上 下
20 / 54
第13話 不毛というより、恐怖

ゴキブリ天国(1)

しおりを挟む
「建物中、くまなく掃除をしましょう」

 カメさんが静かに提案した。
 目が真っ赤になってる。
 丸一日寝ていないようだ。

 部屋を片付けても片付けても、すぐにまたお姉が散らかすのだ。
 更にうらしまも、いつもの調子で邪魔をしてくる。
 お姉にたかる変人だと信じているカメさんはその撃退にも必死だ。

 遂に夕べはカメさん、お姉のゴミ部屋に泊り込んだらしい。
 夜も寝ずに片付けまくったとか。

「カメさん、かわいそうやん!」

 翌朝、その悲惨すぎる実態を知ったアタシは、恐ろしいお姉に向かって叫んでいた。

「どうせお姉は手伝いもせずにゲームしてたんやろ? あんまりやん! カメさんもやめとき。て言うか、あきらめ。この人はアカンもん。ダメな人やもん。掃除するだけムダやで!」

 アタシは一気にまくし立てた。

「いいえ、無駄なことなどこの世に何一つとしてありません。大家さんに悪気はない。習慣と性格だから……仕方ありません」

「アカンて。カメさん、いい人すぎるわ!」

 ピンクの割烹着の肩をつかんで揺さぶった。
 目を覚ませ、カメさん! そう願いを込めて。

 そこへお姉、ズイッと顔を出す。
 目を細めて……あっ、これはマズイ。怒りの表情だ。

「リカ、あなた随分大きな口を叩くのねぇ。偉いのねぇ?」

「いや、あの……」
 ヤバ。コワイ。
「ごめんなさ……」

 謝ろうとしたが、うちのお姉、復讐はしっかり果たすタイプや。

「わたしに意見をできるのは、きっちり家賃を払ってる人だけよ」
 強い調子で宣言する。
 うらしまじゃないけど、そう来られてはアタシとしても土下座するしかない。
「アナタ、ここに何日タダで住んでると思ってるの? イヤな子ね。この貧乏人」

「ス、スイマセ……」

 姉妹でも容赦ないな、この女。
 仕方ない。アタシは腹を括って床におでこを擦りつけた。

「お姉、こんな時に何やけど……家賃以前の話やねんけど……おこづかいくれへん? カメさんにはお給料払ってるんやろ。ならアタシにもちょうだい! こんなにこき使われてんのに! けっこうアタシ、お姉の為に動いてんで?」

 いたたまれず家を飛び出した高校浪人のアタシに仕送りはない。
 今まではお年玉とか、貯めてた貯金で食べ物買ったりしてたけど……遂に本日、残高ゼロ円になりました。
 一文無しでぇーす。ハァーイ! やっちゃったー!

 おどけるとお姉は手を叩いて嬌声をあげた。
 しかし……目は笑ってない。
 すごい冷たい視線が、矢のように十六歳のいたいけな少女の身を貫く。こわい……。

「お姉、ごめんなさい。ホンマにごめんなさい……」

 結局、アタシは謝った。

「もっとよ!」

「スイマセン。ゴメンナサイ。アタシが愚かでした」

 オホホとお姉は笑う。

「そうね、お小遣いをあげてもいいわよ」

 圧倒的優位に立ったお姉は、ようやくアタシに救いの手を差し伸べてくれた。

「ホ、ホンマに?」

「ええ」
 にっこり微笑むその笑顔が恐ろしい。
「条件があるわ。亀山を手伝いなさい。この際だから、アパート中の掃除をするの」

「ハハーッ!」

 アタシは本気で土下座した。

 オールド・ストーリーJ館は2階建てだ。
 各階4部屋ずつあり、共用おフロとトイレットが1階に設置されている。
 2階にはちょうど玄関の上にあたる位置にちょっとした小部屋が作られてあり、そこはお姉の物置として使われているようだった。

「そこも含め、共用部分を全て掃除しましょう」
 カメさん、ピンクのフリフリ三角巾で頭を覆う。
「俺も全力を尽くしますが、リカさん、あなただけが頼りです」

 こそっとアタシに耳打ちした。

 上手いこと乗せられてしまったのだと気付いたのは、1時間程経ってからだった。

 アタシはやる気ゼロ桃太郎と、空回りクイーン・ワンちゃんを指揮して2階廊下を磨いている。
 カメさんは1階担当だ。
 時々、野太い声でのゴキゲンな鼻歌が聞こえてくる。

