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【第二章 黄金の林檎の国】鉄壁
鉄壁(7)
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「はい、シュターレンベルクッ!」
「よしっ!」
フランツが差し出した装填済の銃を奪うように手にして、二発目を発砲。
その間にフランツは先程までシュターレンベルクが持っていたマスケットに弾込めをしている。
共同での作業のおかげで早く撃てる。
三発目も、勝手口から一歩踏み込んできたオスマン兵士の頭部を粉砕した。
続けて銃声。
今度はシュターレンベルクの斜め後ろからあがった。
バーデン伯だ。
実戦、それも飛び道具(マスケット)の扱いには慣れてはいないのだろう。
続いて侵入してきた兵士は倒れない。
それどころか、敵は通用門の入口を塞いでいた味方の死体を蹴り飛ばして剣を抜いた。
日に焼けた肌に、目の前で倒れた仲間の血を浴びながらも突き進んでくる。
その強張った表情がはっきり見てとれるほどの距離に迫った。
「くそっ!」
バーデン伯がマスケット銃を片手で振り上げる。
接近戦で銃など撃ってはいられない。
こいつを捨てて、剣に頼るのが確かだという判断か。
「弾を込めろ、バーデン伯! もう二十歩下がって立て直すぞ」
「無理だろっ! 銃なんて当たんなきゃ終わりだろがっ」
バーデン伯の顔に怒りの色が。
「命令を聞け。死にたいのか!」
市民を死なせたいのか、と叫ぶ。
指揮官の気迫に押されたか、若造は銃を持ち直し二十歩走った。
同じ距離を後退しながら、シュターレンベルクはその間にもう二発。
指揮官の横に付き従いながら、門兵二人も一発ずつ発砲した。
「味方の背を撃たれちゃ敵わん。お前ら、俺の横に並べ。フランツは後ろだ」
石畳の道路にシュターレンベルクとバーデン伯、それから兵士二人が横並びに等間隔で並びマスケット銃を構える。
「バーデン伯、お前から順に撃て。弾込めが完了した順に一人ずつ順番に撃っていくんだ」
撃てとの怒声に、バーデン伯「クソッ」と呻いて引き金を弾く。
マスケット銃の性能からして余程の技術が無い限り、続々と通用門から侵入する敵に対していちいち照準など合わせられまい。
バーデン伯、続いて兵士。
更にもう一人の兵。
人数が少ないから発砲をずらせて──当たる当たらないはともかくとして──こちらが撃っていないという時間を作りたくない。
突進してくる敵兵も人間である。
自分たちに銃口が向けられていれば、ましてそれが火を噴く瞬間ともなればおののいて足が竦む筈だ。
そうやって時間を稼ぎながら援軍を待つという作戦だ。
最後にシュターレンベルクが撃つ。
ようやく一人倒れた。
今やフランツは、兵二人も含めた三人分の装填を担って右へ左へ走り回っている。
バーデン伯のみ、それを拒んで一人で全てを担おうとしている様子である。
その姿を横目に、シュターレンベルクは舌打ちした。
まだ若く実戦経験の乏しいバーデン伯はこの状況で、前しか見ていない。
おそらくはフランツが声をかけても耳に届かず、銃を預かろうと差し出す手も見えていないのだ。
それは、戦場ではよくある光景であった。
こんな時、信頼で結ばれた上官と部下であればたった一言で落ち着きを取り戻すであろうに。
如何せん、シュターレンベルクとバーデン伯の間に信頼関係は構築されていなかった。
こんな時にルイ・ジュリアスがいれば……そう考え、シュターレンベルクは慌てて首を振った。
戦闘中に感傷に浸るとは何事だ。
ルイ・ジュリアスどころか、リヒャルトですらここにはいない。
それが現実だ。
だが、こちらにも朗報がひとつ。
指揮官は見抜いていた。
今、対峙している敵兵はイェニチェリでもタタール人の戦闘集団でもない。
オスマン帝国軍の精鋭であり主力である彼らであれば、通用門の開いた市内への侵入にこれほど時間をかけないし、何よりこちらの発砲に対していちいち臆して足を止めたりはしない。
恐らくはセルゲンティティと呼ばれるオスマン帝国軍の先兵部隊であろう。
戦場では常に大軍団であるオスマン軍は、各諸侯の元より身分の低い者を引き抜いて一隊を編成する。
常に最前線に配置される一軍だ。
ウィーン包囲に関していえば、こうやって市門突破を図るのも、あるいは逆に街からの襲撃に対しても、まずそれを迎え討つのは前線に置かれた彼らの務めとなる。
門兵が避難民かと躊躇したのも、彼らが元はと言えば徴兵された農民であるからだ。
そのためだろう。武人特有の殺気が無い。どんなにみすぼらしい格好をしようが、武人は歩き方も気配もまるで違うものである。
だからこちらも四人、フランツを合わせての五人で何とか足止めができている。
既に百歩程後退しながらではあるが。
「グイードは……援軍はまだか」
危機にはすぐに駆けつけてくれる従弟は、こんな時にも関わらずまだ姿を現さなかった。
先だって敵への攻撃を主張していた彼の不満そうな顔を思い出す。
「クソッ、早く来い……」
シュターレンベルク以外の三人の手元がブレてきている。
