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第一章
4 美颯
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一応チェーンをかけてから外を覗くと、予想通り美颯だった。
「翔くん、今日はお寿司持ってきたよ」
最初のころは、ここに住むようになって初めて出会った相手に夕飯を持って来たり気にかけたりしてくる美颯を、何か裏があるのではと疑っていたが、最近は本当にただの善意からくる行動なのだと思えるようになった。
いくら断っても、二人だと大変でしょ、と笑顔で言われてしまえば警戒心なんてすぐに薄れてしまう。
それに二ヶ月もの間、休日の昼食と夕食、そして平日の夕食を一緒に食べているが怪しい行動が一切見られない美颯に、危険だという印象は持てなかった。
それに、翔達兄弟にとって、有難かった。
日曜日と金曜日の夕食以外は毎日美颯が持ってきてくれるから食費が浮くのだ。
「今開けます」
チェーンを外して美颯を招き入れた。
「はいこれ、お寿司。食べよ」
渡された大きなビニール袋を両手で受け取る。
「すみません、いつもありがとうございます」
「いいよ気にしなくて。僕の家一人だから一緒に食べたいし」
靴を脱いで中に入ったところで静奈に気づいたらしく驚いた顔で静奈を見た。
「あ、静奈だ」
「あ、美颯だ」
示し合わせたかの様に二人の声が重なる。
「良かった、今日は多めに買ったから足りるね」
翔は美颯に渡された寿司の入ったビニール袋を机の中心に置いた。そして月光の正面に座り、美颯は月光を膝に乗せて座った。いつもの定位置だ。翔が乗せると嫌そうなのに美颯の上には普通に乗っているので、翔は少し美颯を羨ましく思う。
「静奈、退院したんだ。おめでとう」
「ありがとう。ってそれより何で来てるの?!」
静奈が突然大きな声で美颯に問いかけ、その声に驚いた月光の体がビクッと震えた。
「静姉うるさい。月兄が怖がるから静かにして」
月光は大きな音が苦手だ。それは小さい頃からなので静奈も知っている。
「あ、ごめん月光」
「……うん」
美颯さんお寿司ありがと、と言って膝立ちになった月光が袋から寿司を取り出し始めた。その間に翔は四人分のお皿を食器棚まで取りに行った。
「僕、二ヶ月くらい前にここの隣に引っ越したんだ。挨拶に来たら前に静奈が見せてくれた写真にそっくりな子が住んでて驚いたよ。静奈が言ってた通り、月光くんも翔くんも可愛いね」
ふふ、と笑って月光の頭を撫でながら美颯が言う。
「可愛いでしょ。誘拐しないでね」
戻ってきた翔は、今度は静奈の隣に腰を下ろした。
楽しそうに話す静奈達の声を聞きながら、警戒しなくて正解だった、と少し安堵した。
こんなに良い人なのに警戒して失礼なことをしていたらきっと今頃後悔していただろう。
それでも、無意識に少し気を張り詰めて失礼な態度を取っていたかもしれない。両親が殺されたことに加え、その犯人はまだ捕まっていない。
そして静奈の話によるとその犯人は、月光と翔がどこにいるのか聞いてきたあと、今日はここまで、と言ったらしい。
犯人がいつ殺しにくるか分からないので、両親が殺されたあの日から常に、月光に危険がないよう警戒していたが、二人の学校と月光のバイト先以外の人で翔たちに話しかけてきたのは、静奈の同級生だというこの人だけだ。
「誘拐はしないよ。でも、こんなに可愛いと二人暮しは危ないと思って毎晩ここに来てるんだ。……静奈の兄弟、ほんとに可愛いね。ご両親も美人なの?」
会ってみたいなー、と言う美颯に静奈は、殺されたよ、と悲しそうな様子は見せずに素っ気なく一言返した。
「え……?」
「多分、月光のストーカーが犯人。気持ち悪い手紙が届いてたらしくて……」
「捕まらないように逃げたんだろうな」
毎回翔や静奈に見られないよう破って捨てていたそうだが、錬に見せた日からは、捨てずに持っていろという錬の助言を聞いて箱にためていたと月光が言っていた。
