フィライン・エデン Ⅱ

夜市彼乃

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8.神隠し編

40答え合わせ:あなたの居場所はどこですか 前編

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「フィライン・エデンで、オレがお前ら希兵隊の本拠地まで来ていたことは知ってるか?」
 一言目から度肝を抜くような発言に、霊那も撫恋も震駭を隠せなかった。それを見て、チエアリはさぞ満悦そうに笑う。
「だろうな。オレたちみたいな高等なのは、ただのクロとは違って気配がそうキツくないだろ? だから容易に忍び寄れるのさ。オレはな、お前ら希兵隊を悪夢の渦中に落としてやろうと思ったんだ。ねぐらを襲って一網打尽にな。建物ごとつぶして瓦礫の下敷きにするもよし、一人ずつ個室に閉じ込めて順にじっくり痛めつけるもよし、隊長だけあぶりだして部下の前で惨殺し、絶望した部下どもも嬲り殺すもよし」
 あまりにも現実離れした残忍さを口にするが、目の前の黒猫はそれを現実にしかねない存在なのだ。青ざめる人間たちに、チエアリはくくっと喉を鳴らした。
「……まあ、さすがに一人では多勢に無勢なところはあるからな。それに近い、可能な方法で楽しもうと思ってた。その時だ。あるものを見つけたんだ」
 チエアリの目が、霊那と撫恋に向けられた。彼女らの反応を一番楽しみにしているかのように。
「裏に希兵隊員が一人いた。それも洋装だ。そいつがなんと、時空洞穴に入っていくじゃねェか。どういうことかとそそられたオレは、時空洞穴が閉じる前について入って、同じ場所に飛んでみた。正義の希兵隊員サマが時空改変でもするのかと思ってなァ。それはそれでユカイだが、事実はもっとユカイなことだった。何か様子がおかしいと思ったら、クロになりかけてんじゃねェか、なァ?」
「……ッ」
 霊那の目の下がひきつった。表情には出さない撫恋も、首筋に汗を一筋流す。
「なるほど、源子ちいさいのが勝手に時空洞穴を開けて宿主を連れてったんだ。ちょうどこの時代、この場所でフラフラしてたあのチビを見て、オレは思いついた。ここにそいつの仲間をおびき寄せ、同士討ちさせたら面白そうだな……ってな」
「お前……!」
「しばらく待ってたが、誰も来なかった。時空震が小さすぎて気づかなかったんだと思ったオレは、もっとデカいのを起こすことにした。一度、元の時間へ戻ってきて、ついでに何人かをこの時代にさらっときゃ、どちらにしろを助けに来るだろうとも思ったしな」
 チエアリの言葉と同時に、壁の向こうから宙に浮いて流れてきた四つの姿を見て、雷奈たちは一様に声を上げた。首根っこをつかまれてぶら下がっているような姿勢で現れたのは、行方不明になっていた主体の四人。皆、まぶたを閉じてぴくりともしない。
「安心しな、人質を殺したりはしねェよ。眠らせてるだけだ。甲斐あって、読み通り誘われてきてくれたわけだが、人間が来るのも予想外なら、まさかフィライン・エデンの猫ですらない者が来るとも思ってなかったぜ? ちょっと契約できる術者が、希兵隊だけ送るか連れてくるかするだけだと思ってのによォ」
 雷奈、氷架璃、芽華実と滑らせた視線は、最後に日躍をとらえた。天上の使者は、不愉快そうに目を細める。
「だが、それでもいいものが見られたよ。高いところの特等席からなァ。傑作だったぜ。大事な同胞がクロ化して、震えて何もできない女に、必死に呼びかけるも慈悲なく殺されかけた男。男が倒れれば女は錯乱。最後は敢闘したみたいだが、親友にぶっ刺されて倒れ、クロ化してたほうも、せっかく助かったと思ったら、体ン中ボロボロでダウン。その後のお前ら人間の顔ったら最高だったぜ。あいつらは死んだか? 死んだのか? えェ?」
