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【一章】『運命の番』編
51 「初めまして。生まれてきてくれてありがとう」
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妊娠37週で帝王切開で出産する予定だった。
予定日は八月七日ー。
けれど……。
✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻
七月二十四日、妊娠35週で俺は管理入院した。あと二週間、お腹の中で育てて、37週での帝王切開が決定した。一日でも長くお腹の中で育てる為に、これから出産までは慎重に経過を観察していく、と説明された。
俺…ではなく、大和が入院は個室を希望した。個室なら申請すれば、付き添いが可能だから。
大和は、病院から出勤して病院に帰って来るつもりらしい。いくら簡易ベッドが借りられるとはいえ仕事の疲れが取れないのでは…と思ったけれど、初めての出産だし双子だし…で不安だった俺は、朝と夜だけでも大和が傍にいてくれるだけで嬉しかった。大和も「家に一人でいても寂しいし心配で眠れない」と言った。
基本は安静生活だった。部屋の中を歩くのは構わないけれど、出来れは病室からは出ずに安静にしていてほしい、と言われた。双子だから、いつお産が始まってもおかしくない状態。子供の成長を考えれば、帝王切開予定日までお腹の中にいるのが理想らしい。
どのみち、歩くのも大変だから部屋の外になんて出ないけれど、改めて「赤ちゃん達を守れるのは俺だけ…」と気を引き締めた俺は、しっかりと頷いた。
毎日病室に先生が来てくれて経過を見てくれた。子供達の心音も聴かせてくれて、二人分の元気な鼓動に、俺自身も元気をもらった。
予兆は何もなかった。
その日の診察も特に異常はなく、経過は順調、赤ちゃん達は元気。入院してから更に大きく重くなったお腹で、動きにくい、寝にくいくらい。
いつもの様に夕飯前に病院に帰って来た大和と一緒にご飯を食べて、交互にシャワーを浴びて、少しお喋りしてから布団に入った。
この時までは『普通』だった。
異変が起きたのは、日付が変わった真夜中のことー。
内側から『何か』が弾ける様な音がした。最初は夢かと思ったけれど、じわりと下半身に濡れた感覚が広がった。流石に目を開けた。
漏らしたのだろうか…。実際、後期に入ってから膀胱が圧迫されて、漏らしてしまう事がよくあった。下着を替えるのも一苦労で、大和の在宅時なら大和が手伝ってくれたけれど、一人きりの昼間は、下を全部脱いでタオルケットを巻いて過ごした事もある。夏だから出来た事だけれども…。
布団を捲り、股間に手を伸ばす。が、おかしい。前は濡れていない。でも、お尻が冷たいんだ。お漏らしなら前も濡れている筈なのに…。
「……………。…っ!」
これ、『破水』だ!
漸く思い至った俺は、大和を起こした。大和は慌てて飛び起き、俺が「破水した」と告げると、直ぐ様ナースコールを押した。
それからの先生達の対応は早かった。
診察をし、赤ちゃん達の状態を確認した後、緊急帝王切開で出産する事が決定した。
予定より一週間早い、七月三十一日の事だったー。
元々が帝王切開を予定した管理入院であり、予定は早まったものの、担当の先生達もそれを想定した上で事前に必要な検査や準備をしていた事もあり、スムーズに手術の準備は調えられ、俺は手術室に移動した。局所麻酔での手術。大和が付き添い、ずっと手を握っていてくれた。
所要時間は約一時間。
局所麻酔だから意識はあった。痛みは全く無いけれど、カチャカチャと音が聞こえる。手術器具を扱っている音。
暫くするとお腹から何かが引っ張り出される様な感覚があり、「ふぇ…」とか細い泣き声が聞こえた。
「渚、一人目生まれた。男の子だ」
大和が教えてくれる。か細いけれど、確かな産声に涙が溢れた。
遅れる事、数分。
「もう一人、出ます」
誰の声かは判らなかったけれど声が聞こえて、一人目と同じ様に引っ張り出される感覚と共に、二人目の産声が聞こえた。
「もう一人も生まれたよ。男の子だ」
男児の双子だった。
もう少しお腹の中で育む筈だった命。予定より早くこの世に誕生した命が、か細い声でも「生きてるよ。元気だよ」と伝えてくれる。
二人の看護師さんが一人ずつ赤ちゃんを抱っこして、俺の顔の所まで連れて来てくれた。一人は大和が恐恐と受け取る。
しわしわの真っ赤なお顔。可愛いかった。
可愛い可愛い、俺の赤ちゃん達。
会いたかったよ。
「初めまして。生まれて来てくれてありがとう。
これから、よろしくね」
俺は、左側の大和が抱っこした赤ちゃんと、右側の看護師さんが抱っこした赤ちゃんそれぞれの方を向いて、挨拶をした。
