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第21話 さんすうのべんきょうからはじめよう!

アタシの脳ミソ→不毛?

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「アカン」

 昼寝から目覚めてアタシは頭を抱えた。

「メチャ、リアルな夢見てしもた」

 来年の3月。
 夢の中でアタシは浮かぬ顔してオールド・ストーリーJ館に帰ってきた。
 玄関にお姉とうらしま、桃太郎にワンちゃん、それからカメさんがズラリと並んで待ち構えている。

 受験、どうだった? と言われ、アタシは力なく首を振った。

「アカン。問題、全然分からんかった」

 こりゃもう1年、浪人やな。
 そう言って夢の中のアタシは笑ってた。乾いた笑いだった。


 時計を見れば午後3時。
 桃太郎は世直しの旅に出たのだろう。

「起こしてくれたらいいのに。まぁいいか。どうせ世直しの旅に出てもアタシ、することないもん」

 そこであらためて気付いた。

「アタシ、アカンって!」

 学校にも行ってないし、働いてもいないから、アカン。
 朝寝坊の上に昼寝のクセまでついてきた。
 この状況を何とかせんといかんという焦りが、段々なくなってきた。

「だから、それがアカンねんて! 自分がまさかの高校浪人やってコトを弁えんといかん」

 来年あらためて受験するとしても、今から準備しとかんと。
 今が5月。
 9ヶ月か10ヶ月後には試験。
 それは長いようで短い期間や。
 何とか……何とかせんといかん。

 ブツブツ言いながらアタシは立ち上がった。
 階段を下りて、お姉の部屋をノックする。
 今日もヒラヒラピンク割烹着姿のカメさんが、りりしく出迎えてくれた。

「ああ、今日カメさん来る日やったんや。さすがに部屋きれいな」

「いえ、とんでもありません」

 控え目に返しながらもカメさん、浮かぬ顔だ。
 お姉とかぐやちゃんのデートを見守り損ねたことに、ひどくショックを受けてるみたい。
 数日ぶりに来てみたら風呂場の屋根が隕石で大破している──そっちの方にはノーリアクションなんやな、この人。

「お姉は?」

 部屋を覗き込むときれいな板間の真ん中でお姉、通帳と書類見ながらニヤニヤしている。
 書類が入ってた封筒には、ドルとユーロのマークと共に数字がいっぱいメモされていた。

「ユーロが堅いわぁ。色々言うても、やっぱりユーロが手堅いわぁ」

 久々に聞くお姉の関西弁。
 イッシッシ……押し殺した笑い声が続く。いやらしい。

「お、お姉、外貨になんて手ぇ出してみ? 痛い目みんで」

 話しかけると驚いたようにこっちを向く。

「うるさい! 円なんて日本が潰れたらお終いよ。アメリカとヨーロッパのお金に変えてたらその分は助かるでしょうが。万一の時の危険を分散しているのよ。わたしは自分の財産を賢く守っているの」

 そんなんアメリカやEUが潰れても一緒やん。

 しばらくして通帳から顔をあげ、お姉は怪訝そうにアタシを見た。

「リカ? 泣きそうな顔をしてどうしたの?」

「うっ……」

 さすがお姉。どんな状況下でも妹のこと、お見通しや。
 アタシは今見た夢の内容を涙ながらに語った。

「アカン、この状況ホンマにアカンねん。アタシ、アカンねん」

 アカンアカン連発。
 アタシ、アカン人間になってるやろ。

「そうね」

 お姉は軽い感じで言って、オホホと笑った。

 ……お願い。否定するか、慰めるかして。

 ツッこむのは心の中だけにしといて、とにかくアタシは問題集を広げた。
 全ての高校に落ちた日の夜、お父が買ってきてくれたものだ。
 無言で差し出された紀伊国屋(本屋)の紙袋……きっと一生忘れられへん。

 1回もページ開けてないコレを使って、今からみっちり勉強する!
 アタシは決意した。

「まずは鬼門の算数からや! うわ、さっぱり分からへん!」

「……算数って言ってるあたりで厳しいですね」

 カメさんが呻いた。

「最初からさっぱり分からへん。お願い。お姉、イチから教えて!」

「さぁ、わたしにも分からないわ」

「え、でもお姉はストレートでトーキョーの国立大入ったやん」

「わたしの時代は何もかもマークシート形式だったのよ。入試はおろか、定期テストもね」

 てことは……勘?
 頭良かったわけじゃなくて?

「トーキョーの大学だって本気で受かるなんて思っちゃいなかったわよ。でも行きたかったの。尊敬するヘビメタバンドの解散ライブが受験の日の夜、トーキョーであったから」

「お、お姉……頭良くて美人のお姉って……アタシはこれでも自慢に思っててんで?」

 尊敬するヘビメタバンドって何や。
 好きなヘビメタバンドでいいやん。
 尊敬って……。

 ガックリ肩落としたアタシの背を、カメさんが優しく叩く。

「リカさん、一緒にがんばりましょう」

「カメさん……。頼りになるのはカメさんだけや!」

 そう叫んで泣くと、カメさんは微妙な笑顔を浮かべた。
 それは控え目で優秀で乙女なカメさんの、今まで見たことない迷惑そうな表情だった。

「……自信はありませんが」

 ともかく3人で問題集と格闘を始めた時。
 ドンドン──扉を叩く音。

「リカ殿~! リカ殿~っ!」

 この声、桃太郎だ。
 半ベソかいた情けない感じでドアを叩く。

「何かあったんじゃないでしょうか」

 アタシは無視しようとしたのに、わざわざカメさんが玄関を開けに行った。

「ヒッ!」

 カメさんの悲鳴。

 すごくイヤやったけど、アタシも出ていく。
 そして絶句した。

 桃太郎、あられもない姿で廊下にポツンと立っていたのだ。
 「勝訴」の旗しょった背広のメガネボーイ。
 上着はちゃんとしている。
 しかし下は穿いてなかった。
 パンツ一丁だ。

「知らぬ間に……知らぬ間に、ズボンが脱げてた」

「……そんなアホな。な、何でズボン? 一番大事なものやん! どこで落としたん?」

「それが分からぬから……」

「じゃあ、どこで気付いたん?」

「げ、玄関で……」

「どこの玄関? 家の? アパートの?」

「アパート……と思う」

「思うって何やねん! 情けない! 情けないわッ!」

 桃太郎の背をバシバシ叩き、アタシは目の前が霞むのを自覚した。

「ごめんなさい、ごめんなさいっ!」

 桃太郎もハラハラ涙を零している。

「リ、リカさん、落ち着いてください」

 カメさんに宥められ、アタシはようやく落ち着きを取り戻した。
 アカン。アタシ、すっかり桃太郎のお母さんと化している。

「余は、コスチュームはあれ1個しか持っておらぬ」

 コスチュームって言うな。

「早う見つけよ。見つけたら褒美にきびだんごをやるぞよ」

 この期に及んで、尚も上から目線なん?

 桃太郎の背を軽く叩いて廊下に出ようとしたアタシを、カメさんが押し止める。

「いえ、俺がズボンを探しに行ってきます。リカさんは勉強を続けてください」

 そこでなぜか桃太郎が頬を染めた。

「そちは優しい奴じゃのぅ」

 カメさんもえらくテレた。
 何やねん、アンタら。気持ち悪いねん!



「22.不毛恋バナ~甘酸っぱく始まったものの、苦々しく終了する」につづく
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