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キスの境界
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「ねえ、一鷹君」
「なんですか?」
「今日は別に酔ってないよね」
「飲んでませんからね」
「…………酔ってたからじゃなかったのかな」
「何がですか?」
「……………」
なんとも不毛な会話だなと雪史は思う。
本拠地はそこではないとわかっているのに、ずっと遠くの施設を攻撃しているような、そんな会話。
一鷹は相変わらず涼しい顔をしていて、少なくとも雪史には一鷹の感情は読めなかった。
「……その……キスしたり、とか……」
雪史は対照的に真っ赤になりながら、なんとか声を絞り出した。
「今日はキスしてませんよ」
「キスはしてないかもしれないけど!」
「今日は猫になってみただけです」
たしかにキスではなかったし、猫はペロペロと口元を舐めてきたりはするが、普通とは言い難い。
「……猫みたいって言ったの、根に持ってる?」
「いえ、そもそも怒ってはいませんし」
「じゃあなんで……」
一鷹は、うーん、と考えている。
「……雪史さんが、猫感覚で誰でも受け入れちゃうのかなと思ったら、なんか」
「なんか、って……」
「自分でもよくわからないんですけど、なんとなく落ち着かない気分になって、なんかもう、じゃあ自分も猫になるか、と」
「意味がわかりません」
「僕もよくわかりません」
今度は、雪史がうーん、と考える。
「……僕、誰でもは拾ってこないと思うんだけど?」
「じゃあ例えば、遠野さんが何かの理由で金欠で、家に布団がありませんってなっても放っておきますか?」
遠野さんは、文芸小説や雑誌を担当してくれている司書さんだ。
一鷹とは担当棚が近いので、職場では雪史の次に親しい。
「……無理ですね」
「ほら、誰でも拾っちゃうじゃないですか」
「いやいやいや、さすがに道端にいる人とかは拾わないし」
「そこまで『誰でも』とはさすがに思ってませんけど、職場の知人なら拾ってきちゃうわけじゃないですか」
「ていうか、遠野さんは拾うとかじゃないからね?」
さすがに職場の女の子を拾う拾わないというのは申し訳ないと思う。
「でも、放っておけないんですよね?」
「それは、まあ……」
「遠野さんを家に入れて、ご飯食べて、布団で寝かせて?」
「待って待って待って! 遠野さんで想像すると妙にリアルだからやめて?」
「じゃあ、遠野さんじゃなくてもいいですけど、どうせ床で寝かせられないからって布団に入れちゃうんですよね?」
「…………さすがに、女の子と一緒には寝ないと思うよ?」
「これだけBLが市民権を得て、ジェンダー問題が世界中で議論されている現代で、その考え方は甘くないですか?」
「なんで急に社会問題になるかな」
同性婚も性同一性障害を抱える人も増えている現代社会において、女の子との関係だけを警戒しているというのはたしかに間違っているかもしれないと、雪史は思う。
現に今、同性だからと一緒に寝ている男と妙なことになっているのだから。
「社会問題はどうでもいいんですけど、猫みたいに拾ってきちゃうわけじゃないですか」
「ええと……はい、たぶん」
はぁぁぁぁ、と一鷹は盛大に溜息をついた。
「…………遠野さんにキスされても、『酔ってたから』で何事もなく毎日一緒にいられるってことですよね」
「へ?」
(なんでまた遠野さん? ていうか、キスって……)
「……待って待って! なんで遠野さんとキスなんて話になるの?」
「別に遠野さんじゃなくてもいいんですけど、雪史さんて何されても拒まないじゃないですか」
「それはなんか……別に恋愛感情とか入ってなくてあくまで興味だからというか、実験みたいなものというか……酔ってもいたわけだし……」
「今日はお酒一滴も入ってませんけど」
「それは、なんか一鷹君の様子がおかしかったから……」
「じゃあ、相手の様子がおかしければ、何でも受け入れちゃうんですか? それこそ猫がしてることと同じ感覚で」
(これはなんていうか……嫉妬?)
