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第35話 不毛遠征計画

それは波乱の予感

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「パリッとしたスーツを着て、ホールケーキを1人で食べている夢を見ました。幸せでした」

「アタシは歯医者行く勇気もらった」

「よ、余はエット……」

 困ってる。
 桃太郎は特別得るものはなかったみたいや。

 1─2の根田さんのことはアタシら三人の秘密にしよう──アタシと桃太郎とカメさんは固く約束した。
 幽霊か宇宙人かは分からん。
 でも、あの人は……優しい心をもったあの人、は絶対他人に踏みにじられてはアカン存在や。

 1─2はアタシらの聖域なんや、そう思う。
 もう二度と根田さんに会うことができなかったとしても、アタシらは彼のことを──。

「こんにちは、多部さん」

 グッと感動にひたっていたところに突然苗字で呼ばれ、アタシは相手を睨んだ。
 何や、せっかくいい所やったのに。気分台無しや。

「こんにちはァ!」

 仏頂面でそう返して、そしてアタシはアレッと思った。
 見慣れぬ人が、当たり前みたいな顔してアパートの玄関に入ってきたのだ。
 ゲーム機片手にお姉が出てくる。

「あら、おかえりなさい。根田」

「はっ?」
 さすがに呆然とした。
「え? 根田さんって幻の? え、幽霊か何かかと……」

「幻? 何言ってるのよ」

 お姉、憐れむ目線をアタシに向ける。

「根田は早朝勤務明けでお疲れなのよ。これからお休みになるんだから、訳の分からないことを言って邪魔しちゃだめよ」

 ごめんなさいね。この子、本気でバカなの。高校全部落ちたのよ、ウフフ。なんて言ってる。

「根田さんって……1─2の?」

「そうよ」

「……い、生きてる人なん?」

「? そうよ」

「で、でもヒッキーやつて。3年間、ずっと部屋にこもってるって話……」

「3年間とは? 仕事のない時は大抵こもっていますが。早朝勤務なので皆さんとは生活サイクルが違い、あまりお会いしませんね」

 でも皆さんを存じ上げてはいますよ、と根田さんは言った。

「うわ、喋った」

 起きてたら結構クールな感じや。
 三年寝太郎のイメージとはまた違う。
 昨日の癒しオーラは完全に消えていた。

「では大家さん、失礼します」

 軽く頭を下げて、根田さんは1─2へ帰っていった。

「クールな人だわ」

 お姉、ニンマリ笑ってそれを見送る。
 おいおい、お姉よ。大好きなかぐやちゃんはどうしたん?
 いや、それよりうらしまは?

 何にしろ、これで謎の多い? オールドストーリーJ館の全員がようやく揃ったわけだ。

「ぜぜ全員でどこかに遊びに出かけませんか」

「うわ、ワンちゃん!」

 階段の影から突然の声が。
 いつからいたのか。ワンちゃん、楽しそうに近寄ってきた。

「ああ、それイイかも~。ボクとかぐやちゃんも参加する。もっともぉ、サイクリングだったら御免こうむるけどね~」

 やはりどこから出てきたのか、オキナも現れる。

「サイクリング……」

 ふと、忌まわしい記憶が蘇りアタシは右足に視線を落とした。
 サイクリングで負傷した肩、時々まだ痛むんや。
 アタシの落ち込みを敏感に察したお姉とワンちゃん、オキナを睨む。

「何、その目~?」
 しかしオキナに応えた様子はない。
「ヤだな~。ボクはかなり優しめのオトコだよ~? ママにもいつもボクちゃんは優しい子ね~って褒められてたんだから」

「!?」

「ママ!?」

「ボクちゃん!?」

 アタシとお姉、そしてワンちゃん、一斉に引いた。

 変態でノーパンで×イチで無職(?)な上、マザコンが判明した!
 どこまでも底の見えん男や。

 でも、みんなでお出かけってのはいい。
 アタシは早速みんなにアンケートをとった。

「今一番行きたい所はどこですか?」

 その問いに、アホアパートのアホ連中はこう答えた。

 桃太郎──鬼が島。

 一寸法師──ゴのつくモノに奪われた昔の住処に帰りたい。

 お姉──わざわざ出かけるより、家でゲームをしていたいわ。

 うらしま──禁断の扉を開けたその先。

 カメさん──泣ける恋愛映画に絶対に行きたいです。

 オキナ──だからァ、かぐやちゃんと一緒ならどこへでも?

 かぐやちゃん──真冬のアルプス越えに果敢に挑戦。1万の歩兵を引き連れての強行軍になるだろう。足場を確保しつつ、迅速に進め。倒れた兵は……ワシが背負って連れて行こう。

 花阪G──かみがはえてくるまでどこにもでかけたくない。

 根田さん──不明。(大抵寝てるから聞けなかった。起きてる時は何か怖いし)

「みんなロクなこと言わん!」

 憤慨するアタシ。

 かぐやちゃんのアレ、何やねん!
 他の奴もどうかしてる。
 何が鬼が島や! 禁断の何やて!

 そこでアタシも考えてみた。
 今一番行きたい所は? なんて突然聞かれたら何て答えるかな。

「う、宇宙? 宇宙船? 宇宙人が着陸したところ?」

 ……ああ、アタシも一緒や。

「ワンちゃんは?」

「みみ皆さんと海なんてどうでしょう。みみみ水着でキラキラァ。ちちちちくびとかチラチラァ」

 言い方ヤらしいで、ワンちゃん。

「うちのアパート、イイイケメン揃いですからぁ?」
 自信なさそうに、しかし言い切った。
「みみみ水着でキラキラァ。乳首もチラチラァ。イケメンでプリップリッ」

 ……その言い方、気に入ったみたい。

「た、確かにみんなで海とか山にキャンプに行くのは楽しそうやな。行こな」

 でも、今度な! 念押ししといた。一応。
 今度──は多分、来ない。

「あああたし、ネットで調べてみますぅ。きき近所で安くて楽しいスポットがあったら、それが一番いいですから」

 ワンちゃん、我に返ってマトモなことを言った。

 そして翌日。

「つつつつくだに工場ですぅ」

 ワンちゃん、すごい地味なセレクトしてやって来た。

「佃煮工場?」

 電車で5駅向こうに有名な佃煮工場があるらしい。
 そこが2週間の間だけ見学を受け付けているという。
 無料(タダ)で入れて、お土産に佃煮をくれるらしい。
 期限ギリギリだったので慌てて申し込んだら、最終日に予約がとれたということだ。

 佃煮を貰えるってところがイイ!

「さすがワンちゃん。いい目してんな、アンタ」

 そう言うと気弱なワンちゃん、珍しく胸を張った。

「これでアパートの皆が仲良くなればいいです。ああたしももも桃さまと仲良くなれればぁ!」

 ……狙いはそっちか、ワンちゃん。

「でもなぁ、何回も言うようやけどこのメンバー引き連れて公共機関を利用すんのは……」

「だだ大丈夫ですよ。大家さんも一緒ですし、それにまぁ亀山さんやオオオキナさんもいるわけですし。まぁ、何とか?」

 そうか、ワンちゃんの中ではカメさんとオキナはワリにマトモな部類に入ってるわけなんや。
 そうなんや……著しく不安や。

 ともあれアパート中に告知して、アタシらは結構楽しみにその日を待っていた。

 まさかその日に、あんな出来事が起ころうとは──。
 不毛ワールド始まって以来の大事件、そして最後の珍事が、そう、文字通り噴き上がってしまったのだ。



「36.不毛ワールド最終話~笑ってくれればそれで良し」につづく
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