M嬢のM嬢によるM嬢のためのS執事の育て方

采女

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指名

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 似たような事はなぜか重なるものだ。

 玩具のモニターで疲れ切り、泥のように眠った翌日、博己の店から連絡が入った。
「緊縛講習会のモデルに欠員が出てしまいまして」
「いつですか?」
「3時間後なんですけど……」
 なんとも急な話だ。それでもまあ、行けないことはない。家に一人でいれば時間を持て余していろいろ考えてしまうのだろうし、何かをしている方がいい。
「大丈夫です。行きますね」
「ありがとうございます! あとですね……」
「?」
「実は、ご指名もありまして……」


 まだ日の高いうちに緊縛講習会のモデルを終えた後、一度店の浴場で身体のケアを済ませて、別の部屋へと訪れていた。
 この部屋に来るのは二度目だけれど、少しだけ緊張してしまう。

 訪れたのは、大きな水車のある拷問部屋だ。

「来てくれて嬉しいよ」
 社交辞令でなく、本当に嬉しいのだろう。『御主人様』がニコニコと迎えてくれた。
 そういえば、責めがハード過ぎて二度目NGが多いのだと言っていた気がする。

 前回、「痕や傷にならなければ」という条件下でなら石抱きをやってもいいと話したのを覚えていて、今日は石抱きをしたいと言われていた。
 部屋をくるりと見回すと、牢の格子の向こうに大きな平たい石が積まれていた。
 ごくり、と喉が鳴る。
「おや。緊張しているかい?」
「……はい、少し」
「大丈夫。下には柔らかいクッションを敷くから、見た目よりはずっと楽だよ」

 いつもの確認事項の口上があって、NGワードを決め、さっそく牢へと連れられた。
 ちなみに今日の衣装はドレスではなくて和装だ。
 御主人様というか、今日は『お役人様』だろうか、お客様は丁寧に帯を解いていく。
 けれど全部は脱がせなくて、中の長襦袢……洋装でいうところのキャミソールはそのままだ。
 腕を後ろに回し、胸のあたりを縛られる。
 そして、正座するように促されたのは、耐圧分散仕様のジェルマットの上に、さらに柔らかい低反発クッションの敷かれた特別席だ。ここだけちょっと現代っぽくて似つかわしくない。
 正座すると、いい感じにふわっとしていて、床はまったく感じなかった。

「本当はね、石抱きは鞭打ちでも白状しない罪人に使われた拷問なんだ。でも今日は初体験で緊張しているようだから、順番を入れ替えようね」
 本来は鞭打ちなんかよりもよほどキツイ拷問ということなんだろう。
 そう考えると、ふわふわのクッションで弛んだ緊張が少し戻ってきた。
「それじゃあ、まずは一枚目だ」
 今座っているクッション二枚分くらいの面積で、厚さ三センチメートルほどのコンクリート板を、正座している腿の上に置かれる。
(あ……思ったよりは平気、かも?)
 微調整できるようになのか、お客様が一人で持ち上げられるようになのか、一枚の重さは大したことがなさそうだった。

 ただ……それが十枚ほど重なってくると、やっぱり結構な重さだった。
 胸の下ギリギリまで積まれると、圧迫感も強い。
 クッションのおかげで痛みはほとんどないものの、拷問感はすごくて、呼吸が浅くなっていくのがわかった。
 本来はこんなクッションの上ではなくて、面をギザギザに切った木材なんかの上に座るのだから、間違いなく鞭打ちより酷い拷問なのだろう。鞭打ちでも、本来の拷問では死んでしまうこともあったというのに。

「姫さんには物足りないかな?」
 本物の拷問に思いを馳せていると、コンクリート板の上から足で体重をかけられる。
「ああっ……!」
 グリグリと押されると、薄い襦袢の上からコンクリートのザラザラした感触が伝わってきて、それがちょっとドキドキした。
「んっ、ふぅ……そんなこと、ありません……」
 口で息をしながら答えると、お客様は「辱めも必要かな」と、縄で縛ったまま胸のあわせを強引に開き、胸を露わにした。
 コンクリート板の上に直に乗った胸は、冷たくザラザラした感触を感じ取る。
「この卑猥な胸で兵をたぶらかしたんだろう?」
 どうやら罪状はハニートラップらしい。
「ちがいます……」
「そうか、まだ足りないか」
 そう言うと、まだ残っていたコンクリート板を抱え、胸を挟むように上に重ねた。
「んあぁ……!」
 片側がクッションの脚とは違って、胸は上下がコンクリート板、しかも肌に直接当たっている。
 胸は大きいので乳首は潰されていないものの、胸はぎゅっと潰れている。
「んっ、ふ、んん……」
「……もう一枚、いってみようか」
 少し様子を観察していたお客様は、まだ耐えられそうだと判断したのだろう。さらにコンクリート板を持ち上げて上に重ねた。
「ああああ!」
 コンクリート板の端が、肌にぐっと食い込むのがわかる。
 急に汗の吹き出すような感覚になって、自分でも認識できない声が漏れ続ける。
「姫ちゃんは胸の方がいい声で哭くなぁ」