 日躍の言うとおり、彼はそばにいたのだ。そして、見ていた。最初から最後まで、三人が身も心も傷ついていくのを。
 霊那の手が、刀の柄にかけられたまま震える。彼女の心の内を映すかのように、金属音が小刻みに鳴った。全力で怒りを抑える霊那を眺めた後、チエアリはふう、と悩ましげなため息をついた。
「けど、誤算だったぜ。シナリオ通りなら、クロ化したチビが追ってきた仲間を皆殺しにして、帰ってこない仲間を心配した元の時代の残党が新たにやってきて、再び惨劇が繰り広げられる……って展開だったハズなのによォ。まさか第一幕で終わりとは、観客であるオレの興ざめったら、分かるかァ?」
 大げさなジェスチャーで落胆を示すと、チエアリはその姿勢のままニヤリと笑った。
「だが、希望はまだある。さっき、そこの長髪が聞いたな。罪は二つか、と。答えはノーだ。オレの罪は三つ。誘拐、爆破、そして殺戮。ここでオレがお前らを壊滅させるからだ。同士討ちの喜劇が見られねェのは残念だが、アドリブもまた一興。あァ、一人は逃がしてやってもいいかもな? この場所までの道案内だ。次の役者に迷子になられたら、また一つ建物を爆破しねェといけねェからなァ?」
 耳障りな言葉を並べ立てるチエアリ。その中の一つが深く耳の奥に刺さり、氷架璃はぽろりと声を漏らした。
「……なんて?」
「あン? 爆破の話かァ? お前らが最初にこの時代に来た時、ここがわかりにくそうだったからなァ。目立つことをしようと思って、この建物に、裏に並んでたデカブツを一つ動かして突っ込ませたのさ。ほら、道をすげェスピードで走ってるアレだよ。騒ぎを起こすだけのつもりだったんだが、何がどうなったのか爆発した。おかげでわかりやすかったろォ?」
 ――それが、真相だった。
 爆発の少し前に、別の轟音が聞こえたという証言。裏に並んでいたもの、つまり駐車場に停まっていた自動車を、さっきリーフたちをそうしたように浮かせるなりして突っ込ませた時のものだろう。それがガス管を傷つけたか、爆発を誘発した。
 母の命を奪った爆発の元凶だという自白だけでも、狂おしいほど憎いのに、その理由は突沸するのに十分すぎた。
 ただ、彼女らをおびき寄せるために。たったそれだけのために。
「てっ……めぇえ!」
 考えるより先に、氷架璃の足は動いた。霊那の叱責が飛ぶ。怒りに任せてチエアリに突っかかっていった氷架璃は、手が届く直前に宙に持ち上げられた。
「う、うわ!?」
 何にも支えられずに重力に逆らう違和感の中、手足をがむしゃらに動かす。無力な人間を、チエアリは前足の動き一つで、向こうの壁まで吹き飛ばした。
「氷架璃っ!」
 芽華実の悲鳴が響き渡る。こうなっては、もう火蓋は切られたも同然だ。霊那が刀印を結びながら叫んだ。
「気をつけろ、猫種は念、見えない力だ! 特殊能力は……さしずめ時空系の術だな!」
「ご明察! だが、最後のは部分点だ。オレはちまちました芸当はできねェ、できるのは時空飛躍みたいな派手なことだけさ! だが、念の能力だけで十分だ。ちゃんと名乗りを考えてきたぜ。オレの名はジンズウ。じる力の使い手だ!」
 霊那の詠唱の間、撫恋が言霊のみで撓葛しなりかずらを発動させた。しなやかなつるがジンズウを捕えようとうごめくが、彼は身軽にかわしていく。それでも、ルートを制限することはできた。着地点を見極めた霊那が、詠言を終えた術を放つ。天の川のような銀色の奔流が、ざああっと音を立ててジンズウに迫った。
