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9.過去編
44一蓮托生と今際の科白 ③
しおりを挟む いましめ太郎といましめ花子と名付けた2匹の太ったマルモットは、ヒエラの助言とサマリエの頑張りによってダイエットが成功しつつあった。ヒエラから提案された、水中散歩が功を奏し、2匹は足腰を痛めることなく、運動ができるようになり、ゆっくりではあるが体重の数値は下降していった。
(まだまだ勉強することが山積みね……!)
自分1人では解決できなかったことを痛感して、サマリエはモンスターたちの世話をしつつ、図書室通いも続けていた。そこで攻略対象であるハントを度々、見かけるが、触らぬ神に祟りなし。サマリエはあくまで図書室を利用する一生徒として、目立たぬように静かに行動していた。
一方、ハントは、相変わらず、改造した作業着を着こなし、いつも違う女生徒を連れていた。ある日はギャル系、ある日は控えめなお嬢様系、ある日は至って普通の女の子、ある日は誰かを呪い殺せそうな魔女系とハントの女性の好みは幅が広かった。
サマリエが持つハントの情報は、極度の女好きであるということ。浮気症で、いつも複数の女性と付き合っていること。
(私は壁……私は空気……)
図書室にいるときは常にそう心で唱え、サマリエはハントに目をつけられることなく、日々を過ごせていた。
その日も、サマリエは図書室に寄ってからモンスター舎に向かっていた。と、草むらから微かな鳴き声が聞こえる。
(なんだ? 何かいるのかな?)
軽い気持ちで草むらを覗いたサマリエは手で口を覆った。
草むらに身を隠すようにしていたのは、ひどく弱った青い鱗のドラゴンもどきだった。ピーキー……と弱々しく鳴き、白く濁った瞳でサマリエを見上げた。下半身から大量に出血していて、立てないようだ。ドラゴンもどきのいる場所は血溜まりが出来ている。
「ひどい……!」
サマリエは呟いて、そっとドラゴンもどきに手を差し伸べた。刺激しないように、まずは匂いを嗅がせて安心させようとしたが、ドラゴンもどきは鼻を動かす元気もないらしい。
「大丈夫……大丈夫よ……」
囁くような声で言いながら、サマリエはドラゴンもどきを抱え上げた。ドラゴンもどきの血が作業着に滴る。血の臭いが一層濃くなった。
(なんて軽いんだろう……)
翼を持つドラゴンもどきが空を飛べないのは、翼に対して体が重すぎるからだという。なのに、このドラゴンもどきは自身の翼を使って飛べそうなほどに体が軽かった。
(出血のせい……?)
とにかくモンスター医に診せるため、サマリエはドラドンもどきを抱えて、駆け出そうとした。と、その時、ヒエラが目の前に飛び出してきた。
「大丈夫ですか……!? サマリエさん!」
それまでで1番大きな声を出したヒエラに、驚くサマリエ。
(な、なんだコイツ……! なんでこう変なタイミングで遭遇するんだ?)
ゾワゾワとしたものを感じながら、サマリエはついていくと言って聞かないヒエラと共に、モンスター医の元へ向かった。
アカデミーには育成科と調教科と、もう1つ、治療科がある。
育成科ではモンスターを育てる育成師を、調教科ではモンスターを操る調教師を、そして治療科ではモンスターを治療するモンスター医を育てている。
育成科でも、モンスターの治療に関することは学ぶが、それはごく初歩的な擦り傷切り傷の手当てや、薬の飲ませ方だけだ。大量に出血している場合は、育成科のサマリエにはどうすることもできない。
「サマリエさん、制服が……」
血に染まっていくサマリエの作業着を見て、ヒエラは青い顔をしている。
「制服なんて、今、どうでもいいでしょう!?