100通以上あったその手紙によると、犯人は月光だけでなく翔のことも誘拐したいと考えている事が分かった。……あの日以降、犯人は一切接触してきていないがそれでも少し不安だ。
翔まで誘拐しようと考え、静奈に興味を示していないところから、犯人は女だろうと思ったが、静奈の話によると、両親を殺したのは男だったらしい。
「……そうなんだ」
美颯が月光の頭を優しい手つきで撫でる。
「まぁもういいけどね。生き返ってほしいなんて願うだけ無駄だもん」
異様に明るい声で静奈が言う。
自分が手紙の事を両親や警察に言わずに何も対処しなかった事が原因で翔と静奈に貧相な生活をさせている、と責任を感じている月光の為だとすぐに分かった。
「……静姉、美颯さんはいい人だね。学校、翔が迎えに来れないとき代わりに来てくれるし。翔も、たまに学校まで送ってもらってるんだよね?」
再び美颯の上に座った月光が翔を見る。
「遅刻しそうな時だけな」
「そっか、いろいろ迷惑かけてるね。美颯、ごめん。お礼は私が働いてからするからあと数年待って」
笑いながらも真面目な声音で静奈が言う。
「いいよ、そんなの気にしなくて。それより早く食べよう」
美颯はそう言って割った割り箸を月光に渡した。そして翔と静奈にも箸が渡された。
いただきます、と手を合わせてから少し遅い昼食を食べ始めた。
☆
今日もご飯を食べて片付けをした後、美颯は帰って行った。
何かあればいつでも来ていいと言ってくれた美颯の存在は月光たちにとって非常に心強い。それに食事を分けてくれるのも有り難い。
それが静奈の同級生だというのだから危ない人ではないし、とても嬉しい存在だ。
「月兄、今日はバイト行くなよ」
日曜くらい休め、とお皿を食器棚にしまっている月光に翔が言う。そして月光が持っていた食器拭きとお皿を奪った。
「午前は休むけど午後は行くって言っちゃったから」
「……頼むから休んでくれ。それと飯もしっかり食え。倒れるぞ、このままだと」
「倒れないよ」
そこまで弱くないから、と言って月光は力なく笑う。
先ほどの食事中に翔の視線をやたらと感じたのは、食べているのかを確認されていたからなのだと気づいた。
「静姉も時間がある時に働くって言ってただろ。もういいから」
「それでも足りないよ」
三人分の学費と生活費は、月光が働き続けても貯金を使わなければ足りない。そしてその貯金の今残っている額は静奈の学費分しかないのでもうほとんど使えない。
「ぼくのことは気にしなくていいよ、日中はずっと暇なんだからその分働いて当たり前――」
「月光!!」
翔が月光の両肩を強く掴んで叫んだ。高い位置にある翔の顔を見上げると、咎めるような翔の目が月光を見下ろしていた。
「……な、に……?こわ、い……しょう……」
過去のトラウマのせいで大きな音は嫌いだ。言葉が出てこなくなる。
「……翔、どうしたの?」
美颯が帰ってすぐに寝入っていた静奈が翔の声で起きたようだ。そして月光達に近づいてくる。
「……手、はなして……。しずねえ……」
助けてと目で必死に訴えた。
「月光、今お前は俺と話してる途中だろ」
怒った翔に髪を引っ張っぱられて無理矢理目を合わさせられる。
「いっ……」
強い力ではないが驚いて目を瞑った。
「え、ちょっ…、翔、離しなさい!」
静奈が翔と月光の間に割って入る。静奈が翔の手を掴んだすきに月光は静奈の後ろへ隠れた。
「月光、来い!」
「や、……しょうこわい……しずねえ……」
「……ごめん、私寝てたから状況さっぱり分かんない」
そう言いつつも、静奈は抱きつく形であやすように月光の背中を撫でてくれる。月光痩せたね、と呟く静奈の声が聞こえたが、無視して静奈の体に顔を押し付けた。
「月光、何かしたの?」
「ぼくじゃない……」
静奈からゆっくり顔を離して掛け時計を見ると、バイトの時間まであと十五分しかなかった。
翔から離れたくて、月光は自分の背中に回されている静奈の腕から抜け出し、スマホだけ持って大急ぎで玄関に向かった。
