復讐

小倉千尋

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第四章

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 家に帰りテレビを付けるニュース速報はまだ入って来ない。タバコに火を付けぼんやりしているとニュース速報が流れる。

「先程寒川組の組長が重体で病院に搬送される、組同士の対立と見て警察が捜査を開始」

 それだけだった、手には血が付いている。シャワーを浴びて、なかなか落ちない血を何とか綺麗に洗い流す。復讐は終わった、男の誇りまで取り返せたのだろうか? わからなかった。

 十九時、美雪はまだ帰ってこない。

 電話が鳴る、祐介からだった、

「ニュース速報見ました、あれ神崎さんがやったんですよね?」
「そうだ、個人的な復讐だ。俺が怖いか」
「いえ、凄く大胆な事をするなと思っただけです」
「飯でも食いに行くか?」
「はい、久々に外に出たかったとこです」
「三十分後にトライアングルで、今日は俺の奢りだ」
「わかりました」

  祐介はまた俺より早くに店に来ていた。美雪も奥から顔を覗かせる。

「美雪、二人分だ料理は任せる」
「わかったわ、ちょっと待ってて」

 奥に消える、祐介が小声で、

「美雪さんは神崎さんのやっている事を知ってるんですか?」
「全て知っている、言わなくても感づかれるからな」
「女の勘ってやつですね、瞳も鋭いですよ」「いつ帰国するんだ?」
「半年後です」
「それまでには全部片付くだろう」
「山で神崎さんに出会えて良かった」
「俺もお前と出会わなければ復讐出来ていなかっただろうな」

 食事が運ばれてきた。

「今日開発したとっておきの料理よ」

 チキンの照り揚げか、一口かぶり付く、中身までソースとガーリックの味が染み込んでいてとろける様な食感、これは美味い。二人で黙々と食べた。骨だけが残る。

 食後のコーヒーを運んできた美雪は。

「どう? 最高だったでしょ。でも大量には作れないのが残念ね」
「確かに美味かった、裏メニューとしておいた方がいいな」
「俺も初めてあんな美味しいチキンを食べましたよ、また食べにきます」
「ありがとう、数量限定で作っておくわ」

 コーヒーを飲み、祐介が質問してくる。

「神崎さんが言ってた寒川組を潰すって件はこれで解決ですか?」
「わからない、まだ寒川の隠し子が残っている。だがガキだ。寒川組の看板が降りたら終わったという事になる」
「内部抗争もお終いですね、大丈夫ですよ」「だといいがな、まだ断定するには早すぎるかもしれん」

 明日から三日間留守にする。
 美雪と祐介に伝える、

「調査ですか?」
「隼人さんの釣りでしょう」
「そうだ、釣りに出掛ける」
「またあそこですか?」
「そうだ、数少ない穴場だからな。それに寒川組が落ち着く頃合いだろうしな」
「うちの別荘使ってもいいですよ」
「テントでキャンプしながらの方が落ち着くんだ」
「そんなもんですか」
「今のところお前の義母や姉からは連絡もないし落ち着いていると言ってもいいだろう、身の危険を感じたら天野に連絡しろ」
「わかりました」
「あなた、着替えの服は持って行ってちょうだい、臭いんだから」
「わかってるさ、今日は帰ろうか」
「はい」
「私もすぐに帰るわ、先に寝てていいわよ」
「ああ、ごちそうさま」

 祐介を送り届け家に帰る、明日の準備をしながらテレビを観る、寒川組の今日の事件が取り上げられた、評論家と自称する男が。

「やり口が残忍過ぎる、チンピラではなく相手が雇ったプロの可能性が高い」

と勝手に熱く話していた。

「寒川組が無くなるのか次期組長が決まるのかはわからないが、内部抗争が起こっている今、新しい暴力団が出来る可能性もある」
 とも言っている。

 興味をなくした俺はテレビを消した。ちょうど美雪も帰ってきた。

「寒川をやっつけて、あなたの男の誇りは戻ったの?」
「それがいまいちわからないんだ、達成感は感じなかった。ただやり遂げたと言う気持ちだけは残っている」
「私にはわかるわ、誇りを取り戻したって事が、顔を見た時そう思ったの」
「お前がそう感じたのならきっと取り戻したんだろう、ただまだ実感が湧かないだけかもしれない」

 と言って美雪を抱え上げ、ベッドに押し倒した。

 夜中の二時に起きて服を着替え、裸のままの美雪に布団を掛けてやり、出発した。

 山道を揺られながら走り釣り場に着くと、早速釣りを始めたちょうど朝まずめの時間帯だった。ここまで来る釣り人はまずいない川下の方では人がたくさん集まるが、川上のこちらには普通の車では無理なのだ、だからこそよく釣れる穴場なのだった。

