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王立魔術学園編

13話 クラスマッチ・トランジスタ(決着編)

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 ケイが上級生3人相手に獅子奮迅の働きを見せている頃、イブとエーコとロームは、武闘派で名を馳せるヌジャ先輩と対峙していた。ヌジャはそのスピードを持って敵陣を疾走し、瞬く間にイブとエーコへと肉迫した。

 「女生徒だろうが等しく倒させてもらう、隆起せよアースウウォール!」

 ヌジャの足元へ石壁がせり出し、ヌジャが空高く舞った。空中から下方向に向けて魔術を連打するヌジャと、アクアウォールとファイヤーボールでそれらを防ぐイブとエーコ。さらにヌジャは緩やかな放物線を描きイブたちへと空中を一足飛びに迫る。その姿勢は矢尻を思わせるような鋭い飛び蹴りの型をしていた。エーコも瞬時にアクアウォールに切り替え、2重の水壁で弾丸のようなヌジャに備える。インパクトの瞬間、水壁は弾け飛び反動を受けたイブとエーコは一塊になって吹き飛ばされてしまった。
 
 「ローム! まだなの? ちょっとヤバそうなんだけど」

 「すまないあと少しだ、持ちこたえてくれ!」

 ロームは走った。前方の岩場からは水しぶきがもう間近で上がっているのを今も見ていた。少しでも早く辿り付くために岩に体を擦りながらロームは走った。もうこの先だという時、イヤホンに通信が入る。

 「私が今からとっておきを出す。相手が強くて、最初の1回しか隙を作れないと思うから、確実に仕留めてちょうだい。ウインドビームを使ったら合図だと思って!」

 「ああ、頼む」

 マイクに囁いたエーコは隣にいるイブにもなにがしか指示を出す。そして上着のジャケットを脱ぎ捨て、ヌジャの前に仁王立ちになっった。

 「先輩、私と勝負してください! 私こう見えて、腕に覚えがあるんです。アクエリウス家の者といえばわかってもらえるでしょうか?」

 「なんと、古豪アクエリウス家の者か! それはこちらから手合わせを願いたいくらいだ。いいだろう暫しの間、お主に場を預けよう」

 そういうが早いかヌジャは半身になって、独特の構えをエーコに向けた。片やエーコは自然体で瞑想している。両者の間に気が満ちていく。
 そして先に動いたのはエーコだった。短杖を逆手持ちに持ってヌジャめがけて疾走する。ヌジャの間合いに入ってからは、凄まじい速さで打ち合いが繰り広げられた。エーコのすらっとした長い足が首を狩ろうと一閃すれば、それを首の皮一枚切らせて避けて、体をひねって掌底打ちを放ち、エーコはそれを逆足で受け流した。だが一撃の重さが違ったのか、すぐにエーコが押され始める。エーコが攻撃を受けきれず体を流してしまった瞬間、勝負が動いた。

 「もらったあああ」

 ヌジャの追いすがるような執拗な拳があとずさるエーコを沈めるはずだった。だがエーコは加速した、ヌジャに向かって。エーコの後ろでは吹き荒れる風の柱が風切り音をごうごうとたててエーコを押した。

 「ロームいまだあああ!」

 流線型の脚をヌジャの腹部にめり込ませながらエーコは声の限り叫んだ。ジャケットと一緒に置いてきたトランシーバーにロームの声が響く。

 「“アイス・ソウ”」

 エーコとヌジャの真横にある岩間から弧を描きながら氷の円盤が目にも止まらぬ速度でヌジャを襲った。姿勢を崩していたヌジャは避けられず、残虐なまでに高速回転した氷刃を、その胸の紋章にまごうことなく受けてしまった。紋章からは色が消えエーコ達が生き残ったことを示していた。


~*~*~*~


 グラウンド中央部の空白地帯では、新たに隆起した岩のオブジェの上でエドモア達がケイを探していた。未だ砂埃立ち上るためケイとの決着の行方が確認できないのだ。

 「あれ、まさか怪我してるとかじゃないよね?! ケーイ、大丈夫かあ? すまんやりすぎた!」

 ケイは未だ小さな横穴の中で一人思案していた。

 「まず先輩達に殺意がないことが問題だよな。闘志はあるけど殺気が微塵もないんじゃ、事故か先輩達も利用されたとかだけど。ここで試合をやめると、多分先輩達の未来はなくなるよなあ。さっき雑音混じりに聞こえた感じだとあっちは勝ったっぽいし、ここを乗り切れたらベストなんだよなあ。しょうがないやるかあ」

 ケイはもぞもぞと横穴から這い出して、巨大な岩のオブジェの上でキョロキョロする先輩に声をかけた。

 「せんぱあああい、そろそろ体力の限界なので次で最後にしようと思います。さっきのお返し受けてくれますかああ?」

 ケイはトランシーバーの出力を調整しながら先輩へと声を上げた。

 「おお、ケイ! よかった生きていたか! さすがに心配したが、いらん世話だったな! いいだろう全力でぶつかろうじゃないか! 」

  ケイはその間にマイクを口元に寄せて、やっとつながったイブ達に声をかける。

 「イブ聞こえるか? もう一度ハンマーを頼めるか? 狙いはこっちで制御するからエーコと強力して全力全開で頼みたい。あとローム急ぎで戻ってきれくれ、後詰めを頼む。」

 「ケイ君無事な、ん、だよね! わかった、がんばるよ!」

 「・・・あとで話しを聞かせなさいよね」

 「もう戻ってる、俺が着くまで踏ん張れよ」

 「ハンマーはロームが勝負の片をつけるまで頼む、じゃあ各自健闘を祈る」

 
 ケイは通信を終えるとトランシーバーや、道具類を全て放棄して岩上のエドモアへと正対する。

 「じゃ、行きます。鉄棒精製、磁界生成」

 ケイが魔術発動を告げると、急に陰り始めた。エドモア達は顔を上げると驚愕する。そらを埋めつくさん限りのトゲ付きハンマーがグラウンド中央をめがけて飛来していたからだ。

 「おいこれは、冗談きついぜ。もう同調の必要はない、各個己の全力で撃ち落とせ」

 エドモア達もすぐに迎撃の体制に入る。狙いなんか二の次でとにかく魔術を連射した。学園最強のエドモア達の全力は、ロームやエーコの連射速度を軽く超えていた。対するケイは少し離れた岩の上で一心不乱に杖を振った。その一振りでハンマーの軌道がずれてエドモア達へと振り注ぐ。

 だが一級品の杖捌きと魔力制御による速射はその速度をまし、ケイ達によるハンマー攻撃の物量と均衡を見せ始めた。互いにあと一歩が足りない状況に陥った。




 「くそこのまま行けば負ける。多少の破片は気合でカバーして、術者本体を狙うぞ」

 「「了解」」

 少しの膠着の後、エドモア達3人が先に動きを見せる。上空に浴びせていた濃密な魔術攻撃の3分の1をケイへと注ぎ始めたのだ。上空へと立ち上る煌めく奔流が根元で枝分かれし、小さな輝く魔術の奔流が地上を這うようにほとばしった。

 「くそ! 止まれえええ」

 その輝く奔流をせき止めるように大量の無骨な黒鉄棒がケイの前にせりあがる。だが強大な荒れ狂う勢いに耐え切れず、その内の幾本もが彼方へと吹き飛ばされていく。だが、その後から後から鉄棒はせりあがり、ボロボロな防波堤をケイの前に築いていった。

 10秒、20秒、いや1分経ったころ、ハンマーは検討違いな方向に飛んで行き始めていたし、上空へ放たれる魔術の量も密度も激減していた。あたりに立ち込める粉塵は互いを隠し、試合の行方も未だくらませていた。
 
 「アイス・ソウ」

 だがそんな濃密な粉塵の中、エドモア達の魔術光を頼りにロームはアイス・ソウを体を回転させながら弧を描くように放った。更に、その場で舞うよう3回周り続ける。音も無く高速回転する氷の円盤は、捕らえづらい軌道を描きエドモア達3人の胸元へと高速で吸い込まれていった。

 粉塵を突き破り上空へと打ち上がる魔術攻撃はだんだんと細くなり、やがて潰えてしまった。
 
 「イブさん、攻撃は中止してすぐにこっちに来てくれ。ケイの無事が粉塵で確認できない。一緒に探してくれ頼む。」

 「すぐに行く。」

 ハンマーの雨が止むと、次第に粉塵が腫れていった。

 グラウンド中央に急ぐイブとエーコは、空白地帯の端でボロボロになりながら立ち尽くしているケイを見つけた。服はボロボロでシャツは既に無くなり、その上半身の至るところにはひどい火傷や霜、雷が落ちたような跡が見られた。だが魔術紋は最初と変わらない色で胸の中央で存在を主張していた。イブはそんな悲惨な姿を見ると、半狂乱になりながらケイにすがりつき、動かなくなった。
 エーコもその尋常ではない傷に顔色を変えた。ロームに救護班を呼ばせ、イブを引き剥がしてケイの脈を測り、水壁で丹念に汚れを落としながら応急処置に全力を注いだ。救護班の遅い到着にイライラしていると、ちょうど靄が消え去り審判と会場も勝負の結末を目にすることになった。エドモア達の魔術紋から色は消え去り、ケイ達の魔術紋は健在であることが指す示すのは一つ。

 「しょ、勝者は、第一学年Aクラスチーーーーーーム!!!!!」

 会場中から歓声が空に轟いた。驚愕、怒号、狂声、歓喜、興奮、区別のつかない感情がひたすらに空へと沸き起こった。だがローム、エーコ、イブはひたすら遅い救護班にしびれを切らし、悲痛な悲鳴をあげていた。
 

 救護班が来たのはそれから3分後。意識のないケイにすがりつくイブと、そんな危うげな友人二人に付き添ってエーコが会場を後にした。ロームは飛び出したい気持ちをなんとか我慢して会場に残り、その後の処理を一人で一手に引き受けた。
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