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7.追想編
35アルケミストの揺りかご 前編
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時尼かこにとって、十二月三十一日とは、一年の中で最も特別な日だった。
普段とは違う練習をこなす、剣術道場の稽古納め。夜遅く、日付が変わるまで起きていても姉にたしなめられない大晦日。そして、夕食がいつになく豪華になる、二人の大切な記念日。
「ただいまーっ!」
元気よく叫んで、温かい我が家に飛び込む。暖気が冷えた体を包み、調理中の昼食の香りが食欲をそそり、しとやかな声が優しく迎えてくれる。家は、すべてが満たされる場所だった。
玄関から短い廊下を挟んですぐの台所で、双体姿のみらいが包丁を持つ手を止め、かこに微笑を向けた。
「おかえりなさい、かこ。今日の稽古納めはどうだった?」
高すぎない、しっとりとした質感のソプラノで、彼女は問う。発音、声量、口調、どれをとっても品があり、まだ十代前半とは思えないほど淑女然としている。声だけではない。姿勢は常に理想的な形を保っており、一つ一つの動きも丁寧で奥ゆかしい。腰まで伸ばした長い髪は、光の加減によって淡い水色にも見える白銀で、瞳の色とおそろいだ。透明感のある白い肌、目じりの下がった穏やかなまなざし。何もかもが作りこまれたように美しい、自分にはもったいないと思うほどの自慢の姉だった。
道着姿のかこは、みらいの方へ駆け寄ると、自然と浮かんでくる笑顔のまま、いじけた声を出した。
「聞いてよ、またつかさに負けちゃった。スピードなら私のほうが断然早いのに、つかさったら、やたら力が強いんだもん」
みらいは、「あら」とわずかに首をかたむけて見せて、
「それは残念ね。でも、相性が悪いだけかもしれないわ。かこも強いことには変わりないのだから、大丈夫よ。つかさちゃんと、あと、まつりちゃんも、今から来るんでしょう?」
「うん。つかさがシャワー浴びるから、ちょっと時間かかるみたいだけど。私も汗を流してくるね」
「わかったわ。それまでにはできていると思うから」
「はーい!」
かこは荷物を所定の位置に置くと、すぐに風呂場に向かった。道場にもシャワー室はあるが、この季節だ、湯浴みをしてから家路をたどるとかえって冷えてしまう。
道着を洗濯機に入れ、スイッチを入れると、小さな浴室でシャワーの水を出す。温度調節をしながら、先に二人が来てしまったらばつが悪いな、などと考えていた。
つかさとまつりは、家こそ違うが、ほぼ家族同然だ。互いの両親が亡くなってから、両家は身を寄せ合ってきた。幸い、みらいがしっかり者なので、三人は彼女を頼ればよかった。風羽谷家はともかく、時尼家にはそれなりの資産が残されていたので、みらい一人の稼ぎだけでも、他人の世話になることなく生活を送れている。
そういうわけで、食事時になるとつかさとまつりがやってきて、一緒に食卓を囲むのは日常となっていた。今日という特別な日もしかり。特に、夕食に訪ねて来るのを、かこは心待ちにしている。
一通り体を洗った後、湯を張った桶に主体姿でつかり、よく温まると、浴室から出て身支度をした。タオルで髪の水気を取りながら、台所から音がしなくなったことに気づき、調理が終わったなら配膳を手伝わなければと足を早め――。
「……お姉ちゃん!?」
血相を変えたかこは、さらに足早になって姉の元へ駆けつけた。調理台の手前、みらいは床にぺたりと座り込んで、口元に手をあてがっていた。汗が浮かんだ顔は青白く、今にも倒れこんでしまいそうだ。
「だ、大丈夫!? 気分悪い!?」
「……かこ」
浅い吐息の隙間から震え声が呼ぶ。
「心配、しないで。いつものだから……。でも、ちょっと、休みたいかな……」
「も、もちろんだよ! 運んでってあげるから、主体に戻って!」
みらいはうなずくと、一呼吸おいてから、猫の姿へと変化した。かこは、自分よりも少し灰色みの強いパウダーブルーの体を、刺激しないようにそっと抱き上げると、姉妹共用の部屋へと運んだ。入って右側の、ピンクを基調としたシーツや布団がしつらえられたベッドが、みらいの寝床だ。丸まったみらいを静かにシーツの上におろし、綿の掛け布団に手を伸ばして、しばし逡巡。ひっこめた手でベッドの下の引き出しをあさると、小さな猫の姿でも隙間が空かないように、柔らかい毛布を出してきて、それを使った。
「……ごめんね、かこ。いつも面倒をかけてしまって……」
「そんなこといいの! それより、つかさとまつりには来るのを断っておこっか? お姉ちゃん、ゆっくり休みたいでしょ?」
