おとぎ話の結末

咲房

文字の大きさ
上 下
48 / 81
京都にて〈 side.藤代 〉

オールスターズ  星は昴る・2

しおりを挟む
 稀少種の中央に浮かび上がった巨大な地球の立体映像ホログラム。そして空中の彼方此方に広がるモニター。それらのモニター全てに光が砂嵐のようにチラチラと舞っている。
 そこには地上の現在いまが動画と静止画で写っているのだが、一瞬で数百枚という莫大な量の情報が流れるため我々と特殊訓練を重ねた隠密以外には光の砂嵐にしか見えない。人の可視限界を超えているのだ。

「ではまず基本要項を。オオカミ」
「トリ、報告セヨ」
「はい」

 議長である天賀谷あまがやが告げると、机に広げたモニターに映るオオカミが自分の隠密に説明を命じた。それを受けて椅子の後ろに控えていたツバメが口を開く。

「現時点での世界総人口は七十八億。上位主要国家は中、印、米、尼、巴基。GDP増減は当初の試算より下方修正……アフリカの穀物自給率は……EUの失業率と難民の受け入れは……」

 彼の指が急降下と急上昇を繰り返し、燕が飛行する軌跡のようになめらかな動きで空中のモニターと地球儀を弾いてゆく。言葉と指に合わせて地上に点が灯るその仕草は、地面の虫を捕食する際のバードキスのようだ。同時に空中のモニターに世界各国の人口の分布図やGDP、IMFによる経済動向といった社会情勢のグラフが表示されてゆく。
 これは彼と彼の仲間である数多あまたのトリたちが各地を飛び回り、現地での正確な情報を集計した統計表である。

「以上です」
「オオカミ、補足はあるか」
「ナイ。追加ノ説明ヲ要セズ」

 ツバメの表示したデータをオオカミが締めくくり、報告を終えた。

「では次」
「ユキツバキ」
「はい」

 キリトのめいに世那が応じる。

「直近三ヶ月の天災です。長江流域の六月から七月の降水量が過去二十四年間で最多、その一方で遼寧省で旱魃、インド北部で気温が摂氏五十度を記録。
 コロラド州では九月に気温三十三度を記録後、二十四時間後には1度にまで低下し、雪に見舞われています。メキシコのハリケーン、カリフォルニアの山火事、ロシアの洪水、インドシナの低温多雨、日本で豪雨……日本に於けるこの夏の酷暑は偏西風の蛇行によるダイポールドモード現象だと思われます。この現象のために世界各地で災害が発生している模様です」

 世那の静かに響く声が暗闇に広がる。彼の指が地球に触れ、地上に大小の光を灯す。それは薄く青みを帯び、まるで犠牲者の魂のようだ。ならば灯火の大きさは数に比例するのであろう。ひと際鮮やかに輝く場所、そこには多くの魂が還った場所なのだ。
 キリトが捕捉を加えた。

「今、太陽は無黒点期であり、それが偏西風の蛇行を引き起こした可能性がある。今期の災害との因果関係を現在調査中だ」
「では引き続き調査と観察を」
「ああ」

 その後も夏帆の隠密コト、そして天賀谷の隠密ミクニと報告が続く。
 いつもならマキが行う報告は私みずからでおこなった。

「……これらの事由によりヒトピローマウイルスは第一回薬事・食品衛生審議会・医薬品第二部会月で可と判断、七月に承認が降りた。HPVワクチンの定期接種と検診を組み合わせることで排除が可能の為、今世紀中に頸癌は根絶するであろう。以上」

 この報告で全ての分野からの情報が揃った。

「ふむ……変動値に多少の誤差を含むが、どれも人類の存続に関わる程ではないな。今回、介入を要する案件はゼロとみなす」

 ここで重要性を認められれば、我々が介入して問題の解決に当たる。
 昨年はマキが中東にあった武器製造コンビナートを壊滅させ、コトが武器の密売ルートを確保した日本の新興宗教団体を潰した。我々の行動は秘密裏に行われたため、表向きは教団の信者であるタレントを逮捕した事件としか取り扱われていない。
 本日の学会で発表された特効薬も、この会合で世界に影響を及ぼす可能性を危惧されて世間への公表を急いだものであった。

