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涙、涙の蒲鉾板

惚れた弱み

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 雨は夜遅くまで降り続いた。田楽屋の二階で蒲鉾の板を手にしたまますやすや眠る朔太郎の隣で、のぶは真っ暗な天井を見ながら、夕方菊蔵と話したことを考えていた。

「まる、やめれ」

 朔太郎が寝言を言って、寝返りを打つ。夢の中でも遊んでいるのかとのぶはくすりと笑みを漏らした。
 めくれた布団を掛けてやり、頭を撫でる。大福餅の頬にそっと触れると、のぶの胸に温かいものが広がった。彼が来てからひと月弱、もはや隣にいるのが当たり前となりつつある。朔太郎のためならば、どんなことも厭わずにやってやりたいし、いつも笑っていてほしいと思う。これはきっと愛おしいという感情だ。
 だけどもし朔太郎が晃之進の隠し子だということがわかったら、この気持ちは変わってしまうのだろうか。

「おー、さみ。今日は冷えるな。冬に戻ったみてぇだぜ」

 晃之進が呟きながら厠から帰ってきて、自分の布団には戻らずにのぶの布団に滑り込む。

「ちょっ、おまえさん」

 そのまま身体をぴたりとくっつける彼に、のぶは小さな声で抗議した。

「わかってるよ。だけどくっつくくれえはいいだろ? のぶの身体あったかくて好きなのよ」

 そう言われてはそれ以上は拒めなくて、されるがままである。晃之進はのぶの身体を引き寄せて腕に抱きそのまま寝息を立てはじめた。
『惚れた弱み』という菊蔵の言葉を思い出す。
 のぶは、駆け落ちした時よりも今の方が、晃之進に惚れている。一緒に暮らした三年の間に、いつのまにか彼に心底惚れてしまったのだ。
 だからきっと朔太郎が晃之進の隠し子だったとしても、別れたくはなくてそのまま夫婦を続けるのだろう。信州屋の妻のように。

 ——では、朔太郎についてはどんな気持ちになるのだろう?

『惚れた弱み』という言葉と『割りを食うのは子ども』という言葉が頭の中で重なるのを感じながらのぶは目を閉じた。
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