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王立魔術学園編

21話 砂漠樹の上の決戦(後編)

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 そしてとうとうザ・デザートフラワーの頂上に賊が姿を現す。
 蕾を同時に四方から囲む様に位置取りし、油断なく構えている。フラワーシティからは影になって狙えないため障害にはならない。ほぼ水平の角度から飛んで飛んでくるケイの攻撃も見当違い場所を通過するばかりでもはや障害ではなくなり、賊の前に淡く光を放つ蕾は無防備となった。熾烈で理不尽な遠距離攻撃を耐え抜いたことに安堵した賊の一人が、ボーっとする脳に酸素を送るため深く息を吸った。

 ーグシャリ

 骨が折れ肉が引きちぎれる悲惨な音がする。息をついた賊の一人の腕と足が見るも無惨に潰されているが、当の賊は何が起こったのか分かっていないまま痛みに意識を手放した。

 「 ク゛ル゛オ゛オオオォ」

 倒れた賊の側に仁王立ちするヨーは、腹に力を込めて殺意に満ちた雄叫びで空気を震わせた。撤退か抗戦か判断に迷った三人に向けて容赦のない暴虐な虎が駆け出す。ヨーは手近にいる賊へ駆け寄りながら、弓のように引き絞った右腕を全力で振り抜く。賊は手にもつ鋭利な暗器を瞬時に盾にするも、ヨーはコースをずらすのも面倒だと言わんばかりに、そのまま拳を強気に振りぬいた。刃物はヨーの拳を捉え深々と切り裂くも骨に達すると競り負けてしまい賊は残像を残すほどの速さでザ・フラワーの枝木にめり込んだ。

 絶望的なまでの戦力差を見た残る二人は撤退を選択したのか、目の前の猛獣に背を向けて全力で走り始めた。だが走り出した二人の前方の暗闇に、2筋の赤い光のラインがぼわっと浮かんだ。遠距離からの攻撃がここに来て飛来したことに驚いた賊2人は、走り出した体を急制動させてしまう。だがその足を止めれば、背に迫る獣の格好の餌食だ。ヨーはそれこそあっという悲鳴をあげる前に2人の手足を潰し、勝ちどきの雄叫びを夜空へと向かい咆哮した。

 ザ・デザートフラワーの上層から轟いた獣の咆哮は、夜のフラワーシティにシンと響き渡る。砂漠で強く生きることを誇らしくなるような、そんな強く温かい響きをしていた。



 事態が終局を迎え、安堵するヨーとイブのトランシーバーにケイの怒声が響いた。

 「気を抜くな、まだ敵が来るぞ!」


~*~*~*~


 ヨーさんが蕾へ迫る賊を全て仕留めた時、僕はトランシーバーを持って辺りを警戒していた。

 狙撃手を交代してもらったレミさんは、レールガンによる狙撃が上手くいってハッピーになったのか鼻息荒く、これをくださいとうるさい。スコープの補正を既に済ませていたので今回は照準を合わせるだけで大体飛んでいくのだが、そうなってくると視力5.0のレミさんは水を得た魚状態だ。アサシンだって言ってたし欲しいのも分かるが、クールビューティーが余りの変わりように交代したことを少し後悔した。そろそろ撤収の合図をかけようかとトランシーバー手にしたとき、レミさんから打って変わって真面目な声が発せられた。
 
 「ザ・フラワー上空にモンスターを確認。砂漠鳥ズーです。見間違いでなければその背には人間がいます。……こんなことありえない、ケイ様ここは退避命令を」

 そういうとレミさんは下げていた出力摘みを最大まで回し、膝立ち姿勢からすくっと立ち上がる。前世でいうオフハンドポジションになるが、延長レールで相当重たいはずのゴテゴテしたレールガンを軽々と勇ましく構え、次々と極太の光の柱を描きながら硬化タングステン弾を怪鳥目掛けて撃った。
 僕はそんなレミさんの後ろでトランシーバーに声を荒げながら、ふと目先の闇夜を見つめるとポカリと浮かぶ2つの瞳と目があった。