 街の喧騒やいろいろなしがらみから開放され、何もかも忘れられる釣りとキャンプは、社会のはみ出し者の俺には最高だった。

 大きなあたりが来た合わせる、大物が掛かった、ラインが切れないように引いたり緩めたりして少しずつリールを巻く。少しずつ手繰り寄せ釣れたのは大物のイワナだった。

 記念に写真を撮り、水を張ったバケツに入れテントのところへ戻った。

 火の用意もしてなかっったため、急いで薪になりそうな落枝をかき集めた、いい具合の太さの薪が集まった。薪は上手に組まないと火がすぐに消えてしまう、ライターで火を起こし息を吹きかけると徐々に炎が大きくなっていく、全体に火が着くのを見届ける。

 サバイバルナイフを取り出し先程のイワナを捌く、串を通し塩を振りかけ焚き火に焼べる、魚が焼けるまでにテントを設営し寝床も確保しておく、時間が余ったので更に薪を集めに行く、いい感じの倒木があったので生枝ではない事を確認し、枝を折り十分な薪を確保した。やる事が無くなったのでタバコに火を付け一休みする、たまに魚を裏返しまんべんなく焼いていく、この大きさだと焼き上がるのに時間がかかりそうだ。

 車から缶詰を出し蓋を開け火の側であたためる。初日からツイてる。

 焼きあがったイワナにかぶり付く、天然物なので身が引き締まっていてかなり美味い、暫く黙々と魚と缶詰を交互に食べる。イワナ一匹で十分に腹を満たす事ができた。

 眠くなってきたのでテントに潜り込み少し仮眠を取る。

 起きたのは昼過ぎだった、再び川の近くまで歩き釣りを始める。俺は餌釣りは嫌いだった、疑似餌のルアーや毛針で釣る。餌釣りと違い神経を使う、魚とのやり取りが楽しいのだ、夕方までに十数匹を釣り上げる食べきれないのはキャッチアンドリリースで川に戻してやる今日はよく釣れた、魚を捌き火に焼べる頃には辺りは薄暗くなり始めていた。やはり山の夜は早い、魚を食べ満腹になるとランタンに火を灯し近くに置いておく、これだけでも十分に明るくなる。

 最初に燃やした薪はいい具合に炭へと変わっている、火が消える事はないだろう。

 新しい薪を放り込み火が付いたのを確認してからウイスキーをチビチビと飲む、至福の時間だ。

 一応少し離れたところに別荘が並んでいるので携帯の電波は届くが、山に篭っている間は電源を切っている、誰にも邪魔されたくないからだ。電源を入れメールチェックをするとまた電源を切っておいた。

 街とは違い空が澄み切っているせいで星が綺麗に見える、暫く星を観察し、またウイスキーを飲み始める。

 ここからでは川のせせらぎも僅かに聞こえる程度だ、テントを川の近くに設営しないのは山人の常識である、急な天候の変化で川が氾濫すると流されてしまうからだ。
  
 時折山の茂みからガサガサ音がする、祐介に出会った頃を思い出すが人間が来る事はまずない、小動物が獣道を走っているのだろう。この音にももう慣れていた。

 酒は人より少し強いくらいだ。酔いが回って来ている。

 夜の静寂を楽しみながら木枝を折り焚き火に放り込む、そろそろ冷え込んでくる時間帯だ、体が冷えないうちにテントに入り、寝袋に潜り込む、睡魔はすぐにやってきた。

 朝四時に目が覚める、まだ外は暗かった、しかもかなり冷え込んでいる。今年の釣りは今回で最後かと思いながらも、焚き火に当たり体を温める、朝から酒は飲みたくない、崩れた薪を新しく組み直し、カップにミネラルウォーターを入れ焚き火で温める、数分待つと湯が湧いたので、コーヒーを入れる。

 コーヒーで体を温める頃には辺りも明るくなってきている、昨日の残りの魚を焼き腹を満たすと、思い出したかのように車から血の着いた服を取り出し焚き火に放り込む。炎が一瞬大きくなり服はすぐに燃え尽きた。

 それを確認すると、釣りの準備に取り掛かる、今日も快晴だった。朝まずめには大量の魚を釣り上げ小さいのは逃してやる、大物は釣れなかったが食べるには十分の数が釣れた写真に収め、一度テントに戻ると魚を捌き食べ切れなさそうな数匹はクーラーボックスに入れる、氷はだいぶん解けているがまだ使えそうだ、この天然物の美味しい魚を美雪にも食わせてやろうと考え、また釣り場へ足を運ぶ、朝まずめの時間は終わっていたが、手頃な大きさのイワナがまた釣れた。今回の釣行は結構良かった、ニジマスも何匹か釣り上げるとバケツがいっぱいになったので、テントに戻り捌いてクーラーボックスに入れた。

 先程の魚がいい具合に焼けていたので、少し早いが昼飯にする、街では味わえない美味しさだ、平らげるとタバコに火を付け暫く考える。一日早いが山を降りる事にした。
手早くテントを片付け、焚き火に砂をかけ消火すると、車を発進させる。



 家に着く頃には暗くなっていたが、街は夜でも明るい、シャワーを浴び服を着替える。美雪に臭いとは言われないだろう。クーラーボックスを持ってトライアングルに向かう。

 店には祐介も食事に来ていた。

「一日早かったですね」
「ああ、お前もう食い終わったのか?」
「今、ハンバーグを頼んだところです」

 奥から美雪も出てきて同じ事を言う。

「一日早かったのね」
「ああ、美味い魚を食わしてやろうと思ってな」

 とクーラーボックスを渡す。

「こいつを三人前焼いてくれ、それと俺もハンバーグを頼む」
「わかったわ」

 と言い奥へ消える、

「またあの魚が食べられるんですね、楽しみです」

 と祐介が言ってる間にも魚を焼く匂いが漂ってくる。タバコに火を付け待っていると、すぐに魚とハンバーグが運ばれてくる。

「私も同席していいのかしら」
「そのために三人前頼んだんだ」
「じゃあ、遠慮なく」

 と言い隣に腰をかける

「いただきます」

 三人共魚にかぶり付く、美雪が驚いた表情で、
「市場でもこんなに身の引き締まった美味しい魚はなかなかないわ、こんなに美味しいのをずっと食べていたのね」
「俺も久しぶりです、美味しいです」

 二人共満足気にぺろりと平らげる。

「これがあなたが山篭りする理由の一つね、何となく気分がわかったわ。でも持って帰って来るなんて初めてよね」
「気紛れで、食べさせようと思ったんだ」
「今度からは毎回持って帰って来てちょうだい、気に入ったわ」
「わかったよ」

 食べ終わると美雪は戻っていった。祐介とハンバーグを食べながら、

「留守中変わった事は?」
「特にないですね、寒川組が看板を下ろした事くらいでしょうか。あっ、寒川の隠し子って言う修が内部抗争で死にました。それだけです、義母からも姉からも連絡はありませんでした」
「そうか、じゃあ残った問題はお前の義母と姉をどうやって降ろさせるかだな、寒川という後ろ盾がいなくなったとなると、ナンバーツーとスリーだった新井と山崎がどう動くかが鍵になる、大人しくカタギに戻るのなら問題はほぼ解決だ、新たに組を立ち上げれば厄介だ」

 祐介は真剣な顔で頷く。

「俺は明日からその辺りを調査してみよう」
「お願いします」
「で、今更なんだがお前の相続権はお前の親父さんが勝手に決めるなり判を押すなりで解決しないのか?」
「そう簡単に行かないんですよ、義母と姉の署名も必要なんです、離婚してくれればもっと簡単に済む話しなんですが、天野さんも頭を抱えていました」
「天野が解決出来ないなら俺の出番ってわけだ、お前が権利を手に入れるまで付き合ってやるから安心しろ」
「神崎さんが途中で放棄するなんて考えてもいませんよ、寒川組がなくなったからと言って終わらせるような人ではないと思ってますから」
「探偵と言う仕事は社会のドブ浚いのような仕事だが、誇りを持ってやっている、信用と信頼関係が築けて成り立つものだからな」
「そんなに卑下しないでくださいよ、立派な仕事だと思いますし、信頼関係も築けていると俺は思ってますが」
「ああ、わかっている。だからこそ調査を続けるんだ」

 また祐介が真剣な顔で頷く

「俺が無事に相続出来れば、神崎さんに顧問探偵になってもらいますよ、なんせグループが大きくなりすぎて細部まで手が回りませんから、山口さんも天野さんもいっぱいいっぱいって感じですしね」
「そんときゃ頼むよ」

 やっと祐介に笑顔が戻った。

「今夜はここまでだ、送ろう」

 と言って席を立ち、美雪に手を挙げる。

 帰って暫くすると美雪も帰って来た。

「毎回俺の帰宅時間に合わせなくてもいいんだぞ」
「あなたはいつ死ぬかわからない人だもの、少しでも一緒にいたいわ」

 冗談とも本気ともいえる顔でそう言う。

 こんな事を言うのは同棲して初めてだ。

「珍しい、美雪とも思えない発言だな」
「話すのは初めてよ、でもいつも感じてる事なのよ」
「そんな簡単にくたばると思うか?」
「思えないわね、けど今回の事件だけは悪い予感がずっとしてるの」
「大丈夫だ、ほとんど片付いてる」
「そうね、それに男の誇りを取り戻している顔つきだし、前よりも男前になったわ」
「惚れ直したか?」
「あら、私があなたに告白して以来初めての言葉ね」
「俺も惚れているからさ」
「それも同棲する時以来、久しぶりに聞いたわ、普段言ってくれないんだもの。もっと聞きたいわ
「あまり言うと安っぽくなってしまう」
「それもそうね」

 こう言うあっさりしたとこに惚れていた、口には出さなかった。

 二日ぶりにベッドで寝た、寝袋も好きだがこっちの方がやはり落ち着く。

 起きると八時を回っていた、美雪はキッチンで何か作っている。おはようと声を掛けると、おはようと返してくる、こういう生活を五年も続けているが、今朝はなぜか新鮮だった。昨夜の事が影響しているのかもしれなかった。

 二人で朝食を食べ終えると、

「なんか、同棲し始めた頃のような感じ」

 美雪も同じように感じていた。

「そうだな、俺も同じ様に感じている」

 コーヒーを飲みながら三日分の新聞に目を通す、俺が釣りに行った日の夕方に、寒川修は殺されていた、背後からの射殺らしく内部抗争と言う文字が目立った。

 読み終えタバコを吸っていると、

「今夜は空けておいて、十九時に店に来てちょうだい、親しい人なら呼んでもいいわ」
「わかった、何かあるのか?」
「秘密よ」

 と言って出掛けて行った。親しい友人、考えたが天野くらいしかいない事に気付き苦笑した、ついでに祐介も招待してやろう、携帯で天野を誘った、天野は、

「その時間なら大丈夫だ、何かあるのか?」
「俺にもわからんが親しい友人を呼ぶように美雪から言われていて、お前しかいなかったんだ」
「そういう事か、ぜひ寄らせてもらおう」

 電話を切り祐介も招待する

「天野さんも来られるんですね、喜んで伺いますよ」

 どちらにせよ予定では今日釣りから帰ってくるはずだったのだ、一日くらい暇を持て余してもいいだろう。

 夕方まで釣り道具を綺麗に拭いたり車の中を片付け足りない缶詰を補充したりして時間を潰した、久しぶりに車を洗いワックスもかけた。少し考え買い物にも出かけた。

 何かあると思い、いつものラフな姿を止めスーツに着替えた。

 十九時に店の駐車場に車を停めるとほとんど車は見当たらない、レストランの入り口に『本日貸し切り』と出ている、中に入ると座席もいつもと並べ方が違う、スタッフに美雪は? と尋ねてた。もう出て来られますと言われた。その間に天野と祐介もやって来た。驚いたのは祐介までもがスーツ姿だったと言う事だ、耳元で、

「二人共どうしたんだ?」

 と聞くも、

「知らないなら知らないで楽しみに」

 とだけ返してくる。俺の誕生日でも美雪の誕生日でもない、オープン記念でもないよだった。スーツを着て来て良かったと思っただけだ。

 スタッフが豪華な料理を運んでくる、美雪の姿はまだ見ていない。

 一旦照明が落とされスポットライトが当たったところを見るとスタッフの一人が横断幕を下ろす『同棲五周年記念』と書いてある。面食らった。奥からドレス姿の美雪が出て来る、俺もみんなの前に美雪と並ばされる。二人に照明が当てられた。

「あなたスーツ姿って事は覚えていたの?」
「いや、何となく着ていかないとと思って」

 皆から拍手を浴びる、いつの間にか天野が花束を持って来る、

「そろそろ落ち着けよ」

 と言って来る
 美雪が、

「渡したいものがあるの」

 と言う、俺も覚悟を決めて

「俺もなんだ」

 と言うと意外そうな顔をする、今日買いに行ったものをポケットから出し、美雪に渡すと美雪は目を輝かせて蓋を開ける、

「落ち着いたら俺と結婚してくれないか? それは婚約指輪だ」

 美雪は大粒の涙を流しながら、

「はい、あなたに一生ついて行きます。これは私から」

 蓋を開けると指輪だった。

 全員から拍手が起こった、記念写真も撮ってもらった。

「隼人、幸せにしてやれよ」
「神崎さんおめでとうございます、式はうちのところをお貸ししますよ」

 と天野と祐介が言う。

 全員で料理を食べ二時間ほどでお開きとなった。

 二人で家に帰る、着替えてソファーで二人でくつろぐ、言葉は少ないが気持ちは通じ合っている。美雪は薬指の指輪をずっと眺めている。

 俺も薬指の指輪を眺める、美雪を幸せにする、そう心に誓った。

 二人でベッドに入り、将来の夢を語り合いながら眠りに落ちていった。
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