それより、早く連れて行かないと!!」
半ば怒鳴るように言ったサマリエに、ヒエラは頬を赤らめた。
「治療なら、ライミ先生がいるはず、です」
アカデミーの教師兼、モンスター医のライミは、優秀という噂だが、科の違うサマリエは彼の授業を受けたこともなく、顔を知っている程度だ。ゲームでの知識もない。
ヒエラの先導で、治療科へ急ぐ。サマリエの腕の中で、ドラゴンもどきはぐったりとしていた。
血だらけのドラゴンもどきを抱いて駆け込んだサマリエを見て、ライミはすぐに手術の準備を始めた。ドラゴンもどきは手術台に連れて行かれ、サマリエは簡単に事情を聞かれた。が、草むらで見つけた以外、何も有益な情報を持っていなかった。
サマリエは、ドラゴンもどきの様子が気になったが、血だらけの作業着を着替えなければいけなかったし、マル太郎たちの世話もしなければならなかったので、手術が始まってすぐにヒエラに帰るよう言われた。
まずは寮に戻って着替えを済ませてから、サマリエは心ここにあらずといった様子でマル太郎たちの世話をし、陽が沈んで夜が来る頃にもう1度、治療科に足を運んだ。
もしかしたら、もう誰もいないかもしれないと思いつつ、しかし、足は駆け出していた。
「あ、サマリエさん! 手術は先ほど、終わりましたよ」
治療科の建物の前でヒエラが待ち受けていたように言った。暗がりから急に出てきたので、サマリエは心臓が飛び出そうなほど驚いた。
「ひっ! 暗がりから急に現れないでくださいよ!!」
「あ、ごめんなさい……癖で」
(どんな癖だよ!)
心の中で激しくツッコミを入れ、それよりも、ドラゴンもどきの容態が気になって、サマリエは治療科の建物を仰ぎ見た。堅牢な石造りの建物が、済ました顔で佇んでいる。
「危ないところだったみたいですけど、手術は無事成功したようです……」
いくらか気落ちした様子で、ヒエラが言った。
「そうなんですね! 良かった……」
ほぅっと息を吐き、サマリエはその場にしゃがんだ。
(また救えなかったら、どうしようかと思った……)
サマリエの瞳に、涙が滲む。そこに、低い声が降ってきた。
「お前、本当に、あのドラゴンもどきのこと知らないんだな?」
落ち着いているが、怒りを含んだ声に顔を上げると、ライミが手巻きタバコをふかしながら、しゃがんでいたサマリエを見下ろしていた。
流した前髪に左目が隠れている。身長はヒエラと同じくらいだが、並ぶと、ヒエラのひょろひょろ具合が際立った。ライミは鍛えているのか、白衣を着ていても、厚い胸板がその存在を主張している。
「ドラゴンもどき、大丈夫なんですか?」
すでに涙は引っ込んでいた。ライミは吸い込んだタバコの煙を、サマリエにかからないよう、顔を背けて吐き出してから、話し始めた。
「とりあえず、出血は止めた。治療科で飼ってるドラゴンもどきから輸血もした。今のところは落ち着いてる」
「あの子、なんであんな怪我をしてたんだろう……」
「うん? あれは出産のさせすぎだ。どこの誰だか知らないが、産めるだけ産ませて、もう使えないと思ったから捨てたんだろう」
「誰がそんなことを?!」
「さぁな、俺はお前を疑ってたが、どうやら、その様子じゃ、ドラゴンもどきの飼い主はお前じゃないみたいだな」
(疑われてたのか……まぁ、でも、そうか、殺人事件なんかじゃ、第一発見者を疑うのが鉄則だもんね……これ、殺人事件じゃないけど)
1人で納得するサマリエに、ライミの尋問が続く。
「ドラゴンもどきを見つけた場所は?」
「図書室からの帰り道です。あそこはちょうど、育成科の男子寮に行く道と女子寮に行く道の分岐点でした」
「犯人は生徒の中にいるってことか」
言われて、はたと気づいた。校舎から寮までは、アカデミーの私有地となっている。そこにわざわざ、外部の人間がモンスターを捨てにくるとは考えにくい。行き交う人間はほとんどアカデミーの関係者で見知った顔がほとんどだ。見たことのない人間がうろついていると嫌でも目立つ。授業中ならば、人通りが全くと言っていいほどないが、ドラゴンもどきの出血具合から見て、捨てられたのは、授業が終わった後と思われる。
「おそらく、ドラゴンもどきを捨てたのは、育成科の生徒だ。アカデミーで管理しているモンスター記録とモンスター舎にいるモンスターを確認すれば、犯人がわかるんじゃないか?」
ライミはヒエラを横目で睨みながら言った。ヒエラは萎縮して、地面を見つめている。
「ヒエラ先生! 犯人、探してくれますよね?」
「あ、はい……! アカデミーから貸与されているモンスターを傷つけるのは、退学処分にあたりますしね」
(いや、そうゆうことじゃないだろ……)
サマリエは喉元まで出かかった言葉をグッと飲み込んだ。余計なことを言って、せっかくやる気になっているヒエラの気力を削ぐのはまずい。
サマリエとヒエラのやり取りを、タバコをふかしながら眺めていたライミも、眉をピクリと動かして、何か言いたげだったが、おそらく、サマリエと同じ考えだったのだろう。何も言うことはなかった。
(まだまだ勉強することが山積みね……!)
