フィライン・エデン Ⅰ

夜市彼乃

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5.四人目の雷編

24刹那、白き奈落 後編

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***

 秋の陽はつるべおとしというが、冬の陽などいつのまにか消滅したかのように空からいなくなる。
 雷奈班に張り付いていた一番隊と、雷華班を見張っていたルシル以外の二番隊は、すっかり夜の帳が下りた屋外のかまくらで暖をとっていた。かまくらの中央には、落ち葉や枯れ枝を焚きつけに、因果が起こした炎が燃え盛っている。
「やりにくいっすね。口はきかなくていいから、同じエリアにいてくれたら助かるんですが」
「まあ、それほど苛烈なケンカだったのでしょう……」
 因果とヨスガがため息交じりにそう言った。火を囲む主体姿の隊員たちは、辟易した様子こそないが、現状を由々しきものととらえて考えあぐねていた。
「遠目にしか見てないけど、妹ちゃん、雷ちゃんそっくりだったね」
「はい。見た目は瓜二つなのに、性格は正反対のようですね」
 波音の言葉に、メルがうなずく。隊員たちを気遣って、最も出入り口に近い場所に座っているコウが、「まったくだ」としっぽを揺らした。
「幸い、昨日も今日も異常なしだからいいものの、明日何かが起きないとも限らねえ。二人には早いとこ、一緒に行動してもらいたいものだな。……と、ここで朗報だ」
 隊員たちの目がいっせいに一番隊隊長に向く。コウはいつものクールな面持ちで、仕入れたての情報を口にした。
「さっきルシルから連絡があった。いわく、明日の午後、スキー研修ではなく雪遊びの自由時間が設けられている。その時、二つの班が同席して、三日月の双子の和解を試みるそうだ」
 
***

 修学旅行も三日目。折り返しに差し掛かった。
 前の日同様のスキー研修は、午前いっぱいでつつがなく終了し、午後はスキーコースから外れたエリアでの自由時間だ。スキー研修中は禁じられている雪合戦やそり、雪だるまづくりが解禁されるので、むしろこちらを楽しみにしていた生徒も多い。スマホも携帯できるため、記念写真を主たる目的にしている者も少なくないだろう。今日も今日とて完璧な晴天の下、山すその平地、もしくはなだらかな坂で、生徒たちは思い思いの遊びに興じていた。
 彼らの目をはばかって選んだ、少し傾斜の急な山腹あたり。山頂に向かって右手に樹氷の林、左手に断崖絶壁という自然が色濃く残った場所にて、対立する二者の調停会談は行われた。教師の目も届かない、下手すると後で怒られそうなエリアであるが、一応、立ち入り禁止区域からは外れている。
「……」
「……」
 話し合いの場はしつらえられたものの、雷奈は雷華をにらむばかり、雷華に至ってはすました様子で視線も合わせない。膠着状態の二人を、コウたちは離れた小高い場所から見下ろしていた。スキーコースからも遠いため、誰かに見られる可能性など低いが、人目につかないからこそ、雷奈たちといるところを万が一教員に見られた時、よからぬ邪推をされてしまいかねないからだ。
(頼むぞ、まったく……)
 コウは眉間にしわを刻んで、雷奈たちの小さな姿を見つめた。もしここで和解が成立しなければ、今後も雷奈と雷華は別行動をするだろう。そうなれば、四日目の札幌散策も別行動となるわけで、余計に護衛が難しくなる。かなり重要なターニングポイントだ。
 コウだけではない。氷架璃、芽華実、ルシル、フーも平和的解決を望んでいる。しかし、その願いとは裏腹に、両者は無言を貫き通していた。
 その状況に、最初にしびれを切らしたのは、やはり彼女であった。
「あーもう、埒があかん!」
 氷架璃が頭を抱えて身をそらす。そして、双子の間に割って入ると、高らかに言い放った。
