時間くらいかかるらしい。
途中の乗り換え駅で何気なくスマホをみたら、博己からの着信が何度かあったようだった。
(なんで……?)
考えてみてもよくわからない。
別に仕事の予約は入っていなかったはずだし、そもそも仕事の話はスタッフさんから入る。もうずっと博己はノータッチだ。奏輔さんとは距離を置こうと言われて六日になるし、最近はゲームだってやっていないし。博己がそんなに何度も電話をかけてくるような用事はないはずだった。
(久しぶりに井上さんとか? あの人特上の顧客みたいだし、プレイがハードだから対応できる人少なそうだしなぁ)
折り返そうかとも思ったけれど、最後に着信があってからもう三十分くらい経っているのでもういいかなと思う。
どうせ今日は芝浦さんとの先約があるのだし。
そう思って、スマホをバッグにしまった。
それからまたしばらく電車で移動して、駅からタクシーに乗って少し行ったところに一軒家があった。
埼玉はもっと都会なイメージだったけれども、ここはなんとも田舎だ。
高い建物はないし、庭もあるので隣の家がちょっと遠い。
「今は誰も住んでないんで、気兼ねなくどうぞ」
そう言って、玄関の扉を開けてくれた。最近はあまり見かけなくなった引き戸で、カラカラと独特な音がする。
そんなにボロ屋敷な感じはしないが、わりと古い家だ。
一番奥の部屋へと案内されると、そこはこざっぱりとした板間だった。
あまり物は多くない。
部屋の中央に立つように促される。
そこで全裸になるよう言われ、下着もすべて脱いだ。
まだ昼間で、窓にはカーテンがないのでかなり羞恥心を煽られる。
庭には木があるし、通りからは簡単に見えないようだけれども、これはなかなかに恥ずかしい。
脱いだ服とバッグは、念の為金庫に入れておくという。
人なんてめったに来ないということだが、二人ともプレイに集中してしまうのならその方がまあ安全だろうと思うのでお任せした。
その間全裸で放置されているのがだいぶ恥ずかしかったけれども。
やがて帰ってきた芝浦さんは、縄と黒い紐を手にしていた。
「あの……目隠しもしていいですか?」
なるほど、黒い紐は目隠し用なのか。
「あ、はい。大丈夫です」
了承すると、幅のある黒い紐で目元を覆われ、ぎゅっと後頭部で結ばれた。
さっきまで明るかった視界が真っ暗になる。
「きつくないですか?」
「大丈夫です」
「では、さっそく始めさせてもらいますね」
「はい……こちらこそ、お願いします」
視界が遮られると、それ以外の感覚が鋭くなる。
縄が床を打つ音や、衣服の音、少し遠い屋外の音。
触れられる芝浦さんの手と、縄の感触。
ひんやりとした床の感触と、時折ギシ、と鳴る古い家屋。
それから……自分の荒くなっていく呼吸と、時々漏れる甘さを含んだ吐息。
芝浦さんの縛りは、呼吸が浅くなるようなぐいぐいと締め上げられるような圧迫感があった。
上半身しか縛っていないが、指の一本だって動かすのが難しいくらいだ。
そのまましばらく正座の状態で、黙って放置された。
こちらは目隠しで見えないが、きっと芝浦さんはこちらを見ているのだろうと思う。
そうしてどれだけ経ったのか、近くで何か音がした。
物を置くような……ううん、蓋を開けるような?
「立ってください」
言われて、ゆっくり立ち上がる。
目隠しをされている上に、上半身はギチギチに縛られていて、しかもさっきまで固い床に正座していたので、立つだけでもちょっと大変だ。
芝浦さんが手を添えてくれる。
「少し歩きますよ……そうです、こっちです。はい、ここに階段があるので、一段ずつ、ゆっくり降りましょう」
(階段……?)
