フィライン・エデン Ⅱ

夜市彼乃

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6.新最司官編

29希兵隊革命 前編

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 寄合室に集まったのは美雷と霞冴、そして現在本部にいる執行部の隊長たちと、開発部部長の木雪だ。先ほどの挨拶の時には、この数倍の人数が集まったために主体を余儀なくされたが、この程度ならば人間の形をとっても座卓を囲める。
 上座に座った美雷が、相変わらずのゆったりとした口調で開始の音頭を取った。
「さあ、では、さっそくだけれども、私が主導する最初の寄合としましょうか」
「……って、就任早々何の議題があるんだよ?」
 頬杖をついてだるそうにこぼしたコウを、隣のルシルが肘打ちする。美雷は、不敬ともとれる彼の言動にも顔色一つ変えず、上品な笑みを見せた。
「確かに、就任初日なんだけどね。でも、霞冴ちゃんから引き継ぎは受けたから、希兵隊の現状はおおよそ把握しているつもりなの。そのうえで、私から今後の方針を発表しようと思って」
「……今後の方針?」
「ええ、いろいろ変更点をね」
「待てよ」
 コウが身を乗り出した。剣呑に目を細め、霞冴に輪をかけてのんきそうな最司官を凝視する。
「それ、時尼と話し合ったのか? あんたが有識者なのはわかってる。けど、初っ端からやすやすと体制を変えていいもんじゃないぜ」
「コウ……!」
 ルシルが強くささやきながら、袂を引っ張った。向かいに座る霞冴も冷や冷やしながら両者を交互に見守る。美雷は口元に指をあてて軽く考えるそぶりを見せた。
「やすやすというわけじゃないんだけどねー。まあ、聞いてちょうだい。反論があれば受け付けるわ」
「……」
 ほかの隊長たちも「落ち着け、落ち着け」という目で見てくるので、コウは長く細い息を吐いて、もとに直った。
「では、まず一つ目。わりと火急な、今後の霞冴ちゃんの立場についてよ」
 突然名前を出され、霞冴はぴくりと肩を震わせた。目の動きだけで、胸元のスカーフに視線を落とす。
(そうだ……私はもう最高司令官じゃない。このセーラー服を脱いで、また黒い執行着に戻るんだ……)
 下積み時代に着ていた、ルシルたちと同じ着物と袴。懐かしいと同時に、いよいよ自分が立っていた地位を追われるということのむなしさが胸にしみわたった。
「情報管理局長と学院長からは、平隊員に戻るように言われているみたいね。でも、ここで一つ提案。最高司令官が一人だと、もし私に何かあったときに全体の指揮が取れなくなってまずいんじゃないかしら」
「あ……それは」
 霞冴がおずおずと手を挙げた。
「指揮官が一人なのは、情報伝達を迅速にするために、あえてそうなっているんです。もし平隊員と最高司令官の間の地位のひとがいたとして、平隊員がそのひとに、そしてそのひとが最高司令官に、という情報伝達では効率が悪いです。権限も細分化しないほうが吉。だから、トップとその下にいる全員、という鍋蓋式にしてあるんです」
「なるほどね。スピード勝負なところがある希兵隊ならではだわ。けれど、そこは情報伝達を効率よくする工夫をするなり、訓練をするなりすればいいだけのこと。それよりも、トップがつぶれた時に総倒れになるほうが怖くなくて?」
「確かにそうだね。先の侵攻でもヤバかったもんね」
「霊那さんの言うとおり、最高司令官が必ず安全地帯にいるとは限りませんしね。それに、執行部だって、隊長と平隊員の間に副隊長がいます」
 神座がパステルピンクの髪を揺らしてうなずいた。肯定の空気を見渡してから、美雷は再び口を開いた。
「そういうわけで、霞冴ちゃんには新しく、副最高司令官の地位を任せようと思うの。もちろん、この件は情報管理局と学院に相談してから決定するわ。その前に、みんなに方針を報告しておこうと思ったわけ」
 一同は顔を見合わせながらも、首を縦に振った。霞冴の立場を尊重しようという意見に同意したのもあり、霞冴は美雷に進言しやすい位置に立ったほうがいいというのもあり、また、局長や学院長が是と判断したならそこそこ安心、というのもあった。
「だから、霞冴ちゃん。制服はそのままでいいわよ。『副』とはいえ、最高司令官ですもの。……あら、最高司令官が二人いたら『最高』ではなくなるのかしら。どうなのかしら」
「あの……」
 些末なことが気になりだした美雷に、霞冴が小さく声をかける。
「あ、ありがとうございます。私……精いっぱい頑張ります」
 小さなこぶしを握って宣言した霞冴に、美雷は慈愛に満ちたまなざしを向けた。
「心強いわ、ありがとう。それと、あなたにはもう一つ役職を任せようと思っていたの」
「もう一つ?」
「最司官護衛官よ。今まではコウ君があなたの護衛官だったみたいだけど、それは現在の総司令部員に腕の立つ子がいなかったからでしょう? コウ君も、一番隊の隊長と護衛官を兼任するのは大変だろうし、どうせなら私のそばにいるあなたのほうが適任ではなくて?」
 美雷にちらりと視線を投げかけられたコウは、軽く目を閉じて「オレは助かりますけど」と言い放った。片方の賛成を得たり、とほほ笑んで、美雷はもう一人に目で問いかける。
 霞冴はしばらく考えこんだ。そして、伏目ぎみに、迷いながら途切れ途切れに答えた。
「すみません……私には、できません。有事の際に美雷さんを守り切れる自信は……」
 そう口にするのが情けなくて、霞冴は一層うつむいた。
 これでも、道場に通っていたのだ。剣術に自信がないわけではない。
 しかし、「最司官護衛官」は彼女に一つの挫折の記憶を呼び起こさせる。
 今も、その時のことがよみがえってきて、やるせなさと悔しさが波のように押し寄せた。
 当時のことを知る者も知らない者も、霞冴の弱弱しい語勢には異を唱えることができなかった。そんな中、美雷が場違いな明るい声を出す。
「あら、そうなの? 局長さんや学院長さんからは、たいそう腕が立つと聞いているのだけれど。もちろん、不安なのなら無理強いはしないわ」
 無垢な言葉が、霞冴の胸をえぐった。
 いつも剣術を褒めてくれた姉。彼女なら、こんな弱音を吐いたところで、「大丈夫よ」と勇気づけてくれるところだ。そうはしない目の前の美雷は、やはりみらいであって姉ではないのだと、まざまざと見せつけられた。
 二重の苦悩にさいなまれ、口を閉ざしてしまった霞冴に、向かいの親友が声をかけた。
「霞冴、私は……お前がいいと思うよ」
「ルシル……」
「美雷さんの言う通り、今の総司令部には、霞冴以上に剣を扱える者はいない。通常は総司令部から護衛官を選出するんだ。お前がなるのは道理だろう」
「でも……」
 ルシルは、霞冴の挫折を知っている。しかし、だからこそ、彼女は力強い言葉で諭す。
「確かに、あの時、お前は守りたいひとの懐刀にはなれなかったかもしれない。だが、守る相手が違っても、護衛官の肩書は、お前の実力を証明する誇りだ。ほかでもない最司官がお前を指名しているんだ。もっと自信を持て」
 ルシルの青い目が、正面からまっすぐに霞冴を見つめる。心から霞冴を信じている目だ。
 霞冴はしばらく不安げに碧眼を見つめ返していたが、やがて決心したようにうなずいた。
「引き受けてくれるかしら?」
「……はい」
 覚悟が定まったシアンの双眸を見て、美雷はふわりと笑って礼を言った。これで、霞冴のこれからの身分は仮決定した。
 希兵隊総司令部・副最高司令官。および、最高司令官護衛官だ。
「で、次だけれど、今の訓練メニューを見せてもらったところ、改善の余地があるかな、と思ったの。対チエアリ用の演習がちょっと甘いかな。あと、隊長の指揮能力向上とか、猫術の鍛錬を大規模にするとか、いろいろあるから、また案を出してから寄合にかけるわね。で、次に開発部の部長さん」
 まだ名前をすべて把握していないらしく、美雷はこの場で唯一白衣を着た人物をそう呼んだ。これまでの総司令部同様、鍋蓋式をとっている開発部のトップ・木雪は、人間姿では、ふわふわとクセのある桜色の髪を背中に下ろし、執行着ではなく洋服を着用している。最も美雷から遠い場所に座っていた彼女は、年下相手にも丁寧に頭を下げた。
「はい、開発部部長の花雛はなひな木雪です」
「花雛さんね、よろしく。さて、今フィライン・エデン中にはりめぐらせているクロ類検出センサーだけど、もう少し精度をあげられるかしら。あと、数も増やしたいわ」
「精度向上、ですか。具体的にはどのようにいたしましょうか?」
「位置特定の誤差を可能な限り縮小、強さの推定水準を細分化、あと、猫種も判定できるようにしてちょうだい」
「かなり時間とコストがかかりそうですね。尽力いたします」
「この技術次第で、クロやダークの討伐が飛躍的に効率的になるわ。被害も最小限に抑えられる。可及的速やかにお願いね。そして、次が最後の議題」
 そう言って彼女が目を向けたのは、
「ルシルちゃん」
「はい」
「あなたの人間界駐在の任を解きます。本部に帰っていらっしゃい。これは交代ではなく、計画そのものの廃止よ」
「……えっ!?」
 ルシルが目をむいて驚嘆の声をあげた。この策の発案者たる霞冴が割って入る。
「待ってください、なぜですか? 人間界にもクロやダークが出現する現状に鑑みて、駐在要員は必要では……」
「確かにそうなのだけれど、クロやダークが相手にするのは、人間界では動物と選ばれし人間だけよ。動物はたいてい、あれらを見たら逃げ出すから問題ないし、選ばれし人間はごく少数。しかも、彼女らは自衛できる程度には猫術を使えると聞いているわ。それよりも、襲われうる猫たちが固まって暮らしているフィライン・エデンこそ、被害が大きくなりやすいのではなくて?」
「そうですけど……」
「それに、人間たちには流清家と風中家がついているんだもの。希兵隊が到着するまでしのぐくらい任せても大丈夫でしょう? きちんと本部を拠点にすることにも意味があるのだから、ルシルちゃんを本部に帰させてちょうだい」
「……、わかりました」
 霞冴は消沈したように小さな声で返答した。その様子を、ルシルが気の毒そうに見つめる。
 執行部から一隊、人間界に置いておくというのは、間違った判断ではないと、ルシルは今も思っている。なにせ、人間界にクロやダークが現れると分かった時点から、検出センサーを光丘にも配置したとはいえ、その信号を受けて本部から出動するより、近くに滞在して直接向かったほうが断然早い。それに、フィライン・エデンと違って、人間界では遠慮なく戦闘を繰り広げるわけにはいかないのだから、物理的、心理的余裕も欲しいものだ。
 とはいえ、美雷の言い分が間違っているわけでもない。霞冴と美雷の主張は、単純にはかりにかけられるものではないのだ。霞冴が折れたのは、美雷の堂々とした態度と、上司という身分によるところが大きいだろう。
「というわけで、ルシルちゃん。選ばれし人間の一人に寝床を貸してもらっているという話だけれど、近いうちに引き払えるかしら」
「承知しました、速やかにそうします」
 軽く礼をしつつそう答えた時、ルシルは自分の中にある種の名残惜しさが生まれているのに気付いた。約半年間世話になった、水晶家の一室。その部屋の主である氷架璃は、ことあるごとに同居している祖父の愚痴を言ってきたり、一年ループしている分やったことのあるはずの数学も忘れた分からない教えてとしがみついてきたり、何かと騒がしい人間だった。その生活が終わることに寂寥を感じているなど、長年の人間嫌いの虫は本当に消え去ったらしい。少し感慨深いものがあって、ルシルは静かに嘆息した。
 そうこうしているうちに、美雷は質問がないかを確認し終え、議題を簡潔に要約すると、お開きの号令をかけた。時刻は十一時半。そろそろ炊事の頃合いだ。
「そういえば、今日のお昼を作る当番はどなたかしら?」
「あ……私たち総司令部です」
 希兵隊では、部署や隊単位で当番を決め、全員分の食事を作る。ただし、食べるのは一斉ではなく、作り置いているものを好きな時間に部署や隊ごとにとる。どのおかずも、きちんとグループ単位で分けて置いているので、あとから来た者が食いはぐれるということは滅多にない。
 総司令部は霞冴と美雷を含めて六名。あとの四名はすでに炊事場で待っているかもしれない。そう思って、霞冴は慌てて立ち上がった。しかし、美雷はおっとりと笑う。
「それじゃあ、今日は私一人で作るわ。さっきの寄合の内容を進めるためにも、総司令部のほかの子たちにはお仕事しててもらわないと」
「えっ……そんな」
 霞冴は体の前で両手を振った。
「全員分ですよ? ものすごい大量ですよ? 十二時半には作り終えないといけないのに、無理ですよ」
「煮物にしちゃえば手間は省けるわ。霞冴ちゃん、ほかの子たちへの指示をお願いしていい?」
 こともなげに言っているが、絶対に間に合わない。こんな大所帯の食事を用意した経験など、あるはずがないのだから。
 霞冴はそう確信すると、下ごしらえだけでも手伝いますと食い下がり、具材を切ったり調味料を計ったりという準備だけして仕事に戻る、という妥協案に至った。
 先に部屋を後にした美雷が十分遠ざかったのを見計らって、霞冴のもとに木雪が近づいてくる。
「霞冴さん、あの……司令官のお手並み拝見って、もう済んだんですか?」
「ああ、はい。ここに来る前に、コウやルシル、霊那と一緒にしました。完敗でしたよ」
「それじゃあ、私の出した問題も……?」
「問いを最後まで読ませてもらえませんでした。入隊試験にも出ないし、その後の仕事にも関係ないでしょ、って。でも、設問の冒頭だけ聞いて、線形代数の問題って見抜いてました。線形代数って、理系の応用科でしか習いませんよね。修得しているかどうかは別として、それを知っているというレベルの教養はあるってことです。あと、私じゃなくて開発部の隊員が作った問題だってことも言い当てられちゃいました」
「まあ……! 本当に明晰な方なんですね。わかりました、ありがとうございます。それから、発案者なのにその場に立ち会えなくてすみませんでした。どうしてもあの時間には開発部室にいなければならなかったので」
「気にしないでください、時間を割いて問題を作ってもらっただけでもありがたいので。ちょっともったいないことになっちゃいましたけどね。それじゃあ、私は美雷さんを手伝ってきます」
 年上の木雪だが、霞冴にとっては部下にあたるため、あまり堅苦しくせずにおどけたような敬礼で別れた。中央隊舎の食堂に入り、その奥にある炊事場の扉を開けると、美雷が調理器具を準備しているところだった。他に誰もいないところを見るに、あとのメンバーには総司令部室待機でも命じたのだろう。
「シチューにしようと思うのよ。材料はそろっているかしら?」
「多分大丈夫です。用意しますね」
 入隊前は、料理など手伝い程度にしかできなかった霞冴だが、当番制でいやも応もなくやっているうちに、あまり凝ったものでなければテキパキと作れるようになった。包丁さばきも慣れたものだ。隣を見れば、美雷もしっかりとした手つきでニンジンを切っている。奇しくも、彼女も姉と同じ左利きのようだ。
 炊事場には、包丁の刃がまな板を打つ音が二つ分。それだけが、規則正しく響いていた。
 材料を切り終わると、美雷は小首をかしげるような仕草をとりながら、霞冴に微笑みかけた。
「ありがとう、助かったわ。ここからは火を通していくだけだから、霞冴ちゃんは総司令部室に戻ってくれる?」
 言葉よりも先に、その動きに思考回路を取られた。これまでも何度か目にした、美雷の小さく首を傾ける癖。威圧感を与えないためにそうしているように見えるが、この動きは姉みらいの癖でもあった。本当にこの人は姉ではないのだろうか。そんな考えさえよぎってしまう。