「決めた! 今から雷奈、雷華対抗で雪だるまを作る! 制限時間内により大きな雪だるまを作ったほうが勝ち! 勝ったほうが先に謝る! 文句あるか!」
「え……ええ!?」
 仏頂面だった雷奈が、目を白黒させて氷架璃に詰め寄った。
「な、なんね、それ!?」
「どっちかが謝ればもう片方も謝る! でも先に謝るのが嫌なんだろ? じゃあ、それをさっさと決めちゃおうって話だよ」
「おかしかろう、雪だるま関係なかろ!? 私が負けたら、私が先に謝ると!? ケンカ吹っ掛けてきたのは雷華っちゃろ!?」
「なんだ、自信がないのか」
 挑発するのは雷華だ。つんと鼻先を天に向け、見下ろすような視線を雷奈に向ける。
「自信がないから、自分が先に謝ることを想定するのだな」
「な、なんば……! 負けるつもりなんてなか! 上等ったい、私が勝てば雷華は自分の非ば認めてくれるとね!?」
「もしお前が勝てば、な」
「ぐぬぬ~!」
 意外と簡単に火が付いた、と氷架璃はほくそ笑んだ。両者ともに冷めた目で却下してくる可能性も、なきにしもあらずであったが、杞憂だったようだ。
「よし、決まりだ! あんたら、二言はないからな? 全員聞いたからな?」
 氷架璃がほかのメンバーを手で示す。芽華実、フー、ルシルは順番にうなずいた。
「制限時間は三十分。時間になったら、私が呼ぶから、この場所に雪玉もってきて測定! いいな! はい、じゃあ早速、よーいどん!」
 確認もタメもなく、氷架璃が勝負開始の合図を叫んだ。雷奈と雷華は一瞬だけ視線を交錯させ、火花をピリリと散らすと、背中を向けあって駆け出した。
 芽華実は目をぱちりぱちりとさせた。
「なんだか、意外だったわ。雷華が乗ってくれるなんて」
「きっと、雷華もけじめをつけたかったのよ」
 フーがその隣で微笑を浮かべながら言う。
「雷華も、この状況がいいとは思っていないってことね。何かきっかけが欲しかったのよ」
「……そんなものなくとも、姉妹なら仲良くしてほしいのだがな」
 ルシルがそっとため息をついた。
 坂の上のほうにある林付近で雪を集める雷奈。山麓方面で同様に、雷華。ほかは邪魔にならないところで観戦していた。
 氷架璃の大声はコウたちにも届いていた。そうでなければ、いきなり雪だるまを作り始めた彼女らの行動に、戸惑いを覚えるしかなかっただろう。
「こーちゃん、あたしも雪だるま作りたい!」
「勝手にしろ。職務放棄と時尼に伝えておく」
「いじわるー!」
「でも、何とか解決しそうですね」
 因果がほっと息を吐いた。人間姿の彼女が腹の前に抱えているリュック、その中から顔をのぞかせる主体姿のラウラもうなずいた。
「どちらが勝っても、恨みっこなしで仲直りしてほしいものです。今は彼女らを見守りましょう」
 十分が経過し、両者の雪玉は膝の高さまで成長した。氷架璃たちは時間を気にしながらも、退屈しのぎに小声でおしゃべりを始めた。希兵隊員たちも、わずかに緊張の糸を緩め始めていた。波音が小さくあくびする。
「ふあ……ちょっと暇……」
「こら、気を抜くな」
 そういうコウも、集中力が少しずつ削がれていくのを感じていた。所在なさではなく、極寒の地で同じ姿勢を取り続けていることによる環境的ストレスだ。動いていればまだ体も温まるものを、同じ場所から立ちっぱなしで監視を続けていては、末梢が冷えて仕方ない。
 深呼吸して、気持ちを切り替えようとした――刹那。
 地響きとともに、山頂方向から、低くくぐもった音が響いた。
「聞こえたか? 波音」
「うん。何、今の……」
 雷奈たちも顔を上げた。一瞬、音は空耳かとも思ったのだが、地面が揺れたのは錯覚ではない。
「地震か?」
「でも、すぐに収まったわ」
「……いや、待て」
 ルシルの鋭い聴覚は、今なお尾を引く低い音をとらえて、彼女の肌を粟立たせた。徐々に大きくなるそれは、やがて雷奈たちの耳にも入る。
 だが、その時には、もう手遅れだった。