 さすがに痣になるといけないからと、その後わりとすぐにコンクリート板から開放されたものの、胸にはまだザラザラした感触が残っているような気がした。

 縄もほどくと、空気が身体の奥まですーっと入ってくるような気がした。
 血液が急に流れ込んで、指先が少しジンジンする。

「少し休憩しようね」
 そう言って、冷たい飲み物を持ってきてくれるお客様は、この部屋とはひどくちぐはぐだ。
 私が牢の格子に背中を預けて飲み物を口にしている間に、肌の様子を確認して「うん、大丈夫だね」と頷いている。
(奏輔さんみたいだな……)
 不意によぎった思考に、気持ちが現実リアルへと引き寄せられた。
「もう、平気です」
 飲み物をわきに置いて、お客様に向き直る。
「……今日の姫ちゃんには、本当に『罪』がありそうだね」
「え……?」
「責められたがっているように見える」
「……このお仕事は、嫌嫌できませんよ」
「そうだね。でもそれは『プレイ』であり、快楽だろう? 今の君はなんていうか……罰して欲しそうなんだよね」
 返す言葉が見つからない。
 どうしてここのお客様はこうもさといのだろう。
「…………お酒好きな人が、いつもお酒の味を楽しむために飲むとは限らないじゃないですか」
「ああ、なるほどね。その例えは正しいな。なら君は、今日は酔いたい気分だと」
「そうなりますね」
「二日酔いになっても?」
 それはつまり、多少傷や痕になっても無茶をしたいのかという話だ。
「………三日酔い程度なら?」

 その後は、時間いっぱいずっと責められ続けた。
 といっても、盆休み明けにまで残ってしまうような傷にはならないように、休憩しなくてもずっと続けられるように、着衣の上から鞭を振ったり、水責めで痛みより苦しさを増やしたり、ちゃんと配慮してくれたようだった。
 もっとも、プレイ中は息をつく間もないほどで、泣きじゃくりながら叫んでいたから、配慮なんて気付く余地もなかったのだけれど。
(熟練のバーテンダーみたい)
 浴槽に身体を沈めながら、そんなことを思う。
 飲みたいお客さんのリクエストを聞きながら、飲みたいカクテルを作って、でも飲みすぎて後悔しないように調整してあげる。
(あー、たまにはバーなんかもいいかもなぁ……)
 学生の頃には先輩に連れられて何度か行き、一人でもたまに行くようになったけれど、社会人になってからは一度も行っていない。
(でもバーって、最初はちょっと敷居が高いんだよね……)


 待機部屋に戻って業務報告をすると、事務所に呼ばれた。
 まあ予想はしていたけれど、事務所にいたのは博己だ。
「なにか御用ですか、社長様」
 ちょっと嫌味を込めて言ってみる。
「あー……ヒメちゃん、機嫌悪い?」
「正直今は会いたくなかったです」
「まあ、そうか。……先に業務連絡。『石抱き』の詳細オプションを設定することにしたから、NG設定し直してもらえる?」
 言いながらタブレットを手渡される。
 今日の柔らかいクッションだけでなく、もう少し硬めのマットなんかも選べるようになっているし、正座せずに椅子に座ってコンクリート板を乗せていくなんてこともできるようになっている。
(拷問プレイは二回目NG出るくらい敬遠されてるって話だったもんね……)
 こうやって細かく緩和されれば、もう少し興味を持つキャストさんも増える気はする。
「仕事は続けることにしたんだよね?」
「……それは経営者として? それとも奏輔さんの友人として?」
「両方」
「……積極的に続けようとも、積極的に辞めようとも思わないだけです」
 博己はハァー、と大きく息を吐いた。
「今回のことは俺が悪かったよ。ソウがあそこまで怒るとは思わなかった」
「……おかげさまで『距離を置こう』って言われましたよ」
「あー、うん、いや、本当に協力するつもりでいたんだよ? ソウが自分の意思でヒメちゃんとプレイを楽しんでいるのがわかったし、ヒメちゃんもソウとのプレイで満足できるようになればこうやって『仕事』する必要もなくなるんだろうし、あとはソウが一人で抱え込まなくなればうまくいくんじゃないかって」
「自分で脅してこの仕事に引き込んでおいて、今度は奏輔さんのために辞めろって話?」
「それじゃあ意味ないんだよ。ヒメちゃんがこの仕事を必要ないって思えないと」
「どれだけ奏輔さんが好きなんですか」
「正直ヒメちゃんよりソウの方が百倍大事だけど」
「その奏輔さんが激怒げきおこでしたけど?」
「うん、まあ、失敗はしたんだけど」
「もういいですか? 今日は二件も仕事をしたので帰ろうと思うんですけど」
「……ソウとはこのまま別れるの?」
「…………そうなれば博己は幸福ハッピーでしょうね」
「だったらいいんだけどな」
「煮え切らないのね」
「ソウがあれだけ怒るってことは、ソウはヒメちゃんがどうしようもなく好きってことだろうからね。こんな形で別れられても喜べないさ」
 本当に不本意なのだろう。
 博己は気落ちした様子で溜息をついた。
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