「では次に個人からの特筆すべき点を……先ずは私からいこう。ミクニ、説明せよ」
「は、」

 律希が、すっ……と左手を上げ、空間を数箇所指差した。

「モニター、pic.165976318235、pic.496674663592、pic.641765410672、pic.671032498554、pic.846206560018」

 右手で宙にキーボードを弾く仕草をすると、指差した場所にモニターが開き、画面にはデータが滝のように流れだした。

「こちらは先程の報告にありました世界の総人口及び世界に占めるαアルファ‬、βベータΩオメガの人口比率です。過去から現在に至る過程で緩やかに上昇してきたベータの比率ですが、この先は大幅に上昇していくと思われます。αアルファΩオメガの親から純粋なβベータが生まれ始めました」

 隠密達がピクリとわずかに身じろいだ。

「今までも低確率ながらαアルファΩオメガの夫婦からβベータの子供は生まれていました。ですが、そういった子は表面上はβベータながら潜在的にαアルファΩオメガの血を引き継いでおり、子孫に先祖返りとしてαアルファΩオメガが生まれます。
 それと違って今回生まれたのは純粋なβベータです。αアルファΩオメガの遺伝子を持たないので、ここから先の子孫にαアルファ‬とΩオメガが発生する可能性は、ゼロです」


 男女の区別の次にあり、第二の性と呼ばれるαアルファβベータΩオメガ。人類はβベータから派生し、αアルファΩオメガの因子を上乗せして現在の種別に進化している。
 その発生原理は血液型と同様であり、αアルファβベータΩオメガはそれぞれA型、O型、B型と置き換える事が出来る。
 血液型ではO型同士の夫婦からはO型しか生まれない。同じくβベータどうしの親からはβベータしか生まれない。A型とB型の親からA型、B型の子供が生まれるように、αアルファΩオメガの親からはαアルファΩオメガの子が生まれる。
 だが血液型ではAB型も生まれるのだ。それと同様にαアルファΩオメガから生まれたαアルファΩオメガの組み合わせの子供。それこそが『αアルファΩオメガが産むβベータの子供』だ。
 αアルファΩオメガの遺伝子は並列すると互いの特徴を打ち消し合うという特徴を持つ。そのため表面はβベータの特性しか出てこない。だがその子はαアルファΩオメガの遺伝子を隠し持ったβベータであり、子孫に先祖返りのαアルファΩオメガが生まれることがある。
 血液型だと『A型とB型から生まれたAB型だがO型にしか見えず、だが隠れたAB型なので子供や子孫にA型とB型が生まれる』という意味となる。
 今まではαアルファΩオメガからβベータの子が生まれても、未来では逆にβベータからαアルファΩオメガの子孫が生まれ、長い目で見ると増減はプラスとマイナスでゼロとなっていた。
 だが今回生まれたのはαアルファΩオメガの遺伝子が消滅した純粋なβベータであり、この先αアルファ‬とΩオメガは生まれない。よって単純にβベータの増加のみである。

「先ほどの報告どおり、現在はαアルファ‬とβベータΩオメガがそれぞれ占める割合に変動はありません。しかし、今後それらのバランスは長い年月を掛けてゆっくりと変化していく事でしょう」

 遺伝子の性質でαアルファΩオメガの因子が並ぶ確率は非常に少なく、この事例の発生確率も稀である。また、長い年月を掛けないと結果は現れてこない。

 "αアルファΩオメガの間にβベータの子供が生まれた"
 それは表向きは今までと同じ出来事だが内容は全く異なる。表面上に現れないだけで、世界は静かに変化し始めていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

皇帝陛下の精子検査

雲丹はち
BL
弱冠25歳にして帝国全土の統一を果たした若き皇帝マクシミリアン。 しかし彼は政務に追われ、いまだ妃すら迎えられていなかった。 このままでは世継ぎが産まれるかどうかも分からない。 焦れた官僚たちに迫られ、マクシミリアンは世にも屈辱的な『検査』を受けさせられることに――!?

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...