自分1人では解決できなかったことを痛感して、サマリエはモンスターたちの世話をしつつ、図書室通いも続けていた。そこで攻略対象であるハントを度々、見かけるが、触らぬ神に祟りなし。サマリエはあくまで図書室を利用する一生徒として、目立たぬように静かに行動していた。
一方、ハントは、相変わらず、改造した作業着を着こなし、いつも違う女生徒を連れていた。ある日はギャル系、ある日は控えめなお嬢様系、ある日は至って普通の女の子、ある日は誰かを呪い殺せそうな魔女系とハントの女性の好みは幅が広かった。
サマリエが持つハントの情報は、極度の女好きであるということ。浮気症で、いつも複数の女性と付き合っていること。
(私は壁……私は空気……)
図書室にいるときは常にそう心で唱え、サマリエはハントに目をつけられることなく、日々を過ごせていた。
その日も、サマリエは図書室に寄ってからモンスター舎に向かっていた。と、草むらから微かな鳴き声が聞こえる。
(なんだ? 何かいるのかな?)
軽い気持ちで草むらを覗いたサマリエは手で口を覆った。
草むらに身を隠すようにしていたのは、ひどく弱った青い鱗のドラゴンもどきだった。ピーキー……と弱々しく鳴き、白く濁った瞳でサマリエを見上げた。下半身から大量に出血していて、立てないようだ。ドラゴンもどきのいる場所は血溜まりが出来ている。
「ひどい……!」
サマリエは呟いて、そっとドラゴンもどきに手を差し伸べた。刺激しないように、まずは匂いを嗅がせて安心させようとしたが、ドラゴンもどきは鼻を動かす元気もないらしい。
「大丈夫……大丈夫よ……」
囁くような声で言いながら、サマリエはドラゴンもどきを抱え上げた。ドラゴンもどきの血が作業着に滴る。血の臭いが一層濃くなった。
(なんて軽いんだろう……)
翼を持つドラゴンもどきが空を飛べないのは、翼に対して体が重すぎるからだという。なのに、このドラゴンもどきは自身の翼を使って飛べそうなほどに体が軽かった。
(出血のせい……?)
とにかくモンスター医に診せるため、サマリエはドラドンもどきを抱えて、駆け出そうとした。と、その時、ヒエラが目の前に飛び出してきた。
「大丈夫ですか……!? サマリエさん!」
それまでで1番大きな声を出したヒエラに、驚くサマリエ。
(な、なんだコイツ……! なんでこう変なタイミングで遭遇するんだ?)
ゾワゾワとしたものを感じながら、サマリエはついていくと言って聞かないヒエラと共に、モンスター医の元へ向かった。
アカデミーには育成科と調教科と、もう1つ、治療科がある。
育成科ではモンスターを育てる育成師を、調教科ではモンスターを操る調教師を、そして治療科ではモンスターを治療するモンスター医を育てている。
育成科でも、モンスターの治療に関することは学ぶが、それはごく初歩的な擦り傷切り傷の手当てや、薬の飲ませ方だけだ。大量に出血している場合は、育成科のサマリエにはどうすることもできない。
「サマリエさん、制服が……」
血に染まっていくサマリエの作業着を見て、ヒエラは青い顔をしている。
「制服なんて、今、どうでもいいでしょう!?
それより、早く連れて行かないと!!」
半ば怒鳴るように言ったサマリエに、ヒエラは頬を赤らめた。
「治療なら、ライミ先生がいるはず、です」
アカデミーの教師兼、モンスター医のライミは、優秀という噂だが、科の違うサマリエは彼の授業を受けたこともなく、顔を知っている程度だ。ゲームでの知識もない。
ヒエラの先導で、治療科へ急ぐ。サマリエの腕の中で、ドラゴンもどきはぐったりとしていた。
血だらけのドラゴンもどきを抱いて駆け込んだサマリエを見て、ライミはすぐに手術の準備を始めた。ドラゴンもどきは手術台に連れて行かれ、サマリエは簡単に事情を聞かれた。が、草むらで見つけた以外、何も有益な情報を持っていなかった。
サマリエは、ドラゴンもどきの様子が気になったが、血だらけの作業着を着替えなければいけなかったし、マル太郎たちの世話もしなければならなかったので、手術が始まってすぐにヒエラに帰るよう言われた。
まずは寮に戻って着替えを済ませてから、サマリエは心ここにあらずといった様子でマル太郎たちの世話をし、陽が沈んで夜が来る頃にもう1度、治療科に足を運んだ。
もしかしたら、もう誰もいないかもしれないと思いつつ、しかし、足は駆け出していた。
「あ、サマリエさん! 手術は先ほど、終わりましたよ」
治療科の建物の前でヒエラが待ち受けていたように言った。暗がりから急に出てきたので、サマリエは心臓が飛び出そうなほど驚いた。
「ひっ! 暗がりから急に現れないでくださいよ!!」
「あ、ごめんなさい……癖で」
(どんな癖だよ!)
