1 / 5
Introduction
しおりを挟む
自分が生命の淵に立たされた時に何を思い浮かべるのだろうかとふと考えたことがある。
“やっぱり走馬灯なんかみちゃったりして”とか考えた自分を、出来ることなら全速力で走る馬で轢き殺したい。
生命というのは底の見えない真っ暗い虚空に掛かった細く、細く、頼りない薄板の上を、一歩一歩気を狂わせながら進むことだと思う。
頼りない板の淵、眼下に拡がる虚空の底では、死が“さあ一つになろう”と謂わんばかりの狂った喜びを
シワ一杯の笑顔に貼り付け、諸手を突き出して死ぬまで待ってくれている。
今、眼前に信じられない速度で迫り来る灰白い熊みたいな獣も、僕の命の淵の一端なのだろう。
そして頭にガンガンと鳴り響きながら、怒涛の様に湧き上がる感情は生への渇望だ。だが純粋に生き延びたいという願いに対し、陳腐なこの身では到底乗り切れる場面では無い。
灰白い巨体が更に近づき、その身をかさぶたの様に覆う短毛が嫌でも目に入る。
頭部には目も鼻も耳も無く、裂傷の様なロとその周りに触覚が爛々と蠢くだけだ。生物として欠落し、生命を否定しているかの様な構造を持つ存在は、こちらへとその冒涜的な頭部をのっそりともたげる。
灰白い巨体の重心が前方に解き放たれようとする刹那、その首筋に白光が瞬いた。
一瞬の後に現れたのは、袈裟懸けに振り下ろされた黒味を帯び少し反りのある刀刃であった。それにより灰白い巨体の進行は一時的に止まったものの、刃はその軌跡半ば、首に少しめり込んだところで完全に止まってしまっている。そして斬撃を繰り出し僕の命を無理にでも引き延ばしてくれた男は、振り向かれもせずに太くて長い灰白い腕の一振りで吹き飛ばされてしまった。
周りなんか正直構っている余裕などない、自分が生き残る道だけを働かない脳で考える。
だが例えば、僕が手元にあるこの黒い刀を振ったところで、この刃を灰白い体表へ到達させることさえ出来ないだろう。周波数を増しながら頭の中に鳴り響き続ける焦燥の中、再度、灰白い頭部に意識を合わせる。その瞬間、恐怖で眼前の世界が何倍にも伸びた。奴が気色の悪い傷みたいな口を上下に開き、嗤ったのだ。
“あ、死んだ”
何倍にも引き伸ばされた一瞬の時間が縮まり、元の世界に戻ろうとする瞬間に脳内に声が響いた。
『力がほしいか。我を求めよ。』
その声の響きはゆったりとして、今は遠い日常を思い起こさせる様な緊張感の無い響きだった。
だけど、自分の体をマネキンの如く硬直させていた恐怖が、ゆっくりと溶け出していくのを感じた。
僕はすぐさま声の主に願う。
「まじふざけていないで助けて下さい、何卒お願いします。」
『理不尽を打ち破り、害意を取り除き、死の淵を突き進む力をくれてやろう、さあ意識を解き放つのだ。』
灰白い巨体は更に近くに迫っている。もう数瞬で殺されそうな距離だ。僕は脳内に響く声に従い意識の一部を明け渡す。そして目紛しく変わる恐怖心と闘争心をぐるぐると加速させ、迫りくる自分の命の淵に燦然と向き合った。
灰白い巨体は更に近くに迫ってくる。
だが声が聞こえたからと言ってやれることはまるでない、今出来ることはただ声の主を信じ無能にも全力で突っ込むだけだ。手に持っている刀を正面に構え、全力を振り絞り灰白い頭部へと地面を踏み切る。
足の筋肉が感じたことのないほどの収縮運動をし、骨や筋繊維が軋む様に痛い。
体から意識が離れていく様な感覚の中で、左斜め上からの袈裟懸けを力任せに白く太い首筋めがけて振り下ろした。
直後、ぶれて残像を残すほどの速度で、白い短毛が気色悪く生えた体が眼前に迫ってきたことに恐怖してしまい、目を閉じながら弾丸の様にぶつかる。非常に気色悪い体表を撫でた瞬間、体を翻し後方を確認することもなく更に転がり距離を取る。
・・・・追撃はどうやら来なかった。
背後には首が取れた白い2本足で立つ巨体が、諦めたように脱力し、前のめりに倒れていった。
“やっぱり走馬灯なんかみちゃったりして”とか考えた自分を、出来ることなら全速力で走る馬で轢き殺したい。
生命というのは底の見えない真っ暗い虚空に掛かった細く、細く、頼りない薄板の上を、一歩一歩気を狂わせながら進むことだと思う。
頼りない板の淵、眼下に拡がる虚空の底では、死が“さあ一つになろう”と謂わんばかりの狂った喜びを
シワ一杯の笑顔に貼り付け、諸手を突き出して死ぬまで待ってくれている。
今、眼前に信じられない速度で迫り来る灰白い熊みたいな獣も、僕の命の淵の一端なのだろう。
そして頭にガンガンと鳴り響きながら、怒涛の様に湧き上がる感情は生への渇望だ。だが純粋に生き延びたいという願いに対し、陳腐なこの身では到底乗り切れる場面では無い。
灰白い巨体が更に近づき、その身をかさぶたの様に覆う短毛が嫌でも目に入る。
頭部には目も鼻も耳も無く、裂傷の様なロとその周りに触覚が爛々と蠢くだけだ。生物として欠落し、生命を否定しているかの様な構造を持つ存在は、こちらへとその冒涜的な頭部をのっそりともたげる。