ここはがらんとした板間だったはずだ。階段なんてものがあっただろうか。
記憶をたどってみるが、階段なんて記憶はない。
芝浦さんに支えられながら、ゆっくり一歩踏み出すと、床とは明らかに違う冷たい感触が足の裏に伝わる。石のような、コンクリートのような、固くて冷たいものだった。
不安になりながらも一段、また一段、と階段を降りていくと、なんだか空気も違ってくる。鍾乳洞を見に行ったときとちょっと似ていた。
階段を降りきっても、足の裏に伝わるのは木ではなく石のようなものだった。
芝浦さんが離れ、少しして「バタン」と何かが閉まる音がした。
目隠しをしているのでもともと暗かったけれど、さらに暗さを増したような気がする。
状況がわからないまま立っていると、芝浦さんが戻ってくる気配がした。
シュルシュルと縄の音がして、さっきまで自由だった脚が縛られていく。
上半身と同じように、ほんの少しも動かせないくらいに強く縛られた。
「はい、できました。どうですか? 動けないでしょう?」
「ん……ふ……、あの、ここ、は……?」
「ああ、見えませんよね。目隠しを外しましょう」
そう言って目隠しを外される。
ぎゅっと強く結ばれていたし、ここはだいぶ暗いので、なかなか目が慣れない。
しばらく待って目が慣れてくると、ひゅっと息が詰まった。
そこは控えめに言って、SMルームのような部屋だった。
ただ、奏輔と一緒に行ったラブホのような感じではなく、なんというか、もっと薄暗い。
電灯はなく、あるのは蝋燭の明かりだけだし、床も壁も石のような造りで窓もない。
壁にはSMルームと同じように様々な道具がかけられているようだが、SMグッズというよりは……
(拷問……?)
そうだ、ここはプレイルームというよりは拷問部屋といった方がしっくりくる。
SMルームと置いてあるものは似ているけれども、もっと凶悪な雰囲気を醸し出していた。
「なに、を……」
やっとのことでそれだけを絞り出すと、芝浦さんは人の良さそうな笑みを浮かべたまま「いいでしょう?」と言った。
「ここは地下室なんですよ。もともとはワインなんかを保管していたみたいなんですけどね、祖父が少しずつ改造しまして」
「今日、は……緊縛モデルの依頼、ですよ、ね?」
「ええ、ぜひ美しいあなたを全裸で縛りたいと」
「じゃあ、もう、いいですよ、ね……?」
「?」
芝浦さんは、笑みを浮かべたまま、無言で首を傾げる。
「私、今日はもう、帰り、ます……」
「どうやって?」
「ほどいて、ください……」
「ふむ。解いてもいいですが、あなたの持ち物はすべて金庫の中です。全裸でここから逃げ出せるというのならそれでもかまいませんが」
ゾクリとするような笑顔で言い放つ。
「かえして、ください……」
「そう慌てなくても、ちゃんとお帰ししますよ。お盆休みもあと三日なんでしょう? お仕事までにはきちんとお帰ししますから。大丈夫、それまでにちゃんと躾けて差し上げますよ」
「い……や……」
「困りましたね。同意を得なければ」
そう言うと、立ったままの身体を器用にトンと倒して床に寝かせ、壁のハンドルをぐるぐると回した。
壁のハンドルには太いロープがついていて、回すとロープが巻き取られる。よく見るとそのロープは天井の滑車を通って、足首へとつながっていた。
足首を引っ張られて、固い床をズリズリと引きずられ、さらに逆さに吊られていく。
床を肌が擦るのも少し痛かったが、全体重が縛られた下半身の縄にかかっていくのも痛い。
さらには逆さ吊りで頭にも血が上る。
「やはり貴女は美しいですね。縄からはみ出る肉が素晴らしい」
「や……おろし、て……」
「おや、降ろして欲しいのですか?」
では、と、部屋の隅から大きな樽のようなものを持ってきて、頭の真下に置く。さらにホースを引っ張ってきて、なみなみと樽の中に水を張った。
そうして躊躇なく、壁のハンドルを回す。
瑞姫の身体が下に下がると、当然頭は水の中に浸かってしまう。
(嫌、苦しい……!)
