溶けだす頃に

潜む

一

「んじゃ、82ページ最初から読むから目で追っていって」
静かな教室に落ち着いた声が響く。
そう言うとそいつは教科書を読み始めた。

戸川善次。

こいつは古典の教科を受け持つと同時に俺のクラスの担任である。
正直俺はこいつが苦手だ。
理由はいい噂を聞かないからだ。
ほんとは男が好きだの、お気に入りの男子生徒がいるだの、ボディタッチがやたら多いだの…いわゆる生徒をそういう目で見ているという噂だ。
しかも女子生徒ではなく、男子生徒をそういう目で見ているのだ。
別に信じてるわけではないが、もしそれがほんとなら、俺もいちおう男子だし狙われんじゃね？的な…。
まぁ、あとは見た目だな。
なんかこう…目がキリッとしていてクールな感じがしてなんか近寄り難いんだよなあ。
苦手な理由、変な噂が立っているからもあるけど、外見が大きいな、きっと。
つまらなそうに頬杖をついている態度が気に食わなかったのか一瞬睨まれたような気がした。
は、ふざけんなよ、つまんねー授業する方が悪いんだよ。
心の中で悪態をつきながら机に伏せて寝ることにした。


「お………ろよ」
微かに聞こえる人の声。
あれ、どっかで聞いたことあるぞ。
徐々に明るくなっていく視界とともに、声が大きくなっていく。
「おい、起きろよ」
そのはっきりとした声で、完全に目が覚めた。
周りを見渡すと、クラスメイトたちが自由に立ったり携帯をいじったりしている。
休み時間か。どうやらあのまま寝てしまったようだ。
「さっきから起こしてるのに全然起きねーじゃん、夜寝てないのか？」
見上げると、そこにはさっきまで教卓の前で授業をしていたあいつがいた。
「げっ、なんだよ。普通に寝てるわ」
めんどくさそうにこたえれば、
「じゃあ寝るな。授業は寝る時間じゃない」
と、うざったいことを言われる。
はいはいわかったとまた寝ようとする。
しかし、その瞬間頭を出席簿でぶたれる。
「なにすんだよっ」
頭を押さえ、戸川を睨みつける。
だがそんな俺を上から見下してくる。
「俺がお前のことを何でわざわざ起こしに来たと思う？」
戸川は淡々と言葉を続ける。
嫌な予感がする…
さっき授業ちゃんと受けてなかったから放課後職員室来い、とかか？いや、おかしいだろ。
しばらくの沈黙。
何を言われるのだろう、しかし悪い気しかしない。
早く言えとばかりに相手を見つめ返しても戸川は口を開かなかった。
「なんだよ！」
と痺れを切らして怒鳴る。
やれやれとやっと口をひらいて話し始めた。
「お前、欠席やばいぞ」
「……は？」
予想外の言葉に、はてなマークしか浮かばなかった。
「数II16回、現文17回、体育25回、英語34回、ほぼ全教科あと1回か2回休んだらアウト、退学だ」
急に自分の欠席日数を読み上げられて困惑しているが、それよりやばいのは回数だ。
ってか退学？！
呆然と戸川を見上げていると、
「サボりすぎだ」
とニヤニヤと笑われて馬鹿にされた。
「いやっ、ぜってーそんな欠席してねぇ！先生が2回くらいいるのに欠席にしてるって！」
「しねーよ、そんなこと。まぁ、今日は1時間目から来ててえらかったな。後半寝てたけど。これからも続けろよ。1回も休めないぞー」
そう言って戸川は教室から出て行った。
「あいつ……」
自業自得だが、なんだか戸川の態度や挑発するような話し方にイラつきを覚え、気づくと無意識に拳を握っていた。