おとぎ話の結末

咲房

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訪問者

訪問者・5〈李玖と淳也〉

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 僕、天沼あまぬま淳也じゅんやは、化粧品と美容器具、健康食品等を全国に卸している天沼商会の一人息子だ。
 商会の創業は地方の薬屋だった。そのうち外国から薬の輸入を始めて、さらに健康食品や化粧品事業にも手を広げていった。近頃はフィットネスクラブを始めボクシングジムやヨガ、リフレクソロジーサロンなどのスポーツ関連事業にも進出を始め、全国規模の一大企業へと成長中だ。

 その僕のうちには秘薬がある。
 嫡子にのみ代々受け継がれてきたその薬はαアルファを虜にする惚れ薬で、天沼家の繁栄を約束する禁秘きんぴの品だ。我が社の社長達が優秀なαだったのもこの惚れ薬のおかげだ。
 天沼家は昔からΩオメガばかりが生まれる家系で、αはなかなか生まれない。なので嫡子が自分のつがいとなったαを婿養子にして一族に引き入れてきた。その時々の嫡子がどれだけ優秀なαを番にしたかで発展の規模は変わっている。愛などというくだらないものに溺れた嫡子の時は凡庸なαの社長のもと、発展も衰退もない停滞した経営を展開していた。いかに優秀なαが必要かという証明だ。

 秘薬がなくたって僕たちの美貌に掛かればαなんてすぐに手に入る。だけど確実に最高クラスのαが欲しいのだ。そして一族に引き入れる為には一生離れられない強い繋がりが必要だった。
 その繋がりを築く為には相手を虜にして雁字搦めにする薬の存在が無くてはならない。
 うちが代々優秀なαを社長に据え置き、繁栄してこれたのは、その秘薬のお陰だった。

 尚、優秀なαを手に入れた嫡子は、そのあと己の美貌でメディア界に進出し、モデルやタレントとして社の広告塔になっていく。それが天沼家に生まれた者の使命であると同時に、美貌を武器にする彼らの望みでもあった。
 美と健康の天沼商会。そのキャッチコピーのとおり商会の事業内容である美容器具と化粧品の取り扱いは、天沼家の嫡子が優秀なαを掴まえるため、そして美のトップに登り詰めるために必要な事業であったのだ。



 玄関で綾音さんと涼平を見送った藤代さまが部屋に戻ってきた。

「淳也くん、みんなの所にお菓子と飲み物を用意したんだ。行こう」

 そう言ってパソコンの電源を切ろうとマウスに手を掛けたので、その手を上から握った。

「ねえ、藤代さま、とても沢山お友達がいらっしゃるんですね」
「あれっ、見えちゃった?」
「ええ。ご年配で大変なお仕事の方達ばかり」
「……よく彼らだと分かったね」
「商売は繋がりが命ですから」
「皆には内緒だよ」

 藤代さまはゆっくりと目を細めて静かに笑い、唇に人差し指を立てた。

 パソコンに入っていたのは大臣や経済界の重鎮達の連絡先だった。表向きのものではなく、私設秘書が管理するプライベートナンバー。これを知っていると言うことは、政治と経済の両方に私的に繋がっているという事だ。
 思った通り、藤代李玖には天沼商会の欲しい太いパイプが何本もある。この繋がりを商会に取り込めば、うちが輸入している様々な品目をこの国で独占販売する事が可能だろう。

 欲しい。

 政財界と経済界への太いパイプ。
 優秀な頭脳と、人を惹きつけるカリスマ性。
 稀少種という人類で最高位に位置する、神の如き存在。
 番に出来たらきっと何でも手に入る。
 藤代李玖の持つ全てが欲しい。

 手に入れてみせる。

 僕も静かに笑った。
 僕には薬がある。
 狙った獲物を仕留める薬。
 天沼家に代々伝わる、次期当主のみに与えられる惚れ薬が──

「ねえ、藤代さま、この世のものとは思えないくらいの気持ちいい体験、してみたくありません?」
「この世のものとは思えない?」
「ええ。普通の発情期も気持ちいいですけど、運命の番との発情期《ヒート》は格別らしいですね。虜になって止められないとか。きっとそれと同じくらいの快楽ですよ」
「そりぁ僕も男だから気持ちいい事には興味あるよ。でもどうやって?」

 へえ、やっぱり稀少種でも興味あるんだ。ふふっ。

「僕のうちに代々受け継がれる秘薬があるんです。藤代さまにならお分けしますよ。でもお相手は僕にしてください」
「淳也くんとそれを使って発情期ヒートを一緒に過ごすって事かな。そんなことをしたら淳也くんの彼氏達に恨まれちゃうよ」

 彼氏達とは発情期ヒートの相手をさせてきた奴らの事か、一度寝ただけで次のチャンスも狙うハイエナどもか。

「彼らとはギブアンドテイクですよ。お互い気持ちいいひと時を共有するだけの関係。でも藤代さまは別。貴方が選ぶなら、僕を全てあげてもいい。ねえ藤代さま、僕と一緒に発情期ヒートを過ごしてみて。悪い話じゃないでしょ。エステもエクササイズも欠かしたことのない僕の身体は、美と健康の総合商社、天沼商会が作り上げた最高傑作ですよ。ねえ見て。このシルクの肌もウエストのくびれも胸の尖りも、きっと気に入ります。この体で誰にも連れて行けない天国へ連れて行くから、綾音さまは止めて僕を選んで下さいよ」

 発情期ヒートは生理現象だ。相手をさせるアイツらは唯の性欲処理係。まあ腐ってもα、充分利用させてもらったけどね。
 だけど貴方が僕を選ぶなら、この先はもう誰にも指一本触れさせない。この体は僕が認めた世界一の男、貴方にしか渡さない。神が寄越したこのボディを貪り、他では味わえない快楽を味わえるのも貴方だけ。

 貴方が僕の体に夢中になってる間に僕は貴方を搦め捕り、羽をもぐけどね──


 惚れ薬は二本で一セットになっている。片方を相手に飲ませ、もう一本を自分が飲む。すると二人の間には恋が芽生え、離れられなくなるという代物だ。
 僕?もちろん僕も愛するよ。今でも愛してる。藤代李玖のコネもカリスマ性も大好きさ。

 幸いこのマンションの管理人はお人好しだ。次に来る時も先輩を慕う後輩を装えばきっとマンションに入れてくれるだろう。部屋の前で待っていた僕が急に発情期ヒートになったら、優しい藤代さまは放っておけず部屋に招いて抑制剤で応急処置をしようとする筈だ。その準備をするあいだに僕の濃厚なフェロモンで体を誘惑してあげる。ダメ押しに快楽のお試しをしましょうって唆すけど、ゴメンね、それは本番なんだ。
 お試しの薬で一生快楽漬けにしてあげる。天沼商会の人柱にする為に、長い長い快楽地獄に落としてあげる。

「ねえ李玖さま、もし僕が急にピンチになったら助けて下さいね。大丈夫、それくらいで纏わりついたりしませんから」

 纏わりつくのは貴方だもの。早く僕に堕ちてきて。

 ふふ、次の発情期ヒートが楽しみだ。
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