水から顔を上げたくても、指の一本だって動かせないほどにきつく縛られた状態で逆さ吊りにされているものだから、うまく反ることもできない。
ゴボッと息を吐いてしまったところで、水から引き上げられた。
ゲホゲホと咳き込む。
と、また息の整わないうちに、同じように降ろされる。
それを何度か繰り返された。
「まだ降ろして欲しいですか?」
何度か繰り返された後にそう聞かれると、降ろして欲しいとは言えなかった。
もう、首を振るのさえもしんどい。
「では、このままお付き合いいただけますか。大丈夫、ちゃんとお仕事までにはお帰ししますから」
個人で緊縛モデルをお願いしたいと言ってきた芝浦さんだ。
『時間があれば今日にでも』と書いてあったが、時刻はすでに夜九時をまわっていたので、行けなくはないかもしれないけれど終電がなくなってしまうかもと、今日になった。
今朝は久しぶりに昼前まで寝て、悩んだけれどもごく普通の下着にワンピースを着て家を出た。
全裸で緊縛したいと言われているのだから、ブラにワイヤーが入っていてもいいだろうという判断だ。この前のサークルでの緊縛モデルは着衣緊縛だったからノンワイヤーブラを選んだのだけれど、やっぱりワイヤーが入っている方がホールド感がある。
待ち合わせ場所の駅は、何度か行ったことのあるショッピングモールの最寄りだった。
まだ約束の時間までは二時間ほどあるので、のんびり昼食を食べられそうだ。
何を食べようかとショーウィンドウの中のよくできた食品サンプルを見て回る。
(あ……)
博己がわざとコーヒーをこぼしたオムライス屋の前で立ち止まった。
あれは五月のことだったから、もう三ヶ月ほども経つのか。
あの日の出来事さえなければ、SMデリヘルなんて絶対縁がなかっただろうし、今日だって緊縛モデルをしに行ったりすることもなかっただろう。
ただ、博己を恨めしく思う気持ちは、いつの間にか消えてなくなっていた。
きっかけは間違いなく博己だっただろうけれど、今こうしているのは自分の意思だ。
結局のところ、自分自身にそういう素質があって、博己のお膳立てがなくても、いつか似たような道に進んでいたのかもしれないと思う。
(今日の緊縛モデルなんて、博己関係ないしな……)
少し悩んで、そのオムライス屋さんに入った。
食べ終わってもまだ少し時間があったので、ぷらぷらとお店を覗いてまわる。
これから約束があるので買うわけにはいかないが、値下げされた夏物と季節を先取る秋物の洋服が並んでいて楽しいものだった。
時間を確認しようとスマホを取り出すと、いつの間にかメールが来ていた。
どうやら芝浦さんも少し早く着いたらしい。
『ショッピングモールにいるので、今から待ち合わせ場所に向かいます』と返事を送り、バッグに仕舞おうとしたところで、今度は着信が鳴った。
(? 博己?)
お店から連絡があることはあっても、博己個人から連絡が入ることは珍しい。しかも電話だ。
「はい」
「姫ちゃん? 今どこ?」
いぶかしがりながら電話を取ると、博己が焦った様子で居場所を聞いてきた。
「ショッピングモールにいますけど」
「一人? 買い物してるだけ?」
「一人ですけど……これから人と待ち合わせてるんで」
言いながら待ち合わせ場所に向かって歩いていると、前方から芝浦さんが歩いてきて、にこやかに手を振ってくれた。
「あ、合流したんで、切りますね」
「待って! 待ち合わせって友達?」
なんだってこんなにしつこく訊ねてくるんだろう。束縛の強い彼氏みたいだ。
「誰でもいいじゃないですか、また夜にでもしてください!」
なんだか鬱陶しくなったのと、すでに芝浦さんが近くに来ていたのとで、ブチッと通話を切った。
「電話、良かったんですか?」
芝浦さんが訊ねてくれる。
「ああ、知り合いが暇だったみたいで。今日は予定があるって断りました」
こちらもにこりと笑って答える。
「そうですか。じゃあ、行きましょうか」
駅に向かって歩いていく。
「ご自宅はどの辺りなんですか?」
「普段は社宅で生活しているんですけど、実家が埼玉の方にありまして」
ちょっと距離があるんです、すみません、と芝浦さんが続けるので、いえいえ大丈夫ですよ、と答えた。
電車で二時間くらいかかるらしい。
途中の乗り換え駅で何気なくスマホをみたら、博己からの着信が何度かあったようだった。
(なんで……?)
