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第四章 手のひらの熱
もう、辞めていいから
しおりを挟むふいに鷹城が布団の脇からそっと手を出して、真琴の後ろにある机を指さした。
真琴は振り返った。引き出しが二つある、なんてことのない机だ。
「あそこの左の引き出しの奥に、書斎の机の鍵が入ってる。それを使って『遺跡発掘』の原稿を持って行け」
真琴は驚いて鷹城を見た。
「いいんですか……?!」
「添削は……ずっと前にしておいた。後は、渡すだけだったんだ」
「あ、ありがとうございます」
真琴は迷っていたが、「早くしろ……」と追い立てられて仕方なく立ち上がる。
言われた通り左の引き出しを開け、奥を探ると小さな鈴がついた銀色の鍵が出てきた。これが、と思いながら鍵をそっと握り、引き出しを締めて三度振り返る。
「勝手だが……しばらく、アルバイトは休んでくれ……。原稿も返したし……ここに戻ってくる理由は、ないだろ……? ……もし、この部屋に戻るのが嫌なら……もう、辞めてもらっていい、から……」
鷹城は悲しげな瞳で告げた。
「でも……」
「今まで、助かった……。ありがとう。おやすみ……」
と、寝返りを打って真琴に背を向けた。
それからいくら待ってもこちらを向こうとはしなかった。真琴はかける言葉が見つからず、複雑な気持ちで寝室を出た。
そのまま眠る気にはなれなかった。真琴は下宿部屋を通り過ぎ、書斎へ向かう。
室内に入って、重厚な机の足下についている、三段の引き出しの前に立った。一番上の鍵穴に先程の鈴のついた鍵を差し、回す。
錠が外れる音がして、引き出しを開けた。
中には〈契約書〉とシールが貼られた厚いファイルや、印鑑や、通帳があった。
それらの一番下に『遺跡発掘』の原稿があった。
真琴は原稿を持って、もう一度鍵をかけると、ポケットにしまった。
そして原稿を一枚めくった。
(うわっ……! すごい!)
縦書きの文章に、赤ペンでびっしり書き込みがしてあった。五十枚はある紙束をパラパラめくると、最後までちゃんと添削してある。
真琴は舐めるように赤字を読んだ。大きくて、雑だが、不思議と味のある文字だった。
文の横に棒線や波線を引き、欄外に線を引っ張ってコメントが書いてある。
〈丈(じょう)の行動に矛盾あり。さっきトイレに行ってなかった?〉
〈由香里(ゆかり)は自意識過剰? ありえない行動〉
〈心情描写がくどい〉
丈と由香里は『遺跡発掘』の登場人物だ。鋭い指摘がグサグサと刺さる。
でも鷹城は悪いところだけではなく、ちゃんと良いところも見つけてくれていた。
〈文章が上手い〉
〈捜査の過程が丁寧〉
〈トリックがいい。斬新〉
何よりも真琴を喜ばせたのは、探偵がヒロインと初めて会う夕焼けの場面についてのコメントだ。
〈きれい。良いシーン。心に残る〉
真琴の心はぶるぶると震えた。今まで小説を書いてきた中で一番の喜びに胸が破裂しそうになる。
(こんなに細かく読んでくれたなんて……!)
真琴は最後まで一気に読み終えた。原稿をぎゅっと抱きしめ、前後に体を揺らし、この上ない幸せを噛みしめる。
最終ページにはこんな一文があった。
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