 だが、それはジンズウを飲み込む前で一八〇度方向転換した。まるでジンズウの前に見えない鏡が出現したかのように、銀色の流れがはじき返され、霊那へと向かう。
「くっそ、やっかいな!」
 間一髪で交わした霊那は、体をひねって、何かをばらまくように腕を横に振りぬいた。その軌跡から、星屑のきらめきをもった弾丸が乱れ飛ぶ。
 しかし、それもまた、ジンズウに当たるはずだった分だけはじかれた。弾を防いだ透明な波動は、そのまま霊那までも突き飛ばし、壁に激突させた。
「まずは一人ィ!」
 雄叫びを上げるジンズウに、今度は鋭い木の根が向かった。通常の植物の成長の何百倍ものスピードで伸びる根は、刺されれば深いところまで突き進む立派な武器だ。焦りの色を浮かべながら、撫恋が器用に幾本もの根を操り、ジンズウを貫こうとする。
 ジンズウは、襲い来る木の槍を巧みに避けていく。右へ左へ、まるで曲芸のような身軽さだ。
「ははっ、楽しいなァ、オイ!」
「油断しないほうがいいですよ」
 ザッ、と何かが削れる音。死角から迫った一つが、ジンズウの腰のあたりに擦過傷を負わせた。しかし、ジンズウは一瞬だけ忌々しげに顔をゆがめた後、ニタリと笑った。
「お前も油断しないほうがいいぜ?」
 肉を切らせて骨を断つとはこのこと、彼はその間に一本の根を中間でへし折っていた。腕力でも折るのは難しいそれを、念の能力であっさりと分断したジンズウは、切っ先を術者に向けて勢いよく飛ばした。逃れようとした撫恋だが、わずかに遅く、脇腹を削り取られて倒れこんだ。
「っく……」
 額に汗をかきながら、撫恋は手をついて起き上がろうとした。執行着の効力で本来よりも浅くしのげたものの、じわじわと血が広がっていく。
 そこへ切っ先の気配を感じて、ハッと頭を上げた。残りの木の根も同様に途中で折られ、操られ、先端を撫恋に向けていた。
「穴だらけになりなァ!」
 先の尖った硬い根が、撫恋の胴をえぐろうと迫りくる。無理な体勢、さらに手負いとあって、逃げられそうにない。
 せめて急所だけでも外そうと、身をよじった時だ。撫恋の体に突き刺さる直前で、根が形を崩した。
 風化したようにボロボロと崩れていったそれらを見て、ジンズウは初めて驚いたように目を見開いた。だが、それも一瞬だ。視線は、木の根を枯れさせた草術の使い手を射抜いた。
 恐怖に汗を浮かべながら、芽華実が萌黄色に変化した瞳でにらみ返す。
養叢ようそうの逆を念じてみたけど、正解だったみたいね。ぶっつけだったけど、枯らせられたわ」
「小癪な!」
 霊那を飛ばした時と同じ波動が、芽華実にも向けられた。ジンズウの視線と、動きを止めた様子から、何か仕掛けてくる気配を感じたものの、戦闘慣れしていない彼女の力では避けるには至らなかった。あえなく飛ばされ、壁に打ち付られる。背中を強打してうめく親友を振り向きたい衝動を抑えて、今度は雷奈が飛び出した。
「哭け、雷砲! 哭け雷砲、雷砲ッ!」
 突き出した手のひらから雷の砲弾が連射され、ジンズウは回避に追われた。人間でありながら、言霊のみで、威力も落とさず連発する芸当は、チエアリをも驚かせた。ジンズウは目を丸くしながらも避け、テーブルの残骸の陰にすべり込んだ。しのぐ隙に、そばにあった焦げた椅子を浮かせて投げつける。とっさに腕で防御した雷奈だが、すさまじい勢いで飛んでくる椅子は小柄な体をなぎ倒し、地に伏せさせた。
「つ…っ」
「起き上がるんじゃねェよ!」
 ジンズウの怪しい視線が雷奈の肩をすべった。何を仕掛けようとしている――と警戒する間もなく、何に触れたわけでもない肩口がザクっと裂けた。