 お姉は……いつの間にか姿を消していた。
 こういう時に、何だかんだと上手く使えそうなうらしまはと言うと──。

「開けて! 入れてぇ! ここを開けてぇ!」
 玄関をドンドン叩く音がする。
「入れてぇ、 あふんっ! 奥まで入れてぇーッ!」

「………………」

 アタシは脱力した。
 どこまでヘンタイなんや、あの人。

「出て行ってくれ! 警察を呼ぶぞ!」

 マフィアの本気怒声に、うらしまはめげる様子もない。
 隙をみて家に入り込むと、雑巾を持っていそいそと手伝いだした。
 うらしまを不審者だと誤解しているカメさんが、水をかけて追い出す気配。

 何とも異様な有様に、桃太郎とワンちゃんは素知らぬ顔してせっせと廊下を拭いていた。
 一切関わらないつもりだろう。うん、賢明な選択や。

「階下のことはどうでも良いわ。それよりリカ殿」

 桃太郎が珍しく冷たい顔して言い捨てた。
 メガネが向けられた先は階段奥の物置部屋だ。
 ワンちゃんが「ひぃっ!」と悲鳴をあげる。

「あそこも余たちが掃除をするのか……?」

「いや、まさか……。カメさんが来てくれるやろ。あそこはアタシらの手には負えん」

 魔の巣窟に、アタシたちは恐れおののいていたのだ。
 いつまでも同じ所をゴシゴシ擦っているのは、その瞬間を先延ばしにしたいからに他ならない。

「嫌や。恐ろしい。何が潜んでるか分からん。何せお姉の物置や」

 2人を振り返る。
 逃げよう、と言いかけたその時だ。

 ギシッ。ギシッ……。
 階段をゆっくり登って来る、凍り付くような足音が。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

らしく

綾瀬徹
青春
相沢健二は勉強が苦手、運動神経は普通でルックスは中の下くらいの平凡いや平凡以下かもしれない高校2年生。そんなある日、クラスに転校生がやってきて健二の学園生活は大きく変化する。  * "小説家になろう"でも掲載してます。  

黄昏は悲しき堕天使達のシュプール

Mr.M
青春
『ほろ苦い青春と淡い初恋の思い出は・・  黄昏色に染まる校庭で沈みゆく太陽と共に  儚くも露と消えていく』 ある朝、 目を覚ますとそこは二十年前の世界だった。 小学校六年生に戻った俺を取り巻く 懐かしい顔ぶれ。 優しい先生。 いじめっ子のグループ。 クラスで一番美しい少女。 そして。 密かに想い続けていた初恋の少女。 この世界は嘘と欺瞞に満ちている。 愛を語るには幼過ぎる少女達と 愛を語るには汚れ過ぎた大人。 少女は天使の様な微笑みで嘘を吐き、 大人は平然と他人を騙す。 ある時、 俺は隣のクラスの一人の少女の名前を思い出した。 そしてそれは大きな謎と後悔を俺に残した。 夕日に少女の涙が落ちる時、 俺は彼女達の笑顔と 失われた真実を 取り戻すことができるのだろうか。

脅され彼女~可愛い女子の弱みを握ったので脅して彼女にしてみたが、健気すぎて幸せにしたいと思った~

みずがめ
青春
陰キャ男子が後輩の女子の弱みを握ってしまった。彼女いない歴=年齢の彼は後輩少女に彼女になってくれとお願いする。脅迫から生まれた恋人関係ではあったが、彼女はとても健気な女の子だった。 ゲス男子×健気女子のコンプレックスにまみれた、もしかしたら純愛になるかもしれないお話。 ※この作品は別サイトにも掲載しています。 ※表紙イラストは、あっきコタロウさんに描いていただきました。

百合色雪月花は星空の下に

楠富 つかさ
青春
 友達少ない系女子の星野ゆきは高校二年生に進級したものの、クラスに仲のいい子がほとんどいない状況に陥っていた。そんなゆきが人気の少ない場所でお昼を食べようとすると、そこには先客が。ひょんなことから出会った地味っ子と家庭的なギャルが送る青春百合恋愛ストーリー、開幕!

【新編】オン・ユア・マーク

笑里
青春
東京から祖母の住む瀬戸内を望む尾道の高校へ進学した風花と、地元出身の美織、孝太の青春物語です。 風花には何やら誰にも言えない秘密があるようで。 頑なな風花の心。親友となった美織と孝太のおかげで、風花は再びスタートラインに立つ勇気を持ち始めます。 ※文中の本来の広島弁は、できるだけわかりやすい言葉に変換してます♪ 

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

TEN-ent
青春
女子高生5人が 多くの苦難やイジメを受けながらも ガールズバンドで成功していく物語 登場人物 ハナ 主人公 レイナ ハナの親友 エリ ハナの妹 しーちゃん 留学生 ミユ 同級生 マキ あるグループの曲にリスペクトを込め作成

処理中です...