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1章
15.
しおりを挟む意識を取り戻したとき、目の前には分厚く盛り上がった男の胸板があって、悠人の体は身動きできないほどに強く丸太のような腕に抱きしめられていた。いつの間にか朝になっていたようで、部屋の中はあたたかな日の光に包まれていた。
(……最悪の朝だな)
顔に押し当てられている分厚い胸の硬さを感じながら心の中だけで愚痴るが、実際はそこまで悪い気分はしない。ただこれを受け入れていると思われるのは癪で、異様に重たい腕を全力で押し返す。
「暑苦しいんだよ、この絶倫変態クソホモ筋肉ゴリラ」
ガラガラに枯れた声で言うと、あれほど重たかった腕がすっと軽くなって体の上からどいた。
「起きたのか」
先に起きていたのか、ガスパルの声は寝ぼけた様子もなくはっきりしていた。もぞもぞと体を引いて悠人から離れ、悠人の頬を撫でるように掴んで上を向かせて少し目の腫れた顔を覗き込んできた。堅物な印象のするごつごつした端正な顔の中で、口元が微かに笑っていた。
「お前はケツを塞いでやらないと素直になれないのか?」
「うっせぇ。ガチでオナホみたいに人のケツガンガン使いやがって。そのうち使えなくなったら絶対ぇ責任取らせるからな」
「好きにしろ」
そう言ってガスパルは何も身に纏っていない体を起こす。
朝の光の中で見ても相変わらずいい体をしている。十六年生きてきて、こんな体は洋画かゲームやアニメの中でしか見たことがない。初めて見たときはただ圧倒されるだけだったガスパルの体だが、今はもう以前のように見ることはできない。悠人が悔しそうに睨みつけながら見上げているのに気づいたガスパルは、また口元を緩ませて悠人のぼさぼさになった頭を撫でた。
昨夜はひどい目にあった――と悠人は思っている。
今まではガスパルが一度吐精すれば終わっていたから知らなかったが、ガスパルの性欲は異常だった。
ほぼ休みなく六回中に出されたところまでは数を数えていたが、それ以降の回数は不明だ。六回中に出されている間に悠人の出すものは色も粘度も失い、体力にも限界が来た。
『も、むりっ……! こわれる! まじ、こわれちゃうっ……!』
何度そう訴えて逃げようとしてもガスパルは悠人を押さえつけ、力づくで後ろの場所を無理矢理犯してきた。
腹が減ったと言えば悠人を縛り上げて夕食を取りに行き、食べさせてからまた犯す。後ろがヒリヒリして痛いと言えばやたらと効き目の良い軟膏を塗ってからまた犯す。トイレに行きたいと言っても挿れたままトイレまで運ばれ、ガスパルに前を握られて用を足すことを強要された。
もう吐精すらできずに後ろだけでイき続けた悠人がどれだけ泣き喚いてやめるように懇願しても、ガスパルは絶対にやめてはくれなかった。ガスパルが出したもので悠人の下腹部が膨れ、絶えず後ろから精が垂れ流される状態になっても、決して行為をやめてはくれなかった。途中で何度か気絶し、また奥を突かれて目を覚ますを繰り返す。絶えずメスでいることを強要された、気が狂う程の酷い夜だった。
ようやく終わったのもガスパルが満足したからではない。半ば気絶した状態の悠人がガスパルに突かれながら小便を漏らしてしまい、それに気づいたガスパルが理性を取り戻したおかげだった。
その後のガスパルは汚れたベッドの処理をしたり悠人の体を綺麗にしたり薬を塗りなおしたりと甲斐甲斐しく世話を焼いてくれ、安心した悠人はいつの間にか意識を失っていて――今に至るというわけだ。
ベッドの上で上体を起こし、ガスパルからスープや果物といった朝食を口まで運んでもらいながら、悠人はブスッとむくれた顔で言った。
「アンタって今までどういうつもりで俺とヤってたわけ?」
「どういう意味だ?」
「だからさー、今まで一回ヤったら終わらせてたじゃん? なんだよ昨日の。やめろっつってんのに全然やめねーし」
全力で睨みつけても涼しい顔は変わらず、ガスパルはカットされたリンゴをさらに半分の大きさに割って悠人の口の前に持ってきた。
「あ」と口を大きく開ける。中に押し込まれたリンゴをシャリシャリ噛んでいると、悠人の口の端についたリンゴの汁をガスパルの太い指が拭った。
「文句があるなら普段からもっと素直になれ。やめろと言われて本当にやめていいのかわからん」
「俺のせいにしてんじゃねーよ。アンタ途中からぶっ飛んでただろ。ただでさえ図体でかくて怖ぇのに、目とか血走ってて絶対俺のこと離さねーって顔しててマジで怖かったんだからな」
「……悪かった」
謝った後で少し黙ってから、ガスパルはふうっとため息をついてから言った。
「前に俺は祝福を受けたと言っただろ」
「あ? あー、なんかあったかも」
「お前は知らないだろうが、人間の中には特殊な能力を持って生まれてくる人間がいる。魔法が使えるとか知能が高いとかいろいろあるが、そういった者を神から祝福を与えられたと呼ぶんだ。俺の場合はその中でも一番特殊な『英雄の祝福』を受けて生まれて来た」
「英雄の祝福……」
聞き覚えがある。昔やっていたモンスタークエストというゲームの中に出てきた言葉だ。
驚いて固まる悠人には気づかず、ガスパルは説明を続けた。
「英雄の祝福ってのは、昔この世界をモンスターから救ったなんとかって言う英雄に与えられたのと同じ力らしい。この祝福を与えられた人間は性別関係なく恵まれた体を持って生まれ、身体能力が著しく高い。性格的にも好戦的な者が多く、神がモンスターから人を守るためにこの世に送り出しているとさえ言われている。さらにスキルと呼ばれる特殊な力を持って生まれる者もいて、俺の体に毒が効かないと言ったのもそれが理由だ」
全身に鳥肌がたつのを感じた。
完全に同じだ。
悠人のやっていたゲームにも同じ設定があり、主人公はなんのスキルも持たず、世界でも十数人しかいない『英雄の祝福』を受けて生まれて来た人間の中でも最弱と呼ばれる少年だった。
(もしかしてこの世界ってゲームの中なのか?)
だが、違うところもある。
例えばこの世界で悠人が出会ったモンスターは皆ゲームの中には登場しないモンスターだったし、淫魔なんてモンスターも存在していなかったはずだ。このアイゼンという町もゲームの中には出てきていない。
そもそもどこか別のところに存在する異世界に転生するならともかく、ゲームの中に転生するなんてマンガみたいな話があり得るはずがない。
百歩譲ってゲームの世界に転生したとしよう。なぜそのゲームがモンスタークエストなんて古臭くて有名でもないゲームなのか? なぜ悠人がそのゲームに転生してしまうのか?
理由がない。
ありえない。
おかしすぎる話だ。
「ハルト? どうかしたのか?」
ガスパルに呼ばれ、現実に引き戻された。
端正な顔の眉間に怪訝そうな皺が寄っている。もしこれがゲームの世界なら、この男もゲームの登場人物なのだろうか。――いや、そんなはずがない。
悠人は慌てて話を合わせた。
「あー、いや、驚いてただけ。で? なんで急にそんなこと教えてくれたんだよ」
「お前も知っておいたほうがいいと思ったからだ。英雄の祝福を持って生まれた人間はモンスターを殺す能力が高いから何かと優遇されて生きやすいが、問題もある。人並み外れて性欲が強い上に、戦闘でほかの生き物の命を奪うことで強く欲情してしまう傾向にあるんだ」
またしても驚き、悠人の頭からゲームのことは吹き飛んだ。
「なんだよそれ。そんなん聞いたことないけど……」
「初めて言ったからな」
「ってことは、最初俺と会ったときに勃ってたのも?」
「戦うことで欲情していた。いつもは終わった後に自己処理していたんだが、あのときはお前に誘われて拒み切れなくなっていた。……自分でもわからないが、あのときはなぜかお前の姿を見て異様に興奮して自分を抑えきれなかったんだ。お前が淫魔だからかもしれない」
「じゃあ俺とヤってアンタがピンピンしてんのは? それも祝福のせい?」
「そうだ。淫魔が人間を殺すのは行為で人間から生命力をすべて奪い取るせいだが、俺みたいなのは奪い取られる以上の生命力を持っている。だから淫魔に殺されることはないし、むしろ昨夜のように淫魔でも始末しきれないほどの精を与えてやることができる。お前の体力が持つのなら一日中だって抱き続けてやれるぞ」
ガスパルが言うには、英雄の祝福が強ければ強い程精力も強く、かつて英雄と呼ばれたものの中には同時に百人の女と行為をして女たちを狂わせた猛者もいるらしい。さすがにそのレベルになってくると羨ましいを通り越して同情を禁じ得ない。
「だから最初にお前を見つけたときに言ったことは間違っている。お前は俺といる限り、誰も殺さずに生きることができるはずだ」
「……そう、なんだ」
「ああ。黙っていて悪かった」
「別に……」
なぜ今まで教えてくれなかったのかとか、だったら最初から殺そうとするなとか、思うことはいろいろあった。だけどそんなことよりもずっと、教えてもらえたことが嬉しかった。ガスパルから始めて人間扱いされたような気がしたのだ。
「……俺、いろいろ知らねえからさ。ありがと」
「いや」
「今日もどっかでかけんの? やっぱモンスター退治?」
「ああ。このあたりは地理的な問題で冒険者があまり立ち寄らないからギルドへの依頼が溜まっている。周辺の村からも依頼が出ているから、この町を拠点にして片付けられる仕事はまとめて引き受けて行こうと思うからもうしばらく滞在すると思え」
「どっかの村で泊ってくることもあんのか?」
「いや。夜には必ず帰る。――なるべく早く帰るから、少しの間大人しく待っていてくれ」
「……うん。まあ、一人だと退屈だし」
「だろうな」
「それよりさ」
悠人がその先をなかなか言わないでいると、ガスパルが「ん?」と顔を覗き込んで先を促してきた。
相変わらず照れたり恥ずかしがったりせずに真顔で真正面から顔を見つめてくる。ガスパルの彫りの深い顔はいつだって自信に満ち溢れ、迷いや遠慮なんてものは知らなさそうに見える。
嫌なヤツだと思う。乱暴で偉そうで強引で自分勝手で――こんなヤツ大嫌いだ。だけどガスパルがそばにいるとこれまで感じたことがないくらい安心もするし、その一方で妙に反発したくもなってくる。
悠人は赤くなった顔でガスパルを睨みつけ、分厚い胸に軽くパンチを入れた。
「怪我とかしないで帰って来いよ。こっちはアンタがいねえとまともに生きらんねーんだからな」
ガスパルは一瞬驚いた顔をし、それから、困ったように目じりを下げて笑った。
「心配するな。必ずお前の元に戻ると約束する」
その言葉を聞いただけで、不思議なくらい心臓の鼓動が早くなった。
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