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第六章 シャーロットの危機
待ってくれ!
しおりを挟む身体が粉々に砕けてしまいそうなくらい辛い。すぐにでも死んでしまいたいくらいだ。
「他に、好きな、男……?」
「だからもうここには居られません。さようならっ」
シャーロットはサッと踵を返した。このまま出て行くつもりである。
他に好きな男が出来た、というのは真っ赤な嘘だった。
「待ってくれっ」
オリヴァーはベッドを飛び降りて、シャーロットの細い手首を掴んだ。
彼女の大好きな低い声が虚しく寝室に響く。金色の巻き髪が乱れ、シャーロットの白い横顔を覆い隠す。サファイアの瞳からは、堪えきれない涙が次々と溢れ出した。
(こんなグチャグチャの顔は見せたくないわ。このまま行かせて。最後くらい、貴方の前では綺麗な私でいたいの)
「お願いだ、考え直してくれ。俺に悪いところがあったら治すから。頼む、出て行かないでくれっ」
「もう決めたことなのです」
「理由を聞かせてくれ。俺の何がいけなかった? 仕事で遅くなって君をほったらかしにしてしまったことか? それとも愛おしすぎて毎晩抱いてしまったことか? それとも……」
「違います、違いますっ。オリヴァー様どうかこの手をお離し下さい。行かせて下さいっ」
「出来るのもか!」
「私なんかに執着なさらないで。もっといい女性が他にいますからっ」
「誰だ、それは! 言ってみろ。君以外に俺を夢中にさせる女がどこにいる?!」
「近くにいるではありませんか、ダナさんとか……」
「あんなのと君が同じなもんか! シャーロット戻ってきてくれ、考え直してくれ。君は俺の命なんだ、シャーロットのいない毎日なんて想像できない、死んだも同然だ。愛してるんだ、心から」
彼の美声が涙でかすれる。
惨めに追いすがる姿は、いつもの冷静沈着な彼らしくない。しかしその必死さにシャーロットは心打たれた。
(オリヴァー様の声、震えているわ。きっと泣いていらっしゃるのね。最低よ、私)
――でももう後戻り出来ないわ。鬼になるのよ。
シャーロットは愛しい彼の手を振り払った。
「お許し下さい、オリヴァー様。さようならっ……!」
「待ってくれ!」
シャーロットは寝室から駆け出した。バタン、と後ろでドアが閉まる。誰もいない夜の廊下に、シャーロットの走る音だけが響いていた。
「ハァ、ハァ……」
屋敷を出たところで、シャーロットは空を見た。満月である。不気味なほど大きくて赤い。コウモリがキーキーと飛んでいた。ゲェゲェと耳障りな鳥の声もする。
(やってしまったわ……。あんなに酷い別れ方をしたのだもの、もうブランドン公爵家の敷居を跨ぐことは出来ないでしょう)
――オリヴァー様、悲しませてごめんなさい。結局貴方に辛い思いをさせてしまった……。こうなりたくはなかったのに……。
「どうか私を忘れて、他の人と幸せになって下さい……」
シャーロットは月を見上げて呟いた。涙が一筋白い頬を伝い落ちる。
その時だった。背後に異形の何かが立った。
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