「……はい」
 霞冴は精一杯自然な愛想笑いを浮かべると、美雷に背を向けて出入口へと向かった。ドアを開け、食堂へ戻る直前、ちらりと肩越しに振り返る。長い髪を一つにまとめ、調理台の前に立つ姿が、どうしても記憶の中の映像と重なる。二つの後ろ姿が混同しきる前に、霞冴は足早にその場を去った。
 食堂を通り抜け、廊下へ出る。のろのろと歩きながら、霞冴は小さく息を漏らした。
「お姉ちゃんなわけ……ないのに」
 思ったよりも余裕のない声が出て、余計に気分が落ち込む。
 実のところ、姉の遺体を目にしたことはない。事故の後、目も当てられない状態で発見された、と学院から報告されたからだ。そのため、極論、学院が何かの間違いで姉の生存を見逃していたとすれば、何らかの事情で死んだものと思われていた彼女がひょっこり出てきた、という可能性はなきにしもあらずだ。自らを従姉と名乗っているのは、百歩譲って、姉のみらいとは別人をよそわなければならない理由があったからとしよう。それでも、これほど酷似していながら、名前さえ同姓同名でありながら、別人であると認識するのにはいくつも理由があった。
 まず、髪と目の色が違う。霞冴の姉は銀髪だったが、美雷は金髪に近い色をしているのだ。
 それから、みらいと比べて考え方が若干理性的すぎる。悪く言えば冷たい。これは、霞冴がふっかけた試金石の二問目に対する回答や、隊員に容赦なく毒霧を浴びせたのがいい例だ。
 そして何より、元気そうなのである。霞冴の知るみらいは、病弱な体質の影響で常に顔色が悪く、倦怠感からか一日に何度も座るなどして休憩し、苦しげに息をつく。今の美雷には、それが全くない。極めつけは、双体姿での猫術の使用を、惜しげもなくやってのけたことだ。みらいが抱えていた体質は、この行為を禁忌とするものだった。人間の姿をしたまま、あんな風に術を使おうものなら、卒倒してもおかしくない。ここまでくると、やはり別人なのだと納得するしかないというわけである。
 とはいっても、それを理解したところで、この懊悩がどうにかなるわけでもない。別人だからといって、姉を彷彿させることには変わりないのだ。これまでのんきな態度の裏に押し込めてきたデリケートな部分が表に出てきて、その繊細さに配慮する由もない外界の空気にさらされ、どんどんボロボロになっていく。
「ん……っ」
 ふいに、胃に激痛が走った。思わずしゃがみ込む。ストレスが体に響いたのかもしれない。
 腹部を押さえてしばらくうずくまっていると、ぱたぱたと足音が聞こえてきた。
「霞冴!」
「あ……ルシル。コウも……」
 まだ寄合室に残っていた二人が、帰る途中で運よく霞冴を見つけたのだ。駆けつけたルシルの後ろから、コウも大またで歩み寄ってくる。
「大丈夫か、時尼? 痛むのか?」
「うん、ちょっとね。でも、だんだんマシになってきたみたい。ごめんね、心配かけて」
「休まなくて平気か? 昼食は時間を空けたほうがいいぞ」
「ありがとう、ルシル。でも、大丈夫。そうだ、お昼ご飯、よかったら一緒に食べない? 三人とも時間が合うのって久しぶりだし」
「お前が食べられそうなら、私は賛成だが……」
「オレも。早い時間でも大丈夫そうか? 午後は業務あるし」
「うん! やったぁ、仲良し三人組でご飯だ~。じゃあ、私も十二時半までは総司令部の仕事してくるから、またあとでね!」
 霞冴は嬉しそうに跳ねながら、総司令部室へと向かった。
 胃痛が収まりつつあったのは事実だ。だが、胸がつかえるような重苦しさは、しばらく消えそうになかった。
 当然のこと、空元気は親友二人には見通されていた。しかし、あえて暴くことが必ずしも得策ではない。今は霞冴の言葉と笑顔を信じよう、と彼らはうなずきあった。
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