「そうね……お構いできないのも申し訳ないし、二人には悪いけれど、そうしてもらおうかしら。お昼ご飯、作り終えてはいるから、持って行ってあげてくれる? 前にもお届けしたことはあるから、容器はわかるわね?」
「うん、わかった。後で届けに行くね。……お姉ちゃんは、ご飯……」
「……やめておくわ。食べられそうにないから」
みらいはゆるゆると首を振ると、苦しそうに息をついた。呼吸のたびに上下する背中をずっと撫でてあげたいところだが、つかさとまつりを放っておくわけにはいかない。かこは後ろ髪をひかれながら、部屋を後にした。
***
フィライン・エデンの猫は、猫であり猫にあらず、かつ、人間以上であり人間にあらずである。優れた五感、ジャンプ力、柔軟性を有しているかと思えば、寿命は人間と遜色なく長く、猫にとって有害といわれるもの――例えばタマネギなど――を食べても体調を崩すことはない。さらに、ただの猫も人間も使えない猫術を使ってのける。すなわち、猫の性質と人間の性質、そしてそのどちらでもない者の性質を持つのがフィライン・エデンの住人だ。
それは、疾病に関しても同様である。つまり、猫がかかる病気、人間がかかる病気、そしてフィライン・エデン特有の病気のいずれにも罹患する可能性があるということだ。
時尼みらいの体を蝕む病は、フィライン・エデンの猫ならではのものだった。
かこはその詳細をよく理解してはいないが、何でも、通常は体外で操るだけの源子が、体内に入ってしまうことで不調をきたすものらしい。それも、主体姿でいるときはどうということはないのだが、双体で源子を取り入れてしまうと、体が拒絶反応を起こす。現在のところ、症状を抑える薬はあるものの、治療法はない。主体でいることが一番の対処法なのだが、双体でなければやっていけない生活であるのが、長年にわたって便利な人間姿に甘んじたこの世界の文化の弊害といえる。
日常的に倦怠感やめまいの症状を呈するが、発作的に腹痛や胸痛、吐き気に見舞われることがある。ひどいときは内臓が傷つき、重篤な状態に陥るので、油断は禁物だ。とはいえ、そこまで重症化するのは、双体姿で多くの源子を扱うなど、症状を誘発する行動をとった場合がほとんどなので、気を付けていれば軽症で済む。
今回の発作も、昼過ぎには回復し、みらいは予定通り夕食に向けて腕によりをかけることができた。
いつもの時間、午後六時に、つかさとまつりが時尼家を訪れてきた。二人は今日も、ペアルックのシンプルなシャツとスカート姿だ。かこが部屋へと案内する間に、つかさが少し声を落として問うた。
「みらいさん、具合大丈夫?」
「うん、もう元気になったみたい。お昼はごめんね」
「全然気にしないで。わざわざご飯を持ってきてくれてありがとう。よくなってホッとしたわ。こんな日に限って、体調が悪かったら、残念過ぎるもの」
後ろでまつりもこくこくとうなずいている。それは、かこも同感だった。
かこたちが到着するころには、食卓の準備はほとんど整っていた。真ん中には大皿に盛りつけられた色鮮やかなサラダ。その周りに、人数分のキッシュとスープ。それぞれのそばに、スプーンを並べていたみらいが、「いらっしゃい」と顔を上げた。
「お昼は急にお断りしちゃってごめんなさいね、二人とも。お夕飯はその分、たくさん食べて帰ってね」
「ありがとうございますっ。あの、それで……さっそくですけど……」
双子は一度顔を見合わせると、肩掛け鞄からそれぞれ一枚ずつ、花柄で縁取られたカードを取り出した。つかさはみらいに、まつりはかこにそれを差し出し、満面の笑みとともに声をそろえた。
「お誕生日、おめでとうございます!」
「あら、毎年ありがとうね。かわいいメッセージカードだわ」
「こんなものしかあげられなくて、ごめんなさい……。本当はもっと違うものを買えればよかったんですけど……」
「いいのよ、毎回どんな柄か、楽しみにしているんだから。またファイルに入れとこうっと。さあ、どうぞ召し上がって」
みらいがいそいそと本棚に向かっている間に、かこが二人に着席を促した。円卓の前に正座して、まつりは普段より手の込んだ料理に目を輝かせた。
「わぁ、おいしそう! いつもの和食もいいけれど、わたし、こういうのも大好きなの!」
「洋食も時々作ってはくれるけど、キッシュなんて手間がかかるからね。誕生日だからって張り切ってたよ」
「それにしても、いっつも思うけど、すごい偶然だね。双子でもないのに、お誕生日が一緒なんて」
「我ながらそう思うよー。運命的だよね。でも、そのせいで一年に一度しかこんなお祝いができなくて残念かも」