ずっと核心から遠いところを撫でていたようだったのが、すっと真ん中に落ちてくる感じがした。
「……一鷹君はもしかして、僕のことが好きなの?」
「なんですか?」
「今日は別に酔ってないよね」
「飲んでませんからね」
「…………酔ってたからじゃなかったのかな」
「何がですか?」
「……………」
なんとも不毛な会話だなと雪史は思う。
本拠地はそこではないとわかっているのに、ずっと遠くの施設を攻撃しているような、そんな会話。
一鷹は相変わらず涼しい顔をしていて、少なくとも雪史には一鷹の感情は読めなかった。
「……その……キスしたり、とか……」
雪史は対照的に真っ赤になりながら、なんとか声を絞り出した。
「今日はキスしてませんよ」
「キスはしてないかもしれないけど!」
「今日は猫になってみただけです」
たしかにキスではなかったし、猫はペロペロと口元を舐めてきたりはするが、普通とは言い難い。
「……猫みたいって言ったの、根に持ってる?」
「いえ、そもそも怒ってはいませんし」
「じゃあなんで……」
一鷹は、うーん、と考えている。
「……雪史さんが、猫感覚で誰でも受け入れちゃうのかなと思ったら、なんか」
「なんか、って……」
「自分でもよくわからないんですけど、なんとなく落ち着かない気分になって、なんかもう、じゃあ自分も猫になるか、と」
「意味がわかりません」
「僕もよくわかりません」
今度は、雪史がうーん、と考える。
「……僕、誰でもは拾ってこないと思うんだけど?」
「じゃあ例えば、遠野さんが何かの理由で金欠で、家に布団がありませんってなっても放っておきますか?」
遠野さんは、文芸小説や雑誌を担当してくれている司書さんだ。
一鷹とは担当棚が近いので、職場では雪史の次に親しい。
「……無理ですね」
「ほら、誰でも拾っちゃうじゃないですか」
「いやいやいや、さすがに道端にいる人とかは拾わないし」
「そこまで『誰でも』とはさすがに思ってませんけど、職場の知人なら拾ってきちゃうわけじゃないですか」
「ていうか、遠野さんは拾うとかじゃないからね?」
さすがに職場の女の子を拾う拾わないというのは申し訳ないと思う。
「でも、放っておけないんですよね?」
「それは、まあ……」
「遠野さんを家に入れて、ご飯食べて、布団で寝かせて?」
「待って待って待って! 遠野さんで想像すると妙にリアルだからやめて?」
「じゃあ、遠野さんじゃなくてもいいですけど、どうせ床で寝かせられないからって布団に入れちゃうんですよね?」
「…………さすがに、女の子と一緒には寝ないと思うよ?」
「これだけBLが市民権を得て、ジェンダー問題が世界中で議論されている現代で、その考え方は甘くないですか?」
「なんで急に社会問題になるかな」
同性婚も性同一性障害を抱える人も増えている現代社会において、女の子との関係だけを警戒しているというのはたしかに間違っているかもしれないと、雪史は思う。
現に今、同性だからと一緒に寝ている男と妙なことになっているのだから。
「社会問題はどうでもいいんですけど、猫みたいに拾ってきちゃうわけじゃないですか」
「ええと……はい、たぶん」
はぁぁぁぁ、と一鷹は盛大に溜息をついた。
「…………遠野さんにキスされても、『酔ってたから』で何事もなく毎日一緒にいられるってことですよね」
「へ?」
(なんでまた遠野さん? ていうか、キスって……)
「……待って待って! なんで遠野さんとキスなんて話になるの?」
「別に遠野さんじゃなくてもいいんですけど、雪史さんて何されても拒まないじゃないですか」
「それはなんか……別に恋愛感情とか入ってなくてあくまで興味だからというか、実験みたいなものというか……酔ってもいたわけだし……」
「今日はお酒一滴も入ってませんけど」
「それは、なんか一鷹君の様子がおかしかったから……」
「じゃあ、相手の様子がおかしければ、何でも受け入れちゃうんですか? それこそ猫がしてることと同じ感覚で」
(これはなんていうか……嫉妬?)
ずっと核心から遠いところを撫でていたようだったのが、すっと真ん中に落ちてくる感じがした。
「……一鷹君はもしかして、僕のことが好きなの?」
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