「あ……」
「月兄、一人で外出たら怒るぞ!」
翔の大声に一瞬足が強ばったが、すぐに走りだした。
「翔くん、今日はお寿司持ってきたよ」
最初のころは、ここに住むようになって初めて出会った相手に夕飯を持って来たり気にかけたりしてくる美颯を、何か裏があるのではと疑っていたが、最近は本当にただの善意からくる行動なのだと思えるようになった。
いくら断っても、二人だと大変でしょ、と笑顔で言われてしまえば警戒心なんてすぐに薄れてしまう。
それに二ヶ月もの間、休日の昼食と夕食、そして平日の夕食を一緒に食べているが怪しい行動が一切見られない美颯に、危険だという印象は持てなかった。
それに、翔達兄弟にとって、有難かった。
日曜日と金曜日の夕食以外は毎日美颯が持ってきてくれるから食費が浮くのだ。
「今開けます」
チェーンを外して美颯を招き入れた。
「はいこれ、お寿司。食べよ」
渡された大きなビニール袋を両手で受け取る。
「すみません、いつもありがとうございます」
「いいよ気にしなくて。僕の家一人だから一緒に食べたいし」
靴を脱いで中に入ったところで静奈に気づいたらしく驚いた顔で静奈を見た。
「あ、静奈だ」
「あ、美颯だ」
示し合わせたかの様に二人の声が重なる。
「良かった、今日は多めに買ったから足りるね」
翔は美颯に渡された寿司の入ったビニール袋を机の中心に置いた。そして月光の正面に座り、美颯は月光を膝に乗せて座った。いつもの定位置だ。翔が乗せると嫌そうなのに美颯の上には普通に乗っているので、翔は少し美颯を羨ましく思う。
「静奈、退院したんだ。おめでとう」
「ありがとう。ってそれより何で来てるの?!」
静奈が突然大きな声で美颯に問いかけ、その声に驚いた月光の体がビクッと震えた。
「静姉うるさい。月兄が怖がるから静かにして」
月光は大きな音が苦手だ。それは小さい頃からなので静奈も知っている。
「あ、ごめん月光」
「……うん」
美颯さんお寿司ありがと、と言って膝立ちになった月光が袋から寿司を取り出し始めた。その間に翔は四人分のお皿を食器棚まで取りに行った。
「僕、二ヶ月くらい前にここの隣に引っ越したんだ。挨拶に来たら前に静奈が見せてくれた写真にそっくりな子が住んでて驚いたよ。静奈が言ってた通り、月光くんも翔くんも可愛いね」
ふふ、と笑って月光の頭を撫でながら美颯が言う。
「可愛いでしょ。誘拐しないでね」
戻ってきた翔は、今度は静奈の隣に腰を下ろした。
楽しそうに話す静奈達の声を聞きながら、警戒しなくて正解だった、と少し安堵した。
こんなに良い人なのに警戒して失礼なことをしていたらきっと今頃後悔していただろう。
それでも、無意識に少し気を張り詰めて失礼な態度を取っていたかもしれない。両親が殺されたことに加え、その犯人はまだ捕まっていない。
そして静奈の話によるとその犯人は、月光と翔がどこにいるのか聞いてきたあと、今日はここまで、と言ったらしい。
犯人がいつ殺しにくるか分からないので、両親が殺されたあの日から常に、月光に危険がないよう警戒していたが、二人の学校と月光のバイト先以外の人で翔たちに話しかけてきたのは、静奈の同級生だというこの人だけだ。
「誘拐はしないよ。でも、こんなに可愛いと二人暮しは危ないと思って毎晩ここに来てるんだ。……静奈の兄弟、ほんとに可愛いね。ご両親も美人なの?」
会ってみたいなー、と言う美颯に静奈は、殺されたよ、と悲しそうな様子は見せずに素っ気なく一言返した。
「え……?」
「多分、月光のストーカーが犯人。気持ち悪い手紙が届いてたらしくて……」
「捕まらないように逃げたんだろうな」
毎回翔や静奈に見られないよう破って捨てていたそうだが、錬に見せた日からは、捨てずに持っていろという錬の助言を聞いて箱にためていたと月光が言っていた。
100通以上あったその手紙によると、犯人は月光だけでなく翔のことも誘拐したいと考えている事が分かった。……あの日以降、犯人は一切接触してきていないがそれでも少し不安だ。
翔まで誘拐しようと考え、静奈に興味を示していないところから、犯人は女だろうと思ったが、静奈の話によると、両親を殺したのは男だったらしい。
「……そうなんだ」
美颯が月光の頭を優しい手つきで撫でる。
「まぁもういいけどね。生き返ってほしいなんて願うだけ無駄だもん」
異様に明るい声で静奈が言う。
自分が手紙の事を両親や警察に言わずに何も対処しなかった事が原因で翔と静奈に貧相な生活をさせている、と責任を感じている月光の為だとすぐに分かった。
「……静姉、美颯さんはいい人だね。学校、翔が迎えに来れないとき代わりに来てくれるし。翔も、たまに学校まで送ってもらってるんだよね?」
再び美颯の上に座った月光が翔を見る。
「遅刻しそうな時だけな」
「そっか、いろいろ迷惑かけてるね。美颯、ごめん。お礼は私が働いてからするからあと数年待って」
笑いながらも真面目な声音で静奈が言う。
「いいよ、そんなの気にしなくて。それより早く食べよう」
美颯はそう言って割った割り箸を月光に渡した。そして翔と静奈にも箸が渡された。
いただきます、と手を合わせてから少し遅い昼食を食べ始めた。
☆
今日もご飯を食べて片付けをした後、美颯は帰って行った。
何かあればいつでも来ていいと言ってくれた美颯の存在は月光たちにとって非常に心強い。それに食事を分けてくれるのも有り難い。
それが静奈の同級生だというのだから危ない人ではないし、とても嬉しい存在だ。
「月兄、今日はバイト行くなよ」
日曜くらい休め、とお皿を食器棚にしまっている月光に翔が言う。そして月光が持っていた食器拭きとお皿を奪った。
「午前は休むけど午後は行くって言っちゃったから」
「……頼むから休んでくれ。それと飯もしっかり食え。倒れるぞ、このままだと」
「倒れないよ」
そこまで弱くないから、と言って月光は力なく笑う。
先ほどの食事中に翔の視線をやたらと感じたのは、食べているのかを確認されていたからなのだと気づいた。
「静姉も時間がある時に働くって言ってただろ。もういいから」
「それでも足りないよ」
三人分の学費と生活費は、月光が働き続けても貯金を使わなければ足りない。そしてその貯金の今残っている額は静奈の学費分しかないのでもうほとんど使えない。
「ぼくのことは気にしなくていいよ、日中はずっと暇なんだからその分働いて当たり前――」
「月光!!」
翔が月光の両肩を強く掴んで叫んだ。高い位置にある翔の顔を見上げると、咎めるような翔の目が月光を見下ろしていた。
「……な、に……?こわ、い……しょう……」
過去のトラウマのせいで大きな音は嫌いだ。言葉が出てこなくなる。
「……翔、どうしたの?」
美颯が帰ってすぐに寝入っていた静奈が翔の声で起きたようだ。そして月光達に近づいてくる。
「……手、はなして……。しずねえ……」
助けてと目で必死に訴えた。
「月光、今お前は俺と話してる途中だろ」
怒った翔に髪を引っ張っぱられて無理矢理目を合わさせられる。
「いっ……」
強い力ではないが驚いて目を瞑った。
「え、ちょっ…、翔、離しなさい!」
静奈が翔と月光の間に割って入る。静奈が翔の手を掴んだすきに月光は静奈の後ろへ隠れた。
「月光、来い!」
「や、……しょうこわい……しずねえ……」
「……ごめん、私寝てたから状況さっぱり分かんない」
そう言いつつも、静奈は抱きつく形であやすように月光の背中を撫でてくれる。月光痩せたね、と呟く静奈の声が聞こえたが、無視して静奈の体に顔を押し付けた。
「月光、何かしたの?」
「ぼくじゃない……」
静奈からゆっくり顔を離して掛け時計を見ると、バイトの時間まであと十五分しかなかった。
翔から離れたくて、月光は自分の背中に回されている静奈の腕から抜け出し、スマホだけ持って大急ぎで玄関に向かった。
「あ……」
「月兄、一人で外出たら怒るぞ!」
翔の大声に一瞬足が強ばったが、すぐに走りだした。
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