「あ、それ、すっごくわかるよー! わたしも、お姉ちゃんと誕生日おんなじだもの」
みらいが戻ってきてから、四人は夕食に手を付け始めた。料理の得意な姉の一品一品を楽しみながら、会話に花を咲かせるのが常。今日の話題は、来年のことを言えばなんとやらだが、年明けの過ごしかた、そして迫る年度末のことだ。
「みらいさんも試験があるんですか?」
「ええ、今度は実技なの。ドキドキしちゃうわ」
「すごいですよね。心理学研究科を卒業したうえ、今度は特待生で時空学を専攻するなんて。私には絶対無理」
「あら、つかさちゃんだってすごいじゃない。一年飛び級しているんだから。もうすぐ卒業ね。来年からのお仕事、決まったの?」
「そうだ、報告まだでしたね。私、希兵隊の秋季試験、合格しました!」
つかさが小さく敬礼して見せると、みらいが興奮気味に声をあげて、手を打った。そういえば、しばらく合格発表待ちでそわそわしていたな、とかこは数日前のつかさの様子を思い出した。つい最近、結果が出たのだろう。
「でも、そしたら、まつりちゃんは寂しくなっちゃうわね。希兵隊って全寮制でしょ?」
「話し合った結果です。まつりも同意しました。ね、まつり」
「はい! お姉ちゃんが仕送りしてくれたら、わたしは助かりますし、お姉ちゃんは本部でご飯とか出してもらえるので、その分、家の支出も少なくて済みますし……ってことで、賛成しました。非番の日は帰ってきてくれるっていう約束付きで!」
まつりはというと、料理に興味があるので、一年かけて練習して、学院の食堂の調理員を目指すという。そうなれば、三人で働けるかもしれない。かこは一年半ほど先に思いをはせて、我知らず笑みを浮かべた。
姉みらいは、学院で時空学を学ぶ傍ら、授業補助の仕事をしている。特にやりたいことが見つからないかこは、とりあえず姉のそばにいられれば、と同じ授業補助員を志望していた。自分でも優柔不断だとは思うが、みらいと同じ場所で働けるなら、それ以上に望むことはない。それほどまでに、彼女はかこの全てだった。
キッシュの最後の一口を咀嚼しながら、憧れの姉を見つめていると、すでに食べ終わっていた彼女は「さて」と立ち上がった。
「そろそろ、かこが買ってきてくれたケーキを持ってきましょうか」
「やったぁ! あーあ、私とお姉ちゃんの誕生日が別々だったら、一年に二回食べられるのにぃ」
「あらあら、そしたら一回分のケーキは今の半分の量でいいわね」
「え……」
固まるかこに、みらいはくすくすと笑って、冷蔵庫へ向かった。つかさに「してやられてやんの」と肩を小突かれる。
やがて、サラダの大皿が下げられたあとに置かれたのは、夕食の準備の間に近くの店で買ってきた、人数分のショートケーキだ。最後にホールを切ったのはいつだったか。少なくとも、両親が生きていたころだろう。子供たちの胃袋では、一番小さい直径のものをシェアしても食べきるのは難しい。
箱を開けたみらいは、中身を取り出そうと内部をのぞき込むと、そっと口元に手を添えて瞬いた。何かと思ってかこも中を見ると、
「あ……」
四つ入っていたケーキの一つが、横倒しになって崩れていた。イチゴは転がり落ち、てっぺんのホイップはきれいな形を失っていたうえ、下のほうのスポンジさえ少し欠けている。
(私が急いだから……走っちゃったからだ……)
せっかく美しく仕上げられていたのに。しゅんと肩を落としたかこに、しかしみらいは優しく微笑みかけた。
「大丈夫よ、これは私がもらうわね」
「え……でも」
「いいの。姉心だから、受け取ってちょうだい」
みらいは型崩れしたものを、素早く自分の皿に取ってしまった。きれいに直立している残りを、三人分の皿によそっていくのを見ながら、かこは胸の中に、やわい部分をひっかかれるようなじりじりとした不快感が渦巻くのを感じていた。
***
年が明け、一月が行き、二月も逃げようと支度し始めたころ。飛壇は、例年以上の積雪に見舞われた。北部地方ならまだしも、ここらの家屋は豪雪に適応した造りにはなっていない。他の家の例にもれず、時尼家も雪下ろしの必要性に迫られていた。
「かこ、気を付けてちょうだいよ。それとも、やっぱりつかさちゃんに頼んだほうがいいかしら」
「ダメだよ、つかさは今、勉強中なんだから。それに、私にだってできるもん!」
重心を安定させるために主体になって屋根に上ったかこを、同じく主体のみらいが心配そうに見上げる。希兵隊への就職が決定しているつかさは、秋季のうちに決まったアドバンテージを生かして、入隊後のために知識や技術を磨いていた。運動神経のいい彼女なら、雪下ろしくらい要領よくやってくれるだろうが、邪魔をするのも申し訳なかったし、あまり頼りきりになるのも情けない、という思いもあった。かこ自身は、日常生活や普通の体育の授業ではどんくさいと指さされがちで、雪下ろし一つとってもあまり自信はないのだが。
