人形として

White Rose

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第一章

3 変化

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  これからは三人で生きて行かなければならない。


  あの夜、月光と翔が帰ってくるのを静奈は自分の部屋で待っていた。四十分ほど経ったころ、一階で何か物音がして、月光達が帰ってきたのかと一階へ降りると、両親の部屋に入っていく刃物を持った人影が見えた。

  両親が殺されそうになっているのを見て、静奈は助けるのではなく、自分が隠れることを真っ先に考えてしまった。

  だが自室に鍵をかける音で気づかれ、両親を殺した男は二階に上がってきた。

  最初に静奈の隣室である月光の部屋に入っていった。続いてさらに隣の翔の部屋。そして最後に静奈の部屋へ、鍵を壊して入ってきた。中高生の間は少林寺拳法を教わっていたため、しばらく持ちこたえる事ができていたが、腹部にナイフを刺されて足から力が抜けた。そして壁に背を預けたままズルズルと体制が低くなっていく。

  死を覚悟したが、男はナイフをポケットにしまってスマホのライトを向けてきた。

「……天音あまね静奈か?」

  相手の声には聞き覚えがあった。だが、どこで聞いた声だったかは思い出せない。顔はマスクと帽子で見えなかった。

「……だったらなに……?」

「月光と翔はどこだ?」

  言えば殺さない、と男が言う。だが、言うわけにはいかない。すでに両親を見殺しにしているのだ。その上、大切な弟たちを殺させるような事はできない。

「知らない。……部屋で、寝てると思うけど」

「お前が隠してるんだろ。早く言った方がいい。お前も殺されたいか?」

  静奈の隣でかがんでいた男が立ち上がって辺りをライトで照らす。

──もうパパもママも殺されたんだ。

  お前という言葉から、すでに両親が死んでいるのだと分かった。だが、頭をよぎったのは悲しいや怖いという感情ではなかった。ニュースで殺人事件が報道された時と似たような感情、つまり「可哀想に…」程度にしか思えなかった。

  ふいに、外からかすかに声が聞こえた。月光の声だ。
  男も気づいたようで、外を照らして見ている。

「――ほら、静姉の――」

  声が聞こえる。男が明かりを消した。

「――あれ?」

  ところどころ聞こえてくる声に静奈は焦った。男の聞いてきたことを考えれば、二人が今帰ってきたのは非常にタイミングが悪い。

「私の弟、殺す気なの?……だったら、……」

  今すぐ殺してやると言いたかったが、本当に殺す気なら無駄にしゃべって体力を減らすのは得策ではない。

「……いや、今日はここまで」

  月光達も殺されると考えていた静奈は、思わぬ言葉に幾らか気持ちが緩和される。
  だが、今日は、という事はまた来るつもりなのだろうか…

  男はそれだけ言うと、静奈の部屋の玄関側ではないほうの窓から飛び降りた。


  ガラスの割れる音や翔の声などが一階から聞こえたあと、月光だけが二階に上がってきた。
  月光達に何も被害がなかった事に安堵して泣きそうになったが、そこは姉としてのプライドでどうにか堪える。
  そして月光が救急車や警察に連絡してくれて、静奈は両親の遺体と弟二人と共に病院へ運ばれた。

  次の日に警察から事情聴取を受けた。
  いろいろと聞かれたが、一番困ったのは月光達があの時間に外出していた理由だ。確かに、人魂を見に行ったなんて小学生ではないのだから不自然すぎる。
  でも本当にそうなのだから、それしか言えなかった。ほかは特に疑うことなく全て聞いてくれた。

  そして、あの男に静奈を殺すつもりはなかったらしく、傷が浅かったので二ヶ月後には退院出来た。

  月光が学校を辞めてアルバイトしていたことは、退院の前日に翔から聞いて知った。翔はそれをやめさせたいらしく、説得してくれと静奈に懇願してきた。







「静姉、退院おめでとう」

  あの家にはもう住んでいない。現在、月光と翔はあの家を売って古びたアパートを借りて住んでいる。

「ありがとう。それより、月光……」

  静奈は入院中に、パパ達を守れなくてごめんなさい、と謝ってきたが、翔と月光に両親が殺されたことで静奈を責める気なんてない。静奈も、それは分かっているようで言われたのは一度きりだった。

  近所の住民には仲の良い親子だと思われていたようだが、実際は、仲の良い姉弟と仲の良い夫婦というだけで、仲の良い親子ではなかった。殺されてしまった事を悲しいと全く思わないわけではないが、犯人に仕返しをしようとか、犯人のせいで幸せが奪われたという風には考えていない。
  それに、バイトをしている月光にも、その送迎や勉強で忙しい翔にも、犯人を自分たちで探そうと思える時間なんてない。

  静奈はもう両親のことは何も言わないつもりのようだ。そして昨日翔が頼んだことを早速実行しようとしてくれている。

「……月光、学校辞めたって……」

  昨日、知らせた時の静奈は随分動揺しているように翔からは見えた。実際そのようで、静奈にとって両親や犯人についてよりそちらの方が重要らしい。そしてそれは翔も同意見だ。
  一ヶ月ほど前、今の学校を辞めて定時制に通うと言った月光を翔は何度も説得したが、全く聞き入れてくれなかった。

  困惑した表情の静奈に月光は微笑む。

「うん、辞めたよ。でもあの学校、定時制があるからそっちに通ってる」

  静奈の入院費や翔の学費、それに家賃や食費で、両親が遺した貯金が減っていくので、働かなければすぐに底を突くと判断した月光は、翔に何の相談もなく勝手に学校を中退した。

「ぼく、中々アルバイト決まらなかったんだけど、ようやく採用してもらえることになったんだよ」

  月光の見た目が原因で、子供を働かせている、と噂されることを恐れてどの店も採用してくれなかったのだが、このアパートから歩いて三十分ほどの場所にあるコンビニの店長が月光を気に入ったらしく[誰かが迎えにくること]を条件に採用してくれた。誘拐対策だそうだ。

「月光、全日制のほうが絶対いいよ!夜なんて危ないし。それに私はもう高校卒業してるんだから私が学校辞めて働いたほうが良いでしょ」

「行きも帰りも翔が来てくれるから大丈夫。それに静姉、あの大学入るのすごく苦労してた。静姉には大学行っててほしいよ。翔もだよね?」

  突然話を振られて頷いたが、月光だって中三の時高校入試を頑張っていたはずだ。

「……でも、月兄も学校――」

「ぼくはいいよ。気にしないで。あのコンビニで働いてる人、みんな優しいから楽しいし、全日制も定時制もあんまり変わんない」

  あのコンビニ朝食と昼食が貰えるんだよ、と月光が嬉しそうに言う。二食食べていて夜も一緒に食べているわりには、あの事件後のたった二ヶ月で月光は以前以上に痩せた。それに最近働き詰めな月光は目の下にクマを作っていて、できれば今すぐにでも寝かしつけたい。

「……ごめん、月光。私も学校ない日はバイトするから」

  静奈が、月光を抱きしめた。

「うん!ありがと、静姉」

  月光も静奈の背中に腕を回す。
  静奈にも説得は無理だった…


  月光達が離れるのとほぼ同時に、玄関で来客を知らせる音が鳴った。

美颯みはやさんだ!」

嬉しそうに月光が立ち上がる。

「みはやさん?」

「うん。美颯さん、静姉のこと知ってたよ。高校で三年間同じクラスだったって聞いた」

  美颯は丁度翔たちと同じ時期に引っ越してきた。
  ここに引っ越してから殆ど毎日のように食事をおすそ分けしてくれる、隣室に住んでいる優しくて整った顔立ちのお兄さんだ。

「鍵、開けてくる」

  玄関へ向かおうとした月光を止めて、翔が席を立った。
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