77 / 96
最終章 未来へ
先生
しおりを挟む
外は大雪だった。しんしんと綿雪が降り、頬が凍りそうだ。ぶるっと寒気に震えて襟に首を埋める。
歩きながら思った。
今頃鷹城はどうしているだろうか。
生まれも育ちもT京だと言っていたから、年末年始は実家に帰っているかもしれない。それとも執筆で部屋にこもりきりだろうか。
(先生は甘党だから、お餅はきなこやあんこが好きかなぁ……。おせちやお雑煮も、いっぱい作ってあげたかったな)
こんなに寂しい大晦日は初めてだった。帰省する気にもなれず、家族には今年はアルバイトで忙しいと言って、アパートで年を越すことにした。
真琴が暗い足取りで歩いていると、角を曲がった向こうに人影が見えた。黒いコートを着た背の高い男が、スマホを手にきょろきょろしている。
まるで誰かの家を探しているようだった。
大学裏にある中流の住宅街には似合わない、高価なコートを着た男の姿に、真琴ははっとした。
「先生……!」
真琴は立ち止まった。声と共に白い息が上がる。
ややあって男がこちらを見て、目を見開いた。やはり鷹城だった。
「真琴……」
鷹城は少しやつれたようだった。目の下に隈(くま)をつくり、顔色も良くない。
「……どうして、こんなところに」
真琴は震える声でようやく言った。
「お前こそなんで……」
鷹城は真琴に近づいた。
「お前のバイト先に住所を聞いたんだ。ずっと電話に出ないから」
と鷹城。
「それは……。すみません」
「いいよ、謝らなくて。それくらい怒ってるんだと思ったから」
「……怒ってません」
むしろ、自分の想いを踏みにじられて、頭にきているのは鷹城の方ではないか、と思った。
「怒ってるだろう。ずっと電話を無視して」
「違います」
「ほら、怒ってる」
真琴はだんまりをした。怒ったとか怒ってないとか、そういう問題ではないだろうと思ったからだ。
そんな様子の真琴を見て鷹城が溜息をついた。
「……ところで、どこか出掛けるのか」
真琴はようやく自分のだらしない格好に気づいて、視線から逃れるように、目を逸らした。
「コンビニに食料を買いに……」
「コンビニ? めずらしいな」
「腹が減ったので」
「こんな変な時間にか?」
時刻は昼をとっくに過ぎている。確かに変と言われればそうだった。
(何をしに来たんだろう……)
話の行方が分からずに真琴は少し不安になった。
「なあ、ちょっと痩せたんじゃないか」
「……」
「ちゃんと飯食ってんのか? お前はほっとくとすぐに食わなくなるからな」
「……心配してもらわなくても、大丈夫です」
「そういうわけにはいかない。一人暮らしなんだから、何かあったら大変だろう」
「ひとりでも、平気です」
「だけど……」
鷹城がふいに手を伸ばし、真琴の頬に触れようとした。
「だめっ……!」
真琴はビクッとし、反射的に顔を背けた。
あの熱い手に触れられたら、ぱんぱんに張り詰めた恋心が弾けると思った。
突然の拒絶に鷹城が目を見開いて硬直する。
「……やっぱり嫌われちまったのか」
ややあって手を下ろした鷹城が言った。ひどく傷ついたような表情だった。
「えっ……?」
胸がざわついた。何か大変なことをしてしまったような気がした。
鷹城は長い溜息をつく。
「今日会いに来たのは、どうしても確かめたいことがあったからなんだ……。でも、もう聞く必要はなくなったみたいだな」
「確かめたいこと……?」
真琴は繰り返した。
「いいんだ、もう。たった今終わったことだから」
「待って下さい。終わったって、何がですか」
歩きながら思った。
今頃鷹城はどうしているだろうか。
生まれも育ちもT京だと言っていたから、年末年始は実家に帰っているかもしれない。それとも執筆で部屋にこもりきりだろうか。
(先生は甘党だから、お餅はきなこやあんこが好きかなぁ……。おせちやお雑煮も、いっぱい作ってあげたかったな)
こんなに寂しい大晦日は初めてだった。帰省する気にもなれず、家族には今年はアルバイトで忙しいと言って、アパートで年を越すことにした。
真琴が暗い足取りで歩いていると、角を曲がった向こうに人影が見えた。黒いコートを着た背の高い男が、スマホを手にきょろきょろしている。
まるで誰かの家を探しているようだった。
大学裏にある中流の住宅街には似合わない、高価なコートを着た男の姿に、真琴ははっとした。
「先生……!」
真琴は立ち止まった。声と共に白い息が上がる。
ややあって男がこちらを見て、目を見開いた。やはり鷹城だった。
「真琴……」
鷹城は少しやつれたようだった。目の下に隈(くま)をつくり、顔色も良くない。
「……どうして、こんなところに」
真琴は震える声でようやく言った。
「お前こそなんで……」
鷹城は真琴に近づいた。
「お前のバイト先に住所を聞いたんだ。ずっと電話に出ないから」
と鷹城。
「それは……。すみません」
「いいよ、謝らなくて。それくらい怒ってるんだと思ったから」
「……怒ってません」
むしろ、自分の想いを踏みにじられて、頭にきているのは鷹城の方ではないか、と思った。
「怒ってるだろう。ずっと電話を無視して」
「違います」
「ほら、怒ってる」
真琴はだんまりをした。怒ったとか怒ってないとか、そういう問題ではないだろうと思ったからだ。
そんな様子の真琴を見て鷹城が溜息をついた。
「……ところで、どこか出掛けるのか」