「……ッ!?」
 息をつめて傷口を押さえる。出血量は心配するほどではないが、日常感じることのない痛みで視界が明滅した。
 あっという間に全員に膝をつかせたジンズウは、高らかに笑う。
「なんだ、五人がかりでこれか。歯ごたえのねェこった。だいたい、なんで弱っちぃ人間なんか連れてきたんだ? なァ、異世界の嬢ちゃんよ!」
 最も入り口の穴に近い場所で、手も足も出せずにいた日躍が、無言でジンズウをにらみつける。しかし、そんな睥睨は子犬が吠えるよりも恐れるに足りない。ジンズウは鼻で笑うと、最も近くに倒れている雷奈に目を向けた。
「そこで見とけ、異世界の嬢ちゃん。オレがこいつらを面白く殺してやるのをな。そして最後にお前はしっぽ巻いて逃げて、第二幕は終演。新たな仲間を引き連れて新章開幕だ! ユカイだろォ? っははは!」
 ジンズウはそう言って哄笑した。発言通り、たまらなく愉快そうに。人を殺して、傷つけて、それを舞台上での出来事のようにふるまって。
 観客を楽しませるための、美しい芸術のはずの劇に見立てて、醜悪な狼藉を働いて――それが、彼女の逆鱗に触れた。
「……っにが……ユカイだぁぁあ!」
 突如として吹き荒れた爆風、次いで一閃がジンズウの耳の先を焦がした。不意打ちに動きを止めたチエアリは、薄暗闇を照らすオレンジの炎の中でゆらりと立つ人影を見た。殺意をはらんだ憤怒の表情。ジンズウはそれには臆することなく、しかし彼女が起こした現象に唖然としていた。
「人間が……飽和させたのかァ?」
「ふざけすぎだ、てめぇ! 遊び感覚で誘拐して、楽しむために親友同士で傷つけ合わせて、あろうことか私たちをおびき寄せるためにビルを爆破……関係ない人間がどれだけ犠牲になったと思ってんだ!」
 猫炎に巻かれながら、氷架璃は遮二無二に言霊を唱えて、熱線のような光を発した。幾筋もの高温の光線が、ジンズウをわずかにそれて壁を焦がしていく。光の速度はさすがに反射や操作が難しいのか、ジンズウは辛くもよけるだけだ。そのさなかにも、恍惚とした笑みを浮かべるさまは、まさに常軌を逸している。
「お前、いい顔すんじゃねェか。面白ェ、じゃあこうしたらどんな顔するんだろうな!?」
 源子が味方するままに攻撃を続けていた氷架璃は、ハッと青藍の目を凍り付かせた。目の前に、宙をすべるようにふいっと現れた小さな体。ほんの隙間に能力を発動させたジンズウが盾に使ったのは、部屋の隅に固めて置いていた人質の一人。最も幼い少女、リンだった。
 慌てて術を止めるが、間に合わなかった。一筋が小さな体へ向かっていく。
「危ない!」
 手を伸ばす。それが無駄だとわかっていても、防御を捨て去ってリンへと駆け寄った。幸いなことに、リンは的が小さかったおかげで、危ういところで光に触れずに済んだ。しかし、今の状態はジンズウにとっても幸いだ。無防備な氷架璃を不可視の波動で飛ばし、右肩から壁にぶつけた。関節が嫌な音を立て、たまらず叫ぶ氷架璃から、猫炎が消滅した。
「ヒャハハハ! 傑作だなァ! その炎を出した時は驚いたが、なんだ、もう終わりかよ! 短けェ寸劇だったなァ!」
 ジンズウは引き笑いのような声をあげながら、リンを友人たちのもとへ投げ捨てた。そして、引き換えに瓦礫の一つを浮遊させる。狙いは肩を押さえて倒れた氷架璃だ。
「けど、ま、イイもの見せてくれてありがとよォ! さァ、絶望しろや!」
 頭二つ分ほどもある石塊が、氷架璃めがけて飛んできた。もはや、かわすどころか、起き上がる時間もない。剛速球のごとく飛んできた黒い塊に、目をつぶり――。