 斜面の上の方から、すさまじい勢いで真っ白な大波が迫る。声を上げる間もなかった。それが何かを認識するころには、波に飲まれ、流され、上下もわからないほどに嬲られつくした。
 まるで一掃するかのような雪の奔流は、あとに何も残さなかった。一瞬で無人となった白い斜面を、高所から目の当たりにしたコウたちの衝撃たるや、唖然茫然、ではすまされない。
「な……ッ」
「こ……こーちゃん……」
 波音が声を震わせてコウにしがみつく。
 あまりのあっけなさに、頭も体も動かすことができない。
 敵が来れば、すぐに出動するつもりだった。結局、クロもダークも、チエアリも出なかった。
 目の前であっという間に全員を襲いつくしたのは、希兵隊の力などとうに及ばない自然の脅威だった。
 足跡も何もかもがならしつくされた雪の斜面に、今、ぽこっと穴があく。続いて、小さな手が生えて、薄茶色の頭がのぞいた。
「ぷ……はっ!」
 顔についた雪を払い落としながら、雷奈は何とか地上にはい出た。偶然、手を動かして雪をかき分けるスペースがあったからよかったものの、かなり体力のいる動作だった。
 息を整え、辺りを見回して、愕然とした。すっかり豹変した景色には、誰もいなくなっていた。
 否、正確にはそうではない。皆、どこかにいるのだ。冷気と暗闇と圧迫感の中に閉じ込められ、身動きが取れずにいるのだ。
「み……みんな……」
 青ざめる雷奈の脳裏に、いつだったか本で読んだ知識がよみがえる。
 十五分。それが、この白き奈落の中で生死を分けるタイムリミットだ。
 今、待ったなしの無慈悲な砂時計が、驚く間も考える暇も与えずに反された。
「ど……どげんしたら……!」
 ほかの皆がどこにいるのか、見当もつかない。自分よりも山頂側にいるのか、山麓側にいるのか。もしかしたら今自分が立っている場所のより深いところかもしれない。冷たく、暗く、酸素も限られたそこで、にじりよる死に為す術もなく蹂躙されるのか。
 震えるのは寒さのせいではない。このままだと、親友たちは――。
「三日月!」
 雪煙を上げて斜面に降り立った声が、雷奈の体の硬直を解いた。コウと、ほかの希兵隊員たちが駆け寄ってくる。因果のリュックから顔を出している一匹以外、全員双体だ。メンバーの顔と名前を照らし合わせて、唯一猫の姿をしているのはラウラだと悟った。
「コウ、どげんしよう、みんなが……!」
「ああ、見てた。あまりにも突然すぎて、助ける余裕がなかった。すまん。ここからはオレたちも手分けして探す」
 コウの言葉に続いて、隊員たちはうなずいた。
 その時、斜面の少し下ったところで、水が噴き出るような音がした。とっさに振り向けば、真っ白な地面の表面に穴が開き、周りの雪が少し溶けている。しばらくして、穴からルシルが顔を出した。
「ルシル!」
「はぁ、はぁっ……、コウたちか。ああ、雷奈も無事のようだな」
 コウの手を借りて地上へ帰還したルシルは、自分で空けたらしい穴を振り返った。
「どうやって穴ば……」
「沸泉といって、熱湯を出す水術がある。やけど承知でそれを使ったんだ。幸い、服にしかかかっていないからやけどはしていないよ。……それより、ほかの連中は?」
 氷架璃や芽華実、フーや雷華がまだ行方不明だと聞いて、ルシルも捜索に加わった。
 スマホを鳴らしてみたり、声がしないか耳を澄ませてみたり。地道な作業だった。因果やヨスガの炎術や、ルシルの沸泉を使えばスムーズに進むのだろうが、むやみに雪を溶かすと、さらなる雪崩が起きかねない。猫術は必要最低限にとどめられた。
 先生に連絡するという手もあったが、不運なことに連絡先が書かれた紙はホテルの部屋の鞄の中。スマホに登録しておけばよかったと悔やんでも後の祭りだ。走って呼びに行っている間に十五分経ってしまうだろう。
 よって、今は雷奈と希兵隊員で捜索するしかなかった。それでも、全員で探したかいあって、五分ほどで氷架璃と芽華実が救出された。
