フィライン・エデン Ⅰ

夜市彼乃

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4.因縁編

18雷鳴に隠せ、禁断の鼓動 前編

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「秋の夜長を泣き叫び通す! 猫と人間の肝試し交流会、開幕ーっ!」
 フィライン・エデンの夜空に楽しげな声が響き渡る。ぱちぱちと、一部から拍手まで起こった。満足げな笑みを浮かべている主催者が誰かといえば、
「おい、希兵隊のトップ様。あんた遊んでていいのかよ」
「他の隊員だって休暇取るときあるじゃん。私だけ遊べないなんて不公平だよ」
 ちゃっかりそう言う霞冴は、今日は襟とスカートが臙脂の、長袖セーラー服だった。夜は冷えるからということである。
 ことの発端は、氷架璃のちょっとしたうっかりミスだった。私室のドアを開けながら、「ルシル、今度の文化祭の肝試しだけどさー」と話しかけた時、タイミング悪くルシルは霞冴と電話中だったのだ。慌てて声を潜め、軽く謝る氷架璃だったが、電話の向こうの霞冴がそれを聞きつけ、「肝試し!? 私もやりたい!」などと言い出し、あっという間に企画してしまったのである。文化祭の予習ということで氷架璃、芽華実、雷奈、アワ、フーが招かれ、誰かほかにも呼んできてよと頼まれたアワがファイとリンを誘い、そこに希兵隊員と仕掛け人一名ずつが加わって、総勢十二名が集まっていた。フィライン・エデンのワープフープから徒歩三十分ほどのところにある噴水公園。以前、雷奈たちと麗楽が待ち合わせをした自然豊かな公園の、小高くなった箇所にある小さな森が会場だ。森の中は先が見通せない暗闇が支配していたが、不思議と人間界で見る夜の森よりも鬱々とした印象ではなかった。
「最高司令官様のお手伝いができるなんて、わたくし、恐悦至極にございますぅ!」
「仕掛け人は霞冴とあんたか、ユメ」
「はい~っ。わたくしの発明品が活躍するときですっ!」
「また嫌な予感がするな……。で、そっちは?」
「あたしは希兵隊三番隊の芽吉めよし希雷キラ! よろしくな! いやぁ、ちょうど仕事ばっかで遊び足りなかったんだよなー!」
 元気よく片手をあげたのは、レモン色の毛並みをした猫。やや折れ気味の耳と、稲妻のような形をした尾が特徴的だ。首には黄色い首輪をしている。ハスキーがかった声の持ち主だ。
「なんつーか……ダーク退治の必殺技がくすぐり攻撃、って雰囲気がするな、あんた」
「あははっ、意味は分かんないけど、褒めてくれてありがとー!」
「ありがとーの意味も分かんないけど、どういたしましてー。で、霞冴。肝試しって、何すんの?」
 氷架璃に尋ねられた霞冴は、よくぞ聞いてくれましたとばかりにユメに手を向けた。
「まず、ユメが発明した装置を使って、みんなが怖いと思っているものを読み取ります。あ、恐怖対象以外の心は読み取れないから安心してね。で、次に二人ペアになってもらって、森の奥のお札を取って帰ってきてもらいます。その途中、私が霧術で幻覚を見せます。その幻覚っていうのが、最初に読み取った恐怖対象を二人分合わせたもの。つまり、二人とも怖い思いをしながらお札を取ってきてもらうってことだね」
「今の時点で、お化けより何より、心ば読める機械が開発されとることが怖かよ……」
「『怖いものは何ですか?』って聞いて、正直に答えてくれるとは限らないからねー。じゃ、ユメ、装置をお願い」
「はい~っ。いでよ、『フロイトの怖物判断~怖いものをレッツ自由連想!~』!」
「連想っつーか、無理やり読心するんだろ? 副題改めろよ」
 ユメお手製の収納ボール、ユークリッドの玉手箱から出てきたのは、両手で持てる程度の四角い筐体。後ろから四本のコードがのびており、先端には電極がついている。この電極を頭につけて、恐怖対象を脳から読み取るようだ。
「ではみなさん、順番にー……」
 仕掛け人の霞冴とユメを除いた参加者十名の弱点を読み取ると、ユメはそれをこっそり霞冴に伝えた。何が読み取られたのかは、本人含めどの参加者にも伝えられない。その後、霞冴によって恣意的なペア分けがなされた。
「このペアって……」
「あんまり猫と人間の交流になってなくないか……?」
「細かいことは気にしないのー。あ、そうそう。幻覚は質量こそないけど霧だからね、猫術を放てばある程度払えるよ。ちょっとした訓練になるかもね?」
 雷奈の逃避行以来、猫術の向上に熱を上げていた氷架璃と芽華実は顔を見合わせた。それを見て、霞冴はにっと口の端をつり上げると、
「それじゃ、肝試し大会、開始!」