心の中で激しくツッコミを入れ、それよりも、ドラゴンもどきの容態が気になって、サマリエは治療科の建物を仰ぎ見た。堅牢な石造りの建物が、済ました顔で佇んでいる。
「危ないところだったみたいですけど、手術は無事成功したようです……」
いくらか気落ちした様子で、ヒエラが言った。
「そうなんですね! 良かった……」
ほぅっと息を吐き、サマリエはその場にしゃがんだ。
(また救えなかったら、どうしようかと思った……)
サマリエの瞳に、涙が滲む。そこに、低い声が降ってきた。
「お前、本当に、あのドラゴンもどきのこと知らないんだな?」
落ち着いているが、怒りを含んだ声に顔を上げると、ライミが手巻きタバコをふかしながら、しゃがんでいたサマリエを見下ろしていた。
流した前髪に左目が隠れている。身長はヒエラと同じくらいだが、並ぶと、ヒエラのひょろひょろ具合が際立った。ライミは鍛えているのか、白衣を着ていても、厚い胸板がその存在を主張している。
「ドラゴンもどき、大丈夫なんですか?」
すでに涙は引っ込んでいた。ライミは吸い込んだタバコの煙を、サマリエにかからないよう、顔を背けて吐き出してから、話し始めた。
「とりあえず、出血は止めた。治療科で飼ってるドラゴンもどきから輸血もした。今のところは落ち着いてる」
「あの子、なんであんな怪我をしてたんだろう……」
「うん? あれは出産のさせすぎだ。どこの誰だか知らないが、産めるだけ産ませて、もう使えないと思ったから捨てたんだろう」
「誰がそんなことを?!」
「さぁな、俺はお前を疑ってたが、どうやら、その様子じゃ、ドラゴンもどきの飼い主はお前じゃないみたいだな」
(疑われてたのか……まぁ、でも、そうか、殺人事件なんかじゃ、第一発見者を疑うのが鉄則だもんね……これ、殺人事件じゃないけど)
1人で納得するサマリエに、ライミの尋問が続く。
「ドラゴンもどきを見つけた場所は?」
「図書室からの帰り道です。あそこはちょうど、育成科の男子寮に行く道と女子寮に行く道の分岐点でした」
「犯人は生徒の中にいるってことか」
言われて、はたと気づいた。校舎から寮までは、アカデミーの私有地となっている。そこにわざわざ、外部の人間がモンスターを捨てにくるとは考えにくい。行き交う人間はほとんどアカデミーの関係者で見知った顔がほとんどだ。見たことのない人間がうろついていると嫌でも目立つ。授業中ならば、人通りが全くと言っていいほどないが、ドラゴンもどきの出血具合から見て、捨てられたのは、授業が終わった後と思われる。
「おそらく、ドラゴンもどきを捨てたのは、育成科の生徒だ。アカデミーで管理しているモンスター記録とモンスター舎にいるモンスターを確認すれば、犯人がわかるんじゃないか?」
ライミはヒエラを横目で睨みながら言った。ヒエラは萎縮して、地面を見つめている。
「ヒエラ先生! 犯人、探してくれますよね?」
「あ、はい……! アカデミーから貸与されているモンスターを傷つけるのは、退学処分にあたりますしね」
(いや、そうゆうことじゃないだろ……)
サマリエは喉元まで出かかった言葉をグッと飲み込んだ。余計なことを言って、せっかくやる気になっているヒエラの気力を削ぐのはまずい。
サマリエとヒエラのやり取りを、タバコをふかしながら眺めていたライミも、眉をピクリと動かして、何か言いたげだったが、おそらく、サマリエと同じ考えだったのだろう。何も言うことはなかった。
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