星降る世界で君にキス

コダーマ

文字の大きさ
上 下
114 / 136
【3.あのときからずっと 】大切

大切(1)

しおりを挟む
 グルテンが過熱されることでパンの香りが立ちのぼる。
 それから、バターの深みある芳香。

 香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。
 焼きあげることによって表面が膨張する際に皮が弾け、パチパチと奏でられる音階が耳に心地良い。

 パン屋の店内面積の半分を占める厨房。
 その内部では翔太がキビキビと動いている。
 売り場に通じる扉を半開きにして、そこから首を突っこんで中を見ているのは星歌であった。

「いいニオイ……」

 肺をパンの香りで満たそうとでもするかのようにめいっぱい空気を吸い込み、吸い込み……そして、止める。

「………………」

 やがて、溜め息がこぼれた。
 その目はどんよりと濁っている。
 焼きあがるパンの香りに癒されたという表情ではなかった。

 行人は戻ってこなかった。
しおりを挟む

処理中です...