「二人とも、大丈夫っちゃか?」
「さすがに死を覚悟したぞ……」
「怖かったわ。でも、安心していられない。まだフーと雷華が見つかってないのよね?」
 雷奈は重くうなずいた。顔には隠し切れない焦りが浮かんでいる。
「雷奈、もう一度、二人に電話をかけてスマホを鳴らしてみてくれ」
「うんっ」
 雷奈がかじかむ指でスマホを操作し、まずフーにかける。電話には出ないが、あたりを探し回っているコウたちがその音を拾ってくれれば幸いだ。
 しばらく鳴らしていると、三メートルほど離れたところで、ヨスガが大きく手を振った。何かが聞こえた合図だ。雪の下のバイブレーションなど、さしもの猫の聴力でも、空耳だったり、逆に聞き落したりと保証はできない。だが、今は聴覚へのわずかなひっかかりにかけるしかないのだ。コウたちがヨスガのもとへ駆け寄り、付近を掘り始めた。
「次は雷華にかけてみるばい」
「ああ、そうしてく……」
 うなずきかけたルシルは、突然言葉を止めた。そして、険しい顔で、雷奈たちの向こうを見つめる。視線の先は、山頂に向かって右手側。樹氷をまとった木立が林を形成している方だ。そこに――一つの影が現れた。
 振り返った雷奈たちは凍り付いた。背中に冷え切った刃を当てられたような心地だった。
 巨大な動物だった。こげ茶色の体毛に覆われた屈強な体。とがった鼻、そして肉食動物特有の正面についた目。のし、のしという表現が似合う貫禄のある歩調で近づいてくる四つ足のそれは――。
「う……嘘だろ……」
「熊……!?」
 氷架璃と芽華実がすくみ上がるのも無理はない。山の危険動物のトップクラスが、明らかに四人を見つめて近寄ってくるのだ。日本では北海道にのみ生息するヒグマ。彼らは、その気になれば人を屠ることなど造作もない。
「な、なんで!? この時期は冬眠中だろ!?」
「と、とにかく私の雷術で……」
「待て」
 前に出ようとする雷奈をさえぎって、さらに前方にルシルが立ちはだかった。
「猫術たるもの、みだりに人間界の動物を傷つけてはならない」
「ば、ばってん、どげんすると!?」
「じっとしてろ」
 雷奈たちを後ろにかばい、ルシルは構えることなく無防備に体をさらしている。熊はいびきのような低いうなり声を上げ始めた。しかし、ルシルは怖じることなく熊を見据えると、ただ一言、告げた。
「――去れ」
 瑠璃色の眼光が熊を射抜く。それだけで、熊は動きを止めた。瞬きを経て、青い双眸は再び猛獣を鋭くにらみつける。
「聞こえなかったのか。去れ。直ちにだ」
 百四十センチほどの小さな少女だ。鋭い牙と大きな体躯を持つ熊が恐れるに足りないはずの相手である。
 だが、熊はまるで彼女の背後に、あるいは内部に、本能的な恐怖をあおる強大な何かを見たかのように、距離を取り始めた。水術を放ったわけでもなく、武器を見せたわけでもない。ただ、まっすぐに見つめて命じただけだ。
 だが、まだ追い払うには至っていない。巣でもあるのか、簡単にひこうとしない熊に、ルシルはついに声を荒らげた。
「去れッ!」
 とたん、熊は体を翻して林の中へと走り去っていった。来た時とは違い、慌てふためくような逃走だ。その姿が木々にまぎれて見えなくなると、ルシルは小さく息を吐いた。
 氷架璃が手袋をはめた両手でぽふぽふと拍手する。
「す……すっご! 熊が怖がってたぞ!?」
「フィライン・エデンの猫は、動物のヒエラルキーでは最上位だからな。それなりの気迫を見せれば猛獣も怯える。……それにしても、氷架璃の言うとおり、熊という動物は冬場に冬眠すると聞いているのだが、なぜ出てきた?」
「雪崩の音で起きちゃった……とか?」
「その程度の音で起きるような眠りなら春までもたないだろう。だが、音というなら……」
 ルシルは鋭く目を細めて、山の頂の方を見上げた。