「お姉ちゃんこそ、中に入っててよ。明日、実技試験でしょ? 冷えたらよくないからさ」
「ええ、そうなんだけれど……」
三十センチほども積もった白雪を、熱量を持った霧を放出する覚えたばかりの術で溶かし落としていく。力もいらないので、小さな体でも難なくおこなえる方法だった。滑り落ちていく五十キロ越えの欠片を眺めながら、みらいはまだ屋内に入ろうとしない。かこはみらいのほうへ雪が流れないよう気を付けながら、地道な作業を続けていった。単純な工程の最中、ぼんやりと先のことを考えてみる。
この冬を越せば、かこは最高学年だ。つまり、その次の年には就職できる。中には卒業後にもう少し独学してから仕事に就く者もいるし、技を磨いてから弟子入りするケースもある。しかし、かこが目指す授業補助員は、それなりに学に通じていればできる仕事であった。姉の足元には及ばないとはいえ、かこも成績はいいほうだ。つかさのように飛び級はできなかったが、差が開き始めたのは道場での稽古時間を増やしてから。その分強くなっていれば、師範代という道も開けるだろうし、掛け持ちすればもう少し姉にゆとりをもたせてあげられるかもしれない。……さりとて、現段階でもつかさに膝をつかせられている以上、実力が伴っているのかは怪しいが。
(で、でも、師範には特別授業してもらってるし……っていっても、それを教えられる子がいなかったら、私が師範代になっても意味ないかも?)
自問自答して、動揺。心の乱れが、足元も狂わせたらしい。あっと声を上げた時には、雪解け水に足を取られ、屋根から滑り落ちていた。
「わあああ!?」
「かこ!」
みらいが双体に変化して腕を伸ばすも間に合わず、かこは積もり積もった地上の雪の中にぽすんとめりこんだ。みらいは大急ぎで雪をかき分け、身動きの取れなくなった妹を救い上げる。
「大丈夫!?」
「う、うん。ちょっと足が痛いけど……」
「まあ、くじいちゃったのかしら。すぐに帰って……」
ハッとこわばった顔越しに、それは仰向けに抱きかかえられたかこの目にも映った。屋根の上から大量の雪塊が、まさに二人の上に落下してくるのが。
「お姉ちゃ……!」
みらいが振り向く間もなく、白い重みは容赦なくのしかかってきた。視界は一瞬で薄暗くなり、外の音も聞こえない。恐怖が喉をふさいで、悲鳴も姉を呼ぶ声も出なかった。ただ、小さな爪の先で姉の袖をとらえて離すまいと抱き着く。
人間姿のみらいが覆いかぶさってくれているため助かっているが、猫の姿のかこではこの重量には耐えられないだろう。そうはいっても、みらいの細腕でも跳ねのけられるかさではない。
(こ、このまま出られずに体温が下がってっちゃったらどうしよう……)
ふるふると震えていると、みらいはふいに体をひねり、かこを抱えてうずくまっていた姿勢から上を向いた。そして、
「――白風ッ!」
普段の柔らかさを控えた気迫と同時、二人を閉じ込めていた雪の蓋が吹き飛んだ。曇天の彼方へ、白っぽい霧の突風が吸い込まれていく。ここまで爆発的な威力を持つ白風を、詠唱もなしに放つことなど、かこには到底できない技能だ。かこだけではなく、希兵隊でもない大抵の子供にとっては至難の業。ただし、彼女にはそれができる。源子が体に入るというのは、源子との親和性、ひいては源子の操作性の高さを伴うことだから。
「お、お姉ちゃん……」
「大丈夫? かこ」
みらいは起き上がると、かこをそっと雪の上に下ろした。服の雪を払う彼女は、間違いなくこの姿で術を使ったのだ。それがどのような結果をもたらすかは、本人が一番よく知っている。
戦慄するかこを撫でて、みらいは微笑を浮かべた。
「さあ、今日はもうおしまいにしましょう」
「お姉ちゃん……そんなことしたら、体……っ」
「平気よ……平気だから、心配……いらな……」
最後まで言い切らず、みらいは胸を押さえて顔をそむけた。表情を見られまいとしているのだろうが、苦しそうな喘鳴や激しく上下する肩も隠さなければ同じことだ。
発作だ。それもいつものより重い。大切な試験の前日に。
「お姉ちゃん! しっかり、今、薬を!」
かこは一瞬で双体になると、上着を脱ぎ、胸痛に耐える姉にかぶせて保温した。慌てふためいて何度か滑りながら、玄関へ飛び込み、薬と水に手を伸ばす。所詮は対症療法だが、それでも今はすがるしかない。
じりじりと、胸の中に何かが渦巻いていた。いつか覚えがある、ひっかかれるような不快感は、今この瞬間の焦燥に押しのけられて、気づかぬ間に忘れ去られていた。
普段とは違う練習をこなす、剣術道場の稽古納め。夜遅く、日付が変わるまで起きていても姉にたしなめられない大晦日。そして、夕食がいつになく豪華になる、二人の大切な記念日。
「ただいまーっ!」
元気よく叫んで、温かい我が家に飛び込む。暖気が冷えた体を包み、調理中の昼食の香りが食欲をそそり、しとやかな声が優しく迎えてくれる。家は、すべてが満たされる場所だった。
玄関から短い廊下を挟んですぐの台所で、双体姿のみらいが包丁を持つ手を止め、かこに微笑を向けた。
「おかえりなさい、かこ。今日の稽古納めはどうだった?」
高すぎない、しっとりとした質感のソプラノで、彼女は問う。発音、声量、口調、どれをとっても品があり、まだ十代前半とは思えないほど淑女然としている。声だけではない。姿勢は常に理想的な形を保っており、一つ一つの動きも丁寧で奥ゆかしい。腰まで伸ばした長い髪は、光の加減によって淡い水色にも見える白銀で、瞳の色とおそろいだ。透明感のある白い肌、目じりの下がった穏やかなまなざし。何もかもが作りこまれたように美しい、自分にはもったいないと思うほどの自慢の姉だった。
道着姿のかこは、みらいの方へ駆け寄ると、自然と浮かんでくる笑顔のまま、いじけた声を出した。
「聞いてよ、またつかさに負けちゃった。スピードなら私のほうが断然早いのに、つかさったら、やたら力が強いんだもん」
みらいは、「あら」とわずかに首をかたむけて見せて、
「それは残念ね。でも、相性が悪いだけかもしれないわ。かこも強いことには変わりないのだから、大丈夫よ。つかさちゃんと、あと、まつりちゃんも、今から来るんでしょう?」
「うん。つかさがシャワー浴びるから、ちょっと時間かかるみたいだけど。私も汗を流してくるね」
「わかったわ。それまでにはできていると思うから」
「はーい!」
かこは荷物を所定の位置に置くと、すぐに風呂場に向かった。道場にもシャワー室はあるが、この季節だ、湯浴みをしてから家路をたどるとかえって冷えてしまう。
道着を洗濯機に入れ、スイッチを入れると、小さな浴室でシャワーの水を出す。温度調節をしながら、先に二人が来てしまったらばつが悪いな、などと考えていた。
つかさとまつりは、家こそ違うが、ほぼ家族同然だ。互いの両親が亡くなってから、両家は身を寄せ合ってきた。幸い、みらいがしっかり者なので、三人は彼女を頼ればよかった。風羽谷家はともかく、時尼家にはそれなりの資産が残されていたので、みらい一人の稼ぎだけでも、他人の世話になることなく生活を送れている。
そういうわけで、食事時になるとつかさとまつりがやってきて、一緒に食卓を囲むのは日常となっていた。今日という特別な日もしかり。特に、夕食に訪ねて来るのを、かこは心待ちにしている。
一通り体を洗った後、湯を張った桶に主体姿でつかり、よく温まると、浴室から出て身支度をした。タオルで髪の水気を取りながら、台所から音がしなくなったことに気づき、調理が終わったなら配膳を手伝わなければと足を早め――。
「……お姉ちゃん!?」
血相を変えたかこは、さらに足早になって姉の元へ駆けつけた。調理台の手前、みらいは床にぺたりと座り込んで、口元に手をあてがっていた。汗が浮かんだ顔は青白く、今にも倒れこんでしまいそうだ。
「だ、大丈夫!? 気分悪い!?」
「……かこ」
浅い吐息の隙間から震え声が呼ぶ。
「心配、しないで。いつものだから……。でも、ちょっと、休みたいかな……」
「も、もちろんだよ! 運んでってあげるから、主体に戻って!」
みらいはうなずくと、一呼吸おいてから、猫の姿へと変化した。かこは、自分よりも少し灰色みの強いパウダーブルーの体を、刺激しないようにそっと抱き上げると、姉妹共用の部屋へと運んだ。入って右側の、ピンクを基調としたシーツや布団がしつらえられたベッドが、みらいの寝床だ。丸まったみらいを静かにシーツの上におろし、綿の掛け布団に手を伸ばして、しばし逡巡。ひっこめた手でベッドの下の引き出しをあさると、小さな猫の姿でも隙間が空かないように、柔らかい毛布を出してきて、それを使った。
「……ごめんね、かこ。いつも面倒をかけてしまって……」
「そんなこといいの! それより、つかさとまつりには来るのを断っておこっか? お姉ちゃん、ゆっくり休みたいでしょ?」
「そうね……お構いできないのも申し訳ないし、二人には悪いけれど、そうしてもらおうかしら。お昼ご飯、作り終えてはいるから、持って行ってあげてくれる? 前にもお届けしたことはあるから、容器はわかるわね?」
