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酔っ払い編
しおりを挟む社長を酔わせてみたい。
本人を目の前にして、ふとそんなことを思った。
「りー子ちゃんて、すぐ酔うよね」
「…っ、そうですね」
「お酒好きなのに弱いんだから」
今は、仕事が終わったあとの居酒屋。
今日はあたしが社長をこの居酒屋に連れてきた。
どうやらこの社長、お洒落なバーやレストランでしか食事経験がないらしく、こういう一般的な居酒屋には足を運んだことがないらしくて。
そこであたしが、このオススメの居酒屋に事前に予約をいれて、今のこの瞬間を、楽しみに待っていた。
待っていた、のに…。
「しゃ、社長はもう飲まないんですか?」
「俺?俺はまだまだ飲むよ」
「…強いんですね。流石です」
それなのに、張り切っていたあたしが社長より先に酔ってしまって。
まだチューハイ一杯をあけたくらいしか飲んでいないのに、さっきから顔が熱い。
だけどそんなあたしとは対照的に、社長はもうビール三杯目が残りわずかの段階で、まだまだ平然とした顔をしている。
く、悔しい…いや、別に対決をしているわけじゃないんだけど。
そう思いながら唐揚げに箸を伸ばすあたしに、社長が言った。
「…りー子ちゃん次何飲む?」
「…一旦オレンジジュースで」
「ええー。それじゃあつまんないでしょ。せっかくだから一緒に日本酒いってみようよー」
「!?」
そんな彼の言葉に、あたしは思わず飲み込もうとしていた唐揚げを戻しそうになる。
そして、思わずむせた。
…日本酒って。
彼女(ヒト)が超安全なオレンジジュースを求めているのに、突然何を言い出すんだこの彼氏は。
ってかあたし、日本酒とか飲んだことないし。いやそもそも、今日は日本酒なんて飲む予定全く無かったし!
そう思いながら、あたしは無事に唐揚げを飲み込んで、言った。
「……日本酒はちょっと無理です。オレンジジュースにしときます」
「え、日本酒嫌い?」
「いや嫌いとかじゃなくて…そもそも飲んだことがありません」
「あ、なんだそんなこと?大丈夫だよー俺も飲んだことないし」
社長はそう言って無邪気に笑うけど、そもそもそういうことじゃない。
あたしはチューハイ一杯だけでもう酔いはじめてるのに、日本酒なんて体に入れようもんなら……想像しただけで怖い。
だから、社長に言った。
「…社長が飲んで下さいよ。あたしは社長が日本酒を男らしく飲んでる姿を見てますから」
「え、」
「社長って、お酒強いですよね。酔ってる姿見たことないですもん」
そう言って、「社長のぶんだけでも頼みましょうか?」と。
メニューを手に取るあたし。
でも、メニューには“日本酒”とだけしか表記がなくて、どんなものがあるのかはわからない。
それでも社長は日本酒が気になるらしくて、あたしの言葉に少し考えると、言った。
「…そだね。りー子ちゃんがそんなに言うなら、期待に応えちゃおうかな、俺」
「じゃああたしは一旦オレンジジュースで」
「けど美味しかったらりー子ちゃんも後で飲んでね」
…その言葉は置いといて。
あたしは早速、社長の日本酒と、自分のオレンジジュースを店員さんに注文する。
そして再び目の前の料理に箸を伸ばすと、そんなあたしに社長が言った。
「…っつかさ、」
「?」
「初めて来たけど、意外といいところだね。えっと…居酒屋?だっけ」
「…気に入っていただけました?」
「うん、そうだね」
社長はあたしの問いにそう頷くと、チーズポテトに箸を伸ばす。
高級なレストランと違って賑やかな場所だから、社長がどう感じるか不安ではあったけど、とりあえず気に入ったみたいで良かった。
社長の言葉に安心しながらしばらく料理を堪能していると、やがてさっき注文した社長の日本酒と、あたしのオレンジジュースが運ばれて来た。
「お待たせしましたー」
社長の日本酒は、地元の日本酒だった。
実際飲んだことはないけれど、確か日本酒好きのあたしのお父さんが、何回か買って家で飲んでいたお酒。
社長は早速その日本酒を手に取ると、あたしと再び乾杯をして、それを口に含んだ。
「…どうですか?」
社長も、初めての日本酒。
今まではお酒といったら、ワインかシャンパン、あってもビールくらいだったらしい社長。
そんな社長は日本酒を初めて口にすると、言った。
「…ウマイ」
「!」
「ん、ウマイウマイ!思ってたよりもね、飲みやすい。あ、これならりー子ちゃんもいけるんじゃない?」
そう言って、「飲んでみる?」と。
あたしにそれを差し出す社長。
けど、あたしはいけません。
過去に酔いすぎて会社の同僚にヒドイ失態を晒したことがあるあたしとしては、お酒は慎重にいきたいし。
でもあたしが断ると、社長が言った。
「…もっと酔ったらいいのに、りー子ちゃん」
「いえ、じゅうぶん酔ってるんで」
「いや、もっと酔ってさ、ベロンベロンになってるりー子ちゃんを見てみたいなぁ俺は」
そう言って、「へへへっ」と。
何故か、いつになく怪しい笑いかたをする社長。
あたしはそんな社長を前にして、何気なく問いかけた。
「…え、なんか、社長、もしかして…酔ってますか?」
だってなんか、さっきまでと雰囲気が…若干違うような…。
でも社長は、日本酒を一気飲みしたあと、あたしに言った。
「酔ってはないよ、マジで」
【ヤンキー社長の求愛/酔っ払い編】
(…いや、酔ってますよね完全に!)
(酔ってないってばー。ほら、りー子ちゃん俺の隣おいでっ)
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微妙に、この先が気になるような...
emi様、コメントありがとうございます!本当は長編として書くはずだったものを、短編にしたので、前にも後にも話がありそうな感じになってます笑