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第二章 最悪の下宿生活

好きな人としかしない

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「待ってまってまって、無理ですよ! おれ倒れますっ。寝かせて下さい」
「寝かせて下さい、か。官能小説でよく聞く台詞だけど、実際に言われると確かにぐっと来るものがあるな。よし、採用。次の小説で使う」
「やっ、嫌だやだやだっ!」

 真琴は駄々っ子のように暴れ、鷹城の両耳を引っ張った。

「痛(いて)ててて、なんだよ」

 鷹城のマンションについた。入り口にはいったところで、ようやく鷹城は止まる。
 真琴はどうにか背中から降りて、正面から鷹城を見上げる。幸か不幸か、鷹城とおかしな問答をしたおかげで、気分はすっかり良くなっていた。

「おれ金輪際、先生とはしませんから。絶対に」
「へえ、あんなによがっといて、生意気だな」

 楽しそうに鷹城が口の端を引き上げる。

「ちょっ、静かに、ここ玄関ですよ。――そういうことは好きな人としかしないって決めてるんで」
「俺は好きじゃないのか」
「なっ、何言ってんですか。好きなわけないじゃないですか。貴方みたいなひと」

 不思議と真琴の頬が熱くなる。

「ふん、またお得意の嘘かよ」
「今度は本当です。先生なんて、大っ嫌いです」
「ははは、威勢のいいハムスターだな」

 鷹城が破顔した。いつもの余裕のある大人の瞳が、まるで少年みたいに生き生きと輝く。


「ハムスターって言わないで下さい。おれにはちゃんとした名前があるんです」
「へえ、なんだっけ。忘れたよ」
「影内真琴です。……一回呼んだことあるくせに」

 真琴は唇を少しとがらせた。

「そうだっけ。忘れちゃったな。いつだったか教えてくれよ」
「最初にした時です」
「何をした時だって?」
「だからセッ……。――!」

 破廉恥な台詞を言わされそうになったことにようやく気付いた真琴は、耳までりんごのように赤くした。

「先生の馬鹿、もう知りませんっ」
「お前は俺を好きになるよ」

 鷹城が目を細めて微笑んだ。
 強引さと、優しさと、色香のまざった魅力的な表情に、真琴は一瞬見とれてしまった。

「・・・・・・なっ、なりません。そんなことあり得ませんからっ」
「そうかな? 近いうち俺のものにしてみせる。躯だけじゃなく、心もな」
「勝手なことばかり言わないで下さいっ。もう、置いていきます」

 平静を装っていたが、鷹城の甘い言葉に指先がしびれるくらいドキドキした。
 真琴はエレベーターホールに向かってさっさと歩き出す。その後を鷹城がニヤニヤしながらついてきた。

「置いていくって、帰る場所は同じだろうが」
「もう、うるさいです」
「帰ったら焼き肉が食いたい」
「牛ですか、豚ですか」
「豚。――お前も一緒に食おうぜ。一人で焼き肉は寂しい」
「もう、仕方ない人ですね」

 真琴はエレベーターの前で最上階のボタンを押して、思案する。
 帰ったらまずホットプレートを出そう。豚肉は冷凍してあるから大丈夫。冷蔵庫にはなんの野菜が残っていただろうか。付け合わせにサラダでも作ろうか。お汁は定番のわかめスープ。ご飯もすぐに炊かなくては。甘くておいしいコシヒカリの新米を。

 エレベーターが到着した。ドアが開き、二人は中に入っていく。
 背の高い鷹城を見上げて話す真琴。その瞳は真っ直ぐで若々しく、澄んでいる。
 一方視線を受け止める鷹城の目も優しげに細められて、真琴を見詰めている。
 通りすがる住人達が、憎まれ口をたたく二人を見て、思わず微笑んでいた。

第二話・了
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