上 下
42 / 54
第28話 リカ、ダウン!

その病の名こそ、不毛ワールド(1)

しおりを挟む
「何やら芳しい香りが……」

 そう思って玄関を開ける。
 すると足元に一輪の花が。
 廊下にちょこんと置いてある。
 『おみまい』と特徴ある字でメモが付いてた。

「この字、じいさんや!」

 アタシの肩と足の負傷を知って、それでこの花を……。

「うっ……」

 涙が滲んだ。
 このアパートに来て初めてや。こういう小さな優しさ。

 アタシはいてもたってもいられなくなって、2─4へと駆け出した。
 扉をドンドン叩く。

「じいさん、じいさん、出てきてぇな! お花、ありがとうな」

 中で身じろぎする気配がし、続いてドア越しに例のボソボソ声。

「かたとこしのぐあいは?」

「肩と腰の具合? アタシの負傷箇所は肩と足やけど。なぁ、じいさん、出ておいで。そんな所にこもってたらアカン。アンタはホンマはいい子や。キレイなお花育てるなんて、素敵な心持ってる証拠やん」

 妖精に髪を剃られて以来、花阪Gはこの部屋から出てこない。
 奴がますますヒッキーになったのは、アタシにも責任の一端があるわけやし?
 とにかくアタシも必死だった。

「な! 出てきたらケーキあげるで」

「いーやーだー」

「チョコレートは?」

「いーやーだー」
 中から抑揚のない恨みがましい声。
「かみのけはえるまでじぃはでていかない。すいようびのスロットてんごくのひいがい、じぃはそとにでない」

 ──髪の毛生えるまでGは出て行かない。水曜日のスロット天国の日以外、Gは外に出ない。

「は? スロット天国の日?」

 それはどうやら、行き付けのパチンコ屋のスロットの設定激ユルの日らしい。

「パチンコではかせげないと、さいきんようやくわかった。スロットしかない。じぃにはもうスロットしかない。スロットしか……」

 きっと真っ暗な部屋でカーテンの隙間から差し込む日光に頭だけピカピカ光らせて、畳見ながら喋ってるんやろな。
 暗いんだか、おかしいんだか。
 引くほど、笑える姿でいるんやろな。

「かみのけがはえるまで、じぃはぜったいでていかない」

 決意は固いようだった。

 スゴスゴと家に帰ると、お姉とワンちゃんが待っていた。
 お茶飲みながら桃太郎と談笑している。
 この変な光景を、いつの間にかアタシは見慣れてしまったようだ。

「リリリカさん、おかえりなさい」

「じい殿の所へ行っておったか?」

 ワンちゃんと桃太郎がアタシにお茶を淹れてくれる。

「うん。何か放っとかれへん、あの子。パチンコばっかり行ってたらアカンし、何とか散歩にでも誘い出してやらなと思ってな。アタシ、お母さんみたいな気持ちになってしまうねん」

 そう言うと、お姉は肩をすくめた。

「気持ちは分からなくもないけど、あの子25歳よ」

「うそっ!? お姉より年上やん。保護するような年齢違(ちゃ)うやん」

「フフッ。そんなことよりリカ、この間の写真よ。ホラ」

 手渡された数枚の写真。
 これはサイクリングの時のものだ。
 曲乗りの様子が生き生きと映し出されている。
 お姉がデジカメでパシャパシャ撮ってたアレやな。

 やっぱり紙媒体はいいわ。
 手にした時、何か感慨があるもん。

「あああたしがプリントアウトしたんですぅ」

 ワンちゃんが誇らしげに付け加える。

「あ、ありがとう。ウッ!」

 肩と足に痛みが蘇った。
 そう、正にこの直後や。アタシがすっ転んだのは。
 写真の中のアタシの目一杯の笑顔が、余計にいたたまれない感を出している。

 あれから僅か2日か──色んなことがあったなぁ。
 しみじみと思い返すたびに、肩抜けた痛みが蘇る。

 会話が途切れた時に気付いた。
 久々にアパートは静かだ。
 時折お茶をすする音がするだけの、ゆったりとした時間が流れている。

 うらしまは会社やし、オキナは出かけてる。
 かぐやちゃんはかぐやハウスで寝ているし、花阪Gはあの調子や。
 それから麻雀の勘定をめぐってかぐやちゃんと取っ組み合いの大喧嘩をしたあげく、キレて出家したカメさんは今は寝込んでる。