「うん、わかった。後で届けに行くね。……お姉ちゃんは、ご飯……」
「……やめておくわ。食べられそうにないから」
みらいはゆるゆると首を振ると、苦しそうに息をついた。呼吸のたびに上下する背中をずっと撫でてあげたいところだが、つかさとまつりを放っておくわけにはいかない。かこは後ろ髪をひかれながら、部屋を後にした。
***
フィライン・エデンの猫は、猫であり猫にあらず、かつ、人間以上であり人間にあらずである。優れた五感、ジャンプ力、柔軟性を有しているかと思えば、寿命は人間と遜色なく長く、猫にとって有害といわれるもの――例えばタマネギなど――を食べても体調を崩すことはない。さらに、ただの猫も人間も使えない猫術を使ってのける。すなわち、猫の性質と人間の性質、そしてそのどちらでもない者の性質を持つのがフィライン・エデンの住人だ。
それは、疾病に関しても同様である。つまり、猫がかかる病気、人間がかかる病気、そしてフィライン・エデン特有の病気のいずれにも罹患する可能性があるということだ。
時尼みらいの体を蝕む病は、フィライン・エデンの猫ならではのものだった。
かこはその詳細をよく理解してはいないが、何でも、通常は体外で操るだけの源子が、体内に入ってしまうことで不調をきたすものらしい。それも、主体姿でいるときはどうということはないのだが、双体で源子を取り入れてしまうと、体が拒絶反応を起こす。現在のところ、症状を抑える薬はあるものの、治療法はない。主体でいることが一番の対処法なのだが、双体でなければやっていけない生活であるのが、長年にわたって便利な人間姿に甘んじたこの世界の文化の弊害といえる。
日常的に倦怠感やめまいの症状を呈するが、発作的に腹痛や胸痛、吐き気に見舞われることがある。ひどいときは内臓が傷つき、重篤な状態に陥るので、油断は禁物だ。とはいえ、そこまで重症化するのは、双体姿で多くの源子を扱うなど、症状を誘発する行動をとった場合がほとんどなので、気を付けていれば軽症で済む。
今回の発作も、昼過ぎには回復し、みらいは予定通り夕食に向けて腕によりをかけることができた。
いつもの時間、午後六時に、つかさとまつりが時尼家を訪れてきた。二人は今日も、ペアルックのシンプルなシャツとスカート姿だ。かこが部屋へと案内する間に、つかさが少し声を落として問うた。
「みらいさん、具合大丈夫?」
「うん、もう元気になったみたい。お昼はごめんね」
「全然気にしないで。わざわざご飯を持ってきてくれてありがとう。よくなってホッとしたわ。こんな日に限って、体調が悪かったら、残念過ぎるもの」
後ろでまつりもこくこくとうなずいている。それは、かこも同感だった。
かこたちが到着するころには、食卓の準備はほとんど整っていた。真ん中には大皿に盛りつけられた色鮮やかなサラダ。その周りに、人数分のキッシュとスープ。それぞれのそばに、スプーンを並べていたみらいが、「いらっしゃい」と顔を上げた。
「お昼は急にお断りしちゃってごめんなさいね、二人とも。お夕飯はその分、たくさん食べて帰ってね」
「ありがとうございますっ。あの、それで……さっそくですけど……」
双子は一度顔を見合わせると、肩掛け鞄からそれぞれ一枚ずつ、花柄で縁取られたカードを取り出した。つかさはみらいに、まつりはかこにそれを差し出し、満面の笑みとともに声をそろえた。
「お誕生日、おめでとうございます!」
「あら、毎年ありがとうね。かわいいメッセージカードだわ」
「こんなものしかあげられなくて、ごめんなさい……。本当はもっと違うものを買えればよかったんですけど……」
「いいのよ、毎回どんな柄か、楽しみにしているんだから。またファイルに入れとこうっと。さあ、どうぞ召し上がって」
みらいがいそいそと本棚に向かっている間に、かこが二人に着席を促した。円卓の前に正座して、まつりは普段より手の込んだ料理に目を輝かせた。
「わぁ、おいしそう! いつもの和食もいいけれど、わたし、こういうのも大好きなの!」
「洋食も時々作ってはくれるけど、キッシュなんて手間がかかるからね。誕生日だからって張り切ってたよ」
「それにしても、いっつも思うけど、すごい偶然だね。双子でもないのに、お誕生日が一緒なんて」
「我ながらそう思うよー。運命的だよね。でも、そのせいで一年に一度しかこんなお祝いができなくて残念かも」
「あ、それ、すっごくわかるよー! わたしも、お姉ちゃんと誕生日おんなじだもの」
みらいが戻ってきてから、四人は夕食に手を付け始めた。料理の得意な姉の一品一品を楽しみながら、会話に花を咲かせるのが常。今日の話題は、来年のことを言えばなんとやらだが、年明けの過ごしかた、そして迫る年度末のことだ。