その後は、子供達は体を綺麗にして誕生後の検査をする為に連れて行かれ、俺は胎盤摘出と縫合などの産後処置をした後、経過観察用の別室に移動させられた。
麻酔が効いているから今は痛みは無いけれど、切れたら当然痛い訳で、痛み止めの点滴を用意してくれた看護師さんは、「痛い時は無理せずに言って下さいね」と言って、部屋から退出した。
大和と二人きりになった途端、大和が俺にキスをした。
「お疲れ様。痛くはないか?」
「ん…。今は大丈夫。大和もお疲れ様」
「俺はただ手を握ってただけだけどな」
「ううん? 大和がいてくれて心強かった。
今思うとさ、俺、此処に戻らなかったら一人で産んでたと思う。絶対に産むつもりだったから…。けど、一人はやっぱり心細いと思うんだ。俺、此処に戻って来て良かった。大和と一緒に子供達を迎えられて、良かった…。ありがとう」
「ありがとうは俺のセリフ。俺のとこに戻って来てくれてありがとう。俺の子供達を産んでくれてありがとう。愛してる」
大和がもう一度、キスを贈ってくれた。
二時間くらい休んだ後、俺は病室に戻った。
その頃合いで、子供達を取り上げてくれた先生が来て、子供達の様子と母子の今後の予定を説明してくれた。
子供達の出生体重は長男が2380グラム、次男が2050グラム。300グラムの差は双子なら珍しくないそうだ。
小さく生まれたけれど2000グラムあれば、ギリギリ保育器は免れる。今日は経過を見る為に新生児室で預かり、問題がなければ明日の朝から母子同室になるらしい。
それと、出生直後のバース検査の為に採血し、検査機関にまわしたとの事。結果が出るまで一週間。帝王切開した産夫(婦)の入院期間は産後八日。入院期間中に結果が出るという事になる。確か、出生直後だと確定率は七十パーセントだったか…。
俺は今日一日は安静に過ごす様に言われた。
……………。一日…。『今日一日』だよ!?
明日の朝から歩く様に言われたの。傷口、塞がってないよ!? トイレまでで良いから…って……。
強制ではないけれど、早くから歩かないと傷口が癒着するんだって。それを防ぐ為に出来るだけ早くから体を動かしたほうがいいらしい。そんな怖い事言われたらさぁ…。痛み止め使うって言われたけれどもぉ…。
…腹を括ろう…。
ママは頑張ります………。
予定日は八月七日ー。
けれど……。
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七月二十四日、妊娠35週で俺は管理入院した。あと二週間、お腹の中で育てて、37週での帝王切開が決定した。一日でも長くお腹の中で育てる為に、これから出産までは慎重に経過を観察していく、と説明された。
俺…ではなく、大和が入院は個室を希望した。個室なら申請すれば、付き添いが可能だから。
大和は、病院から出勤して病院に帰って来るつもりらしい。いくら簡易ベッドが借りられるとはいえ仕事の疲れが取れないのでは…と思ったけれど、初めての出産だし双子だし…で不安だった俺は、朝と夜だけでも大和が傍にいてくれるだけで嬉しかった。大和も「家に一人でいても寂しいし心配で眠れない」と言った。
基本は安静生活だった。部屋の中を歩くのは構わないけれど、出来れは病室からは出ずに安静にしていてほしい、と言われた。双子だから、いつお産が始まってもおかしくない状態。子供の成長を考えれば、帝王切開予定日までお腹の中にいるのが理想らしい。
どのみち、歩くのも大変だから部屋の外になんて出ないけれど、改めて「赤ちゃん達を守れるのは俺だけ…」と気を引き締めた俺は、しっかりと頷いた。
毎日病室に先生が来てくれて経過を見てくれた。子供達の心音も聴かせてくれて、二人分の元気な鼓動に、俺自身も元気をもらった。
予兆は何もなかった。
その日の診察も特に異常はなく、経過は順調、赤ちゃん達は元気。入院してから更に大きく重くなったお腹で、動きにくい、寝にくいくらい。
いつもの様に夕飯前に病院に帰って来た大和と一緒にご飯を食べて、交互にシャワーを浴びて、少しお喋りしてから布団に入った。
この時までは『普通』だった。
異変が起きたのは、日付が変わった真夜中のことー。
内側から『何か』が弾ける様な音がした。最初は夢かと思ったけれど、じわりと下半身に濡れた感覚が広がった。流石に目を開けた。
漏らしたのだろうか…。実際、後期に入ってから膀胱が圧迫されて、漏らしてしまう事がよくあった。下着を替えるのも一苦労で、大和の在宅時なら大和が手伝ってくれたけれど、一人きりの昼間は、下を全部脱いでタオルケットを巻いて過ごした事もある。夏だから出来た事だけれども…。
布団を捲り、股間に手を伸ばす。が、おかしい。前は濡れていない。でも、お尻が冷たいんだ。お漏らしなら前も濡れている筈なのに…。
「……………。…っ!」
これ、『破水』だ!
