13 / 45
涙、涙の蒲鉾板
惚れた弱み
しおりを挟む
雨は夜遅くまで降り続いた。田楽屋の二階で蒲鉾の板を手にしたまますやすや眠る朔太郎の隣で、のぶは真っ暗な天井を見ながら、夕方菊蔵と話したことを考えていた。
「まる、やめれ」
朔太郎が寝言を言って、寝返りを打つ。夢の中でも遊んでいるのかとのぶはくすりと笑みを漏らした。
めくれた布団を掛けてやり、頭を撫でる。大福餅の頬にそっと触れると、のぶの胸に温かいものが広がった。彼が来てからひと月弱、もはや隣にいるのが当たり前となりつつある。朔太郎のためならば、どんなことも厭わずにやってやりたいし、いつも笑っていてほしいと思う。これはきっと愛おしいという感情だ。
だけどもし朔太郎が晃之進の隠し子だということがわかったら、この気持ちは変わってしまうのだろうか。
「おー、さみ。今日は冷えるな。冬に戻ったみてぇだぜ」
晃之進が呟きながら厠から帰ってきて、自分の布団には戻らずにのぶの布団に滑り込む。
「ちょっ、おまえさん」
そのまま身体をぴたりとくっつける彼に、のぶは小さな声で抗議した。
「わかってるよ。だけどくっつくくれえはいいだろ? のぶの身体あったかくて好きなのよ」
そう言われてはそれ以上は拒めなくて、されるがままである。晃之進はのぶの身体を引き寄せて腕に抱きそのまま寝息を立てはじめた。
『惚れた弱み』という菊蔵の言葉を思い出す。
のぶは、駆け落ちした時よりも今の方が、晃之進に惚れている。一緒に暮らした三年の間に、いつのまにか彼に心底惚れてしまったのだ。
だからきっと朔太郎が晃之進の隠し子だったとしても、別れたくはなくてそのまま夫婦を続けるのだろう。信州屋の妻のように。
——では、朔太郎についてはどんな気持ちになるのだろう?
『惚れた弱み』という言葉と『割りを食うのは子ども』という言葉が頭の中で重なるのを感じながらのぶは目を閉じた。
「まる、やめれ」
朔太郎が寝言を言って、寝返りを打つ。夢の中でも遊んでいるのかとのぶはくすりと笑みを漏らした。
めくれた布団を掛けてやり、頭を撫でる。大福餅の頬にそっと触れると、のぶの胸に温かいものが広がった。彼が来てからひと月弱、もはや隣にいるのが当たり前となりつつある。朔太郎のためならば、どんなことも厭わずにやってやりたいし、いつも笑っていてほしいと思う。これはきっと愛おしいという感情だ。
だけどもし朔太郎が晃之進の隠し子だということがわかったら、この気持ちは変わってしまうのだろうか。
「おー、さみ。今日は冷えるな。冬に戻ったみてぇだぜ」
晃之進が呟きながら厠から帰ってきて、自分の布団には戻らずにのぶの布団に滑り込む。
「ちょっ、おまえさん」
そのまま身体をぴたりとくっつける彼に、のぶは小さな声で抗議した。
「わかってるよ。だけどくっつくくれえはいいだろ? のぶの身体あったかくて好きなのよ」
そう言われてはそれ以上は拒めなくて、されるがままである。晃之進はのぶの身体を引き寄せて腕に抱きそのまま寝息を立てはじめた。
『惚れた弱み』という菊蔵の言葉を思い出す。
のぶは、駆け落ちした時よりも今の方が、晃之進に惚れている。一緒に暮らした三年の間に、いつのまにか彼に心底惚れてしまったのだ。
だからきっと朔太郎が晃之進の隠し子だったとしても、別れたくはなくてそのまま夫婦を続けるのだろう。信州屋の妻のように。
——では、朔太郎についてはどんな気持ちになるのだろう?
『惚れた弱み』という言葉と『割りを食うのは子ども』という言葉が頭の中で重なるのを感じながらのぶは目を閉じた。
42
お気に入りに追加
206
あなたにおすすめの小説

【完結】絵師の嫁取り
かずえ
歴史・時代
長屋シリーズ二作目。
第八回歴史・時代小説大賞で奨励賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
小鉢料理の店の看板娘、おふくは、背は低めで少しふくふくとした体格の十六歳。元気で明るい人気者。
ある日、昼も夜もご飯を食べに来ていた常連の客が、三日も姿を見せないことを心配して住んでいると聞いた長屋に様子を見に行ってみれば……?

忍者同心 服部文蔵
大澤伝兵衛
歴史・時代
八代将軍徳川吉宗の時代、服部文蔵という武士がいた。
服部という名ではあるが有名な服部半蔵の血筋とは一切関係が無く、本人も忍者ではない。だが、とある事件での活躍で有名になり、江戸中から忍者と話題になり、評判を聞きつけた町奉行から同心として採用される事になる。
忍者同心の誕生である。
だが、忍者ではない文蔵が忍者と呼ばれる事を、伊賀、甲賀忍者の末裔たちが面白く思わず、事あるごとに文蔵に喧嘩を仕掛けて来る事に。
それに、江戸を騒がす数々の事件が起き、どうやら文蔵の過去と関りが……
大江戸町火消し。マトイ娘は江戸の花
ねこ沢ふたよ
歴史・時代
超絶男社会の町火消し。
私がマトイを持つ!!
江戸の町は、このあたしが守るんだ!
なんか文句ある?
十五歳の少女お七は、マトイ持ちに憧れて、その世界に飛び込んだ。
※歴史・時代小説にエントリーして頑張る予定です!!
※憧れの人に会いたくて江戸の町に火をつけた歌舞伎の八百屋お七。その情熱が違うベクトルに向かったら? そんな発想から産まれた作品です♪
※六月にガンガン更新予定です!!
浅葱色の桜
初音
歴史・時代
新選組の局長、近藤勇がその剣術の腕を磨いた道場・試衛館。
近藤勇は、子宝にめぐまれなかった道場主・周助によって養子に迎えられる…というのが史実ですが、もしその周助に娘がいたら?というIfから始まる物語。
「女のくせに」そんな呪いのような言葉と向き合いながら、剣術の鍛錬に励む主人公・さくらの成長記です。
時代小説の雰囲気を味わっていただくため、縦書読みを推奨しています。縦書きで読みやすいよう、行間を詰めています。
小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも載せてます。

我が家に子犬がやって来た!
もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。
アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。
だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。
この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。
※全102話で完結済。
★『小説家になろう』でも読めます★
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる