友よ、お前は何故死んだのか?

河内三比呂

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「僕は、近いうちに死ぬかもしれない」

 幼い頃からの友人、久川洋壱くがわよういちに突如そんな事を言われた進藤識しんどうしきはおおいに困惑した。だが、洋壱の表情と声色は真剣そのものであり、それでいてどこか達観しているようにすら感じられた。

「どうした突然? エイプリルフールにはまだ何ヶ月もあるぞ?」

 季節は冬、十二月の中旬を過ぎた頃。二人は休日を共に過ごすため、東京都豊島区池袋にある大手飲食チェーン店内の中にいた。店の奥ながら窓際で、少し速度を上げて走る車が次々と通り過ぎていくのが窓越しから見えた。心穏やかに過ごせそうな音楽に、数人の客達の会話が各席から聴こえてくる。フレーバーでオリジナルに溢れたコーヒーで有名な店内は、建物の造りこそコンクリートだろうが、北欧を思わせる壁紙に木目調の床、温かみを少し感じる金属と木を組み合わせたテーブルに椅子が洒落た雰囲気を醸し出していた。
 そんな穏やかな金曜日の昼下がり。シフトの関係で仕事が休みになった会社員の洋壱と、私立探偵をしていて今日は依頼の無かった識は共にアニメ好きという事もありそういうサブカル系において聖地の一つと言われているここ、池袋へ遊びに来ていた。
 アニメ関連グッズ専門店で買い物をした後、この店に入り二人はそれぞれ注文をした。洋壱は今売り出し中の期間限定の苺をふんだんに使ったフレーバーカフェラテを、識はシンプルにブラックコーヒーを。
 そうして、他愛もない会話をしていた時、ふと洋壱が口にしたのが先程の言葉だった。彼は、困惑してまだ温かいブラックコーヒーが入ったカップを片手に持ったままの識に向かって再度声をかけた。

「エイプリルフールではない事くらいわかっているよ。その、なんというのだろうね? なんとなく……本当になんとなくなんだけれど、自分はもうじき死ぬ。そんな予感がしているんだ。僕自身、不思議で戸惑ってはいるんだが」
「なんだそりゃ? 今日一番のくだらない話だな。どうせするなら女に告白して振られた程度にしてもらいたい」
「僕にそういう想い人は生憎今いなくてね? まぁ確かに君の言う通りくだらない話……夢見心地な気分でいるくらいの話だ。聞き流してくれ」
「そうかよ。なら、最初から話すなよな?」
「はは、手厳しいな識は。まぁそこが君の個性だし良い所でもあるのだけれどね?」
「褒められている気がしねぇな?」

 先程までの不穏さはどこかへ行き、二人はまた他愛もない話に戻る。穏やかで人当たりの良い洋壱と、どこか無愛想で少し毒舌な識。対照的な性格だが、不思議と息の合う二人は幼稚園時代からの無二の親友であり悪友だ。現在共に二十七歳の二人だが、お互い彼女無しで寂しい独身貴族コースを進みかけている。もっとも、二人とも恋愛経験がない訳でない。互いに、初恋もあったし何度も振ったり振られたりした。人生とは出会いと別れの繰り返しとよく言うが、全く持ってその通りだと識はこの歳にして悟り始めていた。
 共に飲み物が冷め、次の場所へ移動する事にした二人はカップを空にすると会計へと進む。奢り奢られだと互いのプライドが赦さないため常に割り勘だ。
 この後は今話題の怪獣映画の新作を観る予定になっている。上映時間までには映画館に辿り着けるため、二人は会計を終えた足で雑談しながら目的地へと向かう事にした。
 金曜日であっても、ここは人通りが多い。さすがは有名スポットの一つと言えるだろう。人混みを器用に避けながら二人は映画館まで歩いて行く。
 ふと、少し前を歩く洋壱の後ろ姿に視線を向ければ、健康体で平均的な体格が目に入る。とてもではないが、病で死にそうな感じではない。

(戯言にしても、あれはねぇだろうよ? 洋壱?)

 先刻の彼の言葉が妙に胸の中で引っかかる。嫌な感覚であり、気に入らないと識は思った。ブラックジョークにしては流石に不謹慎だ。だが……。

(お前……何かあったのか?)

 喉元まで出かかった言葉を飲み込み、洋壱と並んで池袋の街を歩く。ふと洋壱が立ち止まり、識の方へ振り返り一言告げた。

「識。君の事を僕はとても信頼しているんだ。心からそう思っている。だから……これからもよろしく頼むよ」
「あ、あぁ……?」

 どこか儚げに笑う洋壱の雰囲気に飲まれ、識は思わず気遅れしてつい曖昧な返答をしてしまった。これが……二人で過ごす最後の休日になるとは、この時の識は思ってもいなかった――。
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