「みらいさんも試験があるんですか?」
「ええ、今度は実技なの。ドキドキしちゃうわ」
「すごいですよね。心理学研究科を卒業したうえ、今度は特待生で時空学を専攻するなんて。私には絶対無理」
「あら、つかさちゃんだってすごいじゃない。一年飛び級しているんだから。もうすぐ卒業ね。来年からのお仕事、決まったの?」
「そうだ、報告まだでしたね。私、希兵隊の秋季試験、合格しました!」
つかさが小さく敬礼して見せると、みらいが興奮気味に声をあげて、手を打った。そういえば、しばらく合格発表待ちでそわそわしていたな、とかこは数日前のつかさの様子を思い出した。つい最近、結果が出たのだろう。
「でも、そしたら、まつりちゃんは寂しくなっちゃうわね。希兵隊って全寮制でしょ?」
「話し合った結果です。まつりも同意しました。ね、まつり」
「はい! お姉ちゃんが仕送りしてくれたら、わたしは助かりますし、お姉ちゃんは本部でご飯とか出してもらえるので、その分、家の支出も少なくて済みますし……ってことで、賛成しました。非番の日は帰ってきてくれるっていう約束付きで!」
まつりはというと、料理に興味があるので、一年かけて練習して、学院の食堂の調理員を目指すという。そうなれば、三人で働けるかもしれない。かこは一年半ほど先に思いをはせて、我知らず笑みを浮かべた。
姉みらいは、学院で時空学を学ぶ傍ら、授業補助の仕事をしている。特にやりたいことが見つからないかこは、とりあえず姉のそばにいられれば、と同じ授業補助員を志望していた。自分でも優柔不断だとは思うが、みらいと同じ場所で働けるなら、それ以上に望むことはない。それほどまでに、彼女はかこの全てだった。
キッシュの最後の一口を咀嚼しながら、憧れの姉を見つめていると、すでに食べ終わっていた彼女は「さて」と立ち上がった。
「そろそろ、かこが買ってきてくれたケーキを持ってきましょうか」
「やったぁ! あーあ、私とお姉ちゃんの誕生日が別々だったら、一年に二回食べられるのにぃ」
「あらあら、そしたら一回分のケーキは今の半分の量でいいわね」
「え……」
固まるかこに、みらいはくすくすと笑って、冷蔵庫へ向かった。つかさに「してやられてやんの」と肩を小突かれる。
やがて、サラダの大皿が下げられたあとに置かれたのは、夕食の準備の間に近くの店で買ってきた、人数分のショートケーキだ。最後にホールを切ったのはいつだったか。少なくとも、両親が生きていたころだろう。子供たちの胃袋では、一番小さい直径のものをシェアしても食べきるのは難しい。
箱を開けたみらいは、中身を取り出そうと内部をのぞき込むと、そっと口元に手を添えて瞬いた。何かと思ってかこも中を見ると、
「あ……」
四つ入っていたケーキの一つが、横倒しになって崩れていた。イチゴは転がり落ち、てっぺんのホイップはきれいな形を失っていたうえ、下のほうのスポンジさえ少し欠けている。
(私が急いだから……走っちゃったからだ……)
せっかく美しく仕上げられていたのに。しゅんと肩を落としたかこに、しかしみらいは優しく微笑みかけた。
「大丈夫よ、これは私がもらうわね」
「え……でも」
「いいの。姉心だから、受け取ってちょうだい」
みらいは型崩れしたものを、素早く自分の皿に取ってしまった。きれいに直立している残りを、三人分の皿によそっていくのを見ながら、かこは胸の中に、やわい部分をひっかかれるようなじりじりとした不快感が渦巻くのを感じていた。
***
年が明け、一月が行き、二月も逃げようと支度し始めたころ。飛壇は、例年以上の積雪に見舞われた。北部地方ならまだしも、ここらの家屋は豪雪に適応した造りにはなっていない。他の家の例にもれず、時尼家も雪下ろしの必要性に迫られていた。
「かこ、気を付けてちょうだいよ。それとも、やっぱりつかさちゃんに頼んだほうがいいかしら」
「ダメだよ、つかさは今、勉強中なんだから。それに、私にだってできるもん!」
重心を安定させるために主体になって屋根に上ったかこを、同じく主体のみらいが心配そうに見上げる。希兵隊への就職が決定しているつかさは、秋季のうちに決まったアドバンテージを生かして、入隊後のために知識や技術を磨いていた。運動神経のいい彼女なら、雪下ろしくらい要領よくやってくれるだろうが、邪魔をするのも申し訳なかったし、あまり頼りきりになるのも情けない、という思いもあった。かこ自身は、日常生活や普通の体育の授業ではどんくさいと指さされがちで、雪下ろし一つとってもあまり自信はないのだが。