「どうして亀山はわたしの部屋で寝込むのかしら。自分の家に帰ればいいのに」

 冷たい言い方やけど、それはお姉の言う通りや。
 奥ゆかしい乙女を装っていても、根っこの所はやっぱりマフィアだったんやな。
 強引極まりないもん、あの人も。

「リカ、どうしたの? あなた、顔色悪いわよ?」

「え?」

 反射的な動きで頬に手を当てる。ちょっと熱い?
 心労がたたって熱が出たとか?

「ハックシュン! ハッ……クシューン!」

 大きなクシャミが立て続けに出た。

「大事ないか、リカ殿?」

 桃太郎がティッシュを取ってくれる。

「やだ、風邪? 伝染さないでよ」

「あああたしだって、もうすぐテストなんですからね」

 女2人は自分の顔の前を手で仰いだ。
 菌を払う仕草だ。

 ……こういうところで人間の本性って分かるなぁ。

 数時間後、アタシは大熱出して寝込んでしまった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

らしく

綾瀬徹
青春
相沢健二は勉強が苦手、運動神経は普通でルックスは中の下くらいの平凡いや平凡以下かもしれない高校2年生。そんなある日、クラスに転校生がやってきて健二の学園生活は大きく変化する。  * "小説家になろう"でも掲載してます。  

黄昏は悲しき堕天使達のシュプール

Mr.M
青春
『ほろ苦い青春と淡い初恋の思い出は・・  黄昏色に染まる校庭で沈みゆく太陽と共に  儚くも露と消えていく』 ある朝、 目を覚ますとそこは二十年前の世界だった。 小学校六年生に戻った俺を取り巻く 懐かしい顔ぶれ。 優しい先生。 いじめっ子のグループ。 クラスで一番美しい少女。 そして。 密かに想い続けていた初恋の少女。 この世界は嘘と欺瞞に満ちている。 愛を語るには幼過ぎる少女達と 愛を語るには汚れ過ぎた大人。 少女は天使の様な微笑みで嘘を吐き、 大人は平然と他人を騙す。 ある時、 俺は隣のクラスの一人の少女の名前を思い出した。 そしてそれは大きな謎と後悔を俺に残した。 夕日に少女の涙が落ちる時、 俺は彼女達の笑顔と 失われた真実を 取り戻すことができるのだろうか。

脅され彼女~可愛い女子の弱みを握ったので脅して彼女にしてみたが、健気すぎて幸せにしたいと思った~

みずがめ
青春
陰キャ男子が後輩の女子の弱みを握ってしまった。彼女いない歴=年齢の彼は後輩少女に彼女になってくれとお願いする。脅迫から生まれた恋人関係ではあったが、彼女はとても健気な女の子だった。 ゲス男子×健気女子のコンプレックスにまみれた、もしかしたら純愛になるかもしれないお話。 ※この作品は別サイトにも掲載しています。 ※表紙イラストは、あっきコタロウさんに描いていただきました。

私の隣は、心が見えない男の子

舟渡あさひ
青春
人の心を五感で感じ取れる少女、人見一透。 隣の席の男子は九十九くん。一透は彼の心が上手く読み取れない。 二人はこの春から、同じクラスの高校生。 一透は九十九くんの心の様子が気になって、彼の観察を始めることにしました。 きっと彼が、私の求める答えを持っている。そう信じて。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

TEN-ent
青春
女子高生5人が 多くの苦難やイジメを受けながらも ガールズバンドで成功していく物語 登場人物 ハナ 主人公 レイナ ハナの親友 エリ ハナの妹 しーちゃん 留学生 ミユ 同級生 マキ あるグループの曲にリスペクトを込め作成

男子高校生の休み時間

こへへい
青春
休み時間は10分。僅かな時間であっても、授業という試練の間隙に繰り広げられる会話は、他愛もなければ生産性もない。ただの無価値な会話である。小耳に挟む程度がちょうどいい、どうでもいいお話です。

処理中です...