上 下
49 / 96
第四章 手のひらの熱

もう、辞めていいから

しおりを挟む

 ふいに鷹城が布団の脇からそっと手を出して、真琴の後ろにある机を指さした。
 真琴は振り返った。引き出しが二つある、なんてことのない机だ。

「あそこの左の引き出しの奥に、書斎の机の鍵が入ってる。それを使って『遺跡発掘』の原稿を持って行け」

 真琴は驚いて鷹城を見た。

「いいんですか……?!」
「添削は……ずっと前にしておいた。後は、渡すだけだったんだ」
「あ、ありがとうございます」

 真琴は迷っていたが、「早くしろ……」と追い立てられて仕方なく立ち上がる。
 言われた通り左の引き出しを開け、奥を探ると小さな鈴がついた銀色の鍵が出てきた。これが、と思いながら鍵をそっと握り、引き出しを締めて三度振り返る。

「勝手だが……しばらく、アルバイトは休んでくれ……。原稿も返したし……ここに戻ってくる理由は、ないだろ……? ……もし、この部屋に戻るのが嫌なら……もう、辞めてもらっていい、から……」

 鷹城は悲しげな瞳で告げた。


「でも……」
「今まで、助かった……。ありがとう。おやすみ……」

 と、寝返りを打って真琴に背を向けた。
 それからいくら待ってもこちらを向こうとはしなかった。真琴はかける言葉が見つからず、複雑な気持ちで寝室を出た。
 そのまま眠る気にはなれなかった。真琴は下宿部屋を通り過ぎ、書斎へ向かう。
 室内に入って、重厚な机の足下についている、三段の引き出しの前に立った。一番上の鍵穴に先程の鈴のついた鍵を差し、回す。
 錠が外れる音がして、引き出しを開けた。
 中には〈契約書〉とシールが貼られた厚いファイルや、印鑑や、通帳があった。 
 それらの一番下に『遺跡発掘』の原稿があった。
 真琴は原稿を持って、もう一度鍵をかけると、ポケットにしまった。
 そして原稿を一枚めくった。

(うわっ……! すごい!)

 縦書きの文章に、赤ペンでびっしり書き込みがしてあった。五十枚はある紙束をパラパラめくると、最後までちゃんと添削してある。
 真琴は舐めるように赤字を読んだ。大きくて、雑だが、不思議と味のある文字だった。

 文の横に棒線や波線を引き、欄外に線を引っ張ってコメントが書いてある。

〈丈(じょう)の行動に矛盾あり。さっきトイレに行ってなかった?〉
〈由香里(ゆかり)は自意識過剰? ありえない行動〉
〈心情描写がくどい〉

 丈と由香里は『遺跡発掘』の登場人物だ。鋭い指摘がグサグサと刺さる。
 でも鷹城は悪いところだけではなく、ちゃんと良いところも見つけてくれていた。

〈文章が上手い〉
〈捜査の過程が丁寧〉
〈トリックがいい。斬新〉

 何よりも真琴を喜ばせたのは、探偵がヒロインと初めて会う夕焼けの場面についてのコメントだ。

〈きれい。良いシーン。心に残る〉

 真琴の心はぶるぶると震えた。今まで小説を書いてきた中で一番の喜びに胸が破裂しそうになる。

(こんなに細かく読んでくれたなんて……!)

 真琴は最後まで一気に読み終えた。原稿をぎゅっと抱きしめ、前後に体を揺らし、この上ない幸せを噛みしめる。
 最終ページにはこんな一文があった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

理香は俺のカノジョじゃねえ

中屋沙鳥
BL
篠原亮は料理が得意な高校3年生。受験生なのに卒業後に兄の周と結婚する予定の遠山理香に料理を教えてやらなければならなくなった。弁当を作ってやったり一緒に帰ったり…理香が18歳になるまではなぜか兄のカノジョだということはみんなに内緒にしなければならない。そのため友だちでイケメンの櫻井和樹やチャラ男の大宮司から亮が理香と付き合ってるんじゃないかと疑われてしまうことに。そうこうしているうちに和樹の様子がおかしくなって?口の悪い高校生男子の学生ライフ/男女CPあります。

少年ペット契約

眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。 ↑上記作品を知らなくても読めます。  小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。  趣味は布団でゴロゴロする事。  ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。  文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。  文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。  文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。  三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。  文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。 ※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。 ※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺(紗子)
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

熱中症

こじらせた処女
BL
会社で熱中症になってしまった木野瀬 遼(きのせ りょう)(26)は、同居人で恋人でもある八瀬希一(やせ きいち)(29)に迎えに来てもらおうと電話するが…?

処理中です...