【BL】ボクとキミしかいないので

采女

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「この本借りるの?」
「はい。頼まれたので」
 一鷹いちたかが大真面目な顔でカウンターに持ってきたのは、『忙しい人のための栄養レシピ』『つくりおき時短レシピ』『がんばらない健康料理』なんていう料理本だ。
「又貸しは禁止だよ?」
「いえ、読むのは僕です」
 雪史ゆきひとは首をひねるが、詳しく聞くのはやめることにした。
 別に自分で読むというのならば問題はない。

 二人で図書館の閉館作業をして、歩いて帰途につく。
 途中少しだけ遠回りをして、スーパーで買い物をして帰るのも日課になりつつあった。
 後藤さんが今の様子を見たら、絶対まずいなぁと雪史は思う。
 お昼休みに赤理さんに言われるまではそんなに気にしていなかったが、毎日手作り弁当な上に仲良くスーパー通いなんて、それだけで後藤さんの妄想には十分だ。
 しかも、本当はそれだけではないのだし。

 「ただいま」と、二人そろって同じ部屋に入る。
 この一週間、一鷹は自分の部屋ではなく、雪史の部屋に『帰って』いた。
 着替えは隣の自分の部屋に戻るが、それだけだ。
 少し目を離すと食事は抜くし仕事ばかりして床で三時間しか寝ないような一鷹を、雪史は放っておくことができなかった。
 「食事を作ってもらう」という名目で一鷹を部屋に上げ、今では同じベッドで眠るところまでがセットだ。

 別に何があるわけでもない。
 ただただ、布団も持っていない一鷹を、自分の布団に入れてあげているだけ。
 酒も控えているし、誰に見られたってやましいことは何もない。

 そう思っても、雪史はいまだに「そろそろ寝よう」と声を掛けるときに少し緊張する。
 どうして性的に誘う文句と、単なる日常生活の文句が同じなのだろうか。
 もっと特別な言葉だけで誘うことに決まっていればいいのに。

 そうやって毎日思案している雪史と対照的に、一鷹は毎日淡々としている。
 今日もノートパソコンを開いて、調べものをしたり、表を作ったりしている。
 もう一日に十冊もの本を読んだりはしていないが、新刊情報を仕入れたり、電子書籍でランキングの高いものを調べてリスト化したりと余念がない。
 最近は選書の仕事があるので、特にデータ整理に力を入れている感じだ。
 選書の提案には、現在の蔵書の偏りだったり、貸し出しの人気傾向だったりまでが書かれていて、理系の人の企画書みたいになっている。
 同じ文学部出身とは到底思えない。

 時計は、もう深夜十二時を回っている。
 雪史はそろそろ寝るように声を掛けたいと思ったが、なんとも声を掛けづらい。
(熱心に仕事してるのもまた……)
 別の意味でも声を掛けづらいなと思っていると、珍しく一鷹の方が雪史に声を掛けた。
「雪史さんって、猫アレルギーなんですか?」
「へ?」
 一鷹の目線は、パソコンの画面に向かったままだ。
 カタカタとキーを打つ音も変わらない。
「今日、赤理あかりさんが言ってたんで」
「ああ、猫拾った話か」
「はい。アレルギーなのに放っておけなくて連れて帰ったって」
「うん。雨に濡れて、ガタガタ震えていてね。外に置いてはおけなかったんだ」
「……僕と猫って、同じ感覚ですか?」
 一鷹は、手を止めて言った。
「え?」
「いや、なんでもないです」
 パタリ、とノートパソコンを閉じる。
「そろそろ寝ますか?」
「ああ、うん、そうだね」
(一鷹君、なんか変……?)
 雪史も寝ようと声を掛けあぐねてはいたが、ほっとするよりも違和感を感じた。
「電気消しますよ」
 一鷹はいつもどおり、淡々としてはいる。
 雪史もいつもどおり、ベッドの壁側に寄って布団に入る。
 一鷹もいつもどおり、電気を消してから布団に入ってくる。
 でも……
「ねえ、一鷹君」
「……なんですか」
「猫、嫌いなんですか?」
「いや、好きですよ」
「じゃあ、拾って来るのがダメですか?」
「ええと……雪史さんが何を言いたいのかがわからないです」
「……なんか、ちょっと……機嫌が悪い? かなって」
「雪史さんって、時々妙に鋭いですよね」
「やっぱり機嫌悪い?」
「機嫌が悪いのとはちょっと違うと思うんですけど……難しいな」
「僕、なんか気に障ること言ったかな?」
「雪史さんは悪くないです」
「…………」
 しばらく沈黙してから、一鷹がはぁー、と息を吐いた。
「赤理さんが、雪史さんは人も猫も放って置けないって言ってたんです」
「? うん」
 よくわからないが、雪史は一鷹の話を聞くことにする。
「だから、僕も猫も同じなのかなって」
「ええと……?」
 たしかに、拾ってきてベッドに入れている感じは猫も一鷹もそう変わらないかもしれないと雪史は思う。
 だが、猫と同列というのは、言われてみればちょっと嫌かもしれない。
 でも、それをどう一鷹に言えばいいのか。
 考えあぐねていると、一鷹がゴロリと雪史の方へ寝返りを打った。
「……すみません、僕、別に猫でいいです」
 一鷹はそう言うと、コツリと自分の額を雪史の胸へとつけた。
 本当に拾ってきた猫みたいだなと雪史は思う。
 あの時の猫も、寂しいのか不安なのか、雪史にそっとすり寄って来た。

 雪史は、そっと一鷹の頭を撫でた。
 艷やかな黒髪が指の間を抜けていく感触が気持ちいい。
「本当に猫みたい」
 小さくつぶやくと、一鷹は顔をあげた。
 一鷹はちょっとむぅ、と拗ねたような顔をしている。
「…………じゃあ、僕猫なんで」
 そう言うと、一鷹は雪史の唇を舐め始めた。
「んっ、一鷹、君っ……、何して……」
「僕猫なんで」
「ん、やっ、んんっ」
「もう撫でてくれないんですか?」
「一鷹君、んんっ、猫じゃ、んぅ、や……」
 雪史が反論しようとすると、一鷹の舌が口の中にまで入ってくる。
 キスとはまた違った感触に翻弄される。
「んっ、あっ、ふぅ、やぁ……」

 しばらくペロペロと舐めていた一鷹は、顔を離すと
「雪史さんの方が猫みたいですね」
と言った。
「……?」
 どういうことかと回らない頭で考える。
「爪、もっと立ててもいいですよ」
 雪史は、無意識に一鷹の肩に爪を立てていた。
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