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第四章 手のひらの熱

その男、誰だよ

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「うっ、寒いね。もっと厚着してくれば良かった」

 真琴が言った。

「本当だよ。――ほら、これ巻いとけ」

 友一は自分の首から空色のマフラーを外すと、真琴の首にぐるぐると巻いた。

「わっ、いいよ、友ちゃん。友ちゃんが風邪を引いちゃう」
「俺はそんなにやわじゃない」

 と友一はトレンチコートの襟を立てた。

「もう、強情なんだから。でも、ありがと。暖かい」

 真琴はニコッと笑った。
 二人が駅へと歩き出そうとしたその時、街灯の下で黒い人影が動いた。二人はびくっとして身を固くする。
 人影は傘も差さずにこちらへ近づいてくる。しばらくすると、顔が見えた。鷹城だった。

「……! 先生、なんでここに」

 真琴は目を見開いた。駅で待っていてのではないのか。

「……その男、誰だよ」

 鷹城が言った。息は白いのに、まなざしは炎のように燃えている。

(えっ……。もしかして、怒ってる……?)

 鷹城の恐ろしい雰囲気に、思わず一歩退(の)いた。
 真琴が怯えたのに気がついたのか、友一が守るように肩をぐっと引き寄せる。


「どちら様ですか」

 友一は鷹城を見た。眉根を寄せて、まるで威嚇するようである。

「……」

 鷹城は友一を見下ろした。その視線の冷たさは先程の炎とまざって、氷が燃えているみたいだ。 
 二人は数秒間睨(にら)みあっていた。真琴はその時間がとても長く感じられた。
 しかし先に顔を逸らしたのは、鷹城だった。ちらっと見えた横顔は、何かに敗北したような、苦いものに満ちていた。
 初めて見る表情に、真琴の胸はぎゅっと締めつけられた。
 鷹城は深々と息を吐いた。そして今度は得意の営業スマイルでこちらを見る。

「やあ、影内君。お帰りなさい。俺だよ」

 友一が訝(いぶか)しげな瞳で真琴を見る。

「友ちゃん、こちらが鷹城先生。おれの下宿先の」

 真琴は手のひらで鷹城を指す。

「……どうも」

 友一は無愛想に答えた。

「で、こっちが友達の冴木友一。小学校から一緒なんです」

 続いて友一を指した。

「お友達か。初めまして、鷹城です。影内君にはいつも家事をやってもらってるんだ。有能で助かってる」
「はあ」

 と友一。


「今そこで見てたら、影内君にマフラーを貸してあげてるから、おじさん驚いちゃった。二人は仲がいいんだね」
「俺たち小学校からの付き合いなんで」
「へえそうなんだ。――で、君はいくつ?」
「二十歳です」

 友一が言った。鷹城が一瞬ひるんだ気がした。

「……あはは、若いね……」

 口元を引きつらせて鷹城は笑った。痛々しいほど乾いた声だった。
 なぜ年齢を聞いただけで、そんな響きになるのか、今の真琴にはぴんとこなかった。

「あの、先生。ラインでは駅で待ち合わせって書いたんですけど……」
「ああ、十一時頃終わるって言ってたから、早く来たんだよ。影内君を待たせたくなかったから」
「じゃあ一時間もここで待ってたんですか?!」
「まあ、そうなるかな。すぐ出てくると思ってたけど、長引いたみたいだね」
「電話してくれれば良かったのに……」
「邪魔したくなかったんだよ。お世話になった人なんだろう?」
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