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6.新最司官編
30最司官、来訪 前編
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四月八日、月曜日。
もはや、一週間遅れのエイプリルフールだなどとは思わなかった。
「……戻ったったいね……」
「戻っちゃったな……」
「戻ってしまったわね……」
朝起きて、スマホの画面を見ると、そこに表示されていたのは一年前の日付。否、一度繰り返していることを考えると、もう二年前になる。
結局、再び時は戻ってしまったのだった。
「本当にフィライン・エデンはこの件解決しようとしてんのか? 進展あんのか?」
「まだ進捗聞いてないなぁ……また問い合わせとくね。あ、雷奈、お茶ありがとう」
「いえいえ。フーもどうぞ」
「ありがとう。……フィライン・エデンも同じように戻っちゃってるから、現象としては去年と同じことが起きているわね」
「今朝、耀にも連絡したところ、彼女も気づいているそうだ。早く解決してくれ、と。これはアワに伝言だ」
「ぜ、善処します……」
アワがこうべを垂れた相手は、昨日、東京に戻ってきた雷華だ。彼女の育ての親、上山手耀は流清家のパートナーだったので、正統後継者の少年は彼女の頼みは断れない。
神社に帰ってくるなり、荷物を片付ける暇もなく、雷華は雷奈から、最高司令官交代についてのあらましを聞いた。そして、選ばれし人間ではないにしろ、フィライン・エデンを知る者として、挨拶に立ち会うことにしたのだ。
すっかり集会所となった雷奈と雷華の部屋。今日は風も強くないので、戸を開け放って新鮮な空気を取り入れている。花びらがひらひらと舞っていくのを、窓枠を通さず眺められるのは、なかなかの美観だ。
静かで、しかし全くの静寂でないのが耳に心地いい。鳥のさえずり、遠くで境内を掃き掃除する音。
そこへ、待ち人の足音が混ざった。
「みんな、おはよう」
縁側から姿を現したのは、いつものセーラー服姿の霞冴だ。早朝の晴れた空に似た色の髪が、春風にそよいでふわりふわりと揺れる。彼女の挨拶に応じると、一同はその腕の中の猫に視線を集めた。
「初めまして。私が現最高司令官、時尼美雷です。以後お見知りおきを」
全身琥珀色をした長毛の猫は、霞冴の腕から飛び降りると、小さく頭を下げた。
確かにそっくりだ――誰もがそう思った。
色こそ全く違うが、霞冴と同じく、耳や首の周りに飾り毛がある。霞冴と姉がそっくりで、霞冴と美雷がそっくりなら、やはり姉と美雷も酷似しているのだろう。
声の使い方も、体の動きも気品がただようもので、いっそう気おくれしてしまう。雷奈は緊張気味に、上座を案内した。
「霞冴は道のガイドでついてきたっちゃか?」
「それもあるけど、護衛官だから」
「ああ、そうやったね」
雷奈が二人にお茶を出すと、美雷は飲みやすいようにと双体に変化した。やはり霞冴によく似た、目元の柔和な少女だ。しかし、三つ年上といえど、それ以上に大人びた雰囲気をまとっていた。敬語を使おうとすると、美雷に笑って遠慮された。
服装は、霞冴と同じデザインのセーラー服だ。ただし、襟やスカートなど、霞冴のものは臙脂色である箇所は、優しい色合いのオレンジ。聞けば、昨日卸したてだという。
一息ついたところで、部屋主・雷奈から時計回りに自己紹介をしていく。雷奈の斜向かいに座るフーの番が終わると、フリートークタイムとなった。とはいえ、あまりくつろいだ雰囲気ではない。にこにこしているのは美雷だけで、残りの面子は肩に力が入り気味になっていた。
咳払いをして、最初にアワが口を開いた。
「えーっと……ボクは一応、家柄、顔が広いと自負しているんだけど、君とは会ったことないよね?」
「そうね。初対面だと思うわ」
「飛壇にいるひとたちのことはたいてい知っているつもりだったんだけどな。ずっとあの辺に住んでた?」
「いいえ、北のほうから上京してきたの」
「え、そうなんですか」
これは、霞冴も知らない事実であった。北に自分の親戚がいたのか、という驚きも含んでいる。
「頭いいから、てっきり中央学院の研究科にでも所属していたのかと……」
「違うのよ。父が勉強熱心だったから、いろいろ教えてもらいはしたけれど、研究できるほどではないわ。実家でも、普通に家業の手伝いを仕事にしていたしね」
「……本当に、ですか?」
雷奈たちは、霞冴の目の色が変わったのを見た。床に手をついて、隣の美雷に向かって前のめりになり、まるですがりつくように、必死にたたみかける。
「本当に、研究科の所属とかじゃないんですか?」
「ええ、違うわ」
「時空学専攻とかじゃ、ないんですか?」
「あら、どこから時空学が出てきたの?」
美雷の問いかけで、霞冴はハッと口をつぐんだ。憑依が解けたかのような呆けた表情。
「す……すみません。その……時空学は、姉が……」
「あら、すごいのね。時空学といったら、フィライン・エデンの学問で最難関じゃない。私には荷が重いわ」
「……すみません」
悪いことをしたわけでもないのに、霞冴は小さく肩を縮めた。
時空学。以前、霞冴がかじったことがあると言っていた学問。あれは姉の影響だったのだ、と雷奈たちは合点がいった。
「じゃあ、遠路はるばる、わざわざ飛壇に希兵隊になりに来たってわけか?」
氷架璃が頭の後ろで手を組みながら問うと、美雷は朗らかにうなずいた。
「飛壇で働いてみたかったのよ。公務員、中でも希兵隊の総司令部がいいなって思って」
「ばってん、いきなりトップなんかになって、嫌じゃなかと? 責任とか緊張感とか、ハンパなかろ?」
「あら、全然嫌なんかじゃないわ。むしろ嬉しいのよ」
「う、嬉しいの?」
解せない、という顔の芽華実に、美雷は心底わくわくした様子で、
「だって、あの規模の組織が私の言う通りに動いてくれるのよ。ゴーもノーゴーも私の思い通り。胸が躍るじゃない」
天衣無縫の笑顔で放たれた言葉が、雷奈たちの肌をざらりと撫でた。霞冴はすでに、美雷のこの顔を本部で見知っている。実姉のみらいとは程遠い、聞きようによっては無思慮な口ぶり。
「……言うとおりに動くって、どう動かす気と?」
「もちろん、希兵隊の目的に沿って指示を出すわ。クロやダークの討伐、災害救助などね」
「そんなまともな目的だけっちゃか?」
「あら、どういう意味かしら」
雷奈を見つめる美雷の目は、にっこりと弧を描いている。なのに、なぜか奇妙な威圧感が視線から伝わってくる。
「まともではない目的のために動かしそう、ってこと?」
「……まあ、そう捉えられてもしょうがない言い方やったね」
「そう」
美雷は気を悪くするでもなく相槌を打った。
「じゃあ、仮に私が何かを企んでいるとしましょう。私が希兵隊内でよろしくない行為に走ったら、当然、霞冴ちゃんのように他の二機関から罷免されるわ。けれど、他でもないその二機関が、私を最司官にと推薦したのよ? 自らが推薦した者を罷免しなければなくなるって、かなりの名誉の損失ね。だって、見る目がなかったってことですもの」
立て板に水のごとく、つらつらと並べられる言葉は、黒鉄のように冷たい。明確な悪意があるわけではない。ただ、通常は慎むべき発言を、はばかることなく発していることに、このうすら寒さは起因している。
「だとしたら、二機関は果たして私を罷免するかしら? 私のことを放っておくのではなくて? あるいは、もし清く正しく私を罷免したとして、次期最司官を誰が選ぶの? そう、やはり二機関よ。私という不適合者を推した二機関が、次の最司官も決めるの。そのひとを、みんなは信用するのかしら。……と、この時点で希兵隊は組織的に崩壊、終わりね」
「――……」
誰もが慄然と言葉を失う中、美雷はくすりと笑みをこぼして、
「……というように、考え出すとどんどん悲観的になっていくから、あまり憂うのもよくないわ。第一、私にはそんなつもりないもの。言い方が悪かったならごめんなさいね。……ところで、私からも質問していいかしら?」
仮定の話とはいえ、劣悪な状況を忌憚なく言葉にされ、閉口する一同。美雷の問いかけにも、すぐには応じられなかったが、彼女は返事も待たずに雷奈に尋ねた。
「雷奈ちゃんは九州地方から上京してきたと聞いたわ。理由を尋ねてもいいかしら」
本人にとってはトラウマになってもおかしくない経緯だが、もうずいぶん慣れたもので、雷奈は要領よく事情を話した。毎回、こういう時はどういう顔をすればいいのか、氷架璃も芽華実もいまだにわからない。母親は故人に、父親は殺人犯に。なぜそうなったのかもわからないまま、彼女は一度に両親とも失ったのだ。
「……ってわけで、今はここに居候しとるってわけ。ちなみに、雷華は別ルート。生まれたときに病弱で、その療養のために、母さんと同じ選ばれし人間だった上山手さんのところに養子に出されたと。で、自己紹介の時にも話したように、時間のループになぜか気づいて、光丘で一緒に謎ば探るべく、私と同様、神社に居候中」
「そうだったの。大変だったわね……」
美雷は声量を落として言った。さっきまで、胸三寸に何を抱えているか知れない態様であったのに、今の彼女は、心から気の毒に思っているように感じられた。
(……もしかして、思っとったより優しい人……?)
こわばっていた心の扉をそっと開いて、中から覗いてみる。歯に衣着せぬだけで、実は裏など何もない人物なのではないだろうか。
美雷は、雷奈の家族についてのこの話題を、相当にデリケートな問題と捉えているのか、言葉を選ぶようにゆっくりと問うた。
「その……雷奈ちゃんは、雷華ちゃんとは一緒に暮らしてはいなかったということは……お母さんとお父さんとの三人暮らし、だったのかしら」
「ううん、姉貴と、三つ下の妹がいるけん、五人家族やったとよ」
雷奈は立ち上がると、鏡台の上の写真を手に取った。父母が後ろに立ち、三姉妹が前で無邪気な笑顔を見せているベストショットにして、種子島から持ち帰った唯一の写真である。
もはや、一週間遅れのエイプリルフールだなどとは思わなかった。
「……戻ったったいね……」
「戻っちゃったな……」
「戻ってしまったわね……」
朝起きて、スマホの画面を見ると、そこに表示されていたのは一年前の日付。否、一度繰り返していることを考えると、もう二年前になる。
結局、再び時は戻ってしまったのだった。
「本当にフィライン・エデンはこの件解決しようとしてんのか? 進展あんのか?」
「まだ進捗聞いてないなぁ……また問い合わせとくね。あ、雷奈、お茶ありがとう」
「いえいえ。フーもどうぞ」
「ありがとう。……フィライン・エデンも同じように戻っちゃってるから、現象としては去年と同じことが起きているわね」
「今朝、耀にも連絡したところ、彼女も気づいているそうだ。早く解決してくれ、と。これはアワに伝言だ」
「ぜ、善処します……」
アワがこうべを垂れた相手は、昨日、東京に戻ってきた雷華だ。彼女の育ての親、上山手耀は流清家のパートナーだったので、正統後継者の少年は彼女の頼みは断れない。
神社に帰ってくるなり、荷物を片付ける暇もなく、雷華は雷奈から、最高司令官交代についてのあらましを聞いた。そして、選ばれし人間ではないにしろ、フィライン・エデンを知る者として、挨拶に立ち会うことにしたのだ。
すっかり集会所となった雷奈と雷華の部屋。今日は風も強くないので、戸を開け放って新鮮な空気を取り入れている。花びらがひらひらと舞っていくのを、窓枠を通さず眺められるのは、なかなかの美観だ。
静かで、しかし全くの静寂でないのが耳に心地いい。鳥のさえずり、遠くで境内を掃き掃除する音。
そこへ、待ち人の足音が混ざった。
「みんな、おはよう」
縁側から姿を現したのは、いつものセーラー服姿の霞冴だ。早朝の晴れた空に似た色の髪が、春風にそよいでふわりふわりと揺れる。彼女の挨拶に応じると、一同はその腕の中の猫に視線を集めた。
「初めまして。私が現最高司令官、時尼美雷です。以後お見知りおきを」
全身琥珀色をした長毛の猫は、霞冴の腕から飛び降りると、小さく頭を下げた。
確かにそっくりだ――誰もがそう思った。
色こそ全く違うが、霞冴と同じく、耳や首の周りに飾り毛がある。霞冴と姉がそっくりで、霞冴と美雷がそっくりなら、やはり姉と美雷も酷似しているのだろう。
声の使い方も、体の動きも気品がただようもので、いっそう気おくれしてしまう。雷奈は緊張気味に、上座を案内した。
「霞冴は道のガイドでついてきたっちゃか?」
「それもあるけど、護衛官だから」
「ああ、そうやったね」
雷奈が二人にお茶を出すと、美雷は飲みやすいようにと双体に変化した。やはり霞冴によく似た、目元の柔和な少女だ。しかし、三つ年上といえど、それ以上に大人びた雰囲気をまとっていた。敬語を使おうとすると、美雷に笑って遠慮された。
服装は、霞冴と同じデザインのセーラー服だ。ただし、襟やスカートなど、霞冴のものは臙脂色である箇所は、優しい色合いのオレンジ。聞けば、昨日卸したてだという。
一息ついたところで、部屋主・雷奈から時計回りに自己紹介をしていく。雷奈の斜向かいに座るフーの番が終わると、フリートークタイムとなった。とはいえ、あまりくつろいだ雰囲気ではない。にこにこしているのは美雷だけで、残りの面子は肩に力が入り気味になっていた。
咳払いをして、最初にアワが口を開いた。
「えーっと……ボクは一応、家柄、顔が広いと自負しているんだけど、君とは会ったことないよね?」
「そうね。初対面だと思うわ」
「飛壇にいるひとたちのことはたいてい知っているつもりだったんだけどな。ずっとあの辺に住んでた?」
「いいえ、北のほうから上京してきたの」
「え、そうなんですか」
これは、霞冴も知らない事実であった。北に自分の親戚がいたのか、という驚きも含んでいる。
「頭いいから、てっきり中央学院の研究科にでも所属していたのかと……」
「違うのよ。父が勉強熱心だったから、いろいろ教えてもらいはしたけれど、研究できるほどではないわ。実家でも、普通に家業の手伝いを仕事にしていたしね」
「……本当に、ですか?」
雷奈たちは、霞冴の目の色が変わったのを見た。床に手をついて、隣の美雷に向かって前のめりになり、まるですがりつくように、必死にたたみかける。
「本当に、研究科の所属とかじゃないんですか?」
「ええ、違うわ」
「時空学専攻とかじゃ、ないんですか?」
「あら、どこから時空学が出てきたの?」
美雷の問いかけで、霞冴はハッと口をつぐんだ。憑依が解けたかのような呆けた表情。
「す……すみません。その……時空学は、姉が……」
「あら、すごいのね。時空学といったら、フィライン・エデンの学問で最難関じゃない。私には荷が重いわ」
「……すみません」
悪いことをしたわけでもないのに、霞冴は小さく肩を縮めた。
時空学。以前、霞冴がかじったことがあると言っていた学問。あれは姉の影響だったのだ、と雷奈たちは合点がいった。
「じゃあ、遠路はるばる、わざわざ飛壇に希兵隊になりに来たってわけか?」
氷架璃が頭の後ろで手を組みながら問うと、美雷は朗らかにうなずいた。
「飛壇で働いてみたかったのよ。公務員、中でも希兵隊の総司令部がいいなって思って」
「ばってん、いきなりトップなんかになって、嫌じゃなかと? 責任とか緊張感とか、ハンパなかろ?」
「あら、全然嫌なんかじゃないわ。むしろ嬉しいのよ」
「う、嬉しいの?」
解せない、という顔の芽華実に、美雷は心底わくわくした様子で、
「だって、あの規模の組織が私の言う通りに動いてくれるのよ。ゴーもノーゴーも私の思い通り。胸が躍るじゃない」
天衣無縫の笑顔で放たれた言葉が、雷奈たちの肌をざらりと撫でた。霞冴はすでに、美雷のこの顔を本部で見知っている。実姉のみらいとは程遠い、聞きようによっては無思慮な口ぶり。
「……言うとおりに動くって、どう動かす気と?」
「もちろん、希兵隊の目的に沿って指示を出すわ。クロやダークの討伐、災害救助などね」
「そんなまともな目的だけっちゃか?」
「あら、どういう意味かしら」
雷奈を見つめる美雷の目は、にっこりと弧を描いている。なのに、なぜか奇妙な威圧感が視線から伝わってくる。
「まともではない目的のために動かしそう、ってこと?」
「……まあ、そう捉えられてもしょうがない言い方やったね」
「そう」
美雷は気を悪くするでもなく相槌を打った。
「じゃあ、仮に私が何かを企んでいるとしましょう。私が希兵隊内でよろしくない行為に走ったら、当然、霞冴ちゃんのように他の二機関から罷免されるわ。けれど、他でもないその二機関が、私を最司官にと推薦したのよ? 自らが推薦した者を罷免しなければなくなるって、かなりの名誉の損失ね。だって、見る目がなかったってことですもの」
立て板に水のごとく、つらつらと並べられる言葉は、黒鉄のように冷たい。明確な悪意があるわけではない。ただ、通常は慎むべき発言を、はばかることなく発していることに、このうすら寒さは起因している。
「だとしたら、二機関は果たして私を罷免するかしら? 私のことを放っておくのではなくて? あるいは、もし清く正しく私を罷免したとして、次期最司官を誰が選ぶの? そう、やはり二機関よ。私という不適合者を推した二機関が、次の最司官も決めるの。そのひとを、みんなは信用するのかしら。……と、この時点で希兵隊は組織的に崩壊、終わりね」
「――……」
誰もが慄然と言葉を失う中、美雷はくすりと笑みをこぼして、
「……というように、考え出すとどんどん悲観的になっていくから、あまり憂うのもよくないわ。第一、私にはそんなつもりないもの。言い方が悪かったならごめんなさいね。……ところで、私からも質問していいかしら?」
仮定の話とはいえ、劣悪な状況を忌憚なく言葉にされ、閉口する一同。美雷の問いかけにも、すぐには応じられなかったが、彼女は返事も待たずに雷奈に尋ねた。
「雷奈ちゃんは九州地方から上京してきたと聞いたわ。理由を尋ねてもいいかしら」
本人にとってはトラウマになってもおかしくない経緯だが、もうずいぶん慣れたもので、雷奈は要領よく事情を話した。毎回、こういう時はどういう顔をすればいいのか、氷架璃も芽華実もいまだにわからない。母親は故人に、父親は殺人犯に。なぜそうなったのかもわからないまま、彼女は一度に両親とも失ったのだ。
「……ってわけで、今はここに居候しとるってわけ。ちなみに、雷華は別ルート。生まれたときに病弱で、その療養のために、母さんと同じ選ばれし人間だった上山手さんのところに養子に出されたと。で、自己紹介の時にも話したように、時間のループになぜか気づいて、光丘で一緒に謎ば探るべく、私と同様、神社に居候中」
「そうだったの。大変だったわね……」
美雷は声量を落として言った。さっきまで、胸三寸に何を抱えているか知れない態様であったのに、今の彼女は、心から気の毒に思っているように感じられた。
(……もしかして、思っとったより優しい人……?)
こわばっていた心の扉をそっと開いて、中から覗いてみる。歯に衣着せぬだけで、実は裏など何もない人物なのではないだろうか。
美雷は、雷奈の家族についてのこの話題を、相当にデリケートな問題と捉えているのか、言葉を選ぶようにゆっくりと問うた。
「その……雷奈ちゃんは、雷華ちゃんとは一緒に暮らしてはいなかったということは……お母さんとお父さんとの三人暮らし、だったのかしら」
「ううん、姉貴と、三つ下の妹がいるけん、五人家族やったとよ」
雷奈は立ち上がると、鏡台の上の写真を手に取った。父母が後ろに立ち、三姉妹が前で無邪気な笑顔を見せているベストショットにして、種子島から持ち帰った唯一の写真である。
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