考えてみてもよくわからない。
別に仕事の予約は入っていなかったはずだし、そもそも仕事の話はスタッフさんから入る。もうずっと博己はノータッチだ。奏輔さんとは距離を置こうと言われて六日になるし、最近はゲームだってやっていないし。博己がそんなに何度も電話をかけてくるような用事はないはずだった。
(久しぶりに井上さんとか? あの人特上の顧客みたいだし、プレイがハードだから対応できる人少なそうだしなぁ)
折り返そうかとも思ったけれど、最後に着信があってからもう三十分くらい経っているのでもういいかなと思う。
どうせ今日は芝浦さんとの先約があるのだし。
そう思って、スマホをバッグにしまった。
それからまたしばらく電車で移動して、駅からタクシーに乗って少し行ったところに一軒家があった。
埼玉はもっと都会なイメージだったけれども、ここはなんとも田舎だ。
高い建物はないし、庭もあるので隣の家がちょっと遠い。
「今は誰も住んでないんで、気兼ねなくどうぞ」
そう言って、玄関の扉を開けてくれた。最近はあまり見かけなくなった引き戸で、カラカラと独特な音がする。
そんなにボロ屋敷な感じはしないが、わりと古い家だ。
一番奥の部屋へと案内されると、そこはこざっぱりとした板間だった。
あまり物は多くない。
部屋の中央に立つように促される。
そこで全裸になるよう言われ、下着もすべて脱いだ。
まだ昼間で、窓にはカーテンがないのでかなり羞恥心を煽られる。
庭には木があるし、通りからは簡単に見えないようだけれども、これはなかなかに恥ずかしい。
脱いだ服とバッグは、念の為金庫に入れておくという。
人なんてめったに来ないということだが、二人ともプレイに集中してしまうのならその方がまあ安全だろうと思うのでお任せした。
その間全裸で放置されているのがだいぶ恥ずかしかったけれども。
やがて帰ってきた芝浦さんは、縄と黒い紐を手にしていた。
「あの……目隠しもしていいですか?」
なるほど、黒い紐は目隠し用なのか。
「あ、はい。大丈夫です」
了承すると、幅のある黒い紐で目元を覆われ、ぎゅっと後頭部で結ばれた。
さっきまで明るかった視界が真っ暗になる。
「きつくないですか?」
「大丈夫です」
「では、さっそく始めさせてもらいますね」
「はい……こちらこそ、お願いします」
視界が遮られると、それ以外の感覚が鋭くなる。
縄が床を打つ音や、衣服の音、少し遠い屋外の音。
触れられる芝浦さんの手と、縄の感触。
ひんやりとした床の感触と、時折ギシ、と鳴る古い家屋。
それから……自分の荒くなっていく呼吸と、時々漏れる甘さを含んだ吐息。
芝浦さんの縛りは、呼吸が浅くなるようなぐいぐいと締め上げられるような圧迫感があった。
上半身しか縛っていないが、指の一本だって動かすのが難しいくらいだ。
そのまましばらく正座の状態で、黙って放置された。
こちらは目隠しで見えないが、きっと芝浦さんはこちらを見ているのだろうと思う。
そうしてどれだけ経ったのか、近くで何か音がした。
物を置くような……ううん、蓋を開けるような?
「立ってください」
言われて、ゆっくり立ち上がる。
目隠しをされている上に、上半身はギチギチに縛られていて、しかもさっきまで固い床に正座していたので、立つだけでもちょっと大変だ。
芝浦さんが手を添えてくれる。
「少し歩きますよ……そうです、こっちです。はい、ここに階段があるので、一段ずつ、ゆっくり降りましょう」
(階段……?)