真琴はようやく自分のだらしない格好に気づいて、視線から逃れるように、目を逸らした。
「コンビニに食料を買いに……」
「コンビニ? めずらしいな」
「腹が減ったので」
「こんな変な時間にか?」
時刻は昼をとっくに過ぎている。確かに変と言われればそうだった。
(何をしに来たんだろう……)
話の行方が分からずに真琴は少し不安になった。
「なあ、ちょっと痩せたんじゃないか」
「……」
「ちゃんと飯食ってんのか? お前はほっとくとすぐに食わなくなるからな」
「……心配してもらわなくても、大丈夫です」
「そういうわけにはいかない。一人暮らしなんだから、何かあったら大変だろう」
「ひとりでも、平気です」
「だけど……」
鷹城がふいに手を伸ばし、真琴の頬に触れようとした。
「だめっ……!」
真琴はビクッとし、反射的に顔を背けた。
あの熱い手に触れられたら、ぱんぱんに張り詰めた恋心が弾けると思った。
突然の拒絶に鷹城が目を見開いて硬直する。
「……やっぱり嫌われちまったのか」
ややあって手を下ろした鷹城が言った。ひどく傷ついたような表情だった。
「えっ……?」
胸がざわついた。何か大変なことをしてしまったような気がした。
鷹城は長い溜息をつく。
「今日会いに来たのは、どうしても確かめたいことがあったからなんだ……。でも、もう聞く必要はなくなったみたいだな」
「確かめたいこと……?」
真琴は繰り返した。
「いいんだ、もう。たった今終わったことだから」
「待って下さい。終わったって、何がですか」
1
お気に入りに追加
110
あなたにおすすめの小説
平凡腐男子なのに美形幼馴染に告白された
うた
BL
平凡受けが地雷な平凡腐男子が美形幼馴染に告白され、地雷と解釈違いに苦悩する話。
※作中で平凡受けが地雷だと散々書いていますが、作者本人は美形×平凡をこよなく愛しています。ご安心ください。
※pixivにも投稿しています
少年ペット契約
眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。
↑上記作品を知らなくても読めます。
小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。
趣味は布団でゴロゴロする事。
ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。
文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。
文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。
文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。
三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。
文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。
※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。
※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。
くまさんのマッサージ♡
はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。
2024.03.06
閲覧、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。
2024.03.10
完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m
今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。
2024.03.19
https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy
イベントページになります。
25日0時より開始です!
※補足
サークルスペースが確定いたしました。
一次創作2: え5
にて出展させていただいてます!
2024.10.28
11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。
2024.11.01
https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2
本日22時より、イベントが開催されます。
よろしければ遊びに来てください。
無自覚両片想いの鈍感アイドルが、ラブラブになるまでの話
タタミ
BL
アイドルグループ・ORCAに属する一原優成はある日、リーダーの藤守高嶺から衝撃的な指摘を受ける。
「優成、お前明樹のこと好きだろ」
高嶺曰く、優成は同じグループの中城明樹に恋をしているらしい。
メンバー全員に指摘されても到底受け入れられない優成だったが、ひょんなことから明樹とキスしたことでドキドキが止まらなくなり──!?
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる