人形として

White Rose

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第一章

6 親切

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  月光から美颯に電話がかかってきたのは片付けを終えて三人でくつろいでいた時のことだった。

  そろそろ迎えに行こうと考えた矢先、美颯のスマホに月光から着信があった。迎えに来てほしいといった内容のことを言われたらしい。

「喧嘩してるんだよね?」
「喧嘩というか……」

    喧嘩ではない。馬鹿な月光に少し注意しただけだ。

「まあ、今は翔くんに頼みにくいみたいだから僕が行ってくるよ」
  そう言って美颯が玄関へ向かう。
  今会ってしまえば場所もわきまえずに怒鳴ってしまいそうなのでこの申し出は助かる。

「……すみません、迷惑ばかりかけて……」

  見送ろうと思い翔も玄関に向かった。

「私が行ってもいいけど」
「今日退院したところでしょ、僕が行くからいいよ。それに静奈だと危険度変わらないと思う」
「あー、そっか。じゃあよろしくー」

  寝転んだ状態で、目線だけを美颯に向けた静奈が言う。
  そして美颯が玄関を出る前に、聞きなれない着信音が響いて静奈が起き上がった。

「…あ、月光からだ。……『迎え来なくていいから先に寝ててって翔に伝えて』…だって」

  怒られると思って静奈にメッセージを送ったのだろうが火に油を注ぐ行為だ。
  美颯に頼んだ事を知っているからこの文で理解できるが、もしいなければ、どうするつもりなのか分からなくて困っていたことだろう。
  それに対して怒りたい気持ちもあるが、

「……月光、俺にメールするのすら嫌なんだな」

  このことに少し、いや、かなり悲しく感じる。

  月光のためを思って注意したのだ。それが原因で俺にメールすらしたくないと思われるのは納得いかない。


「僕、そろそろ行くね」
  靴を履き終わった美颯が、ドアノブに手をかける。

「はい、お願いします」
「お願いしまーす」
「そのまま帰るから、また明日」

美颯が出て行ってすぐに鍵をかけ、静奈の正面に座った。







「……美颯さん」

  美颯は10分も経たないうちに、車で来てくれた。一緒に待っていてくれた愛理に、家まで送ると美颯は言ったが、近くだからと断られたので車内には美颯と月光しかいない。

「ん、何?」
「……ぼく、今翔とけんか中で……家に帰りたくないので、あの……美颯さんの家に泊めてもらえませんか?」
「それはダメ。翔くん、心配してたよ。……僕も、月光くんが一人で外に出たって聞いたときはすっごく心配したんだよ?今日は怒られて反省しなさい」

  信号で止まった美颯が月光に目を向けてクスッと笑った。

「……普通より小さいのは自覚してます。……でも、ぼくはもう高校生ですよ?小学生でも一人で外出するのに、……何も心配されることはないです」

  月光は今年で16歳だ。一人で高校やバイトに行くのなんて当然なことになっている年齢のはずだ。
  でも月光にとって誰かに付き添われることなく外に出るのは、月光の記憶が正しければ、これが三度目だった。
  一度目の時も二度目の時も運悪く誘拐されかけてしまい、翔と静奈は月光を一人で外に出さなくなった。

  だが、それは小学生の頃の話だ。
  もう一人で外出するのを怖がるような年齢ではないはずなのに、あの二人の心配症に感化されてしまったのか、月光は今日一人で外に出たとき、無意識に震える身体に驚き慌てた。

  このままでは一生、誰かがいなければ外出できないような気がして焦った。

「でも、怖かったでしょ?」
「え……」
「たまたま、見ちゃって。月光くんがドアにもたれかかって丸まってるの」

  声かけたけど気づいてなかったね、と美颯が笑う。

「…嘘ですよね?声かけられたら気づきます」

  何故知っているのだろう。誰にも見られていなかったはずなのに。

「ずっと見てたよ。そのあとビクビクしながらコンビニまで向かうところもね」

  可愛いかった、と美颯が面白そうに笑っている。
  暗くて見えていないだろうが、恥ずかしさで赤面した顔を見られたくなくて月光は俯く。

「……一人は怖かった?よく頑張ったね」

  美颯が片手をハンドルから離して月光の頭を撫でる。

「……ぼくが稼がないと、翔を施設に預けなきゃいけないから……」

  静奈の事はあまり心配していない。月光が働かなくても、静奈は自分の分だけなら稼げるからだ。それに、静奈の大学の分の学費は両親が生前に遺してくれていた。
  だが、翔は月光が働かなければ児童養護施設に預けることになる。それを回避したくて月光はバイトに明け暮れている。……それを翔は分かってくれない。

「……大変だね。一人で三人分稼ぐなんて。……月光くん、良いこと思いついたんだけど真面目に聞いてくれる?」
「?……はい」

  少しかしこまったような口調に、月光は曖昧にうなずいた。


「僕の家の養子にならない?」


「……え……?」

  頭の中にクエスチョンマークがたくさん浮かぶ。驚いて美颯の目を見たが、真剣な眼差しを返されて、冗談で言ったのではないのだと悟った。

「僕の家、お父さんもお母さんも僕がすることに反対しないからさ、僕が月光くん達を弟にしたいって頼めばすぐに養ってあげれるよ?」
「でも……」

──何が目的?

  意図が全く分からない。それをしたところで、美颯にメリットは無いはずだ。

「大丈夫だよ。月光くんと翔くんの学費とか、僕の親が払ってくれるから。苗字変わるの嫌なら、普通にルームシェアしようよ」

  月光くんが頑張らなくても翔くんを大学まで行かせてあげれるから、と美颯が言う。

「……ぼく、お金を稼ぐために全日制から定時制に移ったんです。だから、翔が大学生になるまでぼくが養います」
「倒れるよ?一緒に住んでくれたらずっと休ませてあげるのに」
「……働くの嫌いじゃないから大丈夫です。でも、ありがとうございます」

──やっぱり、美颯さんは優しい人だ

  愛理の感は当たっていない。クラスメイトの弟というだけで、ここまで親切なこと言ってくれる人は中々いないだろう。

「まあ、考えてみてよ。翔くんとも相談してみて?」
「……はい、相談します」

  一緒に住めたら楽しいだろうなー、とニコニコしながら言う美颯に、そうですね、と返したがそうならないように頑張ろうと月光は強く思った。
  今でさえ何かと迷惑をかけている状態だ。これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。



「着いたよ」

  月光がシートベルトを外している間に、先に車を降りた美颯がドアを開けてくれた。
  礼を言って降りた後、駐車場から家まで歩いた。


「……美颯さんの家、行っちゃだめですか?」

  先に寝ていてくれとメールはしておいたが、おそらくまだ寝ていない。
  泊まりがだめでも、せめて翔達が寝静まるまでは帰りたくない。

「いいよって言ってあげたいけど、僕今からレポート書くから。…ごめんね」
「……わかりました」
「翔くんすごく怒ってたけど大丈夫?」
「……」
「…何かあれば僕の家来ていいから」
「はい……ありがとうございます」

  美颯が隣室で良かったとつくづく思う。

「……おやすみなさい」

  家の前に到着したところでそう声をかけてドアノブに手をかけた。だが、そこから動けない。

「うん、おやすみ」

  そう返事をした美颯は、何故か家に入らずじっとこちらを見ている。

「……美颯さん、まだ入らないんですか?」
「月光くんは?月光くんが家に入るの見届けようと思って」

  美颯は近づいてきてドアノブにかけている月光の手に自分の手を重ねた。
「……翔くんが怖いの?」
「ちがいます!」

  思わず、クスクスと笑っている美颯を見上げて言い返した。

「じゃあ早く入ろうよ」

  美颯が月光の手ごとドアノブをひねる。

「ぁ……」

  もしかしたら寝てくれているかもしれないと期待して、ゆっくりと開けられるドアを眺めた。
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