おとぎ話の結末

咲房

文字の大きさ
上 下
26 / 81
恋人の距離

泣いてもいい

しおりを挟む
「あの時、君の記憶を消しちゃってたら、この先ずっと僕は君を守ることだけしか考えられなかったんだろうな。君の望みも本当の姿も知らず、甘える事なんて思いもよらなかった筈だ。弱い部分を隠し、目隠しをした君の手を引きながら進む。それはなんて孤独で悲しい生き方だったのだろう。記憶を消さなくて良かったって心底思うよ。
 僕は稀少種のαの宿命として、人としては過分な力を振るわなければならない時がある。自分でも呆れるぐらい冷酷な処遇もする。だけど誰が非難しても拒絶しても、君だけは僕を許すだろう。もう僕は独りじゃない。一人ぼっちには戻れない。
 君は僕の碇にして唯一の良心だ。そして僕が甘えられる唯一の存在。ねえ、僕は君の前じゃ稀少種じゃなくてもいいよね」
「もちろんです。先輩は、恋人で番でイケメンで優しい先輩で、あとなんだろう、つまり "稀少種" はおまけです」
「おまけ!皆はそれが一番って言うのに。あはは。やっぱり晶馬くん最高!」

 先輩の魅力は稀少種って事だけじゃない。優しかったり人の気持ちに寄り添えたり行動がスマートだったり、力とは関係のない部分だって恰好よくて素敵な人なんだ。

「あっはっは。笑い過ぎて涙が出そう」

 僕は先輩の目元に唇を近づけ、目じりにキスをした。

「晶馬くん……?」
「先輩……李玖さん。泣きたい時は泣いていいんですよ?」

 笑ってるのに、何故だか泣くのを我慢してると思ったんだ。
 多分先輩は泣けないんだ。苦しそうな顔や悲しそうな顔は何回か見たけど、一度も涙を見ていない。
 稀少種だからどんな時も独りで耐えてきたんじゃないかな。僕も仲良くなるまでは、先輩は完璧な人だと思ってたもん。誰の助けがなくても何でも軽々とやれると思ってた。でも先輩だって人間なんだ。力は持ってても悩んだり苦しんだりしてる。

 僕はΩだから何の力も持たないけれど、あなたの涙をぬぐう事なら出来る。
 指先で、唇で、胸元で。身体で、心で。僕の全てで、貴方の瞳の涙も、心の涙も拭おう。
 だから、弱さも見せてよ。

「完璧じゃなくてもいいですよ。弱くてもいい。僕の前じゃ貴方はただの一人の人間、藤代李玖だ」

 先輩の目が大きく見開かれて、それから向日葵が咲いたような笑顔になった。

「ありがと、晶馬くん。でも僕、今嬉しいんだ。すっごく嬉しい。涙なんて出ない……あ、あれ?おかしいな」

 言葉とは裏腹に涙がポロリと出て、それから続けてポロポロと転がり落ちた。初めて見た先輩の涙。

「凄いね、涙って嬉しくても出るんだ。知らなかった」

 僕は、真珠のように転がる涙をキスで吸って先輩の頭を胸元に抱き込んだ。シャツが少しだけ暖かく湿った。

「ははは。僕が呪いを解く筈だったのに、僕の方が呪いから解き放たれてしまった。晶馬くん、ありがとう。やっぱり君って凄いや」

 呪い?あっ、そうだった、僕の呪いを解くって言ってたんだ!

「僕にこんなに影響を与えた君だけど、どう?これでもまだ "僕なんか" って言っちゃう?」
「!」

 誰もが敬愛する稀少種、藤代李玖。その彼のいかりで良心で、彼に影響を与えられる唯一の存在。ずっと前から大事にされてきた存在。
 そんな事を言われておきながら、それを僕自身が軽んじる発言なんて──

「言いません。言える訳がない」

 内側からじわじわと上ってくる高揚感。
 Ωの中でも地味で魅力のなかった存在が、先輩の言葉でキラキラした存在に変貌を遂げた。

「……凄い、僕ホントに魔法にかかっちゃった。すっごく偉くなった気分。うわあ、どうしよう。凄い、先輩凄いや」

 イタズラが成功した子供みたいに得意そうな顔をしている先輩に抱きついた。
 嬉しくて、夢を見てるみたいにフワフワする。
 
「先輩って本当に魔法使いだったんだね。呪いを解くどころか、新しい魔法にかかっちゃった!」
「その魔法は一生消えないよ」

 チュッ

 嬉しくて居ても立っても居られなくなり、大胆にも先輩の唇を掠めとった。すると、唇と頬に軽いバードキスが返ってきた。

 チュッチュッ

 ふふ。くすぐったくて笑い声が漏れる。笑いながら互いに顔のあちこちにキスしてたら、唇を触れ合わせたまま先輩が言った。

「エッチする?」
「!!」

 バッと胸を押し返し、唇を覆い隠す。油断も隙も無い。

「まだ駄目かー。晶馬くんの小悪魔。あんまり焦らすと……知らないよ?」

 上唇を舐める仕草が壮絶な色気を放った。
 イケメンの色気って破壊力半端ない……僕は耳まで赤くなった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

処理中です...