「雪崩が起きる直前、爆発のような音が聞こえたんだ。何かが爆発して、それが雪崩を誘発した……?」
「それって……」
 ここへきて、一気に不穏な雲行きになった。戦慄する雷奈たちに、ルシルはあえて大きな声で言った。
「大丈夫だ、私が見てこよう。みんなはここで、引き続きフーと雷華を捜索してくれ。……コウ!」
 ルシルはだいぶ麓の方へ下りているコウを振り返って、熊の出没と場を離れる旨を簡潔に伝えた。
「だから、この場はいったんお前に任せるぞ!」
「ちょ、ちょっと待て!」
 それを聞いたコウは、慌てた様子で、雪に足を取られながら斜面を駆け上がってきた。
「つまり、爆発を起こしたのがクロやダークかもしれないってことだろ!?」
「ああ。もしそうなら、再度雪崩を引き起こされてはかなわないから、早いうちに一度……」
「だったら、オレが行く。執行着を着てないお前に無茶はさせられねえ」
 自由行動のコウたちとは違い、今のルシルは修学旅行生の一人だ。服の下に漆黒の着物など着ようものなら、一気に怪しまれる。ただの洋服に過ぎない現在の装備では、激戦になった場合にルシルの安全が保障できない。
 だが、ルシルは毅然として言い放った。
「いや、コウは二人を探すのを優先してくれ。力仕事はお前の方がいい。それに、もしここにやつらが現れた場合、雷奈たちを守りながらの戦闘になる。そう考えると、ここに残るのは執行部最強のお前がいいだろう」
「……それは、そうだが」
「何もダークの巣窟に行こうというのではないんだ。そう心配するな。……メルとヨスガを借りていくぞ」
「……」
 しばらく唇を引き結んで考え込んでいたコウだが、やがてゆっくりとうなずいた。
「……気をつけろよ」
「ああ」
 ルシルは淡く笑うと、雪を掘っている部下二人を呼び寄せて、林の中へと向かった。山頂方向に行くにしても、万が一また雪崩が来たときのことを考えれば、雪をせき止める木々がある方が安全だ。林は山頂方向に続いているので、その中を登っていくことにしたというわけである。
 ダークが出た場合、三人であしらえるかは気がかりだが、ルシルの心配ばかりもしていられない。あれからさらに五分経った。タイムリミットは刻々と近づいている。
 その時だ。
「こーちゃん! フーちゃんが見つかったよーっ!」
 波音がはしゃぎ声で叫んだ。駆け足で戻るコウに、雷奈たちも嬉しさ半分、心配半分でついていく。先ほどヨスガが立ち止まったポイントは、当たりだったようだ。
 助け出されたフーは、意識明瞭だった。だが、寒さと恐怖でひどく震えている。
「フー! よかったぁ……」
「め、芽華実、ごめんなさい、心配かけたわ……」
 泣きながら抱き合う二人。しかし、まだ気を抜くわけにはいかない。
「最後は三日月の妹だな?」
「う、うんっ。雷華、どこにいると……?」
「だいぶ下まで流されたのかもしれねえな。早乙女、炎で風中を温めておけ」
「了解です」
 ルシルたち三人が抜け、因果もフーの回復に専念する。人員が減り、生死の分かれ目まであと五分をきった今、躊躇は一瞬たりとも許されない。
 雷奈の脳裏に、不遜で傍若無人な少女の顔が浮かぶ。
 彼女は、なぜか横柄で、侮蔑したような目をしていて、現に雷奈の姉のモットーを鼻で笑った。本当に、可愛げのかけらもない、傲岸な妹だ。
 そう――妹なのだ。
 望まぬ体質のせいで生き別れ、ようやく再会した双子の片割れ。本来なら雷帆と同じくらいに可愛がりたかった存在。姉を侮辱されたからといって、心の底から本当に嫌うはずがないのだ。ましてや、その命を救うことを諦めるなど、何がどうなってもありえない。
(――絶対に助ける)
 雷華の体がせき止められていそうな木の近くなどを、懸命に掘りながら誓う。
(助けるまで、帰るつもりなんてないんだから――!)
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