ここはがらんとした板間だったはずだ。階段なんてものがあっただろうか。
記憶をたどってみるが、階段なんて記憶はない。
芝浦さんに支えられながら、ゆっくり一歩踏み出すと、床とは明らかに違う冷たい感触が足の裏に伝わる。石のような、コンクリートのような、固くて冷たいものだった。
不安になりながらも一段、また一段、と階段を降りていくと、なんだか空気も違ってくる。鍾乳洞を見に行ったときとちょっと似ていた。
階段を降りきっても、足の裏に伝わるのは木ではなく石のようなものだった。
芝浦さんが離れ、少しして「バタン」と何かが閉まる音がした。
目隠しをしているのでもともと暗かったけれど、さらに暗さを増したような気がする。
状況がわからないまま立っていると、芝浦さんが戻ってくる気配がした。
シュルシュルと縄の音がして、さっきまで自由だった脚が縛られていく。
上半身と同じように、ほんの少しも動かせないくらいに強く縛られた。
「はい、できました。どうですか? 動けないでしょう?」
「ん……ふ……、あの、ここ、は……?」
「ああ、見えませんよね。目隠しを外しましょう」
そう言って目隠しを外される。
ぎゅっと強く結ばれていたし、ここはだいぶ暗いので、なかなか目が慣れない。
しばらく待って目が慣れてくると、ひゅっと息が詰まった。
そこは控えめに言って、SMルームのような部屋だった。
ただ、奏輔と一緒に行ったラブホのような感じではなく、なんというか、もっと薄暗い。
電灯はなく、あるのは蝋燭の明かりだけだし、床も壁も石のような造りで窓もない。
壁にはSMルームと同じように様々な道具がかけられているようだが、SMグッズというよりは……
(拷問……?)
そうだ、ここはプレイルームというよりは拷問部屋といった方がしっくりくる。
SMルームと置いてあるものは似ているけれども、もっと凶悪な雰囲気を醸し出していた。
「なに、を……」
やっとのことでそれだけを絞り出すと、芝浦さんは人の良さそうな笑みを浮かべたまま「いいでしょう?」と言った。
「ここは地下室なんですよ。もともとはワインなんかを保管していたみたいなんですけどね、祖父が少しずつ改造しまして」
「今日、は……緊縛モデルの依頼、ですよ、ね?」
「ええ、ぜひ美しいあなたを全裸で縛りたいと」
「じゃあ、もう、いいですよ、ね……?」
「?」
芝浦さんは、笑みを浮かべたまま、無言で首を傾げる。
「私、今日はもう、帰り、ます……」
「どうやって?」
「ほどいて、ください……」
「ふむ。解いてもいいですが、あなたの持ち物はすべて金庫の中です。全裸でここから逃げ出せるというのならそれでもかまいませんが」
ゾクリとするような笑顔で言い放つ。
「かえして、ください……」
「そう慌てなくても、ちゃんとお帰ししますよ。お盆休みもあと三日なんでしょう? お仕事までにはきちんとお帰ししますから。大丈夫、それまでにちゃんと躾けて差し上げますよ」
「い……や……」
「困りましたね。同意を得なければ」
そう言うと、立ったままの身体を器用にトンと倒して床に寝かせ、壁のハンドルをぐるぐると回した。
壁のハンドルには太いロープがついていて、回すとロープが巻き取られる。よく見るとそのロープは天井の滑車を通って、足首へとつながっていた。
足首を引っ張られて、固い床をズリズリと引きずられ、さらに逆さに吊られていく。
床を肌が擦るのも少し痛かったが、全体重が縛られた下半身の縄にかかっていくのも痛い。
さらには逆さ吊りで頭にも血が上る。
「やはり貴女は美しいですね。縄からはみ出る肉が素晴らしい」
「や……おろし、て……」
「おや、降ろして欲しいのですか?」
では、と、部屋の隅から大きな樽のようなものを持ってきて、頭の真下に置く。さらにホースを引っ張ってきて、なみなみと樽の中に水を張った。
そうして躊躇なく、壁のハンドルを回す。
瑞姫の身体が下に下がると、当然頭は水の中に浸かってしまう。
(嫌、苦しい……!)
水から顔を上げたくても、指の一本だって動かせないほどにきつく縛られた状態で逆さ吊りにされているものだから、うまく反ることもできない。
ゴボッと息を吐いてしまったところで、水から引き上げられた。
ゲホゲホと咳き込む。
と、また息の整わないうちに、同じように降ろされる。
それを何度か繰り返された。
「まだ降ろして欲しいですか?」
何度か繰り返された後にそう聞かれると、降ろして欲しいとは言えなかった。
もう、首を振るのさえもしんどい。
「では、このままお付き合いいただけますか。大丈夫、ちゃんとお仕事までにはお帰ししますから」
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