「お姉ちゃんこそ、中に入っててよ。明日、実技試験でしょ? 冷えたらよくないからさ」
「ええ、そうなんだけれど……」
三十センチほども積もった白雪を、熱量を持った霧を放出する覚えたばかりの術で溶かし落としていく。力もいらないので、小さな体でも難なくおこなえる方法だった。滑り落ちていく五十キロ越えの欠片を眺めながら、みらいはまだ屋内に入ろうとしない。かこはみらいのほうへ雪が流れないよう気を付けながら、地道な作業を続けていった。単純な工程の最中、ぼんやりと先のことを考えてみる。
この冬を越せば、かこは最高学年だ。つまり、その次の年には就職できる。中には卒業後にもう少し独学してから仕事に就く者もいるし、技を磨いてから弟子入りするケースもある。しかし、かこが目指す授業補助員は、それなりに学に通じていればできる仕事であった。姉の足元には及ばないとはいえ、かこも成績はいいほうだ。つかさのように飛び級はできなかったが、差が開き始めたのは道場での稽古時間を増やしてから。その分強くなっていれば、師範代という道も開けるだろうし、掛け持ちすればもう少し姉にゆとりをもたせてあげられるかもしれない。……さりとて、現段階でもつかさに膝をつかせられている以上、実力が伴っているのかは怪しいが。
(で、でも、師範には特別授業してもらってるし……っていっても、それを教えられる子がいなかったら、私が師範代になっても意味ないかも?)
自問自答して、動揺。心の乱れが、足元も狂わせたらしい。あっと声を上げた時には、雪解け水に足を取られ、屋根から滑り落ちていた。
「わあああ!?」
「かこ!」
みらいが双体に変化して腕を伸ばすも間に合わず、かこは積もり積もった地上の雪の中にぽすんとめりこんだ。みらいは大急ぎで雪をかき分け、身動きの取れなくなった妹を救い上げる。
「大丈夫!?」
「う、うん。ちょっと足が痛いけど……」
「まあ、くじいちゃったのかしら。すぐに帰って……」
ハッとこわばった顔越しに、それは仰向けに抱きかかえられたかこの目にも映った。屋根の上から大量の雪塊が、まさに二人の上に落下してくるのが。
「お姉ちゃ……!」
みらいが振り向く間もなく、白い重みは容赦なくのしかかってきた。視界は一瞬で薄暗くなり、外の音も聞こえない。恐怖が喉をふさいで、悲鳴も姉を呼ぶ声も出なかった。ただ、小さな爪の先で姉の袖をとらえて離すまいと抱き着く。
人間姿のみらいが覆いかぶさってくれているため助かっているが、猫の姿のかこではこの重量には耐えられないだろう。そうはいっても、みらいの細腕でも跳ねのけられるかさではない。
(こ、このまま出られずに体温が下がってっちゃったらどうしよう……)
ふるふると震えていると、みらいはふいに体をひねり、かこを抱えてうずくまっていた姿勢から上を向いた。そして、
「――白風ッ!」
普段の柔らかさを控えた気迫と同時、二人を閉じ込めていた雪の蓋が吹き飛んだ。曇天の彼方へ、白っぽい霧の突風が吸い込まれていく。ここまで爆発的な威力を持つ白風を、詠唱もなしに放つことなど、かこには到底できない技能だ。かこだけではなく、希兵隊でもない大抵の子供にとっては至難の業。ただし、彼女にはそれができる。源子が体に入るというのは、源子との親和性、ひいては源子の操作性の高さを伴うことだから。
「お、お姉ちゃん……」
「大丈夫? かこ」
みらいは起き上がると、かこをそっと雪の上に下ろした。服の雪を払う彼女は、間違いなくこの姿で術を使ったのだ。それがどのような結果をもたらすかは、本人が一番よく知っている。
戦慄するかこを撫でて、みらいは微笑を浮かべた。
「さあ、今日はもうおしまいにしましょう」
「お姉ちゃん……そんなことしたら、体……っ」
「平気よ……平気だから、心配……いらな……」
最後まで言い切らず、みらいは胸を押さえて顔をそむけた。表情を見られまいとしているのだろうが、苦しそうな喘鳴や激しく上下する肩も隠さなければ同じことだ。
発作だ。それもいつものより重い。大切な試験の前日に。
「お姉ちゃん! しっかり、今、薬を!」
かこは一瞬で双体になると、上着を脱ぎ、胸痛に耐える姉にかぶせて保温した。慌てふためいて何度か滑りながら、玄関へ飛び込み、薬と水に手を伸ばす。所詮は対症療法だが、それでも今はすがるしかない。
じりじりと、胸の中に何かが渦巻いていた。いつか覚えがある、ひっかかれるような不快感は、今この瞬間の焦燥に押しのけられて、気づかぬ間に忘れ去られていた。
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