漸く思い至った俺は、大和を起こした。大和は慌てて飛び起き、俺が「破水した」と告げると、直ぐ様ナースコールを押した。
それからの先生達の対応は早かった。
診察をし、赤ちゃん達の状態を確認した後、緊急帝王切開で出産する事が決定した。
予定より一週間早い、七月三十一日の事だったー。
元々が帝王切開を予定した管理入院であり、予定は早まったものの、担当の先生達もそれを想定した上で事前に必要な検査や準備をしていた事もあり、スムーズに手術の準備は調えられ、俺は手術室に移動した。局所麻酔での手術。大和が付き添い、ずっと手を握っていてくれた。
所要時間は約一時間。
局所麻酔だから意識はあった。痛みは全く無いけれど、カチャカチャと音が聞こえる。手術器具を扱っている音。
暫くするとお腹から何かが引っ張り出される様な感覚があり、「ふぇ…」とか細い泣き声が聞こえた。
「渚、一人目生まれた。男の子だ」
大和が教えてくれる。か細いけれど、確かな産声に涙が溢れた。
遅れる事、数分。
「もう一人、出ます」
誰の声かは判らなかったけれど声が聞こえて、一人目と同じ様に引っ張り出される感覚と共に、二人目の産声が聞こえた。
「もう一人も生まれたよ。男の子だ」
男児の双子だった。
もう少しお腹の中で育む筈だった命。予定より早くこの世に誕生した命が、か細い声でも「生きてるよ。元気だよ」と伝えてくれる。
二人の看護師さんが一人ずつ赤ちゃんを抱っこして、俺の顔の所まで連れて来てくれた。一人は大和が恐恐と受け取る。
しわしわの真っ赤なお顔。可愛いかった。
可愛い可愛い、俺の赤ちゃん達。
会いたかったよ。
「初めまして。生まれて来てくれてありがとう。
これから、よろしくね」
俺は、左側の大和が抱っこした赤ちゃんと、右側の看護師さんが抱っこした赤ちゃんそれぞれの方を向いて、挨拶をした。
その後は、子供達は体を綺麗にして誕生後の検査をする為に連れて行かれ、俺は胎盤摘出と縫合などの産後処置をした後、経過観察用の別室に移動させられた。
麻酔が効いているから今は痛みは無いけれど、切れたら当然痛い訳で、痛み止めの点滴を用意してくれた看護師さんは、「痛い時は無理せずに言って下さいね」と言って、部屋から退出した。
大和と二人きりになった途端、大和が俺にキスをした。
「お疲れ様。痛くはないか?」
「ん…。今は大丈夫。大和もお疲れ様」
「俺はただ手を握ってただけだけどな」
「ううん? 大和がいてくれて心強かった。
今思うとさ、俺、此処に戻らなかったら一人で産んでたと思う。絶対に産むつもりだったから…。けど、一人はやっぱり心細いと思うんだ。俺、此処に戻って来て良かった。大和と一緒に子供達を迎えられて、良かった…。ありがとう」
「ありがとうは俺のセリフ。俺のとこに戻って来てくれてありがとう。俺の子供達を産んでくれてありがとう。愛してる」
大和がもう一度、キスを贈ってくれた。
二時間くらい休んだ後、俺は病室に戻った。
その頃合いで、子供達を取り上げてくれた先生が来て、子供達の様子と母子の今後の予定を説明してくれた。
子供達の出生体重は長男が2380グラム、次男が2050グラム。300グラムの差は双子なら珍しくないそうだ。
小さく生まれたけれど2000グラムあれば、ギリギリ保育器は免れる。今日は経過を見る為に新生児室で預かり、問題がなければ明日の朝から母子同室になるらしい。
それと、出生直後のバース検査の為に採血し、検査機関にまわしたとの事。結果が出るまで一週間。帝王切開した産夫(婦)の入院期間は産後八日。入院期間中に結果が出るという事になる。確か、出生直後だと確定率は七十パーセントだったか…。
俺は今日一日は安静に過ごす様に言われた。
……………。一日…。『今日一日』だよ!?
明日の朝から歩く様に言われたの。傷口、塞がってないよ!? トイレまでで良いから…って……。
強制ではないけれど、早くから歩かないと傷口が癒着するんだって。それを防ぐ為に出来るだけ早くから体を動かしたほうがいいらしい。そんな怖い事言われたらさぁ…。痛み止め使うって言われたけれどもぉ…。
…腹を括ろう…。
ママは頑張ります………。
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