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疑①

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「着きました。ここですね~」
「ここが洋壱の勤務していた会社……」

 公園から出て数十分歩いた所に目的の会社が入っているビルはあった。十階建てのコンクリート造りのそのビルは、ガラス製の自動扉が設置されていた。目的の会社は小規模ながら大手化粧品メーカーと共同開発を行っているのだとか。識は洋壱から化粧品メーカーに勤めている事は聞いていたが仕事の詳細までは知らなかったため、共同開発というのは初めて聞く情報だった。

(まぁ守秘義務もあるだろうしな……俺もそうだし)
「久川さんと永沢さんは、共に営業部の所属だそうです。営業成績……という面で言えばライバル同士とも言えますね」
「それだけ聞いても疑わしい程度にしか思えませんね。直接話を伺わない限り、決めつけで相手を見るのはフェアじゃない」
「フェアじゃない……なるほど? 全て疑うこちらとは視点が違って興味深いですね」
「そういうものですか……?」
「そういうものです。では、中に入りましょう? 進藤さん」

 入口付近まで来た所で、朝倉に促された識は先導を彼に任せるとビルの中へ入る。中はエントランスになっており、奥の壁側にエレベーターが三基設置されていた。真ん中のエレベーターのボタンを朝倉が押した。少し待っていると、エレベーターが降りて来た事を示すランプが点灯した。到着したのは右側のエレベーターだったため、二人は移動する。降りて来た人はいなかったため、そのまま乗り込んだ。洋壱達の勤務先である会社があるのは四階だ。またしても朝倉が目的の階のボタンと扉を閉めるボタンを押した。
 エレベーターが昇って行く。その間二人は特に会話らしい会話もなくあっという間に四階に着いた。

「朝倉刑事、先に降りて下さい」
「そうですか?では遠慮なく」

 朝倉に先を譲った後、識もエレベーターから降りた。扉の閉まる音が聞こえたと同時に、朝倉が受付に向かっていた。後を追えば、受付の女性と朝倉が会話を始めていた。

「警察の方……ですか」
「はい、警視庁の朝倉と申します。こちらは同行者の進藤さんです。アポイントは既に取ってありますので、営業部の永沢栄斗さんをお呼び頂けますか?」
「その……確認致しますので、少々近くのソファーでお座りになってお待ち下さい」

 三十代くらいではあろうが、さすが化粧品会社というべきか張り艶のある綺麗な肌と黒い長髪をした女性の受付担当者はスタッフオンリーの扉を開け中へ入って行った。またしても訪れる沈黙の時間だったが、識は話す気分にはならなかった。
 しばらくして、上司と思しき白髪交じりの壮年ながらやはり身綺麗な白いワイシャツに黒いスラックスを纏った男性が受付担当者と一緒に現れたため、朝倉と識は同時に立ち上がる。男性は名刺を懐から取り出し挨拶をした。

「私が永沢と久川の上司、林田利彦はやしだとしひこと申します。会議室にて、永沢は待機しておりますので、ご案内させて頂きます」
「ご丁寧にありがとうございます。警視庁の朝倉と申します。こちらは進藤、同行者です。彼が同席してもよろしいですか?」
「え、えぇ構いませんが……」
「では、お手数ですが案内の程お願いできますか? 進藤さん、行きましょう」

 識は無言で頷くと、林田の案内で会議室へと向かう。廊下を進み、角を二回曲がった所で木製の板に小窓がついた扉に辿り着いた。右上のプレートには「会議室③」と書かれていた。林田が扉を開け、朝倉と識が中へ入ると、真っ青な顔をした少し太めだが体格の良いやはり身綺麗にしている黒いスーツ姿の若い男性社員がいた。彼は短い黒髪を一瞬触った後、立ち上がりこちらに向かって一礼する。

「わ、私が永沢栄斗……と申します。その……久川の同期で……う、うぅ……」

 狼狽した様子を見せる永沢を、上司の林田が近くに寄って行ってなだめる。しばらくして落ち着いたのを見計らってから林田が会議室の扉を閉め、全員が着席をした。
 
(ここで、情報を得られるといいが……果たして?)

 一抹の希望と不安を胸に抱きながら、識は朝倉が切り出すのを待つのだった。
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