「……?」
 いつまでたっても衝撃がこないことに、安心感とともに疑念を覚え、まぶたを開いた。そして、自分の隣に転がった瓦礫と、すぐそばで身の丈ほどもある髪に包まれて倒れる体躯を認めた。
「雷奈!?」
 心臓が跳ね上がる心地で、氷架璃は雷奈の半身を抱き起した。外傷はなさそうだが、ぐったりと脱力していて、呼びかけにも応じない。以前、目立ったケガがないからと安堵したのもつかの間、中に深手を負っていたルシルを見たのが思い起こされた。氷架璃をかばったのは明らかだ。そのせいで親友が命を落とすことになったら……。
「雷奈……おい、雷奈!?」
 小さな頭をそばに寄せて、呼吸を確かめようとする氷架璃。しばらくそうして――その目が虚空を見たままハッと固まるのを見て、ジンズウは歓声を上げた。
「なんてすばらしい展開だ! ドラマチックじゃねェか、美しい犠牲だなァ、オイ! ……っと!?」
 拍手せんばかりに感嘆を口にしていたジンズウは、一瞬で距離を詰めてきた希兵隊長の刀に危機一髪で反応した。それでも、逃げ遅れたしっぽが断ち切られて、黒い霧となって消えていく。
「や……りやがったな、テメェ!」
「やりやがったな、はこっちのセリフだ!」
 霊那が鬼気迫る気色で刀を薙ぐ。先手を取ったのが功を奏したか、一筋、また一筋とジンズウの体に裂傷が刻まれ、傷口から黒い霧が吐き出されていく。ジンズウは険相を浮かべると、左耳を犠牲にして刀に念を集中させ、刀身を真っ二つに折った。霊那は動じることなく、柄から手を離すと、ひとさし指と中指をぴんと伸ばしてジンズウの胸元に向けた。もう片方の手で手首を固定して、叫ぶ。
「転がれ、星飛礫ほしのつぶて!」
 指先から放たれた無数の光弾がジンズウを襲った。しぶとく逃れようとするが、数が数だ。無傷ではいられなかった。それでも、やはり一筋縄ではいかないチエアリ。体中から黒々とした霧を吹き出しながら、霊那の体を宙に持ち上げると、煤けた柱に激突させた。頭を強く打ってのけぞった霊那の喉に、折った刀身の剣先が向けられる。
「一番厄介なお前を最初に殺してやるよ、希兵隊! 手始めにその喉を突き破って、悲鳴すらもかすれさせてやらァ!」
 誰が駆けつけたところで、術を飛ばしたところで、もう遅い。ジンズウは一息に、刀を霊那の喉笛に突き立てようとした。
 瞬き一つ。
 ――その直後、眼前には黒髪の人間が立ちはだかっていた。
「!?」
「眩ませ、盲爛もうらんッ!」
 超至近距離で、閃光が炸裂した。ジンズウの両目は、たちまち視力を失う。とにかく刀を飛ばそうと操作したが、コントロールが上手くいくはずもなく、剣先は霊那から三十センチほど離れた地点に突き立った。手落ちの音を聞きながら、ようやくぼんやりと視界が回復してきたときには、霊那の姿も、氷架璃の姿もなく、
「――瞬刻の走者、裂帛の奏者、明かす残像は幻影の証、猛進の枠と盲進の型に終止なく即せ! 奔れ、超電流!」
「っああぁあ!?」
 激しい音と光を立てて、電撃がジンズウを襲った。苦し紛れに首をひねると、仲間たちを背にして、さっき倒れたはずの雷奈が毅然と立って両手を向けている。
「なん……だと……!?」
「いい劇が見たかったんだろ、ジンズウ。なら、もう見ただろ。主演女優賞は、この三日月雷奈さ!」
「ちょ、氷架璃、肩叩かんで。狙いがぶれるけん」
「ゴメン」
 冷静に苦言さえ呈する雷奈は、傷を負ったようには見えない。ジンズウは電圧に耐えながら、必死に何が起こったのかを頭の中で探った。突如、目の前に現れた人間の一人。まるで瞬間移動してきたかのように。まるで、――。