射撃により確実に敵が倒れるのはシュターレンベルクが撃つ時だけだ。
「よしっ!」
フランツが差し出した装填済の銃を奪うように手にして、二発目を発砲。
その間にフランツは先程までシュターレンベルクが持っていたマスケットに弾込めをしている。
共同での作業のおかげで早く撃てる。
三発目も、勝手口から一歩踏み込んできたオスマン兵士の頭部を粉砕した。
続けて銃声。
今度はシュターレンベルクの斜め後ろからあがった。
バーデン伯だ。
実戦、それも飛び道具(マスケット)の扱いには慣れてはいないのだろう。
続いて侵入してきた兵士は倒れない。
それどころか、敵は通用門の入口を塞いでいた味方の死体を蹴り飛ばして剣を抜いた。
日に焼けた肌に、目の前で倒れた仲間の血を浴びながらも突き進んでくる。
その強張った表情がはっきり見てとれるほどの距離に迫った。
「くそっ!」
バーデン伯がマスケット銃を片手で振り上げる。
接近戦で銃など撃ってはいられない。
こいつを捨てて、剣に頼るのが確かだという判断か。
「弾を込めろ、バーデン伯! もう二十歩下がって立て直すぞ」
「無理だろっ! 銃なんて当たんなきゃ終わりだろがっ」
バーデン伯の顔に怒りの色が。
「命令を聞け。死にたいのか!」
市民を死なせたいのか、と叫ぶ。
指揮官の気迫に押されたか、若造は銃を持ち直し二十歩走った。
同じ距離を後退しながら、シュターレンベルクはその間にもう二発。
指揮官の横に付き従いながら、門兵二人も一発ずつ発砲した。
「味方の背を撃たれちゃ敵わん。お前ら、俺の横に並べ。フランツは後ろだ」
石畳の道路にシュターレンベルクとバーデン伯、それから兵士二人が横並びに等間隔で並びマスケット銃を構える。
「バーデン伯、お前から順に撃て。弾込めが完了した順に一人ずつ順番に撃っていくんだ」
撃てとの怒声に、バーデン伯「クソッ」と呻いて引き金を弾く。
マスケット銃の性能からして余程の技術が無い限り、続々と通用門から侵入する敵に対していちいち照準など合わせられまい。
バーデン伯、続いて兵士。
更にもう一人の兵。
人数が少ないから発砲をずらせて──当たる当たらないはともかくとして──こちらが撃っていないという時間を作りたくない。
突進してくる敵兵も人間である。
自分たちに銃口が向けられていれば、ましてそれが火を噴く瞬間ともなればおののいて足が竦む筈だ。
そうやって時間を稼ぎながら援軍を待つという作戦だ。
最後にシュターレンベルクが撃つ。
ようやく一人倒れた。
今やフランツは、兵二人も含めた三人分の装填を担って右へ左へ走り回っている。
バーデン伯のみ、それを拒んで一人で全てを担おうとしている様子である。
その姿を横目に、シュターレンベルクは舌打ちした。
まだ若く実戦経験の乏しいバーデン伯はこの状況で、前しか見ていない。
おそらくはフランツが声をかけても耳に届かず、銃を預かろうと差し出す手も見えていないのだ。
それは、戦場ではよくある光景であった。
こんな時、信頼で結ばれた上官と部下であればたった一言で落ち着きを取り戻すであろうに。
如何せん、シュターレンベルクとバーデン伯の間に信頼関係は構築されていなかった。
こんな時にルイ・ジュリアスがいれば……そう考え、シュターレンベルクは慌てて首を振った。
戦闘中に感傷に浸るとは何事だ。
ルイ・ジュリアスどころか、リヒャルトですらここにはいない。
それが現実だ。
だが、こちらにも朗報がひとつ。
指揮官は見抜いていた。
今、対峙している敵兵はイェニチェリでもタタール人の戦闘集団でもない。
オスマン帝国軍の精鋭であり主力である彼らであれば、通用門の開いた市内への侵入にこれほど時間をかけないし、何よりこちらの発砲に対していちいち臆して足を止めたりはしない。
恐らくはセルゲンティティと呼ばれるオスマン帝国軍の先兵部隊であろう。
戦場では常に大軍団であるオスマン軍は、各諸侯の元より身分の低い者を引き抜いて一隊を編成する。
常に最前線に配置される一軍だ。
ウィーン包囲に関していえば、こうやって市門突破を図るのも、あるいは逆に街からの襲撃に対しても、まずそれを迎え討つのは前線に置かれた彼らの務めとなる。
門兵が避難民かと躊躇したのも、彼らが元はと言えば徴兵された農民であるからだ。
そのためだろう。武人特有の殺気が無い。どんなにみすぼらしい格好をしようが、武人は歩き方も気配もまるで違うものである。
だからこちらも四人、フランツを合わせての五人で何とか足止めができている。
既に百歩程後退しながらではあるが。
「グイードは……援軍はまだか」
危機にはすぐに駆けつけてくれる従弟は、こんな時にも関わらずまだ姿を現さなかった。
先だって敵への攻撃を主張していた彼の不満そうな顔を思い出す。
「クソッ、早く来い……」
シュターレンベルク以外の三人の手元がブレてきている。
射撃により確実に敵が倒れるのはシュターレンベルクが撃つ時だけだ。
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