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【一章】『運命の番』編

23 さようなら…

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「…ごめんなさい……」

  俺は一度唇を噛み締めてから、震える声で言った。

「………。謝ってばっかだな、渚は。
  謝ってほしい訳じゃない。俺は、納得出来ないから理由を訊いてる。αだから…なんて理由、理不尽以外のなにものでもない。
  何度でも言う。俺は渚が好きだ。結婚したい。番になって一生を寄り添って過ごしたい。余所見はしない。生涯、渚だけを愛し抜くと誓う」

  熱烈な求愛の言葉ー。
  嬉しい。嬉しくてたまらないのに、胸が苦しい。
  大和を見つめながら、俺はボロボロと泣いた。
「俺も…」って言えたら、どんなに幸せだろう…。
  真っ直ぐに大和の言葉を信じられたら…。
  いつまでも頑なな俺の態度は、他人から見れば『我儘』『頑固』『傲慢』に見える事だろう。これだけ愛されて何が不満なのか…と。
  不満なんてない。自分をこんなに愛してくれる人、この先二度と現れないだろう事も解ってるよ。
  ただ、不安なんだ。大和の誠実さは解っていても、信じるに足る程、俺は大和を知らない。出逢いから別離までは半年足らず。交際を始めてからだと、もっと短い。盲目的に信じるには、俺達の逢瀬は短過ぎた。
  俺は、大和の想いは受け入れたけれど大和との未来までは考えていなかった。だから、あまり大和を深く知ろうとはしなかった。元々独りで生きていくつもりだった俺は、未来よりも『現在』を大切にしていたんだ。
  対する大和はきっと、俺との未来を考えてて自分の事はゆっくり知ってもらおうと思っていた。が、俺が何も告げずに消えたから、機会を失った…。
    全部…全部…俺が悪い。
  
  俺は椅子から下りて床に正座すると、床に両手を付き、床に額が付きそうなくらい上体を倒した。

「…ごめんなさい…。別れて下さい…」

    土下座したまま、謝罪と『お願い』を口にした。

「別れない!」

  被せる勢いで言った大和が、床に座って俺の両肩を痛いくらいの力で掴み、俺は強制的に上体を起こされ……。
    
「…っ…!」

  大和の顔を見て、息を飲んだ。
  大和が泣いていたから…。

「別れたくない!」

  大和が繰り返す。

「ごめん…。ごめんなさい…」

  俺も繰り返す。
  最早、冷静に話し合う事なんか出来なかった。
  泣きながら、互いの主張をぶつけ合うだけ…。

「どうしてっ! なんで俺から離れていこうとするんだっ…! なんで…。
   戻らないつもりだったのなら、どうして『抱いて』なんて言ったんだ! これから捨てる哀れな恋人に最後の情けのつもりだったのかっ!」

  大和が責め立てる様に叫ぶ。
  俺にだって解らない。どうして自分は大和を求めてしまったのか…。
  求めるべきではなかった。別れを決意していたのなら…。なのに…。
   体はあっさりと大和を受け入れ、どんなに「酷くして」と懇願しても優しく愛された体は満たされていく。長年の渇いた飢えが潤う様に…。
   行為が終わった後の、やるせない程の後悔ー。
   そんなつもりじゃなかった…なんて、今更言える筈もなかった。大和に『最後の情け』だと受け取られても、弁解は出来ない。
   
「なあ、渚。どうしたら渚は俺の傍にいてくれるんだ? 監禁すればいいのか?  それとも、項を噛んで無理矢理にでも番にすればいいのか…?」

  大和がそんな恐ろしい事を言う。
  監禁も合意のない番契約も、指摘するまでもなく犯罪だ。大和だって、それは解っているだろう。
  そうまでしても俺に傍にいてほしいという大和。それはもう『執着』に近い。
   そこまで追い詰めたのは俺だけど…。

「…大和はそんな事しないよ」

  そうだ。大和は俺が傷付く事はしない。

「…!  なんで、そこまで……」
「大和は俺を傷付けたりしないから、絶対に。俺とは違うから。俺は自分の事ばかりで、大和を傷付けていた自覚すらなかった。たとえ、やり直したとしても、上手くいくわけないよ。大和は自分を犠牲にしても俺を守るだろうし、俺は自分でも気付かないうちに大和を傷付けて、その事にすら気付かないんだ…」
「俺が『それでも良い』って言っても…」
「俺が『駄目』なんだ…」
「……………」

  俺が食い付き気味に言うと、大和は押し黙る。

 そう。『俺が』駄目なんだ…。
 大和の優しさはよく知ってる。大和の事は知ろうとはしなかったけれど、『優しさだけ』は解ってるんだ。
 大和はどんな俺でも、大きな器と広い心で受け入れてくれると思う。それが解るからこそ、大和の傍にはいられないんだ。
 どちらか一方に寄りかかる生活は、いつかは限界を迎える。互いに支え合うからこそ、人は長く寄り添えるのだから…。
  俺は今もきっと、大和を傷付けてるんだろう。でも、これからの未来に『俺』というお荷物を抱えさせるよりは、傷は小さくて済むんだ。
  いつか大和の負担になるくらいなら…。
    
  なあ、大和。俺は大和の幸せを願うよ。
  俺、大和を愛する気持ちは誰にも負ける気はないけれど、『α』が怖いんだ。ごめん。大和とαを切り離す事が出来なくて…。Ωである事に卑屈にならない様に前向きに生きてきたつもりだったけど、本当の俺はこんなにも臆病で…。俺も最近知ったよ。
『αの大和』と寄り添ってくれる人と、どうか幸せになってほしい…。

「…もう、駄目…なのか……」

  呟いた大和は、何を言っても俺にはもう伝わらない事に力を失くしたのか、俺の肩からゆっくりと手を離した。
  俺はもう一度「ごめんなさい…」と呟いてからゆっくり立ち上がり、部屋の隅に置いていたバッグを手に取った。部屋を出て玄関に向かう。靴を履いてから振り向けば、玄関から廊下を挟んだ先に見えるリビングの床に座ったままの大和の姿が見える。力なく項垂れたまま…。

「さようなら…」

  そう言葉を残し、俺は玄関を出た。
  今度はちゃんと別れの言葉を言えたのに、締め付けられる様に胸が痛い…。
     視界が歪んだ。涙が頬を伝う。

「…っ…」

   俺に泣く資格なんか…ないのに…。
   グイッと袖で涙を乱暴に拭い、速歩でアパートを出る。無意識に空を見上げれば、今にも降り出しそうな曇天。
   それはまるで、今の俺の心模様ー。

   果たして、俺の選んだ選択が正しかったのか…。 
   判らないけれど、六年前も、今も、俺には他の選択肢はなかったから…。
   だから、まさか『あんなこと』になるなんて、この時の俺は考えもしなかったー。
     

     
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