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【一章】『運命の番』編

21 『Ω』の現実

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「違う!」

    大和が声を上げる。

「Ωじゃない!   『夫(つま)』になってほしいと言ってる。渚、結婚しよう」

    三度目のプロポーズ。
    俺は首を横に振る。

「違わない。結婚して『番』になるって事は、大和の…大和だけの『Ω』になるって事だろう?   大和の気持ちがどうであれ、そういう事だ。一人の人間として…なんて言ってても、結局はそうなんだよ」

    αとΩが結婚したのに番契約を結ばないなんて現実的じゃない。発情期を共に過ごせない二人が夫夫(ふうふ)になる意味はあるのだろうか。番契約を回避したい場合、恋人なら発情期には会わなければリスクは回避出来るけれど、結婚すれば一つ屋根の下。身近にいるΩの発情期の強烈なフェロモンから逃げる術は、αにはない。それとも、発情期の度に別居するつもりだろうか。そんな関係はいつか破綻する。大和が納得しても、俺が耐えられなくなりそうだ。

    もしも…もしもだけれど、六年前のの事がなければ、大和の予定通りに、順調に交際を続けて大和が二十歳になったらプロポーズされて、結婚して番契約を結んだだろうな。『永遠の愛』を信じて。
    今更、もしもの話なんか意味ないけれど。

    でも、俺は知ってしまったから…。
    解ってるつもりで本当のところは解っちゃいなかった自分の無知さを…。
    俺がαと深く関わらない様に生きていこうと思っていたのは、αに依存しαに頼らなければ生きていけない様な人生を送りたくなかったからだ。俺は自立したかった。地にしっかり足を付け、自身の力で人生を切り開く。αと共に歩む道を選ぶなら、対等に…αとΩとしてではなく『人と人』として互いの在り方を尊重出来る様な関係にー。
    大和とならもしかしたら…と思っていたあの頃ー。
    でも、今更だ。
    
    Ω保護法が施行された現在でも課題として残る、Ωがαに依存する事の危険性。
    旧法律では、αが一方的に番契約を解除しても罪には問われなかった。というか、そもそも取り締まる法律はなかった。たとえそれが原因でΩが精神を病んだり死んだりしても。けれど、Ω保護法施行と同時に、合意のない番契約の解除は『間接的な殺人』として、処罰の対象となるという新たな法律が出来た。…のだけれど、それを自分の都合良く曲解したのが、番を複数持つα達だ。番契約を解除しなければいい、と。解除しなければ放置しても罪に問われない、と。強制解除程のダメージはなくとも、発情期の度に番に放置され続けたΩは、心身共に弱っていくというのに…。
    世間ではΩを保護し差別を無くす動きが活発になりつつあるとはいえ、保護法が出来て、たかが二十年。何百年と続いた第二性による差別を無くす事は、白人による黒人への人種差別を無くすくらい難しいのが現実だ。
    αに依存して安易に番契約を結ぶ事の危険については度々ニュースにされるけれど、発情期が来る度に苦しむ若いΩには、その危険性が伝わらないのもまた、問題だった。

    俺がここまでの詳細な事情を知ったのは、シェルターに身を寄せてからだ。
    学校ではマニュアル通りの事しか教えてくれない。第二性それぞれの特徴や性質、Ω性の子供は望まない番契約から項を守る事など。
    それでも、周りにΩ性の大人でもいれば知る機会はあったかも知れないけれど、俺の家族はみんなβで、中学高校はβとΩのみが通えるとこに行ったけど、Ωは元々少ないからか、教師と生徒合わせても数人程度。とにかく、学生の頃に俺が学んだのは『αに頼らず自立した大人になる事』だった。結婚適齢期が二十代後半だと言われる現代に在りながら、早くαと結婚して家庭に入りたいと考えるΩは多い。Ωに限れば平均結婚年齢なんと二十歳。就職は現実的に難しいから早々にαの庇護下に入って養ってもらおう…と。まさに依存への第一歩。俺は、高校に入る頃には既に自立する事を考えていた。そう考える様になったのは、育った環境の影響が大きかった様に思う。
    
    結婚も選択肢の一つでそれ自体が悪いとは思わないし、愛し愛され生涯添い遂げられるならそれが一番良い。だけど、若くして勢いのまま結婚、番契約、妊娠出産したΩが逃げてくるのが『シェルター』だ。シェルターを頼る理由は様々だが、中でもαの夫から逃げてきたり、夫に家を追い出され行き場を失くして避難して来る人が多かったように思う。子連れで逃げて来た人も。
    そういう人達と日々接していれば、イヤでも理解する。相手が話してくれた事もだけど、何も言われなくても察してしまうから…。
    自分の知る常識が如何に上辺だけか…。実際のΩの現状を知れば、僅かに抱いていた未来への夢や希望すらも萎んで……。
    だからこそ、俺はより強く自立を望んだ。
    仕事と住む所さえ御膳立てしてもらえれば、後は自分の力で『居場所』を作る。決意を新たに。
    
    最初は戸惑った児童養護施設の仕事。子供達の生活に責任を持つ仕事は、子育て経験の無い自分に努まるだろうか…という重責に、体力はともかく精神的に緊張する毎日だったけど、懐いてくれる子供達の無邪気な明るさに癒され、すぐに慣れた。同僚の職員達に助けられ、子供達と一緒に自身も成長しながら、そうして俺は、元気に体が動くうちは此処で働こうと決めた。子供達を育てながら、やがて巣立っていく子を見送り、新しく入所する子に寄り添いながら…。
    こうして俺は『居場所』を手に入れたー。

    もし大和と結婚したら、仕事は続けられない。
    α禁制のシェルターに身を寄せ、Ω禁制の児童養護施設での住み込みの仕事だから。αと結婚…どころか、αの恋人や番が出来た時点で、Ω専用施設では働けなくなる。αフェロモンを纏うという事は間接的にαを施設に近付ける事になり、最悪の場合、他のΩの発情を招く可能性すらあるんだから。
    雇用前にそう説明されている。
    だから、大和を選んだ場合、『居場所』を失う。

   結婚か、仕事か…。
   大和か、『居場所』かー。
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