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仲直りのところてん

からから売りのお文

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 梅雨が明けると、途端に暑くなった。風鈴売りや団扇売りが、ミーンミーンと蝉がやかましい江戸の町を通り過ぎてゆく。冨岡八幡宮の門前町、田楽屋では今日も仕込みの真っ最中である。

「へぇ、器用にやるもんだね。まだこんなにちっちゃいのに」

 豆腐に串を打つ朔太郎を見てさちが声をあげる。ひとつひとつ丁寧に打つ姿に関心したようだ。

「もう安心して任せられるのよ」

 のぶは誇らしい気持ちで答えた。
 朔太郎の串を打ちはさらに上達して今や立派な戦力だ。

「近頃近所では、殿ちびちゃんの田楽屋では、お殿さまが串を打った田楽を食べられるなんて評判だったけど、小さいんだもん、どうせひとつふたつやるだけだって思ってたんだ。それがまさか全部やってるとは!」

 さちは毎日青菜を手にぶら下げてやってきて、のぶが仕込みをするのを見ているが、半刻ほどで帰っていくから朔太郎が串を打つところは見ていないのだ。

「かかさま、できたぞ。今日は失敗はなしじゃ」

 すべての豆腐に串を打ち終えた朔太郎が声をあげる。ちょうどのぶも菜飯を混ぜ終えたところ。この後は、のぶ特製の豆腐のあられとお茶で朔太郎は一服する。
 でもその前に。

「さくちゃん、おつかれさま」

 こちらに向かって腕を広げて待っている朔太郎を抱き上げる。大福餅ほっぺに唇をつけてぷうっとやると、朔太郎が嬉しそうに笑った。

「うふふ、かかさまくすぐったい」

 彼が徳次に連れていかれるという一件があってからできた、ふたりの新しい決まりごとだ。朔太郎はのぶのことを"かかさま"と呼び、暇さえあれば、くっつきたがる。もちろんのぶもできるだけそれに応えてやるのだ。

「来たばかりの頃とは大違いじゃないか」

 さちがからかうように朔太郎の頬を指でつつく。
 朔太郎が頬を膨らませた。

「これ、きやすくさわるでない」

「あれ、こんなところは前のままだ。でも殿ちびちゃん、かかさまには赤子のようにくっついているのに。かかさまはいいのかい?」

 笑いながら、さちが言う。

「かかさまはよいのじゃ」

 答える朔太郎に、のぶの胸はきゅんと跳ねた。思わず、ぎゅーと腕に力を入れる。

「うふふ、かかさま、くるしい」

「あれ、これじゃ私はまるでじゃま者だ。そんなことを言う子には、これをやらないよ」

 そう言ってさちは、おもむろに持って来ていた風呂敷を開ける。中から青い千代紙でできた風ぐるまが出てきた。

「おお、かざぐるまじゃ」

 朔太郎が目を輝かせて、のぶの腕からぴょんと飛び降り、さちから風ぐるまを受け取る。手に持って、まると一緒に店の中を走りはじめた。

「ありがとう、さっちゃん」

「昨日、店の前にからから売りが来ててさ。最近来るようになったお文って若い娘なんだけど、いつも真っ暗になるまで商売に精を出してるからさ、手助けしてやりたいって思ってたんだ。だけどうちには子どもはいないし、ちょうどいいから殿ちびちゃんにどうかと思ったんだ。こんなにしっかり田楽の仕込みを手伝ってるならいい褒美になったよ。よう、殿ちびちゃん、これからもかかさまを手伝うんだよ」

 さちの言葉に、朔太郎は一旦足を止めて

「いわれなくても、やるわい」

と言ってからまた走りはじめた。

「さっちゃん、いつも助かる」

 のぶは彼女の前に茶を置いた。それをひと口飲んで彼女は首を横に振った。

「いいよ、私も選ぶのは楽しかったし。のぶんとこに、殿ちびちゃんがいると思うと、つい目がいくんだ。からから売りっていうとたいてい爺さんだけど、お文ちゃんは若いから使ってる千代紙の色が綺麗なんだ。……だけどその後、姑からしこたま嫌味を言われたよ」

 そう言ってさちは、憂うつな表情になった。

「よその子に買ってやる暇があるくらいなら、自分の子に買ってやれるように努力しろってさ」

 要するに子どもができないことに対する当てこすりだ。

「最近が口を開けばこのことばっかり嫌になっちまう」

 だから彼女は家に居たくなくて今日はいつもより長い時間田楽屋にいたのだろう。彼女はまだ嫁いで二年弱だが、そろそろ……と言われてもおかしくはない。

「その点、のぶんとこは、お姑さんがいないからいいよね」

「うん……。でもやっぱり近所からは言われるよ」

「だよね。うちも裏に住むばあさんが顔を見るたびに言ってくる」

 姑と違って他人が言うのは本気ではない挨拶みたいなものだが、だからといって堪えないわけではない。

「こっちはまだ子どもがほしいかどうかもわからないのにさぁ」

 そう言ってさちは走り回る朔太郎がかざ車に夢中なことを確認して、声を落とした。

「のぶは、その……。このまま、この子を育てるの?」

 気遣うようにのぶを見る。彼女は朔太郎が晃之進の子だと思っているのだ。
 のぶも彼女に合わせて声を落とした。

「えっと……、その、さっちゃん。さくちゃんは、うちの人の子だって近所では噂されれてるみたいだけど、そうじゃないんだ。本当に預かりしてるだけで……。詳しいことは言えないんだけど」

 噂はそのままにしておくつもりだが、幼なじみの彼女には違うと話しておきたかった。

「あれ、そうなんだ」

 さちが拍子抜けしたような安心したような声で言った。

「ならよかった。私はてっきりのぶがいいように丸め込まれてるんだと思ってたよ。のぶってしっかりしてるけど、人がいいからさ」

「ありがとう、さっちゃん」

 のぶは温かい気持ちになった。
 心配しながらも、根掘り葉掘り事情を知りたがったりしないのがありがたい。
 こういう時、のぶは自分は運がいいのだと思う。もはや親がいないのぶが、寂しい思いをせずにこうやっていられるのは、安居家の人たちをはじめとした周りの人に恵まれているからだ。

「さ、そろそろいい加減帰らないと。また姑に嫌味を言われる。うちの人は優しいけど、姑に意見してくれるわけじゃないんだよね」

 さちは立ち上がる。

「またね、のぶ」

「うん、また明日」

 そう言ってのぶは彼女を見送った。



※からから売り…おもちゃを売り歩く行商人のこと
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