***

 第一ペアは、猫姿のリンと彼女を胸に抱いた人間姿のファイだ。懐中電灯一本を頼りに、暗い木立の中を進んでいく。森の中は、すでに霞冴によって幻術の霧で満たされていた。
「なんだか肌寒くて、余計に不気味ね……」
「し、心配するな、リン。な、何が出ても、オレが必ず守ってやる!」
「ありがとう、ファイ」
 だが、歩き出して五分もしないうちに、最初の変化が現れた。突然、懐中電灯が息切れしたかのように点滅し始めたのだ。
「きゃっ、明かりが!?」
「おい、何だこれ。ちゃんと充電されてんだろうな!? うお、消えた!」
 ついにこと切れた懐中電灯。これが、リンの恐怖対象である「暗所」を実現させるためにわざと放電させたことによるなど、二人は知る由もない。
 あたりは真っ暗闇に包まれ、ファイの腕の中でリンが震えた。
「ふぁ、ファイっ、どうしましょ、暗くて怖いわ……」
「安心しろ、オレの炎で……」
 ライト代わりのともしび程度なら、詠言の必要すらない。リンを抱える腕とは反対の手の人差し指に炎をともし、ファイは不敵な笑みを浮かべた。
 ――もっとも、その笑みは、火明かりに照らされた、絵にかいたような典型的な一つ目お化けの姿に崩れ去るのだが。
「ぎゃあああああー!」
 絶叫し、一目散に走り去るファイ。その後を、白い吹き出しのような姿のお化けが三体ほど追いかけてくる。もちろん、どれも霞冴の霧による幻だ。
 詠言を唱えることも忘れて闇雲に火を散らしながら、お札までたどり着くと、これまたがむしゃらに火をまきつつ、もと来た道を戻った。森を抜けると、霧も晴れ、幻覚からは解放される。
「おかえり、ファイ」
「ぜー、はー、死ぬかと思ったぞ!」
「死ぬかと思うのも不憫だけど、ボクはファイよりリンがかわいそうかな」
 アワの指摘に、ファイは腕の中を見下ろした。そこでは、力んだファイに抱きつぶされたリンがきゅーっと気絶している。
「リ……リン……!?」
 瞠目して体を震わせるファイ。驚愕に満ちたその瞳は、やがて憤怒へと変貌する。爆発的な勢いで右手に盛ったのは、義憤と復讐の炎だ。
「おのれ……おのれお化けめ! よくもオレの大事なリンを! 罪の重さを業火の中で思い知れ! いざ、燃えろォォッ!」
「いや、君だってば」
 猛火は無造作なシャワーによってあっけなく水蒸気と化した。アワの隣で、氷架璃が「ってか、あんたの恐怖対象ってもしかしてお化けだったのかよ」と呆れ返る。
「やあ、ナイスリアクションだね、ファイ。お札はとれたかな?」
 そこへ、朗らかに笑いながら霞冴が歩み寄ってくる。ファイは不完全燃焼で仏頂面のまま、右手に持ったお札を差し出した。――先の猛火で、もはや煤と化していたのは言うまでもない。

