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11.七不思議編
52才媛サイエンス ②
しおりを挟む「どげんしたと?」
「ごめん、ちょっとメール」
そう言って、皇学園では許されない短さのスカートのポケットからスマホを取り出した。朝季がそちらへ集中している間に、由実が雷奈に話しかける。
「ねえねえ、もしかして雷奈って、九州の出身?」
「うん、種子島から」
「やっぱり! あと、すごく髪長いね。色もきれい」
「母さんの真似して伸ばしとーと。色も母さん譲りったい」
「でも、色が薄いと先生がうるさくない? 由実はぎりぎりセーフだけど、朝季が苦労してるんだよ。毎年、地毛であることの証明書に親のサインが必要でさ」
お団子ヘアのもう一人もそう言って、朝季に目を向ける。雷奈の髪色を赤系統の薄茶というならば、朝季のそれは黄系統の薄茶だ。確かに日本人にしては明るい色だが、美由いわく地毛だという。
スカート丈は指導しないのに、頭髪の色には厳しいらしい。服装は身だしなみとしてある程度一律にできるのに、そちらは放っておいて、反対に個人差の激しい髪色を統制するなど、矛盾している気もするが、そういうものだ。少なくとも、「校則はすべからく矛盾したものである」という命題とは矛盾していない。
「皇はそういうのないよな」
「ね。雷奈も何も言われないもんね」
「うっそぉ!」
そんな流れで、スクールカルチャートークに花を咲かせていると、メールに返信し終わった朝季が「ごめんだけど」と口を開いた。
「お母さん、今日遅くなるみたいだから、私が夕飯作らなきゃいけないみたい。悪いけど、あと頼んでいい?」
片手で合掌のポーズをとった朝季がそう言い終わってから静寂を挟んで三秒後。
悲痛な叫びが響き渡った。
「……ええええっ!」
絶叫したのは、もちろんハチ公二人だ。まるで赤と黒の柴犬のような彼女らは、情けない声を上げて朝季に取りすがった。
「ダメだよ! この段ボールっていうかこれから作る空気砲、どうすんのよ!」
「理科室に持って行かなきゃいけないのにぃ!」
「二人で持ってってよ」
「いやだぁぁ! 朝季がいないと無理ぃぃ!」
「だってあの時間は……!」
鬼気迫る表情で両脇から朝季にすがりつく二人を、雷奈たちはぽかんと眺める。
唯一、まともに話が聞けそうな中央の苦労人に訊いてみる。
「えっと……何が起こっとーと?」
「ああ、ごめんね。雷奈たちにはわけがわからないよね。実は……」
「最近この学校で怪奇現象が起こってるんだよぉ!」
朝季の代わりに、鼻水をたらさんばかりに悲壮な顔の由実が裏返った声で叫んだ。
「怪奇、現象」
「そう! いわゆる学校の七不思議ってやつ! それぞれ名前がついてて、いまやどの学年でも知らない人はいないんだから!」
美由も眉を八の字にして震える。
学校の七不思議――陳腐といえば陳腐なフレーズだが、現実のものとして耳にするには、雷奈たちにとっては新鮮だった。
雷奈は小学四年生の一学期までは公立小学校だったとはいえ、三人とも私立の皇学園育ちだ。入学試験、独自の制度、行き届いた管理、多様な地域からやってくる生徒達。小学校の地続きというよりは、社会への階段を一段上ったところにあるような学校風土は、幾分か透明性があって、七不思議などという不確かな混沌が生まれる余地が少ない。
一方で、地域に根差し、生徒たちの凝集性も高い公立校では、一定の共通認識からまことしやかな奇談が芽を出し、摘まれる間もなく枝を伸ばす。そしてそれは、たいてい思春期の怖いもの見たさをくすぐるようなものだったりするのだ。古びた校舎や外壁の雨染みが毎日の風景となるような環境も関係しているのかもしれない。