「ッ……テメェか!」
「気づいたかしら。第四の壁、破れたみたいね、ジンズウ」
 ジンズウの憎悪の目を、最も奥に座る金色の猫が不敵に見つめ返した。戦うすべのない、ただここへ連れてくるだけの非力な存在と思っていた女猫、日躍。正確には、氷架璃に時を超えさせたのではない。ジンズウの周りの時間が、氷架璃が到着して術を準備するまで、止められていたのだ。
 そして、盲爛で目くらましをしている間に、氷架璃と芽華実が必死に霊那を退避させ、あとは雷奈による電気処刑の場とした。その雷奈でさえ、日躍の術に助けられたのだ。
 氷架璃に向かってきた瓦礫から身を挺して守ろうとした雷奈。彼女に激突する直前で、瓦礫の速度はガクンと落ちていた。端から見れば、雷奈にぶつかって止まったように見えただろうが、想定していたダメージを受けなかった本人が気づかないはずはない。その時、雷奈はそれが日躍の仕業だと見抜き、またヒントでもあると悟っていた。
 だから、気を失ったふりをして氷架璃に取りすがらせ、顔が近づいたところでそっと作戦をささやいたのだ。
 「日躍はジンズウの時ば止められるかもしれん。その時は前に出て、まず目くらまし」、と。
「さすが雷奈、名演技だったよ。母さんほどじゃないけど」
「くそっ……くそォォ!」
 必死に術を発動させようとするが、体を蹂躙する電流に耐えるのでいっぱいで、さすがに余裕がない。苦痛に涙を浮かべながら、ジンズウは請うた。
「許して……くれ……」
 しおらしい口調で、声をかすれさせて。
「オレが悪かった……謝るから、助けてくれ……」
 そう言って、雷奈を見つめて命乞いをする。
 雷奈の後方で座り込み、撫恋の治療をしていた霊那は、彼女の人格を思い出して、即座に叫んだ。
「ダメだ、許すな雷奈! そいつは少しでも動ける状態になれば、時間飛躍を行って、異なる時点でまた同じ罪を犯す! 手を緩めるな!」
 雷奈は、寛大な人物である。それは、雷帆と対峙した三枝岬で、霊那が直接見て知っていることだ。
 その優しさは、チエアリをも許してしまうかもしれない。だが、それは優しさでも何でもない。ただの甘さだ。取り返しのつかない事態を引き起こす、悪だ。
「耳を貸すな、雷奈! そいつの謝罪なんて、誓いなんて全部嘘だ!」
「嘘じゃねェよ……もう何もしねェから……」
「許すな!」
「許さんよ」
 渾身の高声は、平らな一言で静められた。雷奈の面には、迷いも動揺もなかった。さしたる表情も浮かべていない顔。しいて言うなら、そこにあったのは、軽蔑。
「私は二年半だけ演劇部にいただけやけん、目が肥えとるわけではなか。熱心な演劇鑑賞者でもないし、氷架璃みたいに身近に女優さんがいたわけでもなか。ばってん、その程度の私でも分かるばい、そんな三文芝居」
「な……っ」
「まあ、あなたが大根役者であろうとそうでなかろうと、私は許さんけど。いくら、この後リーフたちば解放して、もうこんなことせんかったとしても……すでに犯した罪が大きすぎた! 霞冴ば傷つけたルシルとコウが、ルシルとコウば傷つけた霞冴が、爆破のせいで失われた遺族が……氷架璃がどんな思いしたか分かっとーとか!」
 雷奈の声は、あまりにも真剣で。言葉は、あまりにも真率で。表情は、あまりにも本気だった。真剣に、真率に、本気で、大切な友人たちのために怒っていた。
「……雷奈……」
「やめてくれ……」
「やめん。ジンズウ、もうあなたは終わりったい。散って、源子に帰りなさい……

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