***

 第二ペア、氷架璃と芽華実は対照的な歩みを見せていた。懐中電灯を手に堂々と進んでいく氷架璃。芽華実はその腕をつまみ、きょろきょろとせわしなくあたりを見回しながら、一歩一歩慎重に踏み出す。不安げな顔は、今にも泣き顔に変わりそうだ。
「肝試しごときでなに怖がってんのさ。ダークに襲われた時と比べたら、かわいいもんじゃない」
「それとこれとは違うわよ、もうっ……」
 膨れる芽華実に笑いながら、氷架璃は前方に目を戻して、ふと宙に浮いているものに気が付いた。といっても、特に怪しいものではない。ただの、何の変哲もないピンクのノートだ。浮遊しているのは不自然だが、恐怖対象にもならない日用品だった。
「なんだあれ?」
「えっ……ちょ、ちょっと氷架璃っ!」
 好奇心旺盛に近寄る氷架璃を、焦って止める芽華実。彼女の制止を「心配性だなー」と軽く流して、氷架璃はノートに手を伸ばそうとした。すると、ノートの表紙がひとりでにめくられ、文字の書かれたページがあらわになった。
「あ、そっか。これは幻だから……」
「氷架璃、そんなのいいから、早く先に行きましょ」
 ノートをよけて前に進もうとする芽華実。しかし、ノートはその行方を阻むように芽華実の正面に移動した。目を見開く芽華実の肩をぽんぽんとたたきながら、
「ただのノートなんだから、怖がらなくていいって。読んでほしそうにしてんだから、読んでやったら成仏するだろ」
 そう言って、氷架璃はノートの文字に目を向けた。活字で書かれたそれを読み上げる。
「『昔々、あるところにおじいさんとおばあさんがいました。おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川に洗濯に行きました』……か。汎用性の高いおとぎ話のテンプレだな」
 このノートが一体何の恐怖対象を具現化したものなのかつかめず、首をかしげながら続きを読む。
「『すると、川上のほうからどんぶらこ、どんぶらこ、大きな桃が流れてきました。おばあさんがその桃を拾って割ると、中から大きな蛾が』……は!? 蛾!?」
 ノートを指さし、ぱくぱくと口を動かす氷架璃は、それ以上声が出ないようだった。
「氷架璃、ゴキブリは大丈夫なのに蛾はだめだったのよね……」
「意味わかんないだろ!? 桃の中から蛾!? 卵産みつけられてたのか!? いや、それでも中で羽化するってどういうことだよ、なあ!?」
 唾を飛ばして猛抗議する氷架璃を芽華実がどうどうとなだめる。すると、ノートの文字の一部が突然揺らぎだした。二人はぴたりと静止してその様子を見つめる。文章中の「蛾」という文字が、水に溶けるように崩れ――翅を携えて再構成された。その姿は、蝶に似て蝶より毒々しく――。
「ぎゃああああっ、蛾ぁあああ!?」
 声がしわがれるほどの悲鳴を上げ、氷架璃は一目散に逃げだした。ノートは、今度は行方を阻むことをせず、どんどん小さくなっていく氷架璃を見送るだけだ。
「ま、待ってよ、氷架璃ーっ!」
 芽華実も慌てて後を追った。
 しかし、試練はそこでは終わらない。その後も幾度となくピンクのノートは現れ、これ見よがしにページを開く。そのたびに氷架璃は、
「昔々、浦島太郎が海へ行くと、そこには子供たちにいじめられている蛾が……蛾ぁああ!?」
 と叫び、
「昔々、力持ちの金太郎が蛾と相撲を……蛾ぁああ!?」
 と喚き、
「昔々、あるところに蛾が……いい加減にしろやテメェエ!」
 と最後には狂気じみた怒りにまみれた。なお、氷架璃の悲鳴、叫び声、および怒鳴り声は森の外の待機場所にまでバッチリ聞こえていた。
「氷架璃には意外な弱点があったんだね。知らなかったなあ」
「だからって日ごろの仕返しに蛾ば見せちゃいかんよ、アワ」
「いや、それボクが殺されるオチだよね」
 しばらくして森の入り口に帰ってきた氷架璃は、肩で息をしながらお札を突き出した。なりふり構わず走ったため、髪はぼさぼさに乱れている。
「お疲れー、氷架璃」
「また変な幻影見せてきたな、霞冴。ノートの文章読んだら蛾が出てきたり、蛾が出てきたり、たまに芽華実の弱点を狙ってか、我の強い人が出てきたり。『ガ』違いだぞ。まあ、人のほうは光術の練習がてら倒したけど」
「蛾だって、待ってくれたら私が草術で倒してあげたのに、氷架璃ったら脇目も振らずに行っちゃうんだもん」
「へー……?」
 霞冴はとろんとした目をぱちりぱちりとさせたが、「まあ、いっか」とつぶやいた。
「で、次は誰だっけ?」
 氷架璃の問いに、雷奈が手を挙げた。
「私とキラったい。行ってくるったいー」
「あはは、行ってくるったいー!」
 方言を真似てそう言い、猫姿のキラは雷奈とともに森へと入っていった。
 のんきな声で「行ってらっしゃーい」と手を振った霞冴は、ふとアワの視線に気づいた。いつもの無垢な瞳ではなく、流し目で、どこか非難するようなまなざし。睨んでいる、と言っても過言ではないかもしれない。
「どうしたのさ、アワ。怖い顔しちゃって」
「いやね、大きく出たなと思って」
 アワの隣では、フーも困ったように霞冴に視線を投じている。
「『ちょっとした訓練になるかもね』……か。人間三人の猫術の訓練。それがこの肝試しの目的の一つなんじゃないのかい?」
「またまた、考えすぎだよ」
「よく言うよ、わざわざ面識もない雷猫のキラを出してきて。大方、雷奈に詠言を教える寸法なんでしょ?」
 霞冴はつかみどころのない笑みを浮かべると、アワから森へと視線を移した。
「あまりでしゃばると、情報管理局や学院ににらまれるよ」
「ご忠告ありがと~」
 こたえた様子のない霞冴に、アワは小さく息を吐くと、同じように森のほうを見つめた。
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