ちなみに、雷奈がかつて在籍していた種子島の小学校は、噂に耳をそばだてている暇があったら外でわんぱくをするような子供達ばかりで、怪談の種など灰になって消えていくような校風だったため、いずれにせよ雷奈もオカルティックな風説とは無縁だった。
とはいえ、由実の言う「七不思議」は、数々の口伝を経て受け継がれたものではなく、最近生まれたものらしい。
「どんな怪奇現象っちゃか?」
「よくぞ聞いてくれました!」
さっきまでの態度とは一転、名乗りを上げた時のテンションで朝季の前へ踊り出る由美と美由。二人は、見得を切るように一つ一つに大仰なポーズをつけながら、交互に光丘中奇譚を謳いあげた。
「夕方の理科室に謎の高音が鳴り響く一の怪、冥界ハウリング!」
「おお」
「三階の女子トイレの鏡の向こうから信号が送られる二の怪、異次元モールス!」
「名前が中二くさいったいね」
「夜の校庭に何かがいる三の怪、真夜中フェアリーテイル!」
「通報しろや」
「なんかわかんないけどこの頃薄ら寒い四の怪、氷結ウィッチクラフト!」
「だんだんテキトーになってきたっちゃね」
「行方不明になる飼い犬が続出する五の怪、犬笛パイドパイパー!」
「オィィ学校飛び出してんじゃん! 学校七不思議じゃなくなってんじゃん!」
「そして最後に、最近この町でボヤが多発する六の怪、怨讐インフェルノ!」
「七の怪は!? 七の怪どこ行ったと!?」
「え、今のところないよ」
「もはや七不思議でもなか!?」
例によってなぜかご丁寧にオチを用意してくれている二人は、達成感に満たされた表情でふうっと息を吐いた。
「怪奇現象なんて科学に反するもの、けしからんことだよ!」
「そうそう! あたしたちサイエンス才媛ズが許せないよね!」
「じゃあ冥界ハウリングなんて非科学的なもの信じずに行ってきなさいよ。私も夕方に入ったけど、何も聞こえなかったんだから」
「それは朝季に霊感がないからだよ!」
呆れたように言う朝季を全力で振り返り、生物と地学の才媛ズは全霊で叫ぶ。
「実際に聞こえたって言ってる子もいるもん! その子はすぐに逃げたけど、ハウリングを最後まで聞いたら冥界に連れていかれちゃうんだから!」
「骨格標本、解剖道具、化石……図らずも『死』を連想させるもので溢れている理科室は、死の世界である冥界に目をつけられてるんだよ!」
おおかた、理科室の怪談・冥界ハウリングという名が定着してから追加された後付けの設定だと思われるが、因果関係や合理性などはお呼びでない。科学を尊ぶ少女達でさえ、無意識のうちに求めるのは、もっともらしくも反証不能な疑似科学だ。
唯一、物理の才媛だけは地に足がついている様子で、やれやれとかぶりを振った。
「とにかく、私は今日はもう帰るから、あとはよろしくね。あ、雷奈達に私の連絡先教えておいて。友達になったんだから、今後もお話ししたいし」
じゃあまたね、と雷奈達に手を振り、朝季は急ぎ足で校門へと向かっていった。その背中に手を伸ばして「朝季ぃぃ~」「殺生なぁぁ~」と嘆く二人。見ている雷奈達はいたたまれない。
今にも崩れ落ちそうなコンビをそのままにしておくのは忍びないが、雷奈達もいつまでもここに居座るわけにはいかない。なにせ、学校側からすれば部外者だ。
「えっと、じゃあ私達もそろそろ……」
「あとの準備、頑張っ……」
がしっ。
歩き出そうとした雷奈の腕が、色白な手につかまれた。氷架璃と芽華実の腕も、テニス部員らしい引き締まった両腕に捕まっている。
「へ?」
「……お三方」
「霊感はおあり?」
藁にもすがるような据わった目をした二人に、雷奈達は嫌な予感を覚えつつ答える。
「たぶん、ないと……」
「思います……」
「けど……?」
そして、その予感は当然のように的中する。
「宿題とかしてていいからさ、五時までここで待ってて、ね?」
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