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エピローグ
小春日和
しおりを挟む外は明るい日が差し込み、春を思わせる暖かな風が吹く三月。心地よい小春日和のある日、真琴は鷹城宅のリビングダイニングで、パソコンを前にうなっていた。
「うーん……」
眉をハの字にして目を細め、無意識に唇を尖らせている。目の前の画面には〈第四十回江戸川散歩賞・応募フォーム〉というページが表示されていた。
「ううーん……」
マウスに置かれた右手が動き、〈応募する〉というボタンの上まで矢印を動かすが、最後のクリックをする前に反らしてしまう。
作品のタイトルやあらすじ、本名とペンネームなど、必要事項は入力済みなのだが、最後の一押しを躊躇っている。
「ううう……」
三度目のうめき声を上げた時、ドアを開けて鷹城が入ってきた。パソコンの前でぐずぐずする真琴を見て、呆れたように口を開く。
「おいおい、まだ送ってないのか」
「だってぇ」
真琴は鷹城を見上げた。
「情けねえ顔してんじゃねえよ。もう充分推敲(すいこう)したんだろ? なら出来ることはやったじゃねえか。後は運任せだぞ。さっさと送っちまえ」
「うう……分かってますよぅ」
(だって勇気が出ないんだもん)
今日は江戸川散歩賞の締め切り日だった。
鷹城にアドバイスしてもらった『遺跡発掘』をベースに、真琴は改稿作『砂の遺跡は日に没する』を書きあげた。前にも増して自信作なのだが、やはり応募するのは緊張する。
持てる力は全て出し切った。だからあとはさっさと送信ボタンを押せば良いのに、変なところではっきりしないのだった。
「どれどれ」
鷹城が真琴の後ろにやって来て、画面をのぞいた。項目に抜けがないかを素早く瞳だけでチェックして、続ける。
「ああ、懐かしいなぁ、こういうページ。住所とか書くとこだろ? 俺も投稿時代よく書いたワ。あらすじが嫌いでなー、いつも適当に書いてた」
「先生の投稿時代?」
興味を引かれ、真琴がつい振り返ったその瞬間、鷹城がにやりと笑った。そのままマウスを奪い、ちょちょいと矢印を動かして、送信ボタンをクリックした。
「あ゛ーっ!!」
カチ、という音を聞いて、真琴が振り返る。
先程まで応募フォームを表示していた画面が切り替わり、〈受け付けました〉という赤字が表示されていた。
「よし、応募完了」
鷹城がにっこりと笑った。
「ひ、ひどい! おれが押したかったのに……!」
「だって遅いんだもん。こういうのは思い切りが大事なんだよ。――さ、早く準備して出掛けようぜ。ハウスメーカーんとこで、二人のラブラブ新居の相談をしよう」
「……いやです!」
真琴はぷいと横を向いた。
「げ、何怒ってんだよ」
「怒ります! それにラブラブ新居じゃありません。おれはあくまで家政夫です」
「はあ~?」
語尾を上げ気味に鷹城が言った。
(だって、恥ずかしいじゃないか)
真琴は頬をじわっと熱くする。
実は、そろそろ鷹城の本が増えすぎて、置く場所が無くなったのだ。それで、思い切って地下書庫つきの一軒家を建てることになったのである。
もちろん完成次第、真琴もそこに住む予定だ。
(だけど恋人同士になった途端、いきなり同棲なんて……け、けしからん!)
真琴の中では、家政夫兼作家見習いとして下宿するのは良くても、恋人と一緒に住むのは破廉恥(はれんち)の部類に入るのだった。
だからあくまで自分は家政夫。恋愛関係はおまけだ。
と鷹城に言うと、「今までさんざんイチャイチャラブラブしてたのはなんだったんだ」と呆れられるが、それはそれ、これはこれである。
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