 「イブ、ギギギは武装を破棄して全速力で帰宅、ヨーさんは狙撃が続く限り粘っていい、レミさんは怪鳥落としを継続、以上」

 胃を握りつぶされたような恐怖をなんとか抑えて、口早に指示を飛ばしながら短杖を抜いて闇夜に溶ける獣に対峙する。



 闇に浮かぶ瞳は音もなくこちらへ近づき、その全貌を明らかにする。
 真っ黒な狼だった。体高は僕と同じくらいだが、体長はゆうに5mを超える。不自然なほどに敵意を見せる獰猛な瞳と口元には魔力の光が灯り、まごう事なきモンスターであった。黒狼が動く前に短杖を太ももに取り付けた魔術紋章プレートにこすりつけながら地面へと振るう。同時に反対の手に持った杖はレミさんを覆うように振るった。

 「磁界生成」

 魔術の発動と同時にレミさんを覆う鉄檻が生み出されたが、黒狼は僕を倒せば問題ないだろと言いたげに四肢をバネにのように溜めると、一瞬残像が見えるほど加速してこちらへ突っ込んできた。


~*~*~*~


 ヌラヌラと光る牙を剥き出しにして迫る黒狼の眼前に、ケイは強力な磁界を生み出した。先程魔術で付近一帯の砂中に精製した黒鉄棒が、狼の頭部へパイルバンカーのように撃ち出される。だが黒狼はそれを悠々と躱して後方へと飛んだ。ケイも逃すまいと後ずさった所を狙い、黒鉄棒を再度撃ち出す。

 「これじゃ逆もぐらたたきだ。どうにか落としたいが装備がないんだよな」

 黒狼有利の追いかけっこがそれから少し続くと、黒狼は単調な攻撃に飽きたかのように冷めた瞳でケイを見つめ、距離をとったまま正対した。黒狼は口元をギッと食いしばると、魔力を口元に集中させ始める。人間の身では到底耐えきれないような魔力が喉元一点に集中し始めた。ただの人間のケイでもあの一点に凝縮された魔力は想像を絶するエネルギーをもつと分かった程だ。

 ケイの20m先では黒狼が隙のない構えで魔力を凝縮させている。辺りの空気は震わせながらエネルギーは高まり、空気を震わせる振動数が一定になった瞬間、黒狼は一気に顎を180度近く開いた。同時に分子結合を消し飛ばす程の破格のエネルギーを持った魔力が、声なき咆哮になってケイに拡散される。その攻撃に対しケイは、鉄棒を出せるだけ壁として眼前にならべ、右手を前に突き出しながら腰だめに構えた。右手の掌には金属製の円盤がぴったりと張り付いており、その方向を決して逸らさない様に左手を添えて構えた。

 純粋な魔力の衝撃波がケイの鉄棒で出来た壁に到達すると、衝撃波は鉄棒を次々と塵にしていく。その爆発により砂塵や鉄粉が津波の様に近辺を飲み込み辺りを真っ暗闇へと変えた。黒狼は声なき咆哮に疲れたのか舌をだらんとさせ、空気中に蔓延する淀みが晴れる前に、夜闇へと姿を消していった。
 
 
 黒狼の襲撃による砂煙が消えると、崖上の辺り一面には何も残っていなかった。全てが砂の津波で洗い流されたように、ただひっそりと夜の砂漠が広がっていた。
 











 崖下からトランシーバーの音がかすかに聞こえる。

 「ケイ君大丈夫なの?! なんかギギギちゃんがやばい爆発が起きたってオロオロしてるんだけど、答えてケイ君」





 トランシーバーから聞こえるイブの悲痛な叫びに、一拍遅れて返答するくぐもった声があった。
 
 「給仕長のレミです。ケイ様は生きておりますが少しまずいことになりました。給仕の誰かに迎えに来る様にお伝えください」

 レミはボロボロになり体を弛緩させているケイを片手で抱きながら、反り立つ崖面に捕まっていた。崖面を掴む片方の手には2人分の体重がかかり、いつもはポーカーフェイスで涼しげなレミの顔にも、焦りと玉の様な汗が浮かんでいた。それから救援が到着するまでの一時間強を、レミは一人耐え抜いた。
 
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