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指揮官の誇り
指揮官の誇り(3)
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包囲された市壁の中に二か月。
敵軍の砲撃に気をもみ、食料や弾薬不足に苦しんだ。
更にオスマン帝国軍が昼夜を問わずに不協和音をかき鳴らし、あげく火を放ってくるので消火と防火に追われ、気の休まる間もない。
そんな日々からいよいよ開放されるのかと兵士ら──常に沈着に指揮官の意図を読み、行動する彼ら精鋭部隊ですら不安と期待ないまぜの感情をどよめきという形で発露した。
まだだ、当分は来ないと踏んでおけ──気の緩みを封じるように指揮官が告げる。
「南ポーランドのチャンストホーバーの僧院で戦勝祈願をしてからこっちに向かうんだと。まだまだだ。のんびり来られては九月も末になるだろうか。率いているのはポーランド王だそうだ」
「ポーランド王……ということは、ヤン三世陛下でありますか」
またも部下らの声が高くなる。
ポーランド王ヤン三世は戦上手として有名な人物である。
我らが皇帝は理想的な交渉相手を見付け、上手く口説いたらしい。
ヤン三世自身もボドリア地方を巡ってオスマン帝国と対立しているという。
レオポルトはヨーロッパの玄関口たるウィーンの防衛は、共通の敵に対する唯一の対抗手段であると力説したのであろうか。
都を捨てて出て行ったんだ、これくらいしてもらわなければ困る──兵らには聞かせられない台詞をそっと呟いて、シュターレンベルクは二通目の手紙をそっと折りたたんだ。
ふと、最後の二行に目が留まる。
──シュターレンベルクよ、そなたの力に頼るのみの余を許せ。エルンスト・リュティガー・フォン・シュターレンベルクがいて良かった ウィーンにとっても そして余にとっても。
厳めしく始まった文面は、そう結ばれていたのだ。
慌てて一通目をグイードの手からひったくり、もう一度開く。
風邪をひいて気弱になったか、その筆跡は文末に近付くにつれ弱々しいものになっていくことに気付く。
──不甲斐なき余を許せ。シュターレンベルクよ そなたのおかげで余とウィーンは今日という日を生き延びることができるのだ。
「陛下……」
「兄上?」
グイードが呼びかける声も、シュターレンベルクの耳には入ってこなかった。
社交辞令か、或いは頼れる家臣に媚びているのか。
いや、どちらも違うだろう。
何よりも体面を重んじる皇帝が、儀礼に則って書き進められた手紙の末尾にこのような個人的な、しかも気持ちを吐露するようなことを意図的に書くわけがない。
つまりこれは無意識に発露された感情なのだ。
レオポルトの本心がここにある。
そう思った瞬間、気付いた。
今までの手紙にも同じようなことが書かれていたに違いないと。
途中で腹を立てて読むのをやめ、或いは放り捨ててしまったそれらにも、文面の最後には思いやりの片鱗のような言葉が綴られていたに違いないと。
「……俺たちがどう動くかと言ったな。決まってる。陛下の到着まで持ちこたえること。市壁を守ること。敵軍の脅威を取り除いておくことだ」
彼の声が、語尾のあたりで僅かに震えたことに気付いた者は少ないだろう。
颯爽と馬上の人となった指揮官の姿は自信に満ちていて力強く映ったから。
「今夜、俺たちは敵軍のトンネルを潰す」
辺りには、水を打ったような緊張と高揚。
そんな中、シュターレンベルクは皇帝からの手紙を上着のポケットにしまいこんだ。
これが栄光ある神聖ローマ帝国皇帝の書くものだとは。
家臣を気遣う言葉は冒頭に持ってくるのが最も効果的だというのに。
レオポルトという不器用な小男が皇帝という重圧を背負いながら、他国の代表を必死になって説得している光景がうかがえた。
頼りなく、少しだけ愛おしくもある。
※ ※ ※
敵軍の砲撃に気をもみ、食料や弾薬不足に苦しんだ。
更にオスマン帝国軍が昼夜を問わずに不協和音をかき鳴らし、あげく火を放ってくるので消火と防火に追われ、気の休まる間もない。
そんな日々からいよいよ開放されるのかと兵士ら──常に沈着に指揮官の意図を読み、行動する彼ら精鋭部隊ですら不安と期待ないまぜの感情をどよめきという形で発露した。
まだだ、当分は来ないと踏んでおけ──気の緩みを封じるように指揮官が告げる。
「南ポーランドのチャンストホーバーの僧院で戦勝祈願をしてからこっちに向かうんだと。まだまだだ。のんびり来られては九月も末になるだろうか。率いているのはポーランド王だそうだ」
「ポーランド王……ということは、ヤン三世陛下でありますか」
またも部下らの声が高くなる。
ポーランド王ヤン三世は戦上手として有名な人物である。
我らが皇帝は理想的な交渉相手を見付け、上手く口説いたらしい。
ヤン三世自身もボドリア地方を巡ってオスマン帝国と対立しているという。
レオポルトはヨーロッパの玄関口たるウィーンの防衛は、共通の敵に対する唯一の対抗手段であると力説したのであろうか。
都を捨てて出て行ったんだ、これくらいしてもらわなければ困る──兵らには聞かせられない台詞をそっと呟いて、シュターレンベルクは二通目の手紙をそっと折りたたんだ。
ふと、最後の二行に目が留まる。
──シュターレンベルクよ、そなたの力に頼るのみの余を許せ。エルンスト・リュティガー・フォン・シュターレンベルクがいて良かった ウィーンにとっても そして余にとっても。
厳めしく始まった文面は、そう結ばれていたのだ。
慌てて一通目をグイードの手からひったくり、もう一度開く。
風邪をひいて気弱になったか、その筆跡は文末に近付くにつれ弱々しいものになっていくことに気付く。
──不甲斐なき余を許せ。シュターレンベルクよ そなたのおかげで余とウィーンは今日という日を生き延びることができるのだ。
「陛下……」
「兄上?」
グイードが呼びかける声も、シュターレンベルクの耳には入ってこなかった。
社交辞令か、或いは頼れる家臣に媚びているのか。
いや、どちらも違うだろう。
何よりも体面を重んじる皇帝が、儀礼に則って書き進められた手紙の末尾にこのような個人的な、しかも気持ちを吐露するようなことを意図的に書くわけがない。
つまりこれは無意識に発露された感情なのだ。
レオポルトの本心がここにある。
そう思った瞬間、気付いた。
今までの手紙にも同じようなことが書かれていたに違いないと。
途中で腹を立てて読むのをやめ、或いは放り捨ててしまったそれらにも、文面の最後には思いやりの片鱗のような言葉が綴られていたに違いないと。
「……俺たちがどう動くかと言ったな。決まってる。陛下の到着まで持ちこたえること。市壁を守ること。敵軍の脅威を取り除いておくことだ」
彼の声が、語尾のあたりで僅かに震えたことに気付いた者は少ないだろう。
颯爽と馬上の人となった指揮官の姿は自信に満ちていて力強く映ったから。
「今夜、俺たちは敵軍のトンネルを潰す」
辺りには、水を打ったような緊張と高揚。
そんな中、シュターレンベルクは皇帝からの手紙を上着のポケットにしまいこんだ。
これが栄光ある神聖ローマ帝国皇帝の書くものだとは。
家臣を気遣う言葉は冒頭に持ってくるのが最も効果的だというのに。
レオポルトという不器用な小男が皇帝という重圧を背負いながら、他国の代表を必死になって説得している光景がうかがえた。
頼りなく、少しだけ愛おしくもある。
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