灰白い巨体の重心が前方に解き放たれようとする刹那、その首筋に白光が瞬いた。
一瞬の後に現れたのは、袈裟懸けに振り下ろされた黒味を帯び少し反りのある刀刃であった。それにより灰白い巨体の進行は一時的に止まったものの、刃はその軌跡半ば、首に少しめり込んだところで完全に止まってしまっている。そして斬撃を繰り出し僕の命を無理にでも引き延ばしてくれた男は、振り向かれもせずに太くて長い灰白い腕の一振りで吹き飛ばされてしまった。
周りなんか正直構っている余裕などない、自分が生き残る道だけを働かない脳で考える。
だが例えば、僕が手元にあるこの黒い刀を振ったところで、この刃を灰白い体表へ到達させることさえ出来ないだろう。周波数を増しながら頭の中に鳴り響き続ける焦燥の中、再度、灰白い頭部に意識を合わせる。その瞬間、恐怖で眼前の世界が何倍にも伸びた。奴が気色の悪い傷みたいな口を上下に開き、嗤ったのだ。
“あ、死んだ”
何倍にも引き伸ばされた一瞬の時間が縮まり、元の世界に戻ろうとする瞬間に脳内に声が響いた。
『力がほしいか。我を求めよ。』
その声の響きはゆったりとして、今は遠い日常を思い起こさせる様な緊張感の無い響きだった。
だけど、自分の体をマネキンの如く硬直させていた恐怖が、ゆっくりと溶け出していくのを感じた。
僕はすぐさま声の主に願う。
「まじふざけていないで助けて下さい、何卒お願いします。」
『理不尽を打ち破り、害意を取り除き、死の淵を突き進む力をくれてやろう、さあ意識を解き放つのだ。』
灰白い巨体は更に近くに迫っている。もう数瞬で殺されそうな距離だ。僕は脳内に響く声に従い意識の一部を明け渡す。そして目紛しく変わる恐怖心と闘争心をぐるぐると加速させ、迫りくる自分の命の淵に燦然と向き合った。
灰白い巨体は更に近くに迫ってくる。
だが声が聞こえたからと言ってやれることはまるでない、今出来ることはただ声の主を信じ無能にも全力で突っ込むだけだ。手に持っている刀を正面に構え、全力を振り絞り灰白い頭部へと地面を踏み切る。
足の筋肉が感じたことのないほどの収縮運動をし、骨や筋繊維が軋む様に痛い。
体から意識が離れていく様な感覚の中で、左斜め上からの袈裟懸けを力任せに白く太い首筋めがけて振り下ろした。
直後、ぶれて残像を残すほどの速度で、白い短毛が気色悪く生えた体が眼前に迫ってきたことに恐怖してしまい、目を閉じながら弾丸の様にぶつかる。非常に気色悪い体表を撫でた瞬間、体を翻し後方を確認することもなく更に転がり距離を取る。
・・・・追撃はどうやら来なかった。
背後には首が取れた白い2本足で立つ巨体が、諦めたように脱力し、前のめりに倒れていった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
日本国転生
北乃大空
SF
女神ガイアは神族と呼ばれる宇宙管理者であり、地球を含む太陽系を管理して人類の歴史を見守ってきた。
或る日、ガイアは地球上の人類未来についてのシミュレーションを実施し、その結果は22世紀まで確実に人類が滅亡するシナリオで、何度実施しても滅亡する確率は99.999%であった。
ガイアは人類滅亡シミュレーション結果を中央管理局に提出、事態を重くみた中央管理局はガイアに人類滅亡の回避指令を出した。
その指令内容は地球人類の歴史改変で、現代地球とは別のパラレルワールド上に存在するもう一つの地球に干渉して歴史改変するものであった。
ガイアが取った歴史改変方法は、国家丸ごと転移するもので転移する国家は何と現代日本であり、その転移先は太平洋戦争開戦1年前の日本で、そこに国土ごと上書きするというものであった。
その転移先で日本が世界各国と開戦し、そこで起こる様々な出来事を超人的な能力を持つ女神と天使達の手助けで日本が覇権国家になり、人類滅亡を回避させて行くのであった。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
関白の息子!
アイム
SF
天下一の出世人、豊臣秀吉の子―豊臣秀頼。
それが俺だ。
産まれて直ぐに父上(豊臣秀吉)が母上(茶々)に覆いかぶさり、アンアンしているのを見たショックで、なんと前世の記憶(平成の日本)を取り戻してしまった!
関白の息子である俺は、なんでもかんでもやりたい放題。
絶世の美少女・千姫とのラブラブイチャイチャや、大阪城ハーレム化計画など、全ては思い通り!
でも、忘れてはいけない。
その日は確実に近づいているのだから。
※こちらはR18作品になります。18歳未満の方は「小説家になろう」投稿中の全年齢対応版「だって天下人だもん! ー豊臣秀頼の世界征服ー」をご覧ください。
大分歴史改変が進んでおります。
苦手な方は読まれないことをお勧めします。
特に中